イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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|д゚)……ソロソロダレモイナイ



|д゚)っ【続き】


手記9冊目

『続いてのニュースです―――』

 

 配信されたニュース番組には先日の11B達の拠点であった「工房」が閉鎖されたこと、責任者である11Bが意識不明となって復旧技術の進んだ緑の街に搬送されたこと、アダムとイヴが発見者となり、11Bの命を救ったことが報じられていた。

 

 つけっぱなしになった机の端末から投影されるスクリーンの映像は、誰も居ない部屋で虚しくなり続けている。開いたままの本や、形の歪んだカーペットが家主が出たとき忙しなさの名残りを醸し出していた。

 

 

 

 

 

 

 機械生命体らの技術は、自然環境に干渉する方向へと進化を遂げていた。コアの構造が植物細胞に酷似していたことも理由かもしれないが、ともかくこの「緑の街」に住む機械生命体は、ツリーハウスを初めとした自然環境との共存を掲げた生活を送っている。アンドロイドよりも余程、機械らしいキカイたちが自然を愛し始めるとは。

 

 なんにせよ、そうした生体再生の他にも、緑の街の機械生命体たちは修復修繕の術に長けている。より機械らしいからこそ、この短期間で練り上げたとも言えるし、より優しい心を持つからこそ、この道を極めたとも言える。

 

 なにより、彼らを率いるこの街のリーダーが、知恵者であり、心優しきものであることが大きいだろうか。

 

「お久しぶりですね、11Bさん。こうして会うのも3ヶ月ほどですか。時間が経つのは早いものです」

 

 緑の街、その長パスカル。

 聞くものを安らげる声色には慈しみが込められており、しかし声に反してゴツゴツとした無骨な機械の手は、壊れ物を扱うように寝ている11Bの髪を撫でた。さらりと指の隙間を抜けていく11Bの髪は、キレイに手入れされていたらしい。

 

「そこまで悩んでいたのなら、話してくれても良かったでしょうに」

 

 パスカルがいるのは巨大な、とても巨大な樹木が絡みついた建造物。それはこの街で重要な建造物であることを示したものだ。パスカルの本拠地であり、同時にこの街最大の病院でもあった。

 

「失礼する」

「アダムさん……連絡ありがとうございます」

「いや、当然のことをしたまでだ」

 

 サスペンダーに着替えたアダムが入室する。

 イヴはこの街で一旦別れ、病み上がりということもあって一度検査を受けることにしたらしい。受付でイヴの方の手続きを終え、遅れて11Bの病室にやってきたというわけだ。

 

「それで? どうだ」

「あとは彼女次第ですかね。イヴさんが強制的に彼女の人格を引っ張り出したおかげで、致命的な場所にまでバグは発生していませんでした。あとは此方が定期的に受け取っていたデータを元に、欠損した部分を修復。本来なら、じきに目覚めるでしょう」

「こいつ次第、か。なるほどな」

「はい、イデア9942さんがこうまで彼女の精神に歪な亀裂を残していた理由まではわかりませんが―――」

 

 ここで、パスカルは言葉を区切った。

 結局のところ、ここでどれだけ推論を立てようとも11Bの目覚めが早まるわけではない。心のままに入力された発声器への信号は、アダムの横入りの言葉によって遮られた。

 

「そういえばヤツの元拠点だがな、聞いているか」

「え、あ……はい。存じております」

「部屋の主も居ないというのに、閉鎖されたらしいよ。何が原因かは分からない、だがどうにも臭い。この後一波乱起きそうな気がするが、確かめに行ってみるか?」

 

 人間らしい言い回しを含めながら、アダムは口の端を吊り上げた。

 彼の口調も、イデア9942に寄せた硬めの男性的なものに固まってきている。あり方の大幅な影響を最も受けていた機械生命体であるからか、故にアンドロイドにも機械生命体にも思いつかないような、僅かな情報からの突飛な発想というのが彼にも身につき始めていた。

 

 そうしていま、彼の突飛な発想は、恐らく眠り姫にとって最も効果的なクスリとなったのだろう。ベッドに寝かされた11Bの指が、びくっと伸び、曲がる。スイッチの切替える音と、小さな駆動音がアダムの耳に入ってくる。

 

 覚醒だ。

 

「……アダム?」

「そのとおりだよ」

 

 ムクリと起き上がった彼女が最初に目にしたのは、サスペンダーの紐を肩に掛け直し、ニヒルに笑ったいけ好かない男の顔だった。未だ思考がまとまらないのだろうか、無垢な子供と変わらぬほうけた顔をしながら、あたりを見回している。

 そんな11Bが次に視界に収めた人物は、見知った相手。大きく息を吐くような所作で、胸元に手を当てている心優しき機械生命体であった。

 

