東方落命記   作:死にぞこない

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賽は投げられた

 

 蓬莱山の誘いに乗り、翌日も私は迷いの竹林を訪れた。彼女によれば案内は因幡に任せたと言うことだが、本当に大丈夫なのだろうか。どうやらあの二人は知己にあるようだが、私に対するあいつの非道を知らないようである。しかしここを熟知しているのも事実。

 

 私は観念して足を踏み入れた。

 

 未だ後ろを振り向けば光が見える。私はここで待つことに決めた。

 だがなかなか因幡が姿を現さない。私たちは時間を決めていなかったのだ。満月だからと御呼ばれするならば、夜中になってからよりも早く行った方が楽しめようと思って来たわけだが、あちらはそうではなかったのかもしれん。後悔の念を抱いたのもつかの間、がさがさと音を出しながら前方より現れたのは因幡であった。

 

 いつもより元気がなく、心なしか兎耳が垂れすぎている気がした。

 私は心配になり声をかけた。

 

「わさびって、結構辛いねえ……」

 

 私は微笑みながら歩み寄り、因幡の頭を一発叩いてやった。

 昨日菓子を盗んだのはこいつであったらしい。

 

「な、何すんの。確かに拾って帰ったお菓子を食べた私が悪いけどさあ」

 

 それは私のだ、と告げると露骨に視線を泳がせた。一応やってしまったという想いはあるらしい。反省しているようなので、私はもう良いとだけ言い案内してくれるよう頼んだ。すると素直にうなずき先導を始めるものだから気味が悪い。いや、反省の証として良い方に捉えておくことにしよう。

 

 数分歩いているともう光源が消えていく。周囲を照らすのは僅かな陽射しばかりであった。その中でも迷わない断固とした足取りで進む因幡は、私の目に頼もしく映った。何だか順調に事が進み過ぎている気もしたが、こう言うこともあろう。日頃の行いが実を結んだのである、私はそう考えることにした。

 

 歩くだけでは退屈してきたので、道すがらこれから行く屋敷の話を聞くことにした。

 

「永遠亭って言ってね、大きい屋敷だよ。本当は誰も寄せ付けないよう言われてるんだけど、姫様からのお願いじゃあねえ」

 

 姫様? 蓬莱山はそんな呼ばれ方をされているのか。

 私は慣れない言葉に思わず聞き返した。

 

「そう、かぐや姫ってねえ。なんでも月から来たらしくて、いや、逃げて来たって言ってたっけ。だから月の使者はもちろん、他の人も近寄らせるなって言われてるよ」

 

 ほう、かぐや姫。

 私の記憶にないとは言い切れない名前であった。

 いつぞやそんな名前を聞いたのかもしれない。

 月から来たと言うし、以前夢で思い出した月の都で聞いたのだろうか。

 

「ま、ここに来られるのなんていないけどね。だからあんたが呼ばれるのは驚いた。どんな心境の変化なんだろう」

 

 聞く限り私は随分と良い待遇を受けているらしかった。何がどう蓬莱山の琴線に触れたのかは分からんが、出来る限り期待には応えよう。出なければ楽しみにしているだろう彼女が可哀想だ。俄かに楽しみになって来た。

 

 そうこうしているうちに、不思議な建物が視界に入った。

 一言でいえば武家屋敷である。そしてこんな場所にあると言うのに、塀にもまったく傷一つなく汚れもない。経年劣化の跡も見受けられず、周囲と融和することなく浮いていた。我が道を行く、と言う感じの建物であり、なかなかに愉快そうな印象を受けた。

 

 あれが永遠亭であろう。

 

「じゃあ、仕事は果たしたからねー」

 

 建物に夢中になっているうちに、因幡は姿を消した。

 残された私は意気軒昂となったまま永遠亭へと近づいた。

 

「待ちなさい!」

 

