東方落命記   作:死にぞこない

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最後に笑う者の笑いが最上

 

 私は深く息を吸い込み、その名を呼んだ。盟約に従い現れよ、とでも付け足しておけば雰囲気も出ることだろう。

 しばし待つと、風と共に颯爽と現れたるはカメラを片手に微笑む文屋である。

 

「いやー、私に並ぶ速さですねえ。それに何ですかその姿、芸術的なオブジェのようじゃないですか。おっと、ささ、どうぞ一思いに」

 

 鴉は早く死んでくださいと手で促してきた。

 言われんでももう死ぬ寸前である。今日は朝から魔法の森に出かけ、朝日を浴びながら散歩をしていたのだ。しかし何がどうなったか、右半身が凍っていた。凍ると言えばチルノであり、恐らくはどこかに隠れていたあいつにやられたのだろう。

 心肺機能が徐々に落ちていくのを実感し、目が霞んでくる。

 

 まるで木漏れ日が私を天国へと誘っているようで、幻想的な光景ではないか。

 

 私の真に迫る演技に鴉は顔を顰めた。

 

「そんなナレーションはいいんですよ。こっちで適当につけておきますから。ささ、お早く」

 

 死ぬのを急かされるのもおかしな話だ。何にだってちょうどいい瞬間がある。死ぬのも同じだ。私がここだっ、と思ったときに死ぬのが最も格好良く、語り継がれるべきものになるのであって。

 くどくど説明している私にうんざりしたのか、鴉は構えていたカメラを下ろし嘆息した。

 

 何だその態度はと叱責しようとした私の前で、鴉は目を点にしていた。

 

「あ」

 

 間抜けな声がその口から漏れたかと思うと、私は粘性の何かに包まれ意識を失った。

 

 

 

 自宅で私は射命丸と意見を交換していた。

 

「先ほどのアレは何だったんでしょうか? カエルのようでもありましたし、突然変異でもしたんですかね? あれ、と言うか私の名前呼びました?」

 

 某かの意見を求めてきたが、見ずに死んだ私に言えることはなかった。ただそいつの口の中はぬめぬめしていて気持ちが悪かったことだけは確かである。種類にもよるが歯もあるようには感じなかったし、カエルと思っておけば間違いはなかろう。

 

「ははあ、そういう情報はあなたならではですねえ。いやしかし、特異なものですよ、その能力は。私だったら絶対に嫌ですけど。あの、さっき名前呼びましたよね」

 

 私とてこんなのが欲しかったわけではないが、色々な考えを持つ奴と出会えるのはありがたかった。どんな時代にも面白いのはいたし、退屈だけはしなかった。そうすると、死ぬのもそう悪くないと思えて来る。私は図らずも昔を懐かしむような口ぶりだったのだろう、射命丸は興味津々と言った風で耳を傾けていた。いつの間にか手帳が握られていた。

 

「あなたのそう言った話はてんで聞きませんね。昔なじみだと言う妖怪に聞いても、昔は強かったとか、部下を従えるほどのカリスマを持っていたとか、実は今まで一度も死んでいないとか、実は能力自体そういうものではないとか、そんな眉唾話ばかりで。本当のところ、どうなのでしょうか」

 

 私はその探求心は見事だ、と前置きし立ち上がった。

 

 ――知りたければ魔法の森に行こうではないか。

 

 

 

 日が暮れ始めた魔法の森は、緑に覆われた世界にさしてくる僅かな光源を頼りに歩くしかなく、でこぼこな地面も相まって少々心もとない。とは言え強大な化け物がいるとか、来るものすべてを消し去るギミックがあるとかはないので、我々にとっては問題なかった。

 

「それで、ここで何を見せてくれるのでしょう」

 

 私は計画を話した。

 

 狙いは私を食い殺した仮定カエルの化け物の退治である。話し合いも応じないだろうし、弾幕ごっこなどもってのほかであろう。それにここで暴れていると言うことはいずれ香霖堂か、人里までやって来るかもしれん。その前にやっておくべきだ。

 

「あなたでも誰かを助けようとか思うんですねえ」

 

