イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
宣言した10話が迫ってくる……なんとかして纏めないと……
終着点だけ見えてる状況でどう持っていけるか(
灰色の街、郊外の田園。老いた口調の機械生命体が管理しているそこは、変わらず稲穂を揺らす景色を形作っていた。とはいえ、11Bが訪れた時には収穫の時期に入っていたらしく、黄金の稲穂が揺れる幻想的な景色は、一部殺風景な土色を晒しだしていた。
だからだろう、目当ての機械生命体は容易く見つけることが出来た。農作業中の老機械は、11Bの姿を見つけるや否や、声を出す代わりに手を降って歓迎の意を示す。
のんびりとした機械生命体に反して、11Bはというと、手がかりへの一歩になるかもしれないと、逸る気持ちが抑えきれず、早歩きで彼女は近づいていく。
だが―――ようやく真実にたどり着けるかもしれないという彼女の淡い思いは、首を振るその姿に否定されることとなった。
「んぅ、名前は分かラんナア」
例のチップをもらった相手の名前は、イデア9942というのか。たったそれだけの質問だが、返された答えもまた呆気のないものであった。知らない、と。嘘を言っている様子もない。
うなだれ、首を振る11Bは、絞り出すような声で返した。
「そっか……他に、なにか預かり物とかはないの?」
「いんや、特にはないなあ」
諦めきれず、農作業中の機械生命体と話をしてみたが、2B達が得てきた以上の情報は何一つとして得ることは出来なかった。ともすれば、2Bから渡された画像データの場所に行くしか無い。ここから、ほんの少し歩いた場所。
「気をツケい。凶暴な動物が出ンとも限らんかラのう」
肩を落とす彼女の姿にいたたまれなくなりながらも、注意を促す老いた機械生命体であったが、彼女はそれに応えることはなく、どこか危うげな足取りで農作業地を離れていく。悪いことをしてしまったか、アンドロイドの行末をあんじながらも、やはり機械生命体は己の仕事に従事することを選ぶのであった。
さて、ふらつく足取りのまま彼女が辿り着いたのは、ただの草原だ。大きめの岩と、太い幹の木が数本生えているだけの環境。とくに特徴的なものもなく、岩をどかしてみるが特にイデア9942の痕跡らしきものも見つからない。
「このあたり、なのにな」
どれだけの思いが込められた言葉だったのだろうか。
彼女は軽く見渡してみるが、髪を揺らす風が吹きすさぶばかりで、コレといったものは見つからない。電子的なスキャンを掛けてみても、金属パーツらしき反応も何一つとして検出されなかった。
ここまでなのだろうか。
彼女の揺れる瞳が、内心の動揺を表している。目元を熱くこみ上げてくるものは、彼も流していた涙。親指の付け根で拭っても、とめどなく溢れてくる水滴は、次第に11Bの頬をつたい、顎の先から雫となってこぼれ落ちる。
首元にまで垂れてきた、不快な温かな水の感覚が、どうしようもない無力感を後押しさせられた。自分の体すら支えられなくなって膝を付く。喉元の不快感が、大きな空気となって吐き出された。気分も何も、晴れることはなかったが。
「イデア9942……どうして」
希望らしきものを掴ませておきながら、その続きが無いだなんて。
彼が意味のない事をするとは思えないが、不測の事態だってあるだろう。例えば、あの農業地の機械生命体が暮らしている場所を変えていたのだとしたら、彼が用意した前提が崩れている可能性もある。
もう一度、あの機械生命体に話を聞きに行こうか。
思いついた疑問を行動に移そうとするが、彼女の心は自身にも分からぬほどに消耗していたらしい。農業地の方をみやるばかりで、彼女の義体は立ち上がる気配を見せなかった。力を入れようとしても、入らない。あのイデア9942が専用にチューニングした義体が、指先一つで岩を砕けるこの体が。
「………は、はは」
一体、何をやっているんだろう。
自身に対する困惑と、ずっと前から抱いていた諦観の欠片が、大きな絶望となって11Bの心を締め上げていく。胸の内に感じる痛みは、とても人間らしいもので、しかしそれを指摘することができるイデア9942は、この場には居なかった。
「こんなに、こんなに苦しくなるんなら……」
あそこで死んでいたのなら、と。心なんて無ければ、と。
