イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
ラストスパートのスタートフォームが整った感じです。
激しいエキゾーストを掻き鳴らし、アダムが車体を大きく傾ける。彼がグリップを握り込むたび、回転数を上げた車輪が風の彼方へと彼らを運んでいく。すり抜けていく景色は上から下へと流れていき、あっという間に塔の中腹ほどへと彼らを浮き上がらせる。
「アダム!」
「任せておけ」
だが、所詮は車輪を地面に擦らせ回転することで前進する機械。その足場たるものが何一つ存在しない中空では、彼らは為す術無く落下するがこの世を支配する万有引力の法則である。
そこで彼はヘルメットのバイザーから瞳を光らせる。するとどこから現れたのか、彼が操作を得意とするケイ素と炭素を主要物とした結晶体――大小様々なキューブが、ちょうど車輪一つを乗せる程度の細さで道を作り出した。
時をかける列車が如く、彼らの進む先にこそ道が作られる。
黒、そして灰迷彩。二色のバイクが螺旋の軌跡を描きながら、天を突き崩さんばかりの「塔」の頂きを目指し、舞い上がっていく。方や激しいエキゾースト、方や耳障りな回転する金属の摩擦音。だが、そのエンジンから吐き出される不協和音こそが挑発であるかのように。
「イデア9942、侵入経路はどうするつもりだ!」
風に銀の髪をなびかせ、アダムが叫ぶ。
サイドカーでカタカタとコンソールをいじりながら、イデア9942はあくまで事務的に答えてみせる。
「このまま外周を上り詰め、脆弱性を発見するまで――タコ殴りだ」
エンターを押した途端、塔の外周にいくつものリングが出現する。イデア9942が地表に出てから、塔を視認して数秒。その間に発見した物理的にも、電子的にも防壁の薄い箇所を表示したのである。
「なるほど、分かりやすい!」
「それなら撃ちまくるだけだね」
ところで、唐突に話は切り替わるが、ヨルハの姿勢制御能力は、この地球上において恐ろしく高いと言えるだろう。なぜなら、イデア9942の作戦を聞いたA2が立ち上がり、上へ下へ、そして時には大きく左へと。ジェットコースターも顔負けの超強力なGが掛けられる中、平然と直立して大刀を構えているのだから。
そして11Bも、右手でグリップの先についたボタンを押し、バイク前方から腹にかけてセットされた武器の収納を開く。そのうちの一本、イデア9942から託された長銃を取り出し、ロックオンカーソルを合わせていく。
「弾道の誘導処理完了。行けるぞ」
タン、とキーを押したイデア9942。彼のつぶやきを拾った11Bが叫ぶ。
「発射ぁ!!」
引き金が引かれた途端、前進するバイクの力をも押し流す。人間であれば鼓膜を破るほどの轟音と、とんでもない衝撃が横殴りに襲い掛かってくる。
5つの流星に別れたそれは、もはや銃弾ではなく一つの戦術兵器。ロックオンされた地点へと、ミサイルが如く向かった直径3センチの砲弾は、ロックオン箇所に当たった瞬間、その一箇所一箇所で連鎖爆発を起こして塔へと甚大なダメージを与えていく。
だが、ボロボロに破壊された壁の向こう側には、またすぐ別の壁が見えた。閉鎖された空間らしく、イデア9942の分析でも破壊可能とは程遠い分厚さだ。
「チッ、敵も馬鹿じゃないか!」
悪態を付きながらも11Bはハンドルを切り、塔を沿うように緩やかに左カーブを描いていく。左手は新たな銃弾を込めるため、リロードの姿勢に入っていた。
「構造上、脆弱になる箇所は全てデッドスペースだと思ッたほうがいいな。条件を足して再計算しよう。次はA2、君が頼む。そして右方14メートル注意だ」
「わっ――ぶなぁ!?」
驚きながらも、ドリフトして塔の外郭を覆う扇状の構造物に追突しかけたイデアチーム。だが11Bは、近づいてきた壁を足の裏で無理やり蹴り飛ばすことで難を逃れる。再びアクセルを噴かせた彼女は、片手運転のまま、イデア9942の手を煩わせる忌々しく憎らしい敵の本拠地へ悪態をついた。
「硬すぎ! もう根本から折ってもいい!?」
「2Bたちの回収がまだだ。加え、システムに寄る自然崩落ではなく倒壊させてしまえばベースは押しつぶされ、レジスタンスキャンプも甚大な被害を負う」
「あぁぁぁぁぁぁもぉぉぉぉっ!」
そして二発目。
再び頭を揺さぶる轟音を掻き鳴らしたその反対側で、それに負けない爆音を響かせている灰迷彩のバイク。アダムが自分自身の演算で作り出しているとは言え、まるで空を走っているかのような感覚は楽しいのだろう。
