東方落命記   作:死にぞこない

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梅に鶯

 

 出かけようと思った私は、戸を開けた瞬間家の前に置かれた一輪の向日葵に気が付いた。

 

 私は額を押さえた。これは奴からのラブコールである。あの花妖怪はつまらない時とか、誰かをぶちのめしたくなったとき、あとはお茶に誘う時とかにこの花を送って来る。今回はどれであるか、私には伺い知れない。しかし行かねばこの家にまで来られ、挙句の果てには我が家が倒壊するような惨事を引き起こすことになるかもしれん。

 

 危険が伴うことは確実だが楽しみではある。私の中に行かないと言う選択肢はなかった。

 

 

 

 太陽の畑は今日も圧巻の一言であった。こうも向日葵が咲き乱れているのは季節を考えても他で見ることは出来なかろう。しかも見渡す限りの向日葵が太陽へその顔を向け、背筋を伸ばしている。ずっと見ていたい衝動に駆られたが、その前でつまらなそうに佇む姿を見てやめた。

 

 風見は日傘をさしていた。視線はずっと向日葵に向いており、離れる様子はない。

 私は隣に立ち、簡単に挨拶した。

 

「こんにちは。今日は早かったわねえ」

 

 そうして私は腹に穴が開き一度死んだ。なかなかのペースである。まさか挨拶で一死とは。息を吹き返した私は起き上がってもう一度挨拶した。今度は死ぬことはなかった。

 

「あら、立ち直りが早いじゃない。いつもはもっと寝てるでしょ?」

 

 私は笑った。それはお前の攻撃が遅すぎて眠くなってくるからだ、と。すると風見も笑った。そうして私は頭をふっ飛ばされて死んだ。絶対に向日葵畑の方へは行かないように殺すのが奴らしかった。花を愛でるその心をもっと私に向けてくれても良いのだが。

 

 私はわざと肩をすくめて見せた。

 

「あなた私相手にはわざと挑発してない?」

 

 生き返り歩み寄った私に風見はそう言った。その気はなかったのだが、もしかしたらそうかもしれん。こいつは結構反応が単純なこともあり、思った通りのことをしてくれるから楽しいのである。それで両者遊んでいるのだから無駄がない。良い関係であろう。

 

「じゃあもう一発」

 

 頭上から日傘の来襲。私は為すすべなく潰された。一瞬意識が飛び、目覚めた時には土の中に体が収まっていた。首から上が出ているだけである。何だこの状況は。

 

「こうなったらあなたはどうするのかしらと思って。死に続けるだけでしょ?」

 

 その通りだった。動けないとなれば死に続ける他ない。

 

「ほら、お願いして見せなさい。出してくださいって」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべて風見は提案してきた。しかし私には分かる。ここでそんなことを言ったところで一笑に付されて抜いてくれるわけがない。学習済みだった。ゆえに私は老獪さを滲ませる笑みを浮かべた気になって反論した。我慢比べの始まりだ。

 

 しかし燦々と照り付ける太陽もさることながら、風見の言葉もボディブローのように私の体力をすり減らしていく。

 

「へえ、面白いわねえ」

 

「如雨露で水でもあげましょうか?」

 

「試しに首を刈ってみるのもいいかも」

 

「顔まで埋めたらどうなるのかしら」

 

「見ているだけじゃあつまらないわ……ひねりつぶしてもいい?」

 

「あっ、そうだ。試したい技があったのよ」

 

 口角を上げ私を睥睨する風見に、舌鋒鋭く命乞いを展開するのに時間はかからなかった。

 

 ――待て風見、お前の好きな向日葵が鮮血で真っ赤に染まることになるぞ、それは嫌だろう。私は最近どうやら出血をある程度操れる気がしないでもない。もしかしたら自在に操れよう。殺したらさぞや凄惨な現場になるに違いない。いや、いや、急かすな、日傘を振り下ろそうとするのはやめたまえ。それはお前の悪癖だ。

 

 ――私を殺してもいいのか、また蘇るぞ。疲れるだけだ、いいな、やめたまえ。そして助けなさい。地中は案外辛い。直射日光が辛い。分かった、助けなくてもよい。よいからせめて日光を遮るため日傘を置いてくれ。弱者の願いを聞き入れてこその強者であるぞ。あ、いい、いい、殺そうとせんでいい。振りかぶるな、殺気を出すな。

