東方落命記   作:死にぞこない

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為さねば成らぬ何事も

 

 宴会当日はあっという間に来た。三日は我が策の杜撰さを知らしめるのには十分であり、私は一人時間の流れの残酷さを痛感していた。なぜ私はあんなにも自信満々な様子で犬走に言えたのだろう。皆目見当がつかぬ。

 

 私は刻一刻と迫って来る宴会を、自宅で頭を抱え待つことになったのだった。

 

 

 

 そうした私の胸中など何のその、酒宴が始まってしまってから結構な時間が経った。太陽は沈み切り、空には丸い月が浮かんでいた。星々と月光が博麗神社の境内を照らしており、石灯籠は淡い光を湛えている。少しばかり落ち葉が境内の石畳を埋めていたが、これはこれで季節感が出ていてよい。河童から徴収された暖房器具により、外であるにもかかわらず吐く息が白くならない暖かさであった。集まった者達は楽しそうに談笑しており、場の雰囲気としては最高である。

 

 中央あたりで蓬莱山と藤原が火花を散らしているが、仲裁に入った上白沢により事なきを得ていた。しかし因幡が焚きつけているのでどうなるのかは分からない。喧嘩にならなければよいのだがと思いながら視線を戻す。

 

 私はそんな状況の中で、紫の羽織を羽織って石畳に腰を下ろしていた。目下の課題は、目の前で繰り広げられる無言の空間を破壊することである。件の二人は私と共に車座となり座っているのだが、会話がまったくなかった。由々しき事態と言う他ない。

 

 ゆえ、いつも以上に声を張った。

 

 ――はっはっは、どうした、今日は特別いい酒を持ってきたのに全然飲まんではないか。

 

「いや、まあ、そうなんですけどね、何だか凄く見られるものですから……」

「う、あいや、そんなつもりは……」

 

 見合いか。私は胸中で叫んだ。

 

 犬走は意識のし過ぎで、誰かがいれば何とかなることすらなくなり見つめ続けるのみで、鴉はそんな普段と違う彼女にどう対応したものか苦慮している様子だった。このまま放置しては到底うまくいくとは思えん。せめて酒が進めば酔って口が軽くなるだろうと、値段も度数も高い酒を買って来たのだが、その思惑は盛大にから回ってしまったらしかった。

 

 ――まあまあ、まずは乾杯しようではないか。積もる話はそれからだ。

 

「ああ、はい、そうですね……今日はいつにもまして喋りますねえ日暮さん……何か企んでます? 誘いにも来ましたし」

 

 私は苦笑して誤魔化した。二人の仲をどうにかこうにかこねくり回すには、口を出す他ないから仕方ないのだ。追及を逃れるためにも二人の赤い盃に酒を注いだ。

 

 この盃はわざわざ私が今日のために買ったものである。やはりこれもまた気合を入れるためであり、赤ならばぐいぐい飲んでくれるのではなかろうかと言う根拠なき個人的思い込みの賜物であった。

 

 酒が行き渡ると、犬走が咳払いした。

 

「で、では、僭越ながら私が……乾杯!」

「はい、乾杯」

 

 そうしてようやく、ちびちびなめる程度であったが飲んでくれた。もっと喉を鳴らすくらいに呷って欲しいのだが、この微妙な空気がそれを許してくれない。打開するため私は視界の隅で八雲と酒を酌み交わしていた伊吹に、身振り手振りでここまで来るよう促した。この空気をぶち壊すにはあいつが適任であろう。

 

 ちゃんと伝わったか不安だったが、奴は片手に紙皿を持って、しっかりとした足取りで私の隣に座った。大分酒臭い。呑兵衛とはこう言うのを指すのだろう。私もまだほとんど飲んでいないと言うのに羨ましい奴である。

 

「酒があるのにつまみがないんじゃつまらないだろ? 夜空で一杯ってのも粋なもんだけどねえ。ほらこれ」

 

 そう言って我々の中央に置かれた紙皿の上には、六本のタレがかかった焼き鳥があった。

 私は別につまみを持ってきてくれとやったわけではないのだが、これはこれでよかろう。

 しかし鴉にとってはそうでないようだった。まあ鴉も鳥であるから無理はない。

 彼女は挙手して異議を表明した。

 

