イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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 伝えなくてはならない。

 何があろうと、伝えないと。
 使命感に身を任せ、襲い来る脅威に頭から突っ込んでいく。

 細い網目の間をすり抜けるように、自我データを滑らせる。
 生き残った自我データはボロボロだ。後一度でも、攻撃を受ければ崩壊するだろう。迷宮のようなコアネットワークに囚われている精神が抜け出すには、あと少しの辛抱だ。

 これが彼にとって果報だったとしても。
 自分が手にした真実だけは、伝えなくてはならない。

「……これで、セキュリティポールは全て破壊できた」

 剥き出しになった敵性プログラムのコアを見つめ、彼はヒビの入った体を見下ろす。

 これを破壊すれば、自分はこの牢獄からようやく抜け出せる。
 だが、抜け出したとしても、彼の影響を受けている自分は……。






文書58.document

「やるんだよな、兄ちゃん」

 

 朽ち果てた瓦礫の上に座り込み、イヴが問う。

 陥没した廃墟都市の中央部。寂しく冷たい風が吹きすさぶ底に、彼らは歩み出ていた。

 

 瓦礫に背中を預けながら、アダムは呼んでいた本をパタンと閉じる。

 

「あぁ。手伝えイヴ。ネットワークの基幹ユニットとしての本領を見せてやろう」

「なぁ、兄ちゃん」

 

 ニヒルに笑う兄に対し、不安げな感情を隠しきれない弟。

 瓦礫の上から降りてきた彼の頭に、アダムは左手を置いた。

 

「案ずるな。これで我々がどうなる、というわけではないだろう? それに、身勝手に生み出した挙句、使い潰すつもりだった奴らに報いる最大のチャンスだ」

「でもさ」

 

 撫でられる手の下から、伏せ目がちにイヴが見上げる。

 アダムが今からしようとすることに対して、イヴはどうしても納得できなかったのだ。アダムがしたいことをやる。それはイヴにとってカッコイイ兄の見せ場であり、そして眺めることが何よりのヨロコビだ。

 

 だが、今回その大好きな兄は、イデア9942という別の相手のために自らが傷つこうとしている。自分がいくら兄の代わりに傷ついたって良い。でも、兄が傷つくと分かっていて、黙って従うほど、イヴは盲目ではない。

 

「絶対、いたいぞ」

「分かっているさ」

「もしかしたら兄ちゃん、引き戻されるかもしれない」

「そうはならん。イヴ、おまえが居るからだ」

「その、アイツの問題だろ! アイツに手伝ってもらえば――」

 

 アダムは手を離し、弟と正面から顔を向き合わせた。

 

「イヴ」

 

 彼は、笑顔だった。

 綺麗な笑顔だ。優しい表情だ。

 

 それだけで、イヴは何も言えなくなった。

 

「借りを返すのは、なにもアイツのためじゃない。私のためでもある」

 

 アダムはどこからか、ケイ素と炭素の混合キューブを引き寄せる。

 指先で弄っていた立方体は、彼が両端をつまむような仕草をすると、手の動きに合わせて長く、細い木の枝のように伸びていく。

 

「そして今度は、私がヤツに貸しを作る。それを代価に、私はさらなる知識を得るつもりだ」

 

 細長くなったソレは、タクトだった。

 純白のタクト。軽くふるえば、空気が震える。

 轟音をまとわせた衝撃波が飛び、着弾点に大きな裂傷を作る。

 

「悪くない」

 

 よく見れば、アダムの服装は何時ものカッターシャツを羽織ったものではない。

 ビシっと決めたスーツを上から纏っている。知的であれ、厳粛であれと。形から模した彼は、見た目や形式をこだわり、実に人間らしさを感じさせる姿だった。アンドロイド達が身につける、非日常を思わせない姿。

 少し近くのコンサートステージを訪れれば、目にするような。

 

「兄ちゃん」

「なんだ、イヴ。まだ何かあるのか?」

「わかったよ。兄ちゃんがやりたいことなんