東方落命記   作:死にぞこない

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後の祭り

 

 今日は毎年恒例の収穫祭である。

 

 無事に作物が収穫されたことを祝う催事だ。とは言え申し訳ないことだが私にとってそれは然程重要ではない。最も気にかかっているのはどんな出店があるのかと言うことである。昨年は作物で作った料理を中心としながらも、魚や肉料理も多々あった。飴菓子などの甘味も多く、私にとっては大満足の一日となったのが記憶に新しい。

 

 今年も今日に備えて人里では何かとバタバタ準備をしていたようだ。私も飾り付けなどの微々たるものだが手伝った。その結果は果たしてどうなったか。普段は静謐な空間となる夜だが、人里の端の端にある我が家にも特別騒がしい声が届いてきた。鳴き声やら叫び声やら、ある種熱狂的と言える雰囲気もある。私は期待を胸に家を出たのであった。

 

 普段から人通りの多い、種々様々な店が軒を連ねる中央の大通りには、たくさんの赤提灯が吊るされていた。見上げれば雲のない夜空に星々が煌めき、そこに浮かぶ提灯と合わさって祭りに彩りを加えている。また、通りの両端には子供たちによる作品だろうか、上手くはないものの気持ちのこもっている絵が描かれた紙灯籠が置かれていた。

 

「死神様ー!」

 

 ちょいと客には混じらず外から眺めてにやにやしていたら、いつの間にか生徒諸君に囲まれていたようである。呼ぶ声にはっとして視線を下げれば、そこには皆一様に楽しげに頬を緩めた子供たちがいた。口々に一緒に回ろうよー、と誘ってくれるが、とりあえずは一人雰囲気に浸りながらゆっくりと回りたい気分であったので、惜しいことだが断ることにした。不満げな顔をするものだから、私は彼らの頭を撫でて楽しんできたまえと言っておいた。

 

 しかしながら子供だけでは心配である。そう思って見回すと、上白沢がやって来た。

 

「まったく、相変わらず子供に人気ですね。私が連れてきたのに、あなたを見つけたらすぐに飛んでいってしまいましたよ」

 

 上白沢は苦笑してそう言った。

 生徒諸君は上白沢に気がつくと、早くいこうと急かしている。

 子供らしい腕白さを見られて、私はつい笑みを深めた。

 

「ははは、わかったわかった。転ばないよう注意するんだぞ?」

 

 では、と短く言うと上白沢は子供たちを連れて去っていった。その際、生徒諸君は私に手を振ってくれた。即座に振りかえす。良い子達である。上白沢も教師として鼻が高かろう。

 

 そうしたことも重なり高揚してきた我が心は、いざ楽しまん、と歩き始めてすぐに視界一杯に広がる、等間隔で並んだ色鮮やかな出店によって最高潮に達した。テントのような組み立て式の出店は、普通の屋台のように移動は出来なく利便性は欠いているが、それがまた祭りの風情のような気もして私は好きであった。

 

 今年も嬉しいことに売っているものは多岐にわたった。天ぷら屋の店主はそのまま天ぷらを売っていたし、顔なじみの茶屋の主人は抹茶のかき氷を出している。しかも味が抹茶のみであり、私は剛毅だなあ、と一つ買った。試しに食ってみれば結構苦く、その奥に微かな甘み、と言った風であり、子供が基本の購買層になるだろうが売れるのだろうか。少し心配になった。ゆえ食いきったあともう一つ買った。

 

 かき氷片手に進んでみれば、蕎麦屋の親父がなぜか焼き鳥を売っていた。慣れた手つきで串を回す彼に、私は不思議に思って声をかけてみた。

 

 親父はそれがよお、と笑いながら話してくれた。

 

「俺の知り合いがやるはずだったんだが、風邪ひいちまってな。代わりにやってやってんだ。あんたも買ってってくれや」

 

 なるほど、そう言うこともあるのか。おすすめとして勧められた皮を一本買って他の店を見て回ることにした。串自体が長いこともあって食いでがありそうである。秘伝のたれを使ったものらしく、甘じょっぱい香りが鼻孔をつく。食ってみればどこか懐かしい味であった。確か焼き鳥屋はかれこれ数百年は続いているところがあった。恐らくその店のものなのだろう。

 

 皮を食いながらまた歩き始める。そうすると驚いたことにその二つ隣で何と九代目が店を出しているではないか。幾つもの本を並べている。ふうむ、私は唸りながら近づいて行った。すると彼女は気が付いたらしく、座っていた椅子から立ち上がった。

 

「日暮さん、こんばんは。どうですか一冊。ただですよ」

 