「な、なぜ焼き鳥を? 遠回しにお前を食ってやると?」

「ええ? だって美味いじゃん」

「配慮をお願いします!」

「ちぇ、仕方ないなあ」

 

 そう言って奴は戻っていった。

 

 いや待て、なぜそうなる。いつものお前ならもっとぐいぐい行くだろう。どうしてこんな時に限ってそんなあっさり退いてしまうのだ。私はそれを声に出したかったが、ここで言ってしまえば鴉に不信感を抱かれ、犬走と仲良くなろう大作戦が失敗の憂き目にあう可能性が限りなく高まる。彼女ら二人が本音で語らい、結果的にそうなるのならば納得できようが、私が理由で仲違いでは目も当てられない。

 

「ええと、焼き鳥食べます? 私は遠慮しますけど……」

「わ、私も遠慮する」

 

 ならば私が食おう、そう言って串を手に取った。

 会話の糸口は何としてでも死守せねばなるまい。

 

「この流れでよく食べられますねえ。ここは私に気を遣って食べない流れでは?」

「うむ」

 

 ――阿呆、食いたいものは食いたい時に食うから美味いのだ。焼き鳥を見たら食いたくなったから食う、遠慮などせん!

 

「い、言い切ったな……」

「これは酷い、ねえ椛」

「あ、ああ、そうだぞ!」

 

 ようやく二人の間で言葉が交わされたことに安心しながらももを食う。以前収穫祭で食ったものと同じタレの風味である。誰かがあの店で買ってここまで持ってきたのだろうか。

 

「よく味わってるしー」

「まったくだ」

「嫌な人ですねえ」

「うん、うん」

 

 最後のももを堪能し、串を紙皿に置く。

 

 そうこうしている間にどうやら少しずつ調子が戻って来たらしく、犬走は余分な肩の力を抜くことが出来たようであった。微かな変化だが、頬をほころばせている気がしなくもない。これならばちょいと席を外しても会話が続くのではなかろうか。

 

 私は他のところを見て来る、そう言って三瓶ある酒のうち一瓶を片手に側から離れた。二人の視界に入らないようにして様子を窺っていると、ぽつぽつとだが話してはいる様子であった。一安心した私は息を吐いて、他の連中に混じることにした。

 

 ちょうどよい時機を見計らって戻れば万事解決であろう。

 

 私は自らの計画性のなさを棚に上げ、そう結論付けることにした。

 

 さて何処に行こうかと軽く周囲を見回していたら、河童を弄っている花妖怪が目に入った。河童は泣きが入りそうになりながらも地べたをはいつくばって逃げようとしていたが、花妖怪は手心を一切加えず、椅子に座りながら足で踏みつけては日傘で背中をつついていた。優雅な主人とその小間使いと言った風である。

 

 ここは助け船を出すべきか、私はじゃれ合っている二人の傍まで歩いて行った。近づくにつれ、河城のわめき声が耳に届いてくる。他の皆にも聞こえているだろうに誰も助けに行かないのは、河城だからか、どうでもいいからなのか、それとも酒に夢中なのか。定かでない。

 

 私と目が合った河城はすぐさま声を上げた。

 

「ま、間壁さんじゃないか! いいところに! このままじゃこいつに殺されちゃうよ!」

「ふふ、こいつ?」

「ひいっ、か、傘が刺さる! そこらの刃物より鋭利だよこれ!」

「ほらほら」

「い、嫌だあ、こんなところでえ! くそう、そもそも間壁の誘いに乗らなければこんなことにならなかったんだからな!」

「お喋りさんね。そろそろ口を閉じたほうがいいんじゃない?」

「ふ、ふん、そう簡単に屈しないぞ!」

「へえ?」

「あ、やっぱ嘘、嘘だってば! その怖い笑顔をどっかにやってよ、お願いします!」

 

 傍から見たら意外と良好な仲を築き上げている気がした。風見も不機嫌な笑みでなく心底楽しんでいるようだし、河城の惨状に目を瞑れば友好的接触と言えよう。

 

