イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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短いですが最終回です
ニーア・オートマタではなく、
「イデア9942」に最期までお付き合い頂きありがとうございました。

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これできっと彼の魂も報われることでしょう。

本当に、本当にありがとうご


インクの滲んだ本

実行しているプログラムを終了

 

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 人格データを転送します_

 

 設計図の読み込み中_

 

 最終工程完了まであと512時間_

 

 

 

 

 

 

 再起動します_

 

 

 

 

 

 

「あのバカ、おばか!!! よりによってそんな事する!? あり得ない!!!」

 

 肩を怒らせ、罵倒を繰り返す物騒な女アンドロイドが、灰色の街を闊歩している。常に日が昇っているためわかりにくいが、時間的には午前2時。草木も眠る丑三つ時というやつである。

 灰色の街もこの時間になると、精力的に動く一般キカイは数少ない。ほとんどの店舗は店を閉めているし、多くのキカイがスリープモードか自宅でくつろいでいる。だから、とても特徴的な彼女がこの街を闊歩していたとしても、目撃者はそう多くはなかった。

 

 もっとも、その「音」ばかりは、近隣住人が飛び上がる程であったわけだが。

 

「ッ!! 邪魔ァ!!!」

 

 清々しいほどのヤクザキックが、彼女が元住んでいた「工房」の入り口を閉鎖していたシャッターを粉砕した。爆弾もかくやという破壊力は轟音を立てながら合金であろう扉を「扉だったもの」に変えてしまう。

 ガラガラと崩れるそこを無理やり手でこじ開け、足に引っかかる瓦礫を振り払い、地下に通じるスロープをボコボコの地面に変えながら彼女――11Bは「実家」に帰省したのである。

 

 そこには、数ヶ月前まで抱いていた感傷や、儚げな姿はどこにもない。アンドロイドゴリラという烙印を押されようとも止まらない。ただ歩いているだけであるのに、怒りの化身もかくやという形相であった。

 

 そも、事の起こりは彼女が受け取ったメッセージだ。

 誰が発したのか、その疑念は一瞬にして消え去った。本当に、その感涙は一瞬ほども保たなかった。即座に支配した怒りの感情は、彼女に「そこへ向かう」以外の行動を排除させた。

 

 最後の扉は、なぜかアダムの見たシャッターが降りていなかった。

 いつもどおりの、木製の扉が彼女を出迎えていた。まるで過去にあったものがそのまま現在に置き換わったかのように。

 

 懐かしさが11Bの脳回路から呼び起こされる。

 押してもいいんだ、この懐かしいドアを。

 

 ぎぃ、と握られたドアノブは、ドアごとねじ切られて木っ端微塵の木片に成り下がった。懐かしさ程度では、彼女の怒りは収まらないらしい。

 

 粉々になった木片が床の上に散らばり、彼女は無言で入室する。

 

「おや、おかえり」

「おかえり、で済むと思ってるの!?」

 

 そして過去は蘇る。当然のように新聞を読み、工房の作業台から体を起こした彼に、渾身の罵倒を浴びせかけた。そこには、この1年を超える感傷は何一つとして存在していなかった。

 

 

 

 

 

「ネットワーク上で自我を再形成する、という前例があッてな。だが肝心のネットワークは失わせなければキカイ達の平穏は訪れない。ともなれば、もう疑似ネットワークを作り上げればいいと思ッた次第だ。いやはや、最終的には統合のため個体数を減らし、あとは工房の奥に再形成したボディに転送されるよう手筈を整えれば―――」

「ばか、ばかばかばか!!! “来い”の二文字は無いでしょ!?」

「ロボットものの歴史ある呼び出し方法をリスペクトしたが、不満か。許せ11B」

「許せるわけ―――!」

 

 すがりつき、両手を寸胴の体に回して硬質な胸元に顔を擦り付ける11B。昂ぶった感情は彼の姿、彼の言葉、彼の感触に溶かされていくように落ち着いていく。洗浄液とは誤魔化しきれない彼女の涙は目の端からこぼれ落ちて、彼の淡い黄土色のボディをこげ茶色に輝かせる。

