東方落命記   作:死にぞこない

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雨降って地固まる

 私は悩んでいた。

 

 今日は博麗神社で宴会が開かれる日である。なんでも、永遠亭のメンバーの歓迎会的な側面を持つらしく、出来る限り大勢で騒がしくやってやろうとの趣旨の元招集され、私の知り合いはこぞって参加するらしいのだが、その中に紅魔館の連中もおるらしい。

 

 いや、別にそれはいいのだが、どう接していいのやら少し難しかった。私はあそこの主のレミリアに拳骨を落としてしまったし、妹らしいフランドールには殺されてしまった。……妹の方はさほど関係はないか。我が悪癖が暴走した結果だが、どうにしろどんな顔をしていけばいいのやら。謝りはしたのだが、相手方から返事はもらっていない。以前の行動が明確に足を引っ張っている現状だった。

 

 酒を持ってこいと言う巫女の命令通り酒はしこたま買いこんであるのだが、いざ行かん、という段になって頭を抱えている。居間で一人胡坐をかいているとどんどん駄目な方へ思考が飛んでいき、レミリアに殺されるのではなかろうか、との結論に至ってしまった。

 

 いや、それくらいならばいいのだが、酒の席で死にざまを見せるのはよろしくない。美味い物も不味くなろう。ここはあれだ、まだ宴会の時間には早い。先に紅魔館に謝罪行脚に行き関係をいじくりまわそう、それがよい、そうせねばなるまい。

 

 やることは決まった。私は重い腰を上げた。

 

 

 

 道中チルノら妖精たちの遊び相手を務めていたら時間が経ってしまった。夕暮れ時も近づき始めている。紅魔館を前にした私は手早く済ませようと中に押し入った。門番の女性はいなかった。買い出しに行かされているのだろうか。以前の吸血鬼異変で大半の妖怪たちは吸血鬼には敵わんと身にしみているだろうから、紅魔館を襲う阿呆はおらんだろうが。

 

 中に入って見ればやはり真っ赤で目に悪い。カーペットは赤く、装飾まで赤を基調としているがために視界が赤に染まっていた。外観からは分からないほどに広いこともあり、どうしたものかと肩を落とす羽目になること請け合いである。

 

 まずは目の前にある階段を昇っていけばいるだろうか、と歩を進めた。しかし突如現れた少女によって足を止めることとなった。

 

「これは珍しい。お久しぶりです」

 

 そう言って頭を下げてきたのは、ここでメイドとして働いている十六夜咲夜であった。私と彼女は一度か二度、しかも宴会でくらいしか顔を合わせていないのだが、よくもまあ覚えているものである。レミリアの隣に静かに佇む彼女は、レミリアを避け気味な私とは碌に話したこともなかろう。

 

 今日も普段通りのメイド服を着こなしていた。彼女は私服もこれなのだろうか。記憶にある限り他の服を着ていたところを見たことがない。

 

「今日は何の御用で? 宴会が催されるので急用でなければお引き取り願いたいのですけれど」

 

 私はレミリアに会いに来たのだと伝えると、十六夜はまあ、と驚いた様子で声を上げた。

 

「お嬢様なら宴会の準備をしております。人間に吸血鬼の力を見せてやろうとのことで、秘蔵のワインを持っていくようです」

 

 太っ腹なことである。私は数だけでも持っておこうと安酒であった。負けた気がした。

 その後、少しだけならば、とのことで会うことを許してもらった。

 

 通されたのは客間のようで、真っ赤なソファが向かい合って置かれている。片方に手持無沙汰なレミリアが座っていた。こうしてみると本当に小さい。生徒諸君と変わらぬ容貌である。違うのは大きく綺麗な羽を持っているくらいのものだ。私は簡単な挨拶をしてもう片方のソファに腰を下ろした。

 

 十六夜はそれでは、と言って去っていった。

 

 いなくなるのを見届けていると、レミリアが徐に口を開いた。

 

「こうして話すのは……こっちに来て以来?」

 

 私はうなずいた。

 

「霧で幻想郷を包んだとき出て来るかなあって思ってたんだけど、結局出てこなかったしねえ。まあ、スペルカードルールってのを制定してから初めての異変てわけで、あんたが出て来る場面もなかったか」

 

 語り始めているが、思っていたよりも柔らかかった。拳骨一発のお返しでひねりつぶされるやもと思っていた私にとっては朗報である。一安心だ。

 

「で、今日は何しに来たの?」

 

 その言葉に私は、我々の間にあるだろうわだかまりをなくそう、と話した。今日の宴会でそんな雰囲気でも漏れ出てしまえば場の空気を壊すことになるかもしれん、と。するとレミリアは呆けた顔をした後に笑った。

 

「全然そんなこと思ってないんだけど。気にしすぎじゃない? 私はここを侵略しようとして、そっちは守ろうとしたってだけだしねえ。そもそも責められるのはこっちだろうし。あ、だから宴会でも近づいてこなかったのか」

 

 想定外が重なりすぎて私の頭は機能停止寸前まで追い込まれた。私が知っている彼女は、幻想郷に住んでいた人間を襲う気満々の平和を嫌う妖怪たちをまとめ上げ、一大勢力を作り上げた人物である。そしてそれをもって侵攻を開始する寸前、八雲に送り込まれた交渉役の私が防ぐこととなったのだ。

 

 ゆえに、私にとっての彼女は未だ恐ろしい吸血鬼なのだが、どうやらそうでもないらしい。

 

「ああ、何? もしかしてあの時のことで恨みを買っていたと思っていたわけ?」

 

 私は大いにうなずいた。

 

「呆れたわねえ……。私は負けを認めたじゃないの。高貴な吸血鬼は、一度認めたことを反故にはしないわよ」

 