 私は楽しそうでよかったよかったと夜空を見上げて呟いた。

 

「こっちを見ろってば!」

 

 だがさすがに本格的に泣いてしまいそうで可哀想になってきたので、私は風見にやめたまえと気品ある仕草と共に告げた。すると私も驚くほどにあっさりと足をどけた。素直すぎて気味が悪い。

 

 河城はひいひい言いながら起き上がった。服は砂だらけで汚れてしまっていた。私は酒を置いてその砂を払ってやる。そうしていつものあのリュックはどうしたと訊ねた。あれがあれば逃げることもできたろうに。

 

「あいつの座ってるの見なよ……」

 

 衰弱しきっている河城に促されるまま、にこにことしている風見を見る。すると途端に気がついた。あまりに当然のごとく座っているものだから椅子だと早とちりしてしまっただけで、それは河城のリュックであったのだ。以前見た腕が中から伸びており、椅子の脚の役目を果たしているようだった。背もたれはなかったが、そこはご愛嬌と言ったところか。

 

 ははあ、私は感心した。そんな使い方もあるとは。

 

「いやいや、あんなのは想定してないから。間違ってるから」

 

 河城はそう言いながら、私を盾にして風見に近づこうとしていた。一々やり口が狡賢い奴である。真剣な表情で袖にしがみついてくるものだから、振り払うのも忍びなくそのままにしておくことにした。じりじりと擦り寄る私たちを見て、風見は呆れた様子で口を開いた。

 

「やあねえ、取って食ったりしないから安心しなさい」

「騙されん……私は騙されんぞ……絶対に蹴りを入れて倒れたとこを踏みつけて傘で刺すんだ、絶対にそうなんだ……」

 

 河城は風見恐怖症を患ってしまったらしかった。こいつはもしかしたら貧乏くじを引く体質なのかもしれん。このままでは見るに堪えないのでリュックを返してもらうことにした。どう交渉したものかと頭の中で幾つもの策をこねくり回しながらその意を告げる。

 

「いいわよ」

 

 しかしあまりにもあっさりと、風見は立ち上がり手渡してくれた。腕にかかるずっしりとした重みが実感をもたらす。これには河城も呆気にとられたようで、私の着物の袖を掴んだまま口を大きく開けて静止していた。私も同じ気分である。なぜそんな簡単に、意図せず言葉が口からこぼれた。

 

「酒の席だからねえ」

 

 果たしてそれは心意なのか。私には推し量ることは出来なかったが、返されたのだから良しとしよう。未だ呆然としていた河城だったが、私がリュックを視界にちらつかせるとはっとしてそれを掴んだ。飛びかかるような勢いであった。

 

「よ、よかったあ。この中には必要なものがいっぱい入ってるんだよ。見直したぞ、間壁さん」

 

 先ほどまでとは打って変わって、胸を張ってリュックを背負う河城を見て、私はその変わりように思わず笑ってしまった。河城は何さ、と凄んできたがまったく怖くなく、どこか子供らしくも思えてまた笑ってしまった。

 

「何がおかしいのかしら?」

「そうだそうだ、風見様の言う通りだぞ」

「風見様?」

「へへへ、もうその強さ身に染みましたよぉ。これは風見様と言う他にないと思いましてー……」

「ふうん?」

「……お気に召しません?」

「どっちだと思う?」

「こ、怖いぞこいつぅ!」

 

 河城はまた私の後ろに回った。こちらを盾にするのにまったく躊躇いがないのは流石であった。その様子を風見は嗜虐的な笑みを浮かべ眺めていた。新しいおもちゃを発見してはしゃぐ幼子のようでもあった。

 

「あなたは全然怖くないわねえ」

「ふ、ふん。そう思ってられるのも今のうちだよ。さあ行け間壁! 我が盾となって前進だ!」

 

 まあ待ちたまえ、私はニヒルな笑みを浮かべて言った。

 

 そうして、ここは酒でも酌み交わさんかと続けところで、視界が一瞬にして切り替わった。

 

