東方落命記   作:死にぞこない

12 / 36
女三人寄ると富士の山でも言い崩す

 隅の隅、最早あってもなくても変わらんくらいの小さい記事だったが、私の困窮の叫びを聞き届けたものがいた。博麗の巫女である。彼女はもしかしたら私の家を訪れたのは初かもしれん。白黒魔女を共にしていた。そうして昨日からずっと酒を飲み管を巻いていた私が見つかったのだった。

 

「酒臭いわね」

「だらしないぞー」

 

 戸を叩きもせずに入ってきた二人は口々に文句を言って来た。酒にのまれていた私はひひっ、と一笑に付した。変な気分だ。自分をどこか遠くから見ている。意思に反して体が動いている気がした。ここまで飲んだのはいつ以来だろうか。

 

「心配になったから見に来てやったってのにさあ……」

「飲み過ぎだぜ」

 

 魔女は私から酒を取り上げた。普段の私ならばシニカルな笑みを浮かべてやめたまえ、と言うところだが、今はどうにも不安定である。変な節が付いたやめなされ音頭が口をついた。

 

 ――やめなされーやめなされー酒が全てじゃやめなされー貧乏飯なし酒もなしー。

 

 私は何を言っているのだろうか。いつも何をせずとも醸し出している威厳が何一つない。

 魔女は引きつった笑みを浮かべて酒を返してきた。すぐさまそれを手に取り口を付ける。美味い。美味いのか? 分からんが止まらない。こりゃもう、一回死んでやり直さんと収まらないかもしれん。

 

「な、なあ霊夢。これはちょっとやばいんじゃないか?」

「ああ、大丈夫よ。昔はもっとひどい時があったって紫が言ってたから」

「これより酷いのかよ」

「酒の飲み過ぎで死んだこともあるみたい」

「うわあ……」

「それより転がってる瓶拾っちゃいましょ。さすがに何も入ってないのに縋りつく姿は見たくないし」

「同感だぜ」

 

 ゴロゴロと転がりながら酒を飲み続ける私の頭上で二人は話している。この気持ちは何だろう。いたたまれない。そう、例えば、孫に情けない姿を見られたらこんな感じなのではなかろうか。以前蕎麦屋のおやじが話していた状況と酷似している。

 

「ん?」

「どうしたんだ?」

「ほらそこ、何かいない?」

「あ、ほんとだ」

 

 巫女が指差す向こうをつられて見たら、布団がもぞもぞと動いていた。朝から騒がしくしていたから伊吹の奴が起きようとしているのだろう。

 

「何なのかしら」

「いっちょ剥いで見るか」

 

 その言葉に私の直感力は研ぎ澄まされ未来を幻視させた。

 魔女が布団を剥ぎ伊吹が姿を現した瞬間、彼女の腹からは中途半端に起こされ機嫌を悪くした鬼の拳が突き出て来るのである。私の経験上ほぼ間違いない。凄惨な殺人事件の発生だ。それは避けねばなるまい。

 

 しかし却って都合が良いとも言える。ここで私が奴の一撃を食らえばこの酩酊状態を脱し、庇ったことによる優しさで巫女と魔女、両名の尊敬を受ける可能性がある。そうなればこの逆境も無駄ではない。

 

 重く言うことをきかん体を、板戸を支えにして持ち上げた。

 

「お、おう……大丈夫かよ?」

「もう、無理するんじゃないわよ。今にも倒れそうじゃない」

 

 私は二人の心配に報いるため、いやさ本音を言えば敬意を払われたいがため、布団に一歩一歩着実に近づいて行った。巫女はふらつく私に肩を貸してくれようとするが、そうすると巻き添えを食う確率が高い。手で制しそのままでいるよう言った。魔女も同様である。

 

 そうしてようやっと布団に手が届くところまで来た。未だ伊吹はもぞもぞやっている。もしかしたらすっきり爽やかで起きるかもしれんと希望的観測を持っていたが、事ここに至り覚悟を決めた。腹に穴が開き意識が覚醒し二人に尊敬される。完璧なプランだ。

 

 ――いざ行かん!