 そう言って九代目が出してきたのは幻想郷縁起であった。人里に住む人々には度々渡しているらしいが、ここで配ることも始めたのか。客は多いからそう言うのもまた良いかもしれない。私は最新版をまだ持っていなかったゆえ、もらうことにした。だがさすがに持つのが厳しくなってきた。私は残っていた皮を一気に串から外して食いきり、溶け始めてきていたかき氷も急いでかきこんだ。そうしてすべてがなくなったあと、近くにあったゴミ箱にそれらを捨てた。

 

「ふふ、ではどうぞ」

 

 持って待っていてくれた九代目に礼を言って幻想郷縁起を受け取る。すぐ後ろに新たな客が来ていたので、片手をひらひら振って別れることにした。

 

 そしてまた他の店を見て回りながら、ちょいとパラパラ捲って中を見てみる。そこには永遠亭の面々が新しく書き加えられていた。仕事の早いことだ。何かと私の噂話まで拾われてしまっているらしく、以前よりも私に割くページが多くなっているのが嬉しくも気がかりである。と言うか妖精のような妖怪は未だ変わらず書かれていた。頑固な奴め。

 

 自らの評価に一喜一憂しながら読み進んでいたら、出店とは関係ないが秋穣子が人々と歓談しているのを見つけた。その隣には秋静葉もおり、姉妹仲は良好そうである。彼女らは秋の豊穣の神としてある程度の信仰を集めており、こうして収穫祭が行われた時には人間に混じって楽しんでいるのだ。いや、静葉の方は豊穣の神ではなかったか……ちょっと定かではない。どうであれ、人間と仲良くやっているのはよきことであろう。

 

 そこに混じろうとも思ったが、神様目当ての人ばかりの中に妖怪が入るのも気が引ける。他の店を見て回ることにした。今度は食い物でないものを見つけたいところである。目的を変えて注目すればおもちゃ屋も視界に入るが、どれもこれもやはり子供向けばかりだ。私のような大人にはちと物足りん。生徒諸君にあげることもあろう、と幾つかは買ってしまったが。

 

「おや珍しい、あなたがそんなものを買うなんて。僕の店ではなにも買っていった試しがないのに」

 

 出店で買ったヨーヨーややたらと光るよくわからんものを懐に仕舞い込んでいたら、ふいに声をかけられた。誰であろうと顔を向ければ、何かしら買った様子で袋を右手に提げた森近であった。

 

 私は出不精の彼が祭りに来るのが似合わぬことに思えて、僅かに動揺を声に出した。

 

「何であなたが驚くのか分からないね。収穫祭が近くなったら毎年のように来たまえ、来たまえってうるさかっただろう?」

 

 それはそうなのだが、今まで来る気配すらなかったものだから、やはり驚きを禁じ得ない。

 

「まあでも、意外と僕好みのも売っていたし、来た甲斐はあったよ」

 

 それはよかった、と言葉を返した。

 今度は僕の店で何か買っていってください、そう言って森近は帰っていった。たまには男同士この後一緒に回らんか、そう言おうとしていたのだが、言葉にするまでもなく断られてしまった。

 

「道の真ん中で邪魔よ? ごみ箱に捨ててあげましょうか」

 

 私は反射的に御免被ると返し、声の主を見た。予想通り風見である。

 また珍しい奴と出会った。

 

「あらそう、残念」

 

 風見はわざとらしく肩をすくめた。

 そうして周囲を見回した。

 

「あなたがうるさく勧めて来るから来てみたのよ。それにしても騒々しいわねえ」

 

 それが祭りの良いところである、私は胸を張って言った。

 と言うか風見も私の言葉に押されてここまで来たのか。

 

「まあ、たまにはいいかもしれないけれど。じゃあね、適当に回ってから帰ることにするわ」

 

 僅かに笑みを浮かべる風見は、そう言って去っていった。思いの外楽しんでくれている様子で嬉しく思う。追いかけて一緒に回ろうと言うのもどこか違うように思えてならず、私は彼女とは反対の方向に歩き出した。

 

 そろそろ出店の終わりが見えたところで、私は人形劇をやる魔法使いを見つけた。そこでは大人も子供も同じくらい集まって、ちょっとした人だかりが出来ている。彼女の一応のファンである私は、そこに混じって観劇することにした。

 

 すでに終盤に差し掛かっているらしい人形劇は、彼女の歌う静かな曲に合わせて、人形たちがまるで生きているように舞っていた。人形の一つ一つも手抜きが一切見られない、愛らしくも気品ある作品だ。そこだけは、騒がしく暑いこの祭りとは何の関係もない、高貴な劇場のようであった。

 

 技術的なことが何一つわからない私は、ただ綺麗だと、一言呟く他表しようがない。

 

「はい、これでお終い」

 

 そう彼女が言うや否や、観客は拍手喝采である。私も遅ればせながら手を叩く。まばらになっていく人々を見送り、私は人形を木製のケースに入れて片付けている彼女、人形遣いのアリス・マーガトロイドに声をかけた。