 容姿からは想像できぬ品位溢れる言葉であった。

 晴れやかな気分となった私は礼を言って立ち上がった。

 

「もう帰っちゃうの? どうせ行き先は同じなのだから一緒に行かない?」

 

 嬉しい誘いに、私は反射的にうなずいた。

 

 

 

 私とレミリア、十六夜、そして門番の紅美鈴、図書館のパチュリー・ノーレッジの大所帯で、途中我が家で酒を持ってから博麗神社へ向かった。フランドールは良いのかと聞いたが、私が彼女を知っていることに驚いたのち、「フランは力の扱いが未熟でね、まだ危険なのよ」とのことでお留守番となったようだ。その世話にノーレッジは小悪魔と言う使い魔を置いてきたというから安心であろう。いずれ一緒に宴会を楽しみたいものである。

 

 我々が博麗神社に着いたころには夜の帳も落ちていた。

 境内の隅に置かれる石灯籠の明かりが、淡く影を作り出している。

 もうほとんどの者は来ているらしかった。

 冥界の二人は境内の隅の方で食事を始めていた。西行寺にせっつかれて先に作ったのだろうことは想像に難くない。魔法使い組の魔女と人形遣いは木陰のところで何やら話し、八雲らは本殿の近くに座っている。巫女は中でつまみやらなにやらの準備をしているだろうからいないのだろう。

 

 とすると後は永遠亭のメンバーくらいか。

 

 始まったわけでもないのに酒を飲み酔っぱらっている鬼を見つけたので、小突いてからその隣に座った。レミリアたちは木陰に陣取ったようだ。定位置である。持ってきた十数本のワインの瓶が並び、壮観であった。

 

 私も周りに酒瓶を置いたが、あれほど格好はつかん。

 

「やあやあ、どうだい調子は」

 

 ――最近は死なんで済んでおるわ。

 

「へえ、でも鈍っちゃうだろ? 一発死んどく?」

 

 一杯いっとく? と言う軽いノリで死を勧めるこいつはやはり恐ろしい鬼である。

 私は丁重にお断りした。

 

「残念だねえ。ま、またいつかやりに行くからよろしく。それにしても腹減ったなあ」

 

 死刑宣告をした伊吹は悠々と立ち上がった。どこに行くかと思えば西行寺の食い物を横取りしようと思っていたようで、千鳥足で近づいていっている。もちろん成功するはずもなく、魂魄に追い出されたようだ。

 

 何をやっているのやら、私は手近にあった安酒の蓋を空けそのまま飲む。

 これと比べるとやはり藤原に買っていったあれは美味かった。一人俯いて吟味していると、何やら影が近づいてきた。徐に見上げる。

 

 そこにいたのは鈴仙であった。心なしか兎耳が震えていた。緊張しているのやもしれん。

 他のメンバーは何処にいるのかと顔を動かすと、目の合った蓬莱山に微笑まれた。その近くには八意と因幡もいる。ほぼ境内の中心で固まっているようだ。主賓に相応しい位置であろう。

 

 となったらなぜ鈴仙はここに来たのだ。

 私は聞いてみた。

 

「師匠が他の人と話しなさいっていうから、その、仕方なく」

 

 ははあ、私は嫌らしい笑みを浮かべたことであろう。

 

「な、何よ、文句ある?」

 

 私は首を振って横に座らんかと言った。

 すると鈴仙は素直に腰を下ろした。

 

 これは、他は面識のない者ばかりであり消去法に相違ないが、ある程度の信頼は勝ち取れていると思っていいのではなかろうか。嫌っている相手の近くには来ないはずである。友人となるための喜ばしい第一歩を着実に踏めたわけだ。

 

 私はさらに打ち解けるため彼女に酒を勧めた。

 

「え、このまま?」

 

 うなずくと、彼女は迷う素振りを見せたものの瓶の蓋を空けた。

 私は彼女の持つ瓶にこちらの瓶を軽く当て乾杯とし、一気に喉を鳴らしながら呷った。

 

 ――かぁ! 美味い!

 

 そんな私を胡乱気なものを見る表情で眺めていた鈴仙だったが、終いには飲んでくれた。

 

「う、不味いわねこれ」

 

 私はかっかっかと笑った。

 大変素直でよろしいことだ。

 

「あ、まさかわざと飲ませたの!?」

 

 そんなはずはない、瓶に口を付けながら頭を振った。

 そして飲み干してからこう言った。

 

 ――そう思うなら、また今度美味い酒を酌み交わそうではないか、それで勘弁してくれ。

 

 鈴仙は消極的な了承の返事をしてくれた。

 

 

 

 宴会はその後巫女がつまみをたくさん持ってきて、ようやく始まった。そうして恙なく平和に進行し、皆が皆酔っぱらい顔を赤らめていた。永遠亭のメンバーは、初めてということで他の奴らにもみくちゃにされていた。しかし楽しそうであった。ちょいと不安だった鈴仙も兎耳をいじられながらも微笑んでいた。私は遠目にそれを眺めながらレミリアと一緒にワインを飲んだ。

 

 ワインは普段飲まんのだが、良い香りのするものである。

 今度からは紅魔館にお邪魔してご馳走してもらおうと思った。

 

 途中鴉の取材と言う名の賑やかしが入りさらに騒がしくなった。私の安酒をおごってやったら微妙な表情で他の取材に回っていったのが納得いかん。そんなに不味いだろうか。今度酒屋の主人に相談せねばなるまい。

 

 騒がしく慌ただしく、平穏とは程遠いが、皆が笑い、語り、そして仲を深める。

 これぞ幻想郷と言った光景が、眼前に広がっていた。

 

 

 

 ――よきかな!

 

 

 




一応、第一部完と言った感じです、わちゃわちゃしていますが。
次回の更新は遅くなると思われます。

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