東方落命記   作:死にぞこない

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下手の考え休むに似たり

 

 最近、私の存在とは何ぞや、と似非哲学的なことを考える。

 

 何のために生まれ、何を成すのか、成さねばならぬのか。

 

 考えたところで答えはない問いかもしれん。それでも考えてしまうのは、私が一人の男児として生を受けておきながら未だ何も成せていないと言う事実に起因しているのだろう。

 

 

 

 以前、意味もなく博麗神社で開かれた宴会で、酔った勢いも借りて巫女にそれとなく聞いてみた。腐っても神事を司りさらには妖怪退治までこなす奴である。何かしら含蓄ある答えでも返ってきはしまいかと淡い希望を託した。そして酒を片手に返って来たのがこの一言。

 

「片づけを手伝うためでしょ」

 

 切って捨てられた。そしてほぼ私が片づけることになった。境内全域に至る馬鹿騒ぎのごみ捨ては重労働に他ならない。理不尽なりし博麗の巫女。

 

 暴力巫女としてその名を馳せるのもうなずける話だ。

 

 

 

 諦めの付かなかった私は、博麗の友人として幾度か会っていた魔女に話を聞いてみることにした。彼女は魔女らしい服を着ているゆえに分かりやすい。その時もいつも通り、黒いとんがり帽をゆらゆら揺らしながら怪しいキノコ狩りをしているところを発見し、ちょっとした世間話の後に問いをぶつけてみた。

 

「さあ」

 

 気の抜けた返答だった。さもありなん。あまり仲良くない知人に対する言葉としては適当であろう。その後私も気の抜けた返答で立ち去ろうとしたが、なぜか山ほどのキノコを持たされ家まで誘導された。そしてぼこぼこと煮立った紫色のキノコ汁を飲まされ三日ほど生死の境をさまよった。

 

 後日ぷんすかと謝罪を要求しに行くと、彼の魔女は何だそんな事か、と笑い飛ばし新たなキノコ汁を勧めてきた。その瞳は挑発的な光を湛えていた。私は試されていると悟った。これは飲まねば怒涛の如くこき下ろされる流れだ、と。

 

 意を決し口に含んだ。そして一週間ほど腹痛と格闘することになった。もう奴の家にはいかない。心の底から誓った。内から私を破壊しようと画策しているに違いない。あの巫女の友人をやっているのだ、何の不思議もない。

 

 それでもなお諦めない私を誰か褒めてくれ。

 

 

 

 腹痛も治り、後遺症でも出てはいないだろうかと自宅で養生しているとき、窓ガラスがけたたましい音で破られ欲しくもない新聞が姿を現した。毎度のことながら、私は憤懣遣る方無い形相で配達人たる鴉に怒鳴り、ここまで来るよう大声を出した。奴はしぶしぶと言った様子で降りて来た。

 

 私はくどくどと文句を言い続け、三十分ほど経ってからようやく本題を口にした。

 

「生まれた意味ですか? 知りませんよー。でもそう言うのを聞いて回るのも面白そうですね。今度ネタにしましょうか。あ、じゃあその第一弾と言うことで!」

 

 文屋らしい俗物的で意地汚い底の知れる言葉である。崇高な考えに思いを馳せる私とは雲泥の差と言える。仄暗い優越感を覚えた。

 

 そんな私の胸中を知ってか知らずか、鴉はにやにやと相手を苛立たせるには最適であろう笑みを浮かべ、拒否する意思を見せる私に取材を敢行した。

 

 しかし次第に気分の良くなってきた私は、人生哲学とでも言うべき持論を展開し奴の期待に応えてやった。振り返るに、私の気分が良くなったのは鴉の巧みな話術だとか、へりくだった態度で接してくる奴に自尊心がくすぐられたとかではなく、喉が渇いたからと宴会の残りでもらった酒を飲んでしまったためであろう。

 

 後日我が家に新聞が投げ込まれた。そこには私の取材とは何だったのかと激昂したくなるような記事ばかりであった。特に目を引くのが『恐怖の言葉十選!』と大きく見出しのつけられたものだ。そこには自分でも覚えていないが確かに言いそうな言葉が並べ立てられ、鴉の主観によって面白おかしく批評され点数が付けられていた。

 