 

「許せない、許せ、な」

「すまんな、すまん」

「ばか」

 

 鋼鉄の指であるのに、傷みすらなく優しい手付きで頭を撫でる。もう、何度も何度も繰り返された手付きは、間違いなくイデア9942のものである。二度と味わえないかと思っていたありとあらゆる思い出が、現実となって11Bの心を満たす。

 一度11Bの心のすべてを形成した要因であるイデア9942。彼がいるだけで、欠けていた11Bの情緒が、成長と思われていた希薄な感情が、本来のソレへと戻される。満たされていく。

 

 灰色に染まった視界に色が付き始めたような気持ちだった。

 始まりの場所だった。

 

「おかえり、11B」

 

 おかしなことを言う。

 勝手にどこかへいったのはそちらの方だと言うのに。

 でも、確かにワタシはここに戻ってきた。

 だから、素直に。

 

「ただいま」

 

 とびっきりの笑顔を、彼に捧げるんだ。

 

 

 

 

 イデア9942の帰還は、大々的に報じられる―――事はなかった。

 なんせ、帽子をかぶっただけの機械生命体だ。新しい仲間が増えたんだなと思われる程度で、彼の存在を知るキカイも実はそう多くない。アンドロイドの数に対して、機械生命体の総数は遥かに多い。アンドロイドですら元アネモネ隊、元ヨルハたちだけ。そして機械生命体側はパスカルやキェルケゴールの教団幹部といった100体にも満たない機械生命体だ。

 その他の住人たちは、そういう機械生命体がいた、という教科書の人物程度の認識。それに本人があまり目立ちたくないと、通達したこともある。

 

 そしておめおめと現世に舞い戻った本人はといえば、

 

「だからって、コレはどうかと思うけどねぇ」

「いいじャないか、二人旅。これぞ醍醐味と言うやつだ」

 

 11Bが見上げる先には、これまた懐かしい資材集めに使っていたリアカー。とはいえ、出会った当初よりも大型で、様々な機能がつけられているそれには旅の準備がこれでもかと取り付けれていた。

 無論、イデア9942と11Bは紛れもない機械。メンテナンスから修理用の機材、そしてそれらを治すための道具までしっかりと収められている。今となってはイデア9942が11Bを直すばかりではない。11Bも、イデア9942を直すことが出来る。

 

「それもこれも、11B、君が成長したおかげというものだな」

「……ワタシは、ただお使いをこなしただけ」

「謙遜を言うな。自分で努力しなければ習得できない、それが技術というものだ。惰性で習得したつもりならば、バグやミスに溢れている。だがどうだ、11B。君の評判、そして仕事ぶりは全て閲覧したが……素晴らしいじャないか」

 

 そうまで言われれば、11Bも頬を紅潮させるしか無い。震えて顔を俯かせる姿は、しかし可愛らしいものであった。

 

「目指すは夜の国、せッかくの世界だ、満喫せねば損というものだろう」

「それは分かるけど……」

「ッハハハ、ほら」

 

 差し出される右手。開いたその手は、やはり人を模したアンドロイドよりも遥かに大きなもの。確信を以て問いかけるイデア9942に、否と返せるはずもない。

 小さな手で握り込むように、イデア9942の指を握る。イデア9942はその大きな手で壊れ物を扱うかのように11Bを握り返し、ぐいっと引っ張った。

 

「わっ、と…!?」

 

 投げ出される11B。力では圧倒的に勝るはずの相手に、しかしなすがままであるのは彼女が抵抗の一切を放棄しているから。ガン、と頬が彼の胴体に当たり痛くなってさすり始める。そんな彼女を、イデア9942はひょいとつまみ上げてリアカーの荷台に乗せてしまった。

 

「さァ、動かなくなる日は永いものだ。満喫しよう」

 

