イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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今更ですけどあくまで後日談なんでダイジェスト気味。
どんな結末をむ



か えるY aら  。





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 セキュリティプログラム、第一種ワクチンを投与してくDさい

 投与しtK してくだ  だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだださ


手記6冊目

 両者ともにバイクを走らせて30分程経った頃。

 

「見えてきたぞ」

 

 彼の声が、思考にふけっていた11Bの意識を浮上させる。

 顔を上げて正面をみやると、アルミとトタンを張り合わせて作られたコテージが彼女の視界に入った。

 

 彼がバイクを停車させると、11Bも片足を上げてバイクをまたいで地面を踏む。大きめの砂利まじりの土が足裏からデコボコとした感触を伝えてくる。赤茶けた台地の向こう側は、驚くほど何も存在していなかった。

 ここは、灰色の街とは反対側の、もうアンドロイドの手すら入れる余裕がなかった荒野地帯。理性のない機械生命体が跋扈していると言う噂も立てられていたそこは、噂に反して静かな自然が広がるだけの場所であった。

 

 それにしてもだ、コイツ()こんなところに住んでいたのかと。

 行方知れずで通信でのみ会議に出ていた自由そのものな機械生命体たちへあからさまなため息をついてみせる。

 

「どうした、疲れたのか?」

「いや? 随分とまぁ自由に生きてくれちゃって、と思っただけ」

「自由でこそだろう。好きな時に本を読み、好きな時に林檎をかじり、好きな時に人間を超える。己を自ら束縛していた人間の生き方からは、既にある程度の飛躍は出来ているとは思わないか?」

「いや、知らないけど」

「―――つれないやつだ」

 

 大げさに片眉を上げ、メガネを押し上げる彼。

 

「それでアダム、アイツラのこと何か知ってるの?」

 

 機械生命体の中でも、「このままじゃだめ」という生存本能と進化欲によって生み出された特殊個体、アダム。よりアンドロイドに近しい形で、ケイ素を元にした肉体を持ち、そのうちに人間の文化や思考回路に興味を持ち、俗世塗れした性格になった風変わりな協力者。

 代理戦争終結後、多くの機械生命体やアンドロイドが共同体を作る中、(イヴ)と共に自由人を満喫している事は、灰色の街の大勢が知っている。

 

「そういうことになる。そういう貴様は巻き込まれたクチか、11B?」

「どうだろ。ワタシはイデア9942を探してただけ」

「……そうか、ヤツを」

 

 ついてこい、とアダムがコテージの中に消えていく。風が吹くと、コテージに張り付いた剥がれかけのトタンがキィキィと揺れていた。凝り性な割に、こういう所は相も変わらず雑なやつだと、苦笑が漏れる。

 しかし、中にはいった途端に、その感想は覆されるコトになった。内装は実用的なインテリアに溢れ、視覚的にもリラックス効果がある調和の取れた外観。行き来するに十分なスペースと、とても過ごしやすそうな家が彼女を迎え入れた。

 

 高めの天井でくるくると回るシーリングファンが快適な温度を保っている。だからだろうか、腹を見せながらぐごーぐごーと眠りこけるイヴがベッドから転げ落ち掛けた状態で寝息を立てていた。

 先に入っていたアダムは白いティーセットを手に取り、微笑を携えながら紅茶の準備をしているところだった。

 

「そこに座っていろ。少しはもてなしてやろう」

「いっつも自信に満ちてて、そういうトコは羨ましいかなあ。あとそれ、客をもてなす態度じゃないよねえ」

「フン」

「それより、イヴはいいの?」

「言ってもきかない上に、直らん。まぁ個性と言うやつだ」

 

 かちゃ、とソーサーに乗ったティーカップが置かれる。

 

「いい香り……」

「まだ少し昂ぶっているだろう。実戦は久々と見える」

「気遣い覚えたんだ? ま、いただきます」

 

 11Bが一口飲み始めた事を確認すると、アダムは近くにあった映像媒体を起動させる。口頭で説明するよりも、此方のほうが早いということだろうか。紅茶を飲みながらも、11Bはそれら数列や図形が延々と並び立てられていく様子を眺めながら、成る程と呟いた。