鼻歌混じりに運転し、そして己の歌を指揮するようにタクトをふるえば、生み出された衝撃波が壁を削る。そして巻き散らかされた壁の破片は、必然的に交差するように走るアダムに降りかかるのだが、彼は華麗にそれらの破片を避ける。
するとどうなるか。アダムにあたっていたはずの破片は、全てA2に降りかかる。だが彼女が避けようとしても、バイクに直立する以上被弾面積は大きい。トドメに、自慢の長髪に絡みつき、銀の髪には幾つもの白い斑点が生じさせられている。
「ほんとに、ほんとに! 本当に!! 自分の都合で話すやつばかりだ、本当に! イライラする!!」
「ハハハハハッ!!」
頼み事を押し付けられたA2は、怒りを撒き散らしながらも三式斬機刀を上段に構え、両足を大きく開いて腰だめに力を入れた。アダムは彼女が繰り出さんとする一撃に気づき、一旦塔から距離を取って再度頭から突っ込み、すれ違いざまにすり抜けていく直線でトップスピードを叩き出す。
瞬間、A2の体表が排気熱で赤熱し始め、彼女の憎悪を体現するかのような鬼を彷彿とさせる形相に染まる。一時的にヨルハという規格外な身体能力を持つ機体に掛けられたリミッター、それを完全に取り払い、最大出力を発揮させるプロトタイプ特有のバーサーカーモードである。
そしてA2が振り下ろした大刀は、再計算されたターゲットリンクの浮かぶ壁へと切っ先をめり込ませ、すり抜けるアダムの進行方向へと巨大な裂傷を作っていく。
ガギギギギッ、と無理矢理に摩擦を無視して突っ切らせる金属同士が反発する共鳴音を掻き鳴らし、斬機刀は塔に一本の裂傷を残していった。
「そら、もう一度だろう!」
「そうだよっ!」
空中に投げ出されている彼女を回収したアダムは、Uターンして塔へと向き直る。そして切り傷を入れた方とは反対側。反対の軸から切り込めるよう下から上に向かって加速する。最大加速された時点でA2が飛び出し、空中で弓なりに体をそらして壁へ刀を突き入れる。
X字に切り裂かれた壁。そこへ再び、飛び出したA2を回収に来たアダムが突っ込んでいく。A2は華麗に飛び乗り、後部座席のバーを掴みながらバランスを取って座り直す。
「脆くなったはずだが、どうする!」
「決まっているだろう?」
「ああ、また私が」
「ん?」
A2がまた飛び出さなければならないのかと、うんざりした顔で抗議を申し立てたのだが、アダムはソレに対して不思議そうに声を漏らしただけだった。まさかとは思うが、アダムが自分でやるということか?
ようやく多少は休めるかと、息をつこうとしたA2だったが、自分の乗るバイクのマフラーから、更にけたたましくなりひびいいた排気音が耳を打った。まさか、と思った時にはもう遅い。
目の前には、迫る白亜の壁―――。
「待て………待て待て待て待てぇ!?」
「ハハァッ!!」
ここで一つ。アダムの車体は鳥の嘴のように前方が膨らんだ形状をしている。この部分、エイリアンシップの素材と地球の素材を用いられた合金であり、硬度はダイヤモンドに匹敵しながら、衝撃に恐ろしく強い。ダイヤのように真っ二つに裂ける心配もない。そして車体は、正面からの衝撃に耐えられるよう設計された無骨な形状をしている。
何故こんな部分を作ったか? アダムは事故に対して用心していたからだろうか。そんなはずがない。彼は生身で高度200メートルから落下したとしても、笑いながら貴重な体験が出来たと喜ぶだろう。
塔の壁に向かってほんの数秒。答えはA2が身をもって思い知らされる。
「おぉ……」
その様子を遠目に見守っていたイデア9942から、呆れたような声が出た。
ゴォーンッ! と形容し難い音が聞こえてきたかと思えば、大穴が空いていた。
アダムたちを乗せた車体は、A2が切りつけた✕字の壁を破壊しながら頭から突っ込んでいったのである。場所としては中腹だろうか。イデア9942のターゲットマーカーの一つだが、見事アダムたちはあたりの場所を引き当てたというわけだろう。
煙で隠れては居たが、完全に塔の中へと入っていった影を見送り、ポツリと彼は呟いた。
「ふゥむ。あいつにガチャとか引かせたら最高レア引きそうだなァ」
「何いってんのイデア9942?」
「いや、何でもない。此方はもう少し上を目指すぞ。このあたりで入ればアダムたちと合流できるが、何分この塔も広い。別のルートで攻略した方がいいだろう」
「了解!」
威勢よく答えた11Bが、ハンドルを引っ張り前輪を浮かせる。するとキューブが自動的に上への道を作るが、見た目は今までの洗練されたレールとは程遠く、ところどころガタついた様子が見られるただの坂だ。
アダムの視界から離れたのが原因か。それとも塔の強力な電波すら遮断する壁が原因か。アダムたちはまだ塔に空けた穴のあたりにいるだろうと踏み、イデア9942はアダムへの個人通信を開いた。