 綺麗な屋敷だと思って観光地に来ている気になっていたのだが、その声を聞いてはっとした。なぜか切羽詰まったような声である。はて、話は通っているはずではなかったか。

 

 声の方を注視すると、そこにいたのは兎の耳を生やした少女であった。因幡のようには垂れてなく、上に伸びている。さぞ聞こえやすいことだろう。良いことだ。

 

「輝夜様は連れ出させないわよ!」

 

 待ちたまえ、私がそう言うよりも早く彼女の赤い瞳が妖しく光を放った。

 何事かと身構えたが、攻撃された様子はない。不思議に思い首をかしげる。

 だがその瞬間視界がぶれた。周囲の竹のざわめきが妙に近く聞こえ、私は頭を押さえた。

 

「隙あり!」

 

 気が付いたときには、彼女の拳が私の腹部を正確に捉えていた。躊躇のない素晴らしい一撃である。破壊力では風見とは到底比べられないが、思い切りの良さは評価したい。そう冷静に考えているものの、私の視覚と聴覚は滅茶苦茶であるし、連撃に繋がった彼女の動きについていけず翻弄されっぱなしであった。

 

「これでっ!」

 

 掛け声とともに足が私の顎を捉え蹴りぬく。これまた称賛に値するものである。多彩な技はどこかで訓練を受けたらしいことを伝えた。こんなところに武闘派の兎が隠れ住んでいたとは驚きだ。

 

 私は薄れゆく意識の中そんなことを考えた。

 

 

 

 そうして目覚めればどこかの部屋である。昨日と同じパターンであった。畳の香りに板張りの天井と、稗田の屋敷を思わせるものだが、顔だけ動かして周りを見てみたらどうにもそれとは違う。私がいるここは広い和室に変わりなかったが、襖の空いたその先には大きな庭があった。数十人が遊べそうな広さだ。

 

 外はもうすっかり暗くなっていた。僅かな陽射しすらさしていない様子から、長いこと寝ていたらしいことを理解した。あの兎耳の少女は私を殺さず、気を失わせるにとどめたようである。私に対してはそれが一番正しい対処だ。感心した。

 

 時間は分からないが、そろそろ満月も見えて来るだろうと思われて、私は起き上がった。そうして庭に出てみた。酒を飲むにはここが一番適しているだろう。蓬莱山も同様に思っているに違いないという考えからであった。

 

 物珍しく思って周囲を眺めていたら、先ほど私を昏倒させた少女が何やら体を動かしていた。庭の各所に置かれている灯篭が彼女を照らしている。竹林の中では暗くて分からなかったのだが、綺麗な薄い紫色の長髪を揺らしていた。

 

 間違って殴られてはたまらない、私は彼女から少し離れたところで声をかけた。

 

「はい?」

 

 兎耳がぴくっと動き振り返った。

 

「……何よ」

 

 睨まれた。

 だが怯んではいられない、蓬莱山はどこにいるかと問う。彼女と酒を飲むのが目的でここまで足を運んだのである。

 

「輝夜様なら奥の部屋に……」

 

 奥の部屋。

 私がどこにあるのだろうと屋敷を眺めていたら、彼女は案内を始めてくれた。縁側を歩き、庭を眺めながらついていく。よく手入れされており、乱れた場所が一つもなかった。

 

 兎耳がピョンピョン動くのが面白く、ときたまその後ろ姿を見ていたのだが、何やら見覚えのある服装な気がして私は顎を擦った。

 

「ここ」

 

 そんなことを考えているうちに着いてしまった。どこも広く大きい部屋であると思われたが、私が通されたそこは一際大きく、おそらくは稗田よりも大きい。我が家がどんどんみすぼらしくなっていくように錯覚した。というか事実であろうからなおさら侘しい。

 

「私はこれで」

 