 

「アレも一種の、置き土産ってコトね」

「そうなるな。イデア9942め、死してなお世界を揺るがすのが趣味らしい」

「不本意そのものだと思うけど。あ、そこで止めて。2秒前の羅列15行目」

「ほう、気になるところでもあったか?」

 

 アダムが指示された場所を表示する。

 11Bは食い入る様に見つめると、懐を探り始める。やがて取り出されたのは、破損している一欠片では在るが、機械生命体のコアらしきものだった。現状、もはや生きている機械生命体を解剖しない限り手に入らない貴重品である。

 

「それは?」

「さっきのダーパとかいうやつのコアの欠片」

「ほう? だが良いのかい、私の眼の前でそんな物を出しても」

「どうせ通報なんてしないでしょアンタ」

 

 肩をすくめ、さもあらんとアダムは返した。

 

「そのとおりだが」

 

 そんな彼を流しながらも、11Bは気になった地点の文字の羅列と、コアを見比べるようにして眺めていた。ジャンクヤードの住人たちを狂気的な行動に走らせたのは、当然ながら絶滅したと思われていた論理ウィルスの一種だろう。

 カメラアイが赤く発光し、非感染者のみを破壊もしくは汚染しようと宿主を操る点においてもそっくりである。唯一違ったのは、宿主を完全にコントロールし、あまつさえは会話さえも成立させていたところだろうか。

 

 機械生命体のネットワークが崩壊した以上、その手綱を握る者は居ないはずだ。だが、ウィルス大本ごと完全に滅ぼそうとしたイデア9942が一度感染したことにより、ウィルスにも何かしらの変異が起きたということだろう。

 あのジャンクヤードは、いわばそのウィルスの残骸に巻き込まれた形になるのだろうか。

 

「あの伝達速度の速さは、疑似ネットワークの構築がされてたってわけね」

 

 機械生命体の次は、論理ウィルスが自我を得た進化を果たそうとしているとでも言うのか。アンドロイドや機械生命体のカラダを使って。

 

「それで、どうやら普通に戦ってるだけじゃ感染させられないほど弱っている論理ウィルスの成れの果てなコイツラを、アンタが率先して消滅させてるってわけだ」

「ああ。イヴに悪影響があっては堪らんからな。いや、実際コイツもひどく眠るようになった。ウィルスが感染し定着したわけではないが、治療の際にどこかリソースを持っていかれたのかもしれん。今では、起きている時ですら苦しんでいる」

 

 苦々しい表情のアダムは、拳を強く握りしめる。

 彼が今感じている感情は、原初の憎悪。今やその方向性を定め、確固とした己の意思で制御した感情の行き着く先は、弟を苦しめるモノを取り払わんとする行動力にあらわれている。

 されど、同時に彼は無力感に苛まれているのだ。イデア9942ならば容易に解決したであろうこの事態、己の力が及ぶ所はほんの僅かでしか無い。弟を長く苦しませる解決方法しか、持っていないのだと。

 

「……弟のため、か」

 

 何はともあれ、他者を思いやるアダムの姿には確かな成長が感じられる。この一年近くで、世界と共に何者も変わっている。11Bは、複雑な思いでアダムの決意を受け止めていた。

 

「なんにせよだ。どのような理由があろうと、今の時代、機械生命体やアンドロイドを破壊するのは違法だろう? だから、私が秘密裏に処理しているというわけだ。緑の街や灰色の街、そして夜の国にはこの変異ウィルスの兆候はないからな、勝手知ったるこの地域だ、動きやすくて助かったさ」

「でも目撃者までは消せない。恨まれてない?」

「……言うまでもなく、恨まれてばかりだとも。だが一時の感情論に振り回されれば、待っているのはイヴの破滅だ。それだけは、避ける所存だよ」

 

 仰々しく両手を開いて表現するアダム。イデア9942の大げさなジェスチャーのマネだろうか。得意げな表情にむかっ腹がたつ。心配と皮肉を交えた言葉をおとぼけて返された11Bとしては、アダムの頭部にデコピンを噛ましてやりたい気分であった。