 

 

 

 ふう、一度死んだ私は気分爽快、生まれ変わった心持で息を吐いた。いやしかし、戸を破壊して吹っ飛んでしまったから後が大変だ。これは予想していなかった。もう直すのはやめて新聞で取り繕っておこうか。若干の後悔を胸に私は解放感抜群の家に戻った。そこでは伊吹もようやく目が覚めたらしく、私を一撃死させたことを笑って二人に話していた。

 

 語るのは良いが笑い話と言うのはいただけない。私は朗らかな笑みを浮かべて奴の頭をはたいた。

 

「あいた。はっはっは、すまないねえ。ついいつも通りやっちゃったよ」

「いつも通りなのかよ……やべえな」

「ま、何があっても不思議じゃない奴だからね。これくらいじゃ驚かないわ」

「何だそりゃ。私の周り変な奴しかいないじゃんか」

「あんたはその筆頭だってことを忘れるんじゃないわよ」

「そんなことないぜ。ただ他とちょっと違うだけだ」

「なんだい、二人で楽しそうに話して。私は仲間に入れてくれないのかねえ」

「変な奴の仲間に入りたいとはお前馬鹿だな?」

「はっきり言うね、私好みだよ。ハグしてやろうか?」

「おいおい、そう言うのは霊夢にしてやれよ。喜ぶぞ多分」

「何で私が。寝言は寝て言いなさい。それともまだ夢の中なわけ? だったら一発で起こしてあげてもいいけど?」

「お、じゃあ私とやるかい?」

「……遠慮しとくわ」

「あんなの見たらなあ……」

「おや、残念だねえ」

 

 後であいつとやればいいか。そんな空耳が聞こえた気がして身が震えた。

 

 しかしまあ女三人寄れば姦しいとは言うものだが、まさにその通りであった。家主を目の前にしてこうも話に花を咲かせるとは天晴れと言う他ない。私は邪魔にならないよう壁を背にして歩き、台所で茶を淹れた。茶葉をどちらにするか多少迷ったが、三人の客がいるのは滅多にない。奮発することにした。

 

 居間に戻り卓袱台に湯呑を置いていく。その間も三人はずっと話し続けていた。巫女と魔女は伊吹と初対面のはずだがもう打ち解けたらしかった。二人ともさっぱりとした気風だから相性がいいのかもしれない。

 

 私は隅に座って茶を啜る。新聞でもここでもこんな場所とは悲しい現実だ。もう出かけていたほうがいいのかもしれない。茶屋で団子でも食おうか、そう思って立ち上がり、金がないのを思い出して座った。それまで談笑していた三人が一斉にこちらを見ていた。なんでもない、何でもないのだ。

 

「どうしたのよ」

「まさかまだ酒が抜けてなかったのか? どんだけ飲んだんだよ」

「私以上に酔ってるなあ。たまには飲まない方がいいんじゃない?」

 

 三者三様の言葉を吐かれた。

 

 言い返そうにも何一つ浮かんでこない。苦肉の策で今日は何しに来たのかと問うた。私の様子を見に来てくれたのだろうが、酔いが回りすぎてちゃんと聞いていなかったのだ。

 

「あ、そうだった。あんた仕事が欲しいんでしょ?」

 

 一も二もなくうなずいた。よしんば仕事がなくとも金が出ればそれでいい。そう続けたらあまりにもあけっぴろげな言葉だったせいか巫女にため息を吐かれた。しかし誰であれ本音はそうに違いない。ただ私が偽りなき心を持ち裏表のない奇特な人物だから言ってしまうだけである。

 

「何だって良いのよね?」

 

 言い方に引っかかりは感じるが私はもう一度うなずいて見せた。

 

「何やらせるつもりなんだ?」

「難しいことじゃないわ。ただ掃除をやってもらおうかなって」

 

 掃除? それはどういったものだろうか。博麗の巫女などというヤクザな仕事をしている彼女である。妖怪退治も掃除と言い切ってしまいそうだ。本当にそれはただの掃除なのか、私は慎重に問いただした。

 

「やあねえ、ただの掃除よ。そんな野蛮人に見える?」

 

 私と魔女がうなずいた。伊吹がからからと笑う。

 

「……お灸をすえる必要がありそうね」

「まあまあ、落ち着けよ霊夢。図星だからって見苦しいぜ」

「あんたはほんとにもう……一回勝負しましょうか」

「おう? 弾幕ごっこか?」

「ええ、なめた口きいてくれるからね、白黒つけましょ?」

「私はもう白黒付いてるぜ」

「呆れるほど口の減らない奴ねえ。どうやったら黙るのかしら」

「饅頭くれたら黙るぞ」

「どうだか」

 

 ああだこうだと言い合いながら二人は出て行った。結局掃除は普通の掃除なのか。真相は藪の中となってしまった。たとえ妖怪退治だとしても特に問題はないのでいいか。その分給金も弾むだろうし、死亡手当とかつけてくれたら有難い。

 

「面白い人間たちだねえ」

 

 我々だけになると伊吹がぽつりと呟いた。私は同意した。

 外からは二人の声が聞こえてくる。戸がないからなおさらだ。私は新聞を探そうと立ち上がる。伊吹も立ち上がり外へ行こうとしていた。

 

「ちょっと二人と遊んでくるよ」

 

 楽しそうな後ろ姿に声をかけた。

 

 ――ほどほどにな。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。