 そう言うと彼女は、私が中に入ったのを確認して襖を閉めて去ってしまう。名前を聞くのを失念していたのが悔やまれた。とは言えもう蓬莱山は視線の先でにこにこと待っていたので、私は彼女の向かいに腰を下ろした。我々の間にある大きな卓も傷一つなく新品同様であり、その上に載っている盃と酒瓶も同様である。ここにきてから見たものを思い起こすと、すべてこうであったことが分かった。

 

 外観からわかる以上に不思議なところであるらしかった。

 

「来てくれてありがとう。そしてごめんなさい。早とちりであなたに怪我をさせてしまいました」

 

 そう言うと頭を下げられてしまった。もともと怒ってもいなかった私はどうしたものかと思ってこちらも頭を下げた。怪しい者で申し訳ないというわけだ。

 

「私としてはあなたと語り合いながらお酒でも、と思っていたのだけれど、永琳が許してくれなくってね。無理矢理押し通したけど」

 

 永琳?

 初めて聞く名であった。

 私が首をかしげていると、彼女はああ、と言って説明してくれた。

 

「永琳は私の親友よ。それが一番近いと思う。何かと心配症でねえ。今日だってわざと鈴仙に伝えないであなたを殺そうとするし、困ったものよね」

 

 ははあ、私は息を吐いた。

 因幡に月から逃げてきたと聞いたから実は心細いのかもしれんと思っていたが、どうやら割と暢気な性格らしい。私としてはそちらの方が良いが、永琳とやらにしたら悩ましくもなろう。

 

「そうだ、あなたに私のことは碌に話していなかったわ。お酒を飲む前にちょっと話しましょうか。相手のことをよく知った方が楽しいでしょう?」

 

 私に否やはない。うなずいた。

 すると彼女は滔々と話し出した。

 

「私は元々月の民だったのよ」

 

 それは因幡にも聞いた話だからさほど驚きはない。

 

「でもずっと昔に月から地上へ追い出されたの、禁忌だった蓬莱の薬を飲んじゃってね。元々地上には興味があったから良かったのだけど、その追放は期限付きでねえ、月の民が連れ戻しに来たってわけ。でもその頃にはもう地上が魅力的に思えていたし、帰る気なんてさらさらなかった」

 

 地上もそう思ってくれたらありがたいことだろう。

 私はうんうんうなずいた。

 

「そこで永琳の登場よ。永琳は連れ戻しに来た月の民の一人だったけど、私の言葉を聞き入れて一緒に逃げてくれた。そうして流れ着いたのがここだった。それからもう長い間ずっとここに住んでるの」

 

 予想以上に濃密な人生にははあ、とまたも息を吐かざるを得なかった。

 

「どう? これで大体は分かったかしら」

 

 私はうなずいた。

 

「よし。じゃあ飲みましょうか」

 

 年齢をわからなくするその微笑みは、確かに姫であると感じさせるものであった。

 

 

 

 

 酒を飲み始めて少しして、空いた盃を手で弄んでいた蓬莱山はぽつりと呟いた。

 

「楽しいわね」

 

 私はそれはよかったと笑った。

 呼ばれておいてつまらないと言われず、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「自分がやりたいことをやって、こうして笑いあう。……面白いのよねえ。こんな簡単なことなのに」

 

 私は同意した。

 

 ――楽しきことは自分から、これが肝要だ。

 

 私の言葉に、蓬莱山は少し間を置いてうなずいた。

 

「うん、むかしむかし、そう言って語り聞かせてくれた人がいたわ。普通の人はそうやって人生を楽しむのだ、はっはっはって……馬鹿みたいに笑って。みんなが私を特別な人って扱いで接してくるのに、あの人は気楽だったわねえ。それが何だか心地よかったっけ」

 

 そいつは良いことを言うではないか。もし出会っていれば友になれたかもしれん。だが確実に死んでおるだろうことが悔やまれる。

 

「……勝手にいなくなってしまったけれど!」

 

 力のこもった声とともにじろっと睨まれた。なぜであろう。私が何かしたか。

 

 そうして度々何に対する愚痴かも分からぬ言葉を交わしながら時間は進み、ほろ酔い気分となってきたころ、降って湧いた疑問を口にしてみた。なぜ私だけを呼んだのか、ということである。せっかくあの場では藤原もいたのだ。眠ってしまっていたが、起きてから誘えばいい話であろう。

 

「ああそれは、お守り、みたいな……」

 

 お守り。それは一体どういう?