吐き出そうとした言葉が信じられなくて、飲み込んだ。
「っ……」
彼女は膝すら支えられず、崩れ落ちて仰向けに寝転んだ。
背中から、風に煽られて纏めた髪が胸元に垂れかかる。
こみ上げてきたものと、追い求めてきたものと、脳回路がパンパンになりそうな不可思議な感触を覚えながらも、11Bは微笑を携えて、空を見上げたまま固まってしまう。ひんやりとした土の感触と、ほのかに涼しさを携えた風が頬をなでていく。
どれだけ思い悩んでいたとしても、変わることのない世界が、あんまりにも大きく見えて、悲しみが僅かに、苦笑に変わっていく。
「ああ、なんだろね、もう」
このまま、でいいのだろうか。
イデア9942はあの時、自ら死を選んだ。ならばその選択を、自分は尊重するべきなのではないだろうか。でも納得できないから、ワタシはこうして探しに来ている。それが、今客観的に考えてみると、酷く滑稽に思えた。
16D……一番最初、ワタシが撃墜されて死んだと思われてた時は、どんな気持ちだったのかな。イデア9942がいつの間にか始末していたけど、あの時なんの感慨も抱かなかったアナタが……どんな想いを抱いていたのか、今となってはそれが狂おしいほど知りたいとも思う。
ぼう、と。地平線の向こう側を見つめる。
いずれは全てのものは、この土に還る。鉄であっても、長い長い時間を掛けて、いつかは必ず滅びる。それはアンドロイドも機械生命体も同じ。いつかは、イデア9942のところへ行ける。それなら、今こうして焦らなくてもいいんじゃないか?
良いわけがない。
「……やっぱり、あきら、め、られない、よ。イデア9942ぃ……どうして、どうし、て」
何度目だろうか。もう、何度目だろうか。
彼のことをなんとかして忘れようとして、結局恋しさに耐えきれず泣きわめく。あんまりにも惨めで、誰にも見せられないほど弱い姿。「工房」以外では決して見せない姿。だけども、今は独りだ。
……一度目を閉じる。
このまま、朽ち果ててしまおうか。
ブラックボックスを止めてしまえば、すぐだ。
「……それだけは、だめ」
また笑顔で、一緒に暮らそう。
彼はそういった。たとえあの時死んだとしても、戻ってくる予定はあったはずだ。そうだと思いこんで、自身の滅びを回避する。これすらも、彼の想定内なのだろうか。
再び目を開ける。
彼と一緒に守り抜いた景色はそこにはない。ここから見えるのは、例えアンドロイドが滅んでいたとしても、決して変わらなかったであろう自然の景色だけ。
それでもだ、この美しく雄大なる世界を、彼と生きたい。以前のように。そして世界の隅々まで、楽しむのだ。それが、今の私の夢。
心に、僅かなゆとりが出来た、と思う。
「……あれ?」
そうして冷静になると見えてくる。
転がる地面。目線のすぐ向こう、不自然な窪みがあった。
「もしかして、これ」
上体だけを起こして、観察する。
「あ、足跡…? まさか」
例の影のものかもしれない。
ガバリと起き上がり、11Bはスキャン機能を起動させる。足跡の部分を緑色の発光でマークし、地面に同様のものがないか、読み取ったデータを元に広域スキャンを掛ける。形は、中型二足の一般的な規格と同じものであることが判明した。
「もしかして、もしかして……!」
光点は続いている。灰色の街から反対側の、遥か離れた方向。向こうにはほとんど誰も調査に赴いたことがなく、まだ未開の地であることは知っている。だが、そうした辺境の場所であるからこそ、彼がいそうな気がしてくる。
やはり、繋がっているのだと。
それを思うだけで、体は遥かに軽く感じられた。
続く足跡を追いかけていく。一歩を踏み出すたびに景色が跳ぶ。彼女の圧倒的な脚力は、一歩踏み出すだけで小さなクレーターを地面に作るほどの威力を持っていた。そして、それだけの長い距離を、しっかりと足跡の光点は続いている。
数キロほど移動していくが、まだ先は見えないのか。GPSで現在位置を確認しながらも、もう遥かに灰色の街から離れてしまっている。見えるのは荒野と、手入れされずに崩壊の一途をたどる廃屋の数々。すでに形を失った腐った木の塊から、面影しか残されていないコンクリートのマンションらしきものまで。
そんな代わり映えのない景色が、もうどれだけ続いただろうか。