「よかった、目覚められたご様子で」

「パスカル?」

「はい、みんなのパスカルおじちゃんですよ」

 

 安心させるよう、11Bの手を優しく包み、パスカルが微笑むような声で言う。半分ほどに細められたカメラのシャッターは、数少ないパスカルの表情の一つであった。

 

「現状、全身スキャンにも異常はありませんが一つ確認を。イデア9942と鉄塔で話していたときのことですが―――」

 

 パスカルが振った話は、まだイデア9942が存命のとき、そして拠点となる「工房」を11Bも使っていた今の場所に移し替えたばかりの時の話だった。その時に言っていた言葉が一字一句間違っていないか、そして件の工場施設での撤退戦の会話内容と所感など、記憶領域と人格データについて齟齬がないかを確認していく。

 手慣れた様子のパスカルに、11Bが押されているのは見間違いではないだろう。今やこの緑の街の長にして大病院の職員の一体、パスカルが診てきた患者はかなりのものである。時には事故によって激しく損傷したヨルハを診たこともある。

 イデア9942によって大きな改造を施されていたとして、ベースとなるシステムは変わっていない。いや、イデア9942と同じく長い時を共に過ごしてきた11Bだからこそ、パスカルは他の誰よりも彼女を正しく診断する事が出来ていた。

 

「はい、お疲れ様でした。なんら異常はありませんね」

「……そっか、パスカルもそういう方面のプロになったんだっけ」

「ええ、アナタが技術畑で知れ渡ったように」

 

 幾つかの問答が終わり、二機は決して色褪せぬ思い出を確かめあっていた。変わるものもあれば、変わらないものも在るのだと。それゆえに、過ぎゆく時というものは尊いものであると。

 しかし、彼女らの明るい空気も長くは続かなかった。パスカル自身の変化とアダムの成長、対して自分が過ごしてきた時を自覚してしまえば、11Bの表情は再び浮かないモノへと変貌していく。

 

「……ワタシ、何してたんだろうね」

 

 シーツを強く握りしめて、嗚咽を混じらせ彼女は想いを吐き出した。

 ぐちゃぐちゃになった希望と絶望。執着するほどではなかったのに、彼との美しい思い出と誓いがあったのに。イデア9942という標を失ったその時から、心へ僅かに入っていた亀裂は木の根のように大きく長く広がってしまっていた。

 亀裂が小さなままなら、まだ事はここまで大きくならなかったかもしれない。それでも、また会いたいという気持ちと、愛おしさが暴走して、恐らくは研究の過程で僅かに感染していた論理ウィルスの成れの果ての影響もあって、破滅的な思考に囚われてしまった。

 

 その結果が、自殺まがいの暴走だ。

 

 ソレが不甲斐なくて、自分からキレイな思い出を汚したことに他ならなくて。11Bは後悔と、懺悔の鎖に繋がれそうになる。

 

「今ンなって、わかったんだ。ワタシ、馬鹿な事したって」

 

 雲が晴れたのだろうか。差し込む陽の光が、白いシーツと簡素な病院着を着た11Bを照らし出す。ヒカリを反射する金紗の髪が輝き、その中で陰る儚げな彼女の表情は絵画のようであり、それでいて、どうしようもない現実を描き出していた。

 

 涙を誤魔化し、大きく何度も息を吸っては吐き、人間のように心の大きくない彼女は、狭苦しい心の傷みに耐えようとする。

 

 心、心だった。

 機械であろうと、それが自由意志を持つものならば、決して人間に引けを取らない。感情にも付随し、感情よりも比重が重く、感情よりも無価値で、どこにも位置づけることが出来ないナニカ。心、そのもの。

 

 時には人を惑わせ、時に狂わせるソレは、やはり今においても2つのキカイへと影響を与えていた。本人ばかりではない。バツが悪そうにメガネの位置を直すアダムと、あぁ、と声を漏らすことしか出来ないパスカルにも、たった一人の心は伝染していく。

 

 パスカルも、結局は身内として11Bのことを見ている。いくらメンタルカウンセリングの経験を積んでいても、どうしようもなく同情的になってしまうことだって在る。今がその時で、だからこそ、何も言えなかった。

 

 アダムは、その形を美しいと感じ、故にこそ自分を恥じた。自分が知りたい、人間としての全て。11Bの現状は、まさにその一端だろう。だが、他人の不幸の上で得た知識など、今のアダムにとっては不要なものであるのだ。数多を幸福にし、それでいて己の知識欲を満たす。それがアダムにとっての「人間を超える行為」であり、大多数の人間には決して実現不可能な、二兎を捕る事であるのだから。

 

「あ、ごめんね」

 

 11Bは気づいたのだろう。己が、この場の空気を悪くしていることに。すかさず発した謝罪の言葉は、しかしアダムが前に突き出した手によって有耶無耶にされる。

 