 私の言葉を遮るように、彼女は忘れてた、と声を上げた。 

 

「満月を見ようと誘ったのよね。庭に出てみる?」

 

 そうだった、と笑って我々は連れたって庭に出た。見上げると竹林にできた穴から確かに大きな月が見える。しかし、どうしたことか、私は言い知れぬ違和感を覚えた。普段見ている月にしか思えなかったが、そこから発せられる光はどこか違う。

 

 私は疑問を口にした。

 

「実はね、月の使者が私を見つけて連れ戻しに来るっていうから、こちらにたどり着けないように元々の月を隠したのよ。綺麗でしょう? ああ、大丈夫、もう少しすれば戻るわ。何だか夜が長い気もするけれど……」

 

 私は唐突に嫌な予感がした。酔いが醒めるのを自覚する。

 これはれっきとした異変に他ならない。それに月の光は多くの妖怪へ影響を与えている。普段と違う力を受けるとあっては、さらに彼女の言によれば夜が長いらしいから、妖怪にも不調をきたすものが出るに違いない。

 

 そして異変となれば動き出すのが博麗の巫女。もしかしたらこれは幻想郷全域へ影響を与えるだろう異変でもある。野次馬の如く他の者がやってきても不思議でない。

 

「どうしたの?」

 

 蓬莱山が私の顔を覗き込んできた。

 そしてそれと同時に、背後から声が飛んできた。

 

「あんたたちが犯人ね!」

 

 我々は同時に振り返った。

 そこにいたのは我らが博麗の巫女、そして八雲紫であった。

 最終局面に移行した雰囲気である。

 私はもう笑うしかない。確かに犯人は蓬莱山であろう。そうしてその隣にいるものも関与を疑われよう。つまり私も犯人になる。逃げ道はない。

 

「……出世したものねえ」

 

 八雲が私を睨んできた。扇子で口元を隠している。

 これは、絶対に気が付いている。私が何も関係がないことに気が付き笑ってしまっているが、巫女に気取られないようにしているのだ。そうに違いない。

 そこは誤解を解いてほしかった。

 

「……あんたさあ、暇すぎてこんなことをやるまでになったわけ? 異変解決に駆り出される私のことも考えなさいよ」

 

 まあ待て。私は巫女に聞いた。伊吹はどうしたと。あいつがいれば私の味方をしてくれようという儚い願いである。しかし巫女は嘆息した。

 

「萃香なら、これなら喧嘩売ってくる妖怪もいるかもとか言って出て行ったわ。まったく、居候の癖に自由すぎるわよね」 

 

 あまりに脆すぎる、縋るには心もとない希望だった。

 そうして膝を屈しなじられる私を庇うように、蓬莱山が前に出た。

 

「ちょっと、私の前で勝手に楽しそうに話さないでよー。犯人は私だから、私。仲間に入れてー」

 

 違った。遊びたい盛りの子供であった。そうして集まった三人は何やらごにょごにょ話したのち、空中に浮かび上がり弾幕ごっこを始めた。

 

 

 

 下から見上げる私は花火のように華やかなそれと満月を合わせて見られる贅沢さに感謝しつつ、酒を持ってきて縁側に座り特等席で見物することにした。

 風流とはこう言うのを表すのかもしれん。

 

 どうせこの後某かの試練が待ち構えておるのだ。

 凪の湖面の如く落ち着いた心持ちで待つのみである。

 

 そう、普段の私のように。

 

 

 


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