東方落命記   作:死にぞこない

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飛んで火にいる夏の虫

 

 今日は妖精に聞くこととした。理由はない。

 強いて挙げれば簡単に死ぬことがなさそうだからだ。

 氷精のチルノはいつも通り湖の上で遊んでいた。大妖精もその付き添いで嫌々付き合っているようだ。様子からして鬼ごっこをしているのだろうが、目に見えてやる気が違う。チルノは気が付いていないのだろう。

 

 悲しいピエロだ、と涼しい湖のほとりで眺めていると、いきなり足が凍った。あまりに唐突で私はたまらず喚いた。するとチルノの笑い声が聞こえてくる。

 

「はっはっは! どうだ、あたいは強いだろ!」

 

 不意打ちで優劣をつけるのはいかがなものか。私は幼子を諭すように優しい口調で続ける。強さを誇りたいのならば正々堂々やるべきである。しかしチルノは小言など耳に入らないらしく、既に私を無視して違う遊びに興じていた。今度はカエルを凍らせているようだ。凍らせては水につけて戻し、また凍らせてを繰り返している。

 私は同じようにすれば足が治るのではないかと考え、割れないよう慎重に動き水に浸した。しかしそこで手が滑った。冷気で覆われたほとりは滑りやすく、足に力が込められないことも災いし、湖へ芸術的な滑り込みを果たした。そして浮き上がること敵わず窒息して死んだ。

 

 

 

 あまりにも情けない死にざまに愕然としながらとぼとぼと湖への道を歩く。本当のところは自宅で寝て先ほどの記憶を抹消してしまいたいが、戻ってあの間抜けな死を口外しないよう口止めしなければならん。

 どうやったものかと思案を巡らせていた道中、ふわふわとした暗闇に出会った。

 

「あー」

 

 間延びした眠そうな声が聞えて来る。ルーミア、と私が名前を呼ぶと暗闇が消え中から少女が姿を現した。何かを期待するような笑顔である。

 

「今日は食べてもいい日?」

 

 私は断固とした口調で否定した。食べてもいい日などありはしないのだが、そこを説明すると時間がかかってしまう。悲しき過去を消す絶好の機会を逃すのはあまりにも惜しい。

 私はいそいそとルーミアと分かれ道を急いだ。

 

 やがて湖に着いた。そこでは依然チルノがカエルを凍らせて遊んでいた。だが今度は失敗したらしく、粉々に砕けてしまっていた。私よりは幾分か華やかな死に方である。いっそ羨ましさすら覚える。

 

 しかし大妖精の姿はなく、どこにいるのかと周囲を見渡す。どうやら疲れたのか飽きたのか、私が座っていた場所に腰を下ろしてチルノを眺めていた。私は一縷の希望にかけ、然も何もなかった風に隣に座り話しかけた。

 

「あ、さっき死んだのだ」

 

 衝動的に大妖精の頭をはたいた。そして呻く彼女になけなしの良心が痛む気がしたが気のせいである。そんなもの持っていても何の役にも立たない。

 未だ頭を抑える大妖精にそのことは誰にも話さないよう求めた。すると彼女はにこやかに承諾した。まるで向日葵のような笑顔だ。微塵も邪気を感じさせない表情は見事と言う他ない。しかしその言葉はまったくの嘘であろう。私は何度彼女ら妖精に騙され死んだことか。酷いときなど身ぐるみはがされ道に迷わされた挙句餓死した。

 

 私は死んでも問題ないと大抵の妖精に周知されてからは、そんなことも日常茶飯事で慣れてしまっている自分が恐ろしい。一種の愛情表現かもと思い始めてもおかしくない。と言うか最近はそう思うようになった。

 

「みんなにも教えてこよー」

 

 大妖精はふわふわと去っていった。

 教えてこよーと言うのは口外しないように、ということではなくあいつ変な死に方したんだよーと妖精連中で共有する気だろう。もう止めることは無理だ。私は潔く負けを認め、一人哀愁を纏い格好つけて湖を去った。

 

 帰り際、ルーミアにまで伝わってしまったことを本人の口から知り、足早に自宅へと帰還し寝た。当初の目的すら忘れていた事実までもがのしかかり、さめざめと泣き枕を濡らしたのは言うに及ばずである。