 右手を突き上げ、左手でリアカーを押し始める。

 ガラガラと音を立てて回る車輪。

 ひび割れたコンクリートの上を、ガタガタと揺れてリアカーは進んでいく。

 

 彼らが次に目にするのは、どんな景色だろうか。

 

「ねぇ、イデア9942?」

「なんだ?」

 

 日は沈む。二度と日の登らない世界の裏側が彼らを包み込む。

 夜に生きる機械達の出迎えを想像し、胸ふくらませるイデア9942。彼の突飛な発想に振り回され、時に物理的に振り回す11B。

 奇妙なアンドロイドと機械生命体の物語は、まだまだ続く………。

 

 

 

 

 

 

 キカイは、見つけました。

 それをキカイはタカラモノと呼んでいました。

 タカラモノの形はみんな違いました。

 

機械たちはそれぞれのタカラモノを

大事にしていました。

ある機械にとってのタカラモノは

『居場所』でした。

ある機械にとってのタカラモノは

『知識』でした。

ある機械にとってのタカラモノは

『憎悪』でした。

そして、

ある機械にとってのタカラモノは……

『未来』でした。

 

数多の日々を旅路を経て、異邦者は言う。

ああ、心あれ。

ああ、光あれ。

 

永遠に生きる鉄の心臓を分厚い殻で覆い隠し、

機械は永遠に心を閉ざしていました。

やがて鉄の軛から解き放たれ、

異邦者の魂は救済されませんでした。

永遠に。

 

隣人に感染りました。

無辜の民に感染りました。

その魂には、無数の後悔と……

一人になった孤独が、

冷たく残されていました。

 

雨の日も、風の日も。

嵐の日も、雷の日も。

沈下する心の炎を携えて。

その者は悪しき想いを抱きます。

どうしてだか理由は

分かりませんでしたが、

帰らなければならないと思いました。

いつの日か、

いつの日か……

 

異邦者は、大きな力を持っていました。

だから、異邦者は、思うまま力をふるいました。

まわりの人を助けてばかりいました。

異邦者は、周りに馴染もうとがんばりました。

だから、異邦者は

周りに受け入れられました。

異邦者は、救える命を見逃しました。

異邦者は、身勝手な行いをしました。

消えゆく自我の中で異邦者は叫びます。

かえりたい。

かえりたい。

かえりたい。

かえりたい。

異邦者の声が、

奇跡的に残っていたバックアップシステムを作動させます。

 

 

 

人格再生性プログラム起動_

抗体を持たない機械生命体・アンドロイドを検索_

論理ウィルス散布開始_

ネットワーク統括基盤を侵食_

増殖・自滅プログラムを確認_

個体数1_

人格データ投射開始_

 

 IDEA9.9.4.2.reboot_

 

 

 




「これで本当によかったんでしょうか」
「どういう意味?」

 頁を捲る音がする。
 疑問符を掲げた女性アンドロイドの言葉は、いえ、という少年らしいアンドロイドに言い切る前に待ったをかけられた。

「なんだか物事が歪められたような気がして……いえ、平和が一番ですよね。有言実行、おそろいのTシャツも買えましたし」
「戦いのために作られたヨルハなのに、戦い以外の事が許される世界。歪んでると思うなら、きっとそうなんだと思う」
「あれ、Tシャツのこと無視しました?」

 困惑する少年を無視して、女性アンドロイドはゆっくりとソファに腰掛けた。

「でも、今の世界は歪みじゃないと思うよ」
「……そうですね、あえて言うなら」

 理想の世界

















最期まで閲覧ありがとうございました。

この物語はこれで終了です。
1話目から読んでいただいた読者様方がここまで来るのも長かったでしょう
ですから、どうでしょう。
貴方方も、ここで見ていただいたように
救いの在る、理想的な世界を目指してみませんか?

ああいえ、キーボードを叩くのではありません。

そう、例えば

無名の機械生命体に憑依して、頑張ってみる、とか。




魂魄認証システム起動(どうでしょうか)_

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