 

 すると願いが聞き届けられ、風見は日傘を置いて私の頭を覆うように影を作り出してくれた。本当はここから出してくれるのが最善だったのだがないよりはよい。私は一応納得した。

 

 そうすると風見の顔が良く見えるようになる。相も変わらず行動に見合わぬ小奇麗な顔だ。返り血を浴びていなければどこぞの令嬢と言っても通りそうである。まあしかし、苛烈な性格が瞳に現れているからそれは難しいか。

 

「そんなに弱いのによく私のところに来る気になるわねえ」

 

 呆れたのか感心しているのかは判断がつかん。しかしその瞳に蔑みの色は見られない。

 

「思えば最初からそうだった」

 

 風見の視線が空を向く。

 

「あなたはすぐに死んだ」

 

 思い出すような口調である。珍しいことだ。こいつは基本的に過去を振り返ろうとしない。今日は感傷的な日なのかもしれん。

 

「でも生き返った。あれは驚いたわよ」

 

 初対面の者限定の一発芸であるから、驚いてもらわねばいかん。

 

「その後も逃げるかと思ったら向かってくるし」

 

 いやあれは私が逃げようとしなかったのではなく、走り去ろうとするよりも早くこいつが殺しにかかって来ただけだ。そんな美化のされ方は不本意であったから、私は訂正した。

 

「同じことよ。だってその次の日も来たんだから」

 

 そりゃあ行くに決まっておろう。やられるだけやられて帰ってお終いとは詰まらなすぎる。痛み分けにしろ一方的にやられるにしろ、楽しい思いをしなければ出会った意味がない。

 

「あの時も驚いたわ。挨拶しながら殴りかかって来たもの」

 

 隙をついて一発やってやろうと言う気だったのである。如何せん力量が違い過ぎて私一人喀血するオチとなったが。そして倒れ伏したところで潰されて死んだのだ。

 

「その次の日も来て」

 

 今度は挨拶から始まりちょっと世間話をして隙を作り出し一発、という手筈だった。しかし思いの外こいつの話が面白くて聞き入っていたらやられてしまった。そこからはもう一発やってやらあ、と考えてもいなかった。ただ話をしに行っていただけな気がする。

 

「でも突然来なくなったのよね」

 

 思い返すに恐らく月へ飛ばされていたころだろう。帰ろうと思えど帰れず月を満喫していたのだ。そう言えば風見がここを拠点にし始めたのもその頃だった気がする。何か理由があるのだろうか。

 

 私は無性に気になって聞いてみた。

 

「ふふ、知りたい? そんな大げさなものじゃないけれど」

 

 是非に、と思ったが話したくもなさそうな表情であった。私は首を横に振った。

 

「それがいいわ。でもヒントくらいはあげる。ここ、向日葵が綺麗でしょう? だからよ」

 

 ふうむ、私は唸った。向日葵を見るには最適だろうが、こいつは特別向日葵が好きというわけでもなく、四季折々の花を楽しむ奴だったと記憶しているのだが、嗜好が変わったのだろうか。

 

「ま、あなたには分からないでしょうね。馬鹿だもの」

 

 何おう、私は吠えた。確かに頭は悪いが面と向かって馬鹿と言われはいそうです、と言えようもない。怒涛の異議申し立てを展開しようとしたのだが、それよりも前に日傘がとられ首根っこを掴まれた後引っこ抜かれた。こいつの力は尋常ではないと再確認した。

 

「元気よね、あなたはいつも」

 

 それだけが取り柄である。私は体中にまとわりつく土を払いながら、表情をうまいこと動かしどの角度から見ても格好良く見えるようにしうなずいた。

 

「醜いわねえ」

 

 風見はくすくすと笑いおった。だが心から笑っているようだから良し。

 

「今日はもういいわ。楽しめたし。またいつか来るかしら?」

 

 ――いつも通りに気の向くままだから分からんが、向日葵が届けられればいくだろうよ。

 

 するとまた風見は笑った。

 

 

 

「ほんと、変な奴」

 

 

 

 お互い様だ、私も笑った。

 

 

 


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