 輝かしい一位は、『僕はね、生きると言うのはね、戦いだと思うんだよね。』であった。

 

 何とも戦っていない男が言うには、いささか見るに堪えない。

 

 

 

 現状で片づけようとするからいかんのだ、と私は一念発起し紅魔館を訪れた。

 

 門番の女性は壁を背にして立ちながら夢の世界へ旅立っていた。これでは聞くに聞けぬ、と素通りし中に入らせてもらった。そこは真っ赤でやけに広い不思議な空間であった。人を探そうにも簡単に見つかりそうもない。ふらふらと歩いていると何やら重々しい扉が付けられた部屋を見つけた。全体の調和から置き去りにされたようなそこはただならぬ妖気を発している。

 

 奥には恐ろしくも経験豊かないぶし銀の老爺がいるに違いない。

 

 長らく発揮されず見失っていた直感が久しく機能した。

 

 私は音を響かせながら扉を開けた。

 

 そこは薄暗く、そして足先から冷やされるような不気味な雰囲気に満ちていた。期待はたちまちのうちに高まっていったが、ベッドが置かれ一人の少女がそこで寝ていることに気が付くと意気消沈した。ため息を吐くと起きていたらしい少女と目が合ってしまった。

 

 好奇の視線を寄せるその瞳に、経験的予測から私の頭を走馬灯が流れた。ちなみに走馬灯とは危機に陥った場合にそれを回避するため過去の記憶を呼び起こしているらしい。森に近いガラクタ屋の主人がそんなことを言っていた気がする。だが思い起こされるのは部屋の中でずっとどうでもいいことを考えている私である。これでどう対処せよと言うのか。出来るわけがない。過去の自分を顧みて猛省せよと言うのか。仕方なく私は静かに死を待った。

 

 けれどどうやら話し合いと言う平和的解決手段を取ることは出来るらしい。彼女はフランドールと名乗った。この館の主人の妹のようである。退屈だから話し相手になってとのことで、不法侵入しているこちらとしては否やはない。

 

「あいつ偉そうにしちゃってさ」

 

 長いこと話を聞いているといつしか話題は愚痴になっていった。あいつ、とは彼女の姉であるレミリアのことだ。溜まりに溜まっていたのだろう、留まるところを知らずそれは溢れだす。私が最早うなずくだけの機械になって来たころ、ようやく彼女は口を閉じた。

 

 疲れを覚えていた私は、二人の仲についてついぽろっと言葉をこぼしてしまった。それがフランドールの気に障ってしまったらしかった。彼女はみるみるうちに顔を赤くし声を荒げた。

 

「なな、何を言ってるのよ!? な、仲が良いとか、そんなわけないじゃない!」

 

 麗しき姉妹愛を感じる言葉であったが、彼女の拳がいつ飛んでくるか気が気でなかった。紙のように耐久性に難のある私が吸血鬼の一撃でも食らってしまえば儚く散っていくに決まっている。フランドールはずっと否定の言葉を口にしていた。私はいつでも逃走できるよう扉を背にし、その機会を探っていた。

 

「馬鹿ー!」

 

 平易な一言ともに死の危機を感じた。良からぬ何かが迫って来るのが分かった私は、すぐさま足元を蹴った。しかしどうしたことか、何が起きたのかは分からぬままに、私の意識は薄れていく。最後に見えたのはフランドールの「あ、やっちゃったなあ」と言う自責とも違う、単純な失敗を悔いる顔だった。

 

 

 

 死ぬのは私の持ちネタと言っても過言ではないが、最初くらいは身を案じるとか、後悔を表に出してもよいのではないだろうか。幻想郷の住人にそんなこと期待できないとは分かっているが、死ぬのに慣れられるのはちょっとばかし悔しい。

 

 自宅で新しい朝を感じさせる陽ざしを浴びながら、よくよく考えればおかしいことだとひとりごちた。死に方を工夫すべきなのかもしれない。それとももっと感動的な死を演出すべきか。死ぬ度にひと騒動起きていた昔が懐かしい。

 

 

 

 後日、誰でもいいからどうにかして驚かせてやろうと、博麗の巫女に愛を叫びながら階段を落ちてみたのだが、冷めた目で見られただけであった。

 

 悲しい。

 

 

 


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