 

 

 

 子供とは無邪気なものである。しかし妖精たちほど無法なわけではない。良い塩梅だ。私が死なずともいい場所は限られており、この寺子屋もその一つだ。傷ついた心身を癒すため訪れた。以前不法侵入で上白沢に頭突きされ生死の境をさまよい、危険地帯認定が下る寸前だったが、あれはこちらも悪かったと考え直し度々入り浸っている。

 

 子供たちの後ろに座って授業を見ていると、この詰まらん内容だ、眠ってしまうのも不可抗力であろう。度々頭突きで起こされる生徒諸君が不憫であった。

 

「今日も来たんですか」

 

 眠たくなる話が一段落し、子供たちが外へ駆け出して行ったのを注意しながら、上白沢は私のところまで歩いてきた。我々は良い関係を築けているとは言うまいが、悪いわけではない。たまに会ったら話に興じるくらいの仲はある。

 だが彼女はお堅いところがあり、無味乾燥な日常を送る私を真人間にしようとところかまわず説教する難点がある。初めのうちは相槌を打ちながら聞けたものだが、今となってはそれも面倒になり聞き流していた。けれどずっとそうしていられるかと言えばそうではない。

 

「今、私が何を言っていたか言ってください」

 

 と、彼女は決まって気が抜けた瞬間に言ってくるのだ。答えられなければ頭突きの報いを受ける。酷い。眠っても来る。痛い。逃げても追いかけられる。速い。地力の差が目に見える形で表れていた。死にはしないのでいいのだが。

 

 少々退屈が過ぎて睡魔に襲われ始めたので、私は件の質問をぶつけてみた。

 

「それを知るためには何かに挑戦してみてはいかがでしょう。例えば寺子屋の手伝いとか」

 

 嘆かわしい相手を叱るような口調でそう言われた。

 なるほど、道理である。落伍者一歩手前のこの私にとってその提案は生まれた意味を気付かせてくれる一助となるやもしれん。だがしかし、私は何ものにも縛られない男だ。手に職つけては私とは言えん。

 

 適当な理由を付けてその場を逃げるように去った。

 背後から怒鳴り声が聞こえてくるが追いかけては来なかった。私の逃走技能が上達した証左であろう。こうしてまた一歩高みに上り詰めた。

 

 寺子屋を出たところで子供たちが遊んでいた。皆が皆楽しそうに走り回っている。元気があって大変よろしいと眺めていると、私に気づいた男児が指を指して声を上げた。

 

「死神様だ!」

 

 なぜかは知らないが子供たちにとって私は死神様らしかった。命を刈り取られる方なのだが、彼らにとってはどちらも同じことなのかもしれない。

 少しすると私の周りには子供たちが集まり、囲まれてしまっていた。

 

「ねえねえ、今日も死んじゃったお話してくれるの?」

 

 口々にそんなことを聞いてくる。無礼千万である。とは言え幼子だ。これくらいは大目に見るのが先人の寛容さの見せ所であろう。私は記憶を掘り起こし、燦爛たる死にざまを語り聞かせてやることにした。

 

 

 

 後日、自宅で惰眠を貪っていたら戸が破壊された。何事かと身構えるとそこに立っていたのは上白沢だった。私が事情を聴くよりも先に彼女は顔を真っ赤にし、喉が張り裂けんほどの声を上げた。

 

「子供たちに話はしないでくださいと言ったでしょう!?」

 

 私は走馬灯を見た。そこにあったのはやはり怠惰の限りを尽くす私である。これでは死んでも仕方ない。私は生きることを諦め、身を投げ出した。

 そして我が身を襲う頭突きに、私の意識は天に昇って行った。

 

 翌日、子供たちに先生は怖いと言う教訓を織り交ぜてその話をしてやった。今度は話さないようにと口を酸っぱくして言った。その日のうちに効果が表れたようで、上白沢は不思議そうな顔で眠らない生徒たちを見ていた。私に原因があると疑ってかかって来たが、素知らぬふりをしてやった。

 

 ふっ、精々惑わされるがいい。

 

 しかし二日ともたず私が犯人だとばれた。

 

 ――妖精も子供も変わらん!

 

 

 


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