東方落命記   作:死にぞこない

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喧嘩するほど仲が良い

 ふっ、私は目の前の光景に驚き呆れ、笑う他なかった。

 

 今日は先日、満月だからと酒とつまみをご馳走してくれた藤原にお返しをしてやろうと思い立ち、人里の酒屋で一等高い酒を買い、和菓子屋で特製のわさびあられを買い、その他諸々万全の準備をして迷いの竹林へ来たのである。

 

 藤原の隠れ小屋は迷いの竹林に入ってすぐのところにあるから、方向さえ分かっていれば迷うことはない。妖精と兎の策謀にひっかからないよう注意し進み、ようやく板張りの家が見えてきたところだ。何度見ても誰かが住んでいるとは思えない佇まいである。

 

 しかし、これは、一体どうしたことか。

 

「輝夜ぁ!」

「大振りになって来たわね。そんなんじゃ殺されてあげない」

 

 藤原の隠れ小屋の近くで、全身を炎で包み突進ないし殴る蹴るを繰り出す藤原と、それをくすくす笑いながら長い黒髪を揺らしてひらりとかわす少女。しかも私に気が付いていないようで終わる気配がない。傍から見て立派な殺し合いであった。老婆心ながら少女同士の殺し合いをそのままにするのは忍び難く、私は酒とつまみの菓子を安全な場所に置き、徐に二人の中心に歩いて行った。

 

「くそっ、かわしやがって!」

「当たって欲しければ、相応のものを寄越してよ」

 

 近づくにつれて温度も上がり、軽く死にそうになって来た。しかし、ここで死ぬわけにはいかない。当たって砕けろ、との思いで一気に走り出し、二人の間に滑り込んだ。

 

「死ねえ!」

「そう簡単に――」

 

 ――これ以上ないタイミングだった。決めにかかる藤原と、それに向かい合う少女、そしてその間に入った私。藤原の渾身の拳が私の顎を致命的に打ち抜き、少女の横を吹き飛んでいった。意識が闇に捉えられ、私の視界は真っ暗になる。

 

 その一瞬前、私の耳には二人の少女の気の抜けたような「あ」と言う言葉が届いた。

 

 

 

 蘇ったのか、気を失っていたのかは判然としないが、私は藤原の小屋の中にいた。

 上体を起こすと、まず視線が合ったのが黒髪の少女。私が眠っていた布団の横で、まじまじと顔を眺めていたようである。どう返したものか頭の中でこねくり回したものの、格好良く決められるとは到底思えなかった。ゆえにその考えを誤魔化すようにして名前を聞いた。

 

「ああ、私? 私は蓬莱山、輝夜。それ以上何か言ったほうがいいかしら」

 

 私は首を横に振った。自分からそんなことを言うのだから、深い事情は言いたくなかろう。

 私も簡単に名前と能力を告げる。

 

「へえー。あなたも死なないんだ。私達と一緒ねえ。薬を飲んだわけじゃないのでしょ?」

 

 薬とは?

 私はついつい聞いてしまった。

 蓬莱山が答える前に、壁を背にして座っていた藤原が口を開いた。

 

「……蓬莱の薬だよ。私がこうなった原因だ」

「勝手に飲んでおいて随分な言い方よねえ」

「うるさい! 元をたどればお前のせいなんだよ!」

「はいはい、そうですか」

 

 肩をすくめた蓬莱山に、藤原はむきーっ、と顔を赤くした。

 私の知る藤原よりも大分素を出している気がする。本人としては仲が悪いと思っているのかもしれないけれども、こう外から見てみたら気の置けない仲と言えると思われた。

 

 そもそも私は藤原が不死になった事情を聞いていなかった。

 今日の彼女は口が軽くなっているらしかった。蓬莱山の効果であろう。

 

 そこまで考えて蓬莱山が私たちと一緒、と言ったのを思い出した。私たちと言うのは藤原と蓬莱山に他ならない。では蓬莱山もまた不死仲間に入るのだろうか。念のため聞いてみた。

 

「そうよ、いろいろとあってね」

 