「いや、それよりもだ。貴様の工房が封鎖されたことは知っているか?」

「封鎖……? どうして」

「……そうか、知らないのか」

 

 知らない、という言葉を受けてアダムは一瞬眉をひそめた。

 

「貴様が気絶した直後、工房そのものが自律して部屋を封鎖しようとしたんだよ。大型シャッターと、壁そのものがせり上がって、現在工房には誰も近づけない。家主の許可がなければ破壊することも出来ないからね、まさにお手上げと言ったところさ」

「知らない、そんなプログラムされてることなんて……それにあそこの防衛機構は侵入者を確認した瞬間、攻撃するタイプだったから間違っても封鎖するなんて無い、というか封鎖する機構なんてあったかな…?」

 

 どうやら、思っていたよりも話は複雑になったようで、しかし単純明快な事実へと収束しているようだ。数多に浮かんだ幾つもの可能性と思考の中から、選ぶまでもないソレを一瞬で引き抜き、現実に帰還する。

 

「そうだな、興味の一環でキェルケゴールから聞いたことが在る」

「いきなりどうしたの、今から確認に行くんじゃ?」

「まぁ落ち着け、こういうのは導入が大事なんだろう」

 

 相も変わらず偏ったサブカルじみた考えだ。こういうところにイデア9942の影響や面影が見えるのは、如何なものだろうか。ともかくそこに気づかず、11Bは小さな息を一つ吐き出すことしかできなかったが。

 

「なんにせよ、だ。ヤツの持っていた聖書には面白い物語が書かれていた。中でも気になった展開があったんだ。神の子、イエス・キリストは3日後に復活した、と」

「……そ、か」

「諦めきれないんだろう? それなら――3日ほど、彼の復活が在るか待ってみようじゃあないか」

 

 新たな希望であり、しかし絶望への先駆けともなる話であった。確かにイデア9942の好きそうな話では在るが、これまでの行動を起こした上で、今の所イデア9942に直接的につながる話は何一つとして上がっていない。

 11Bは暴走を起こしてしまったこともあって、もう彼の幻影を過去に向かって追いかけるのはやめよう、そう思っていた。

 

 それでも、それでもだ。

 

「最後に、縋ってもいいのかな」

「ヤツもここまで恋い焦がれる相棒を放って置く程鬼畜でもあるまい。だがまぁ、それでも姿を表さないのなら―――」

 

 ハッ、と。アダムは言葉をつまらせた。

 先程まで赤子のように泣きじゃくっていた11Bが、儚げな微笑みを携えていたからである。なぜかは分からないが、これ以上11Bに対して言葉を綴るのはふさわしくないと思ったのだ。

 

「邪魔をしたな」

 

 ふっ、と踵を返したアダムは病室の扉に手を掛けた

 

「アダムもありがとう、元気で。イヴによろしく言っといて」

「ああ。いつでも遊びに来い。拠点は変わっていないからな」

 

 今度こそ扉は閉められる。

 一人が居なくなるだけで、随分と部屋が広く感じられる。

 

「いつの間にか、随分仲良くなっていたんですね」

「うん、一緒に戦った仲だからね」

「近頃の、集落消滅事件ですか」

「……うん」

 

 パスカルに隠せるようなことでもない。彼女は、素直にその事を認めた。

 

「理由があったのでしょう。なら深くは聞きませんよ。イデア9942さんもそうでしたから」

「っ、ふふ。酷い慣れ方だね」

「イデア9942さんもおしゃべりはしてくれるんですが、大切なことになるとほとんど誤魔化しますからねぇ。それでいて何か隠してる事はしっかり伝えてくるんです」

「そうだよね。大事なことの手伝いさせといて、結局何を目指しているかわからなかったんだもん。アイツ、なんだっけ、エミールのでっかい顔の欠片の実験とか、バイクとか、各地に設置してたサーバーの材料集めとか」

「ええ、ええ。長く一緒にいるのに、酷いものですよね」

「ほんとにね」

 

 もう最後かもしれないと思うと、彼との思い出を語るに最もふさわしい相手との会話が止まらなかった。その後、病室からは静かな笑い声が、幾度も聞こえてくる時間が過ぎていく。

 

 それから幾度のメンテナンスを繰り返し、緑の街で新たな住居を得た11Bは、日課の薪割りを初めとした肉体労働に精を出す日々が訪れた。アダムの話していた3日という時間ははるか昔に過ぎ去って、大きな事件もなく平和の渡り鳥が地球の裏側にまで到達した頃。

 

 11Bの個人回線に、ノイズだらけのメッセージが届けられる。

 






|д゚)サテサイシュウワカクカ

|д゚)ツギハFF15デモカクカ



|彡サッ

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