 

「ああ、久しぶりね。こうして話すのは……爆殺して以来?」

 

 私はうなずいた。

 

 彼女は魔法に対する研究に余念がなく、私でその実験をするものだからたちが悪い。爆殺と言うのはそのままの意味である。人形を爆発させ私を死に追いやったのだ。どのくらいで致死に値するかを見極めたいとのことだったが、軽く二回は死ねそうな威力であったことをここで言っておきたい。

 

 まあしかし、あれは私がやれるものならやってみたまえ、と挑発したのもいけなかった。まさかあんなに好戦的だとは思えなかったのである。少しくらい躊躇すると思っていたのだ。ゆえ、あまり言う気にもならずその話はそこで終わりにした。

 

「そうそう。最近運が悪かったりしない?」

 

 次の話題を探していたら、彼女は唐突に変なことを言った。首をかしげるような質問だが、私は記憶を掘り起こして見た。しかし特に心当たりはない。強いて言えば風邪をひいたくらいのものである。それもただ気を抜いていただけであろう。

 

「そうなの。じゃあまだまだみたいね」

 

 どうにも怪しげな反応をする奴だ。また何かしら企んでいるに違いない。

 私は問いただすことにした。

 

「別に企んでなんかいないわよ。ただ実験でね、呪いの」

 

 呪い。

 それを聞く限りまったく良い予感がしない。

 

「そんな目で見ないでよ。やましいことはしていないわ。これもまた、魔法の研究の一環てだけだから」

 

 それならばよい、私はそう言って納得することにした。彼女は嘘はつかん、つくかもしれんが分かりやすい物はない。ならばそれほど危険なことではないか、直ちに影響が出るものではないのだろう。

 

「それじゃあ、私はもう帰るから」

 

 さよなら、そう言う彼女に私も同じ言葉を返す。

 彼女は振り返らず手を上げてそれに答え去っていった。

 

 何だか格好いい去り方ではないか。

 今度真似してみようか。

 

 そんなことを考えながらまた歩き始める。だがもうその先に出店はなかった。すぐそこが出口である。ここを出れば私と伊吹が喧嘩しただだっ広い平野に出ることが出来る。忌むべき土地だ。出来る限りは近づかないに越したことはない。踵を返し、また見て回ろうとしたところで、私の視線の先にいた角の生えた小娘がにたっと笑った。

 

 私もひくついた笑みを浮かべたことだろう。

 奴は片手に瓢箪を持ち、千鳥足でこちらに近寄ってきている。逃げられるのか、そう聞かれればはいと答える。だがそれは得策ではない。やりたい時にできない欲求不満はあの鬼の中ですくすくと幼子のように育ち、そうして成長しきったとき、我が眼前に現れその牙をむくことだろう。

 

 そのため逃げる気はさらさらなかった。

 反対に私は率先してあの忌まわしき平野に歩を進めた。この祭りを通して高まった気分のままやってしまったほうが、私にとっても良いに違いないのである。目的地にたどり着き、余裕ぶって徐に振り返った。

 

 伊吹はしっかりとした足取りで後をついてきていた。その表情は何のしがらみもないとでも言うように、晴れやかな笑顔であった。赤らんでいた顔は元通りとなっていた。私の頬を冷や汗が流れるのは当然の帰結であろう。酔ったままならば避けるのも容易かろう、そう言った可能性もちいとばかりあったわけだが、もう雲散霧消していた。

 

 後悔先に立たず。我が脳内をぐるぐる回った。

 

「今日は気分がいいよ。何時にもましてやる気が出るねえ」

 

 そんなこと聞きたかあない。私は吠えた。

 

「そうかい、よし、じゃあやろう」

 

 伊吹が僅かに腰を落とす。気迫がこちらにも伝わってくるようである。逃げ道を確保しようと周囲を見たら、至る所に月のクレーターのような大穴があった。これは以前の喧嘩の時に奴が付けた傷に他ならない。激戦を予感させた。

 

 覚悟を決め鬼と相対した私は、上着を脱いでおもちゃをくるみ安全圏に置く。壊されては堪らん。そんな私を祝福するように、月光が優しく包んでくれていた。

 

 気合を入れて伊吹を見据えた時、ふと、人形遣いの言葉が繰り返された。

 

 ――運が悪いとはこの事か!

 

 

 

 死闘が終わり、ある種の爽快感を抱きながら帰る。祭りの喧騒はすでにどこかへ過ぎ去っていて、私は肩を落とした。隣を歩いていた伊吹が、寂しがり屋め、と呟くのが聞えた。

 

 

 

 そのあと何を思ったか、我々は一昼夜飲み明かしたのだった。

 

 

 


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