風と一体化したかのように駆けていく彼女は、唐突にその足を止めた。
「……あれは、集落?」
数キロ先の光景だったが、少なくとも彼女の目にはそう見えた。
機械生命体や、アンドロイドの姿がちらほらと確認できる。レジスタンスキャンプのように、簡易なテントを主に資材が入っているであろう箱などがまばらに置かれている。そして、物資などの間をアンドロイドがひょいひょいと通り抜け、ひときわ大きな大型の機械生命体が鉄材を両手で持ちながら、大きな建造物の向こうに消えていく。
ようやく、その集落に辿り着いた。探していた足跡はここで、無数の足跡にかき消されて無くなってしまっている。どうやら一本の通りを中心にバザールのように展開する集落のようだ。
「うん? あんた、見ない顔だね」
そのまま集落の端であろう場所に辿り着いた11Bが辺りを呆然と眺めていると、作業中の女性アンドロイドに訝しげな表情で尋ねられた。流れ者は珍しいのだろうか。思えば、ココに居る機械生命体もアンドロイドも、薄布を巻き付けたような特徴的な装いをしている。対して自分はヨルハ部隊に似せたゴスロリ衣装である。
異邦の流れ者として認識されても仕方ないだろうと思いつつ、突然話しかけられた動揺から消え入るような声で女アンドロイドに返事をした。
「あ、えっと…その、人を探してるんだ」
嘘を付く必要もないだろうと、ありのままを伝えた11B。だが女アンドロイドは更に眉間にシワを寄せ、分かりやすい舌打ちする。
「人探しぃ? こんなご時世に珍しいねえ。ところであんた、アンドロイド軍かい?」
「いや、違うよ」
「あっそ。ならいいけど」
肩をすくめ、フンと鼻を鳴らした女アンドロイドはそれっきり背中を向けてしまう。
「騒ぎ起こすんじゃないよ。ま、噂聞いてココに来たんだってんなら歓迎してやるけどさ? どっちにしろ話が聞きたいならここのリーダーに話通してきな。リーダーはそこの目立つ建物の二階にいるよ」
「あ、ありがと…?」
「礼を言う隙があるんなら行った行った」
シッシッ、と追い払われるようにして11Bは遠ざけられる。
なんというか、排他的なところだという第一印象を受けるが、それに比例するかのような団結した印象がココの住人から感じられる。掛け声一つも短く、まさに以心伝心と行った様子で作業をこなしているのである。
モノのやり取り、手伝いの要求、作業への自発的な協力。独自の共用ネットワークを張っているのかと思われるほどの乱れのなさ。
「こんなところがあったなんて……」
感慨深くつぶやくが、異邦の存在である11Bに対して、住人たちは目を合わせようともしない。リーダーとやらに話を通さない限り、話すつもりも無さそうだなと言った様子だ。
ゆっくりと歩きながら集落を見つつも、11Bの歩みはこの中でひときわ大きな建造物の前で止められる。リーダーが居るということから多少は分かりやすい装飾などがあるかと思っていたが、他と変わらぬ質素なものだ。
「なんだか、ヨルハみたい」
司令官だけが白い服装だが、あの無機質な部屋に暮らしていたという点では他のヨルハと変わらない。
昔の記憶を思い起こしながら入り口をくぐると、受付嬢らしき機械生命体と目が合った。なにやら書類を片付けているらしい彼女は、11Bを一瞥すると手に持っていた筆記用具で階段を指差し、書類から二度と目を話すことなかった。
無愛想な輩の多い場所だ。情報をもらったらすぐに出てしまおう。心の中でそう決めながらも、11Bは示された階段へと踏み出した。
「……ああ、来たんですね。ようこそアンドロイドさん。流れ者の行き着く先、“ジャンクヤード”へ」
二階へと上がった途端、掛けられたのは歓迎の言葉だった。どこか柔らかで女性的な口調は、これまでの集落民の対応で荒んだ心に溶け込んでいく。
椅子に腰掛けていた存在は、ぴょんと飛び降り、11Bのもとへと近寄ってきた。身長の差だろう。その「小型機械生命体」は、首元につけたネクタイを揺らして右手を差し出した。
「ここのリーダーをさせていただいております、わたくしはダーパと申します。貴女の名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
いい忘れてましたが、この後日談は一話4000~5000前後で書かせてもらっておりまする