「やあやあ」

 

 なぜか目の前にレミリアがいた。アンティーク調の椅子に腰かけて、グラスに並々と注がれた真っ赤なワインを飲んでいる。見かけに似合わず堂に入っていた。その斜め後ろには十六夜が静かに立っていた。

 

 目だけを動かして場所を確認すれば、紅魔館組の定位置となっている境内の端の木陰であった。振り返り今までいたところを見てみれば、河城が揉み手をして風見に許しを乞うように腰を低くしていた。私は一度合掌して視線を戻した。

 

 何かあったのか、私は言った。

 恐らくというか十中八九、十六夜の時を止める力でここまで運んできたようだが、何の用であろう。

 

「いんや、何もないよ。ただちょっと頼み事があってね」

 

 ほう、興味惹かれた私は、十六夜が瞬時に用意してくれた椅子に腰を下ろした。見た目はただの木製の椅子なのだが、不思議と座り心地が良いものだった。高級品なのやもしれん。

 

「ほら、あんたってフランのこと知ってるでしょ? それに何回殺されても死なないし、あの子の力の制御に付き合ってやってくれない? 私が相手してあげるとねえ、あの子ムキになっちゃうから。あ、期限は特にないから気楽にやってくれていいわよ」

 

 言葉だけ聞けば命の冒涜としか言えない依頼を持ちかけてきた。

 私でなければ憤慨していたことであろう。

 

 だがそこはこの長寿妖怪。即座に了承した。

 殺されるデメリットは確かにあるものの、フランドールが力の扱いを身につければ、こうした宴会に顔を出すことも出来よう。メリットの方が断然大きいわけだ。逆に断る理由がないくらいである。

 

 当然の返答をしたまでだったのだが、レミリアは面喰らった様子であった。

 しかしすぐに笑いだした。

 

「本当にあんたは阿呆ねー」

 

 褒め言葉として受け取っておくことにする。

 

「咲夜」

「はい」

 

 控えていた十六夜は、声に応じてどこかからかワインの注がれたグラスを出して渡してきた。真っ赤なそれは近くで見ると血のようでもあり、目の前の吸血鬼を連想させる。よもや本物の血液かと思って聞いてみたが、レミリアは首を横に振った。

 

「ただのワインだよ。先払いの報酬ってことでよろしく。即席のヴィンテージ物で悪いけどね」

 

 そうして我々の間には契約が結ばれた。

 吸血鬼との契約と言うと、どこか伝説のようで気分が高揚した。

 

 

 

 本格的に夜も更け、辺りが真っ暗になってきたところで、宴会は終わりを迎えた。私はすっかりワインに溺れてべろんべろんの醜態をさらしていた。普段ならば巫女に手伝いを強制されるのだが、この私の情けない姿を見ると一度嘆息し、隅に寝かせてくれたのであった。有り難いことである。

 

 だがじっとしてることはできなかった。当初の目的であった犬走と鴉の仲直り大作戦はどうなったのか、それだけが気がかりである。ワインの誘惑に負けた私が言えた義理もないが、心配なのは確かだ。

 

 人も疎らとなった境内を見渡すと、石段に座って空を見つめる鴉を見つけることができた。犬走は私のように飲みすぎたのか、鴉に膝枕をしてもらっていた。徐に近寄っていくと、犬走がすっかり寝てしまっているのに気がついた。そろりそろりと音をたてないよう、鴉の隣に腰を下ろす。

 

 彼女は私に気が付くと、ゆっくりと視線を下ろした。

 

「酒臭いですねえ。飲みすぎたんじゃないですか?」

 

 その通りだとうなずく。

 

「顔も真っ赤ですし、ふらふらしてますし、今にも寝ちゃいそうなんじゃありませんか?」

 

 その通りだとうなずく。

 

「私の新聞を一生購読するつもりなんじゃありませんか?」

 

 その通りだ、とうなずきそうになったところで、私ははっとした。完全に頭が回っていなかった。

 

「もう少しでしたねえ」

 