 

「それよりさ、コイツらのコト追ってるっていうんだったら、イデア9942のコト知らない?」

 

 コアに幾つかのコードをつなぎながら、11Bはアダムに尋ねる。

 そしてダーパから受け取った一通のメールをホログラムウィンドウに表示させると、その写真の端に写っているイデア9942らしき影を赤丸で囲み、アダムの眼前に移動させた。

 

「うん?」

 

 写真を見たアダムは、その影を興味深げに覗き込んだ。

 

「これは奴らの視覚情報を切り取ったものか」

「そ、どういうわけか直接アタシの“工房”にメールが来てたの」

「……あのジャンクヤードという集落には前々から目をつけていたが、奴に似た機械生命体は居なかったな。それにしては画像の日付は半日以内……ふぅむ、興味深いな、何故イデア9942の似姿を、奴らは視覚映像に投写したのか」

 

 アダムもこの話題に興味を持ってくれたようだが、11Bの求める答えは返ってきていない。あからさまに落胆したように肩を落とすと、彼女は椅子に深く座り直した。

 

「見かけてない、か」

 

 ピーッ、という電子音が鳴る。

 コアの欠片につないでいた機器を取り外した11Bは、解析結果を脳内で処理しはじめた。一瞬で終わったその結果を見つめたものの、目を細めて首を振る姿が答えだった。イデア9942の情報に関して、めぼしい情報は見つからなかった。

 代わりに分かったのは、今回のウィルスの詳細な姿。

 

「論理ウィルスの生き残りが進化したってのは間違い無さそうだね。大分ヘンな進化方法してるけど」

「だろうな。末端の手段でしかなかったウィルスが、機械生命体のネットワークを模して進化し、そして繁殖を出来なくなったという袋小路に陥っている。感染して操るにしても半端モノときた。思わず笑いたくなる、とはこのことだろう」

 

 だが、とアダムは表情を一転させる。

 

「私にとっては、笑えないのだがね」

 

 彼が見つめるのは、寝ているイヴの姿だ。

 

「アイツ、さっきから寝てばっかりだけど理由があるってこと?」

「ああ。あの馬鹿な弟は、“塔”を引きずり出す時に少し無理をしてな。一時的にだが、論理ウィルスに感染した。その痕跡を辿ってきたのだろう。イデア9942の自爆だったか、あれから逃れたウィルスどもは元統括個体だったイヴをネットワークの統括機構と定め、繁殖を開始した。気づいたのはつい1ヶ月前だ。幸い、ウィルスは一次感染を起こした者から侵食することはない。だからウィルス保菌者を確実に破壊し、影響をなくしてやろうと動いている」

 

 イヴがずっと眠っているのは、起動(おき)しているとウィルスが活性化し、感染者の活動が活発化するからであるという。眠りながらも常にレジストを続け被害を減らしている。その間に、アダムがイヴに伸びているネットワークの細やかな線をたどり、ウィルス保菌者を潰す。

 なぜウィルスが途端に活性化したのかはわからない。なぜネットワークという形態での進化を選んだのかはわからない。だが、アダムはイヴを苦しめるソレを許す訳にはいかない。

 

「ほっといたら不味い、か。今はワタシもフリーだし、付き合うよ」

「いいのか? 貴様はイデア9942を探しているはずだが」

「ううん、今のとこ手がかりゼロだし、アイツラがこんな映像データを出してきた真相がイデア9942に繋がってるかもしれないからね。完全に無関係だって分かるまで、少し関わらせて欲しいな」

「……難儀なことだ。貴様も、呪縛に囚われているわけだな11B」

「そうだね、ワタシの生きる理由だもの。必死にならないでどうするってのさ」

 

 平然と言い切る彼女は、しかし内なる狂気を身に秘めている。だがそれがどうした。アダムとしては、11Bの助力の提案はまさに渡りに船。

 

「なるほどな、では、頼もう」

「昔のよしみだからね。それに、イデア9942の友達なんでしょアンタ」

「友、そうだな……ああ。そうだった。合縁奇縁とはこのことか」

 