 奴めは心底意外そうにうなずいた。非常に遺憾であった。そんな冷血漢にこの私が、この私が見られていたとは。文屋の癖に見る目がなさすぎる。私は公明正大で廉直な心の持ち主である。まったく、呆れ果てて物も言えなかった。

 

「十分言いまくってますよ」

 

 私は唸らざるを得なかった。最近顕著になって来たのだが、考えていることをそのまま口に出しているときが多々ある。これでは隠し事など出来そうもない。ミステリアスな雰囲気を持つ老獪な男が私であるのに、致命的と言う他ない。

 

「また言ってますよ。と言うか何です、ミステリアスだとか老獪だとか……以前は意気軒昂な野生児と言ってたじゃないですか。ちゃらんぽらんですねえ。自由奔放な三太郎がぴったりなんじゃないですか?」

 

 ああ言えばこう言う。口の減らん奴だった。

 

 そうこうしているうちに我々は随分と森の奥まで進んでしまったようで、振り返っても真っ暗、進んでも真っ暗と、気が滅入るような状況に陥っていた。目が慣れて周囲がしっかり見えているのがせめてもの救いか。

 朝は簡単にやって来たのになかなか出てこないものである。

 

「ん?」

 

 しびれを切らし叫んでやろうかと思っていたら、鴉が小さく呟いた。

 私はどうしたと即座に聞いた。

 

「いえ、気のせいかもしれませんが……音がしたような」

 

 試しに耳を澄ませてみた。

 聞こえてくるのは木々が風に揺れる音、かさかさと葉が擦れ合う音、心臓の音、後は――。

 

 確かに聞こえた。何かが地面を踏みしめる音。それも我々のような大きさではなく、もっと大きな何かが。十中八九、今朝の怪物に違いない。

 

「それで、どうするんですか? 私でも退治できるような木端だと思いますけど」

 

 私は笑った。そして徐々に近づいてくる音の方向を見据え、ただ一言呟いた。

 

 ――我が力の一端を見せてやろう!

 

 

 

 翌日、私はまた射命丸と相対していた。

 

 奴はなんとも微妙な表情をして、私が淹れてやった特製の茶をちびちび啜っている。

 

「ええと、何と言いましょうか」

 

 湯呑みを置いた奴めは、珍しいことに言い淀んでいる様子であった。私はむず痒くてたまらなくなる、と早く言うようせっついた。すると深く呼吸すると勢いよくまくし立てて来た。

 

「流石に弱すぎませんか!? 私より長いこと生きていますよね!? 大妖怪らしく奥の手があるとかじゃないんですか!? たまーにしっぺ返し食らうかもと心配していた私をどうしてくれるんですか!? 目の前でどんどん食われていく姿はなかなか経験できないものでしたので思わず撮ってしまいましたが……刺激が強すぎて使えませんね。いやー……ある意味驚きでした」

 

 言い切った射命丸はふうと息を吐いた。

 

「阿呆なことをしていましたねえ、私」

 

 意気消沈の様子に私はかっかっか、と白い歯を見せつけるように笑った。ようやくこいつに一杯食わせてやったのである。これを笑わずしていつ笑うか。

 私の勝ちだ、奴の名を呼び大声で宣言してやった。

 

「あ、また私の名前呼びましたね」

 

 昨日からそこを気にしてくるのはなぜなのか。私は腑に落ちなかったものの首肯した。

 また下らんことを企んでいたのか。

 

「実は天狗の中で賭けをしていましてね。貴方は我々を名前で呼ばないじゃないですか。基本的に鴉とか文屋とかで。なので誰が一番最初に呼ばれるようになるか、と言うのがその対象になりました。結果……私の勝ちです! はたてに何か奢らせよー!」

 

 ではでは! と鴉……射命丸は去っていった。来た時と同じように風と共に。それだけならばよかったのだが、戸までも巻き込んで出て行ったのである。私は急いでその戸を掴もうとしたが手は空を切り、どこかへ吹き飛んで行ってしまった。残されたのは女房に逃げられた男のように手を伸ばす、無様な姿勢で呆然としている私であった。

 私は勝者であったはずだ。長い期間をかけて調べていたことを水泡に帰させたはずである。だのに、なぜ、なぜこんなにも――。

 

 

 

 ――負けた気分なのだ……。

 

 

 

 


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