「アダム、キューブの操作権限を一部移譲できるか」
『いいだろう。だが制御を離れてもごまかせるのは3分だ。それまでにお前も入るんだな』
バイクを降りたアダムは、瓦礫を頭から被ったA2の埃を払いながら答えていた。A2はこのメチャクチャな行軍に参加したのを今更後悔しているのか、通信先のウィンドウではバイクにもたれかかりながらプルプルと震えている様子が見える。
「了解した。キューブによる足場の生成、処理プロセスを建てるか」
しかしそんな彼女の状態を完全に無視し、イデア9942は事務的に事を進めることにした。そして彼の制御が加わったことで、ガタガタと揺れていた車体が滑らかな地面を走ることで安定しはじめた。
斜面を進む彼らのマシンは、天に登る黒い流星として白亜を彩った。
『……デア………イデ…42…!』
「うん? なんか聞こえるよ」
「通信か」
中腹を越えた辺りで、11Bの拡張された聴覚がノイズ混じりの言葉を拾う。聞こえてきたのは、サイドカーに搭載された通信装置。
「イデア9942だ」
『やっと繋がったか! アダムはいるか、勝手な出撃を控えて欲しいと伝えて欲しいんだが』
「奴はもう塔内部に乗り込んだぞ。どうしたホワイト」
『……何も言わん。だが一つ、頼みたいことが在る。2Bと9Sを見つけたら、すぐに連絡してくれ。もうヨルハを誰ひとりとして…』
「分かッている。アイツラを見つけたら詳細マップにマーカーを添付して送ろう。ヨルハは飛行ユニットを用意して欲しい。今塔の外周を無理やり破壊することで侵入しているが、位置が位置だ。飛行ユニットでなければ侵入は難しい」
『わかった。まったく、また編成をしなおしだ』
そうはいいつつも、イデア9942が元の表情を取り戻したことが喜ばしいのだろう。ホワイトは満足げに口端を持ち上げていた。
だが彼女の安堵もそれまでだ。彼はどこか剣呑な空気をまとわせると、ひどく重々しい様子で続けた。
「ああ、それから一つ」
『…どうした?』
「たとえマップデータを送ったとしても、3時間は動かないでもらいたい」
『何故だ? 今ヨルハの戦力を使わないなどという選択は取れないはずだ。敵は減ったとは言え、プラントを持っていない筈もない。破壊した数は多いが、今にも稼働できる機械生命体は増えているはずだが』
「……それでもだ。ヨルハの諸君には、今パスカルたちの保護にあたってもらいたい」
『だがそれは』
ホワイトとてパスカルらの現状を知らないはずがない。いや、それのせいで頭を抱えていたと言うのに、まさか彼はもう解決したというのか。アレほど落ち込んでいた原因であったのに。
内容に関しては知らされなかったが、ポッド042とポッド153がある種の情報を保有していたこともホワイトは把握している。
まさか、それのせいかと頭を回転させ始めたところで、刺されていた油を水で濡らすが如き言葉が、ホワイトを混乱させることとなった。
「いま、パスカルらは洗脳が解けているはずだ」
『な、に…?』
「簡単なことだッたんだ。幸福な王子は、身を削り富を与えすぎたせいで命を潰えた。それだけの話だ」
『なんの話だ。イデア9942! お前は、まさか』
ホワイトの声は途中で打ち切られる。イデア9942が無理やり通信を切り、受信を拒否したのだ。
「……イデア9942」
「大丈夫だ」
非難するような11Bの訴えに対し、ノータイムで答えるイデア9942。
彼はヘルメットのバイザーのせいで、いつものように顔を隠すことは出来ていない。だが、彼ははためくマフラーをしっかりと握り、強い視線を塔へと向けていた。
「ワタシ、怒るからね!!」
「そうだな」
目を閉じ、返答した彼から読み取れる感情はもはやただ一つだけ。
にじみそうになる涙をこらえ、歯を食いしばった11B。彼女は左手に握る銃のリロードを終え、接続したコンフィグから銃のモードを散弾から大砲に変換する。銃身が何度か変形を繰り返し、全体的なデザインを更に無骨で大口なものへと切り替える。
「幸せになれるんだよね、イデア9942」
「勿論だとも」
今の言葉で全てを悟らなくては、イデア9942に育てられた事を侮辱することだ。決意が乗せられた短い言葉は、11Bに酷い焦燥感と、胸を抉るような痛みを当てるには十分だ。
苛立ちを発散するように、彼女はまっすぐに銃口を塔へと向ける。イデア9942が設定したポイントマーカー。その地点に到着したのだ。
無言のまま引き金が、引き絞られる。
塔のはるか上空。
街一つを覆う衝撃が、空気を伝いビルを揺るがしていった。
年始までに1話上げられたらいい方です
新年1月中にはちゃんと完結できそう。