 鴉はさほど悔しくもなさそうに呟いた。

 どうやら疲れてしまっている様子である。成功したのかどうかは伝わってこない。気を抜いたら今にも眠りに就いてしまいそうな危うい状態の私だが、どうなったのかだけは知りたかった。私の関与が疑われないようさりげなく話を振ってみる。

 

「ああ、やっぱり椛と飲むように仕向けたの日暮さんだったんですかー」

 

 あっさりと見抜かれていた。唸ることとなった。

 

「ははは、ばれないとでも思いましたか。この射命丸文、そんな節穴ではありませんよ。……あー……いえ、節穴ではあったのかもしれませんねぇ……」

 

 どうにもいつもの鴉らしくない。私は心配になって何があったのかを聞く。ばれているのならば率直に伝えてしまってよいだろう。すると彼女はまた夜空を見上げた。つられて見上げれば、曇り空になってしまっているらしく、星の輝きはここまで届いてこなかった。

 

「まあ、仲直りは出来ましたよ」

 

 私はおお、と小さく声を上げ鴉を見た。

 やったではないか、犬走の努力が報われたわけである。

 

「と言っても、元から喧嘩していたわけじゃあないですしね。仲直りと言うのもおかしな話です。じゃあ何で距離が出来ていたんだって話ですが……その、椛は、何というか真面目じゃないですか」

 

 私はうなずく。

 

「で、私はこの幻想郷をめぐる風のように自由じゃないですか」

 

 鴉にもある程度の真面目さはあるだろうが、犬走のような職務に忠実と言った風でもないのは確かであろう。

 

「……合わないんですよねえ。嫌いっていうわけじゃないんです。苦手、と言うのが一番近いかと。顔を合わせるともう駄目と言いますか。だからこれ以上仲がこじれないうちに離れておこうと思って、一つ噂を流したわけですよ。犬走椛と射命丸文は犬猿の仲であるって。そしたらほら、周りも気を利かせてくれると言うか、あまり近づかないようにさせてくれたわけです。致命傷は免れたんですねえ」

 

 私は彼女の独白を黙って聞くことに専念した。

 

「そうしたら今日、向こうから仲良くなりたいなんて言われちゃいまして。苦手なのは確かだけど嫌っているわけじゃないって、ああも真正面から言われるとは思ってもいませんでした。逃げるだけだった私とは大違いですねぇ。ははは、椛は強いなあ」

 

 言いながら、鴉は椛を優しく見つめて頭を撫でた。

 そうして私に顔を向けた。

 

「まあ、何ですか、この場を用意してくれたわけですから、一応言っておきます……ありがとうございました」

 

 私は目を見張った。彼女の表情は今まで見た中で一番の笑みであった。私は堪らず寝転がって空を見ながら笑った。幸せである。そう思う他ない。笑顔で感謝される、それは何よりも尊いことであると思うのだ。そんな私の姿を見て、鴉は静かに言った。

 

「……口が滑りましたかねえ」

 

 彼女はやれやれと肩をすくめると、私を起き上がらせて膝枕を代わらせた。それでも犬走は起きる様子がない。熟睡している様子である。飲み過ぎたのだろう。

 

 鴉はそれをしばし見つめた後、夜闇に飛び立った。

 

「今日のところはこれで退散します。明日からはまたいつも通りの清く正しい射命丸なので、ご心配なく!」

 

 去り際、大きな声でそう告げたのだった。

 

 射命丸、あいつは何というか、難儀な奴なのかもしれない。

 

 

 

 犬走の規則正しい寝息だけが耳に届く中、鴉の飛び去った方向をずっと眺めていたら、空が徐々に白んでくる。それに合わせるようにして覆っていた雲もなくなっていった。まるで鴉と犬走を祝福しているようでもあった。

 

 幸福が入り乱れた心境を吐き出すようにして、私は童心に返り誰にでもなく叫んだ。

 

 

 

 ――あけましておめでとう諸君!

 

 

 

 寝ていた椛が飛び起きて、寝ぼけて私を投げ飛ばした。

 

 

 




現実の季節は無視ですみませんが、今回の更新はこんなところです。
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次回更新まではまた時間が空きますがご了承ください。

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