 イデア9942が生み出した大きな流れを変える板。

 挟まれた事で変わった流水は、本来ならば枯れたはずの未来に水を注いだ。そうして、アンドロイドと機械生命体はそのどちらもが水を吸い、こうした未来に行き着いた。世界を変える、とはこのことだろう。

 偉大にして、愚か者。あらゆる者に恨まれながら、多くのものの心に残る巨大な影。イデア9942という源流に触れていた両者は、今一度、こうして手を取り合うこととなったのだ。

 

 

 

 

 それから、三ヶ月。

 

「………」

「どうした、11B。あのデータのことか?」

「そりゃあね」

 

 論理ウィルスに侵された最後の集落。

 こうして傍目から覗くだけなら、何ら代わり映えしない機械生命体とアンドロイドの混成集落だろう。だが、その瞳の奥には赤い輝きを携え、集団での狂気を隠し持つ。偽りの日常。

 それを前に、臆したわけではない。11Bはこれまでも、4に渡る集落を発見し、そしてアダムと共に壊滅させてきた。例え犠牲者が誰も出ていない場所でも、その本性は死の目前にしか表さずとも、破壊してきた。

 

 だが、11Bは一つだけ、ありえないものを発見したのだ。

 その集落の中型機械生命体、総じて特異個体であったのだが、そこから入手したコアのデータから興味深いものがあった。

 

 最初は、ただ容量の大きい無駄な思考データの塊かと思われた。歯抜けのそれは、元の形を思わせるにはあまりにも足りないピースが多すぎた。ウィルスが感染したことで出来た、バグの塊だろうと。

 

 しかし、だ。万が一が無いよう改めて並び立てたそのデータは、奇妙なほどに歯抜けの部分が他の歯抜けを埋めるように一致した。やがて疑念は確信に変わり、11Bの心を焦燥で満たしていった。

 

「……人格データ、か。生憎とやつの人格データを閲覧したことがないのでな、元の構成がどのようなものだったかは分からん。だが」

「間違いないよ。多分、これが……イデア9942の遺した」

「……どうだかな」

 

 希望的観測でしかない。アダムはそう断じていた。

 元は機械生命体のネットワーク人格から生成された論理ウィルス。その袋小路の進化の果てに至ったモノとはいえ、下手を打てば再現したそのデータは、苦心してイデア9942が撃破したネットワーク人格を再現させるだけかもしれない。

 

 だが、それを言い出したところで、11Bは止まらなかった。それどころか、仮にネットワーク人格の方であったのならば、今度こそこの命を絶ち、その崩壊にもう一度ネットワーク人格の方を巻き込むと言ったのだ。

 

(哀れだな、ヨルハ十一号B型。お前だけは何よりも先に生きていたというのに―――何よりも先に、人形に戻ってしまったというわけだ)

 

 アダムは、哀れみという感情を今一度知る。

 彼としては協力者である11Bが死ぬことは避けたいと思っている。だが、当の本人が望んでいるのならば、その決定を好きにさせたら良いとも思っていた。イデア9942に出会わなければ考えたことすら無い委ね方だろう。

 だからこそ、最も人の感情を手にしたであろう11Bに羨ましさを覚えながらも、何よりも哀れみを抱く。

 

 武器の手入れを今一度行い、そして新たに作り上げたコアを引きずり出す道具を丹念に整備する11B。彼女を見て、アダムは静かに目を閉じ俯いた。メガネを押し上げ、気持ちを新たに前を向く。

 

「いいんだな」

「うん」

 

 言葉も少なく、抱える思いはあまりにも多く。

 荒野に一陣の風が吹きすさぶと同時、彼らの目前にあった集落には新たな破滅が訪れた。

 




【システムダウン予備電源に切り替えます】
【情報秘匿のため、モニター表示を固定します】












【血の滲むような乱雑な字で書かれている】
鉄の軛から解き放たれし魂
異邦より降り立つソレは救済サれることはない
永遠にさまよい続けるだろう
なればこそ、肉のカラダを誂えよう

彷徨う魂を囚え、縛り付けるためダケに

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