 その色々は本当に色々なのだろう。どこか遠い目をしていた。

 しかしそれならば藤原があそこまで本気を出して殺そうとしていたのもうなずける。死んでも死なんならば本気でやろうとすると言うもの。

 

 一人うなずいていたら、藤原が呆れた様子で声を出した。

 

「まったく……それで、今日は何しに来たんだよ?」

 

 そうだった。

 私は急いで立ち上がって荷物を置いた場所に戻った。酒とつまみがあるはずのそこには、つまみの菓子だけが忽然と姿を消していた。十中八九妖精か兎の仕業に違いない。周囲を軽く見まわすが、誰かがいる気配はない。私は息を吐き、酒瓶だけを手に小屋へ戻った。

 

 二人は怪訝な視線で私を迎えた。

 

「何でお酒?」

「私にくれるのか?」

 

 私は先日の礼だと言って藤原に手渡した。

 すると彼女はどこかにしまうとかでなく、すぐに開けてしまった。

 

「律儀だねえ。せっかくだから一緒に飲もう。こんないい酒一人で飲んだって勿体ない。そこらの安酒と同じになっちゃうよ」

「私は?」

「お前は帰れ」

「つれないわねえ」

 

 そう言い外に出ようとする蓬莱山を、私は引き止めた。

 

「あら、仲間に入れてくれるの?」

「はあ、お前はさあ、誰でも飲みに誘いすぎなんだよ。どっかの感覚が麻痺してるんじゃないか」

「随分な言われよう」

 

 まあ待て。私は怒涛の如く言葉を並べ立て説得を試みた。

 

 ――二人に何があったかは知らんがなあ、どちらも死なんなら恨みがあろうと長い付き合いになるのだ。一度くらい一緒に酒を楽しんだとて何になろう。たまにはよかろうよ。楽しめ、楽しめ。ただ長く生きるだけでなく、楽しんで生きるのだ。その方が良いと私は思う。

 

「……分かった、分かったよ、今回だけだからな!」

「ふふ、ありがとうね」

 

 言いながら押しつけがましい言葉かもしれんと心配になったが、二人は思ったよりもすんなり受け入れてくれた。もしかしたら、誰かが間に立てば仲良くなれるのかもしれない。一度凝り固まった関係が出来上がってしまえば、それを壊すと言うのは難しいことなのだろう。

 

 私としては誰かを追い出してから飲む酒は不味いと相場が決まっている、それを回避したかっただけだ。言うまでもないことだが、気を遣ったとかそう言うことはない。妖怪は気を遣わん。八雲然り、風見然り。

 

「つってもさ、それならこれだけじゃ足りなくないか?」

 

 盲点だった。私は一緒に飲む発想がなかったばかりに一瓶しか買ってきていない。あろうことかつまみもなく、この場にはまったくふさわしくなかった。どうしたものかと悩む私を前に、蓬莱山は微笑み口を開いた。

 

「まあいいじゃないの。私は飲まなくてもいいし」

「なんでだよ。私の酒が飲めないってのか」

「意外と面倒くさいわね、あなた」

「お前が一緒に飲みたいっていうからだな……」

 

 わあわあ言い合いが始まってしまった。鴉共の下らんいさかいならば一喝してやるところである。私は待て待て、と顔を近づけ唾を飛ばし合っている二人を止めた。見た目は若い二人がこうしていると、実年齢もこれくらいなのではと思えて来る。

 

「と、止めるなよ。ここで止めたら私が悪いみたいになるだろ」

「違うの?」

「違う、お前が悪い」

「そう? 私はあなたが悪いと思うけれど」

「ああ言えばこう言う……長生きしてるくせに子供っぽいなお前!」

「もう、その言葉そっくりお返しするわ!」

 

 止められなかった。白旗を上げた私は勝手知ったる様子で、隅っこに置かれた棚から盃を三つ出し、部屋の中央に鎮座している卓の上に置いた。そして酒を注ぎ、取っ組み合いに発展していた二人を呼んだ。喧嘩するにしても、まずは酒を飲むのが先だ、と。

 

 荒い息を整えながら二人は卓の周りに腰を下ろした。

 

「ふう……よし、乾杯だ」

「乾杯!」

 

 私も二人に倣い乾杯と声を上げ飲み干した。高い分美味い気がしたが、酒を飲み過ぎて舌が馬鹿になっていることも確かであり、結論としてどうなのかは分からなかった。目の前の二人は美味そうに顔をほころばせているので美味いのだとは思う。

 

「やっぱつまみが欲しくなるなー」

「でもこのお酒美味しいじゃない。私は満足よ」

「何だよ、いちいち突っかかってくるよなお前ってさあ。そう言うところが……」

「酔ってもいないのに説教を始めるなんて嫌ねえ」

「話を聞けって!」

 

 会話だけを聞いていたら楽しんでいるのか分からんが、眺めていると確かに楽しんでいるように思えて私は安心した。誘った手前、険悪なまま顔を突き合わせ続けさせては申し訳ない。

 

「まあまあ、お酒でも飲んで落ち着きなさいよ」

「言われなくても飲む!」

 

 そう言うや否や藤原は持っていた盃を置き、酒瓶を掴んで一気に呷った。目で見て分かるほどにどんどん彼女の体内に吸い込まれていき、終いにはなくなった。そうして飲み干した藤原は顔を真っ赤にして熱い息を吐いたのち、目を回して倒れてしまった。

 

 私は介抱しようと立ち上がろうとしたが、蓬莱山が手でそれを制した。

 

「大丈夫よ。不死だから死なないし、眠っているだけだしね」

 

 そうして彼女は、ちょっといい? といって外へ出ようと促した。

 私はついて行ってみることにした。

 

 

 

 もうすっかり夜も更け、竹林は元々の闇をさらに深くしていた。霧は淀んだ雰囲気を醸し出し、葉が擦れる音が周囲に響き渡っていた。端的に言って不気味である。

 

 小屋から少し離れたところで、蓬莱山は立ち止まった。

 ずっと奥の闇を見つめている。

 

「……日暮は毎日楽しい?」

 

 

 彼女は不意にそんなことを聞いてきた。 

 私は考えるまでもなく、自信を持って肯定した。楽しくないわけがない。

 

「もう随分と長いこと生きているのでしょう? ずっと楽しかったの?」

 

 ずっと、そう聞かれると躊躇いそうになったが、それでもやはり楽しかったのは確かである。

 私はまた肯定した。

 

「あなたの周りは良いことばかりだったのかしら」

 

 周囲の環境に恵まれていたかどうかは、正直なところ分からない。死んでも生き返る私を気味悪がって亡霊だと言い消しにかかってくる人間もいたし、のんべんだらりと過ごしていたらそこの支配者だと言う妖怪に殺されたこともあった。もっと悪い時には機嫌が悪いなんていう理由で人間、妖怪双方に殺されたこともある。

 

 だがどの時代でも私は私なりの目標やらやりたいことがあったし、そうしているうちに知り合いも増えた。辛かった記憶も多々あるものの、それを覆す良い思い出がある。振り返ってみれば楽しい時間ばかりだったと結論付けられた。

 

 私は頭の中をぐるぐる回っていた記憶の数々を、多すぎるがあまり整理出来ずに、ぽつりぽつりと答えを返した。要領を得ていたかは微妙なところだが、蓬莱山は話し終えた私に振り向いた。夜闇に紛れてしまい、その表情は窺いしれない。

 

「随分と昔、そんなことを言っていた人がいたのよねえ……結局は、自分次第って」

 

 そうして何やら考え込んでいる様子で時間が過ぎて行った。私はただ待っていた。悩める若人、いや、若人ではないかもしれんが、自分なりの答えを見つけることが何よりも大事であろう。

 

「……明日はね、満月なのよ。どうかしら、私の屋敷へ招待したいの」

 

 ほほう、私は興味を惹かれた。

 

「お酒も出すわよ? もちろんおつまみも」

 

 私は即座に行くことを決めた。

 浮かれ気分で了承の返事をする。

 

「ふふ、ありがとう」

 

 楽しい夜になりそうね。

 

 蓬莱山のそんな声が聞こえた気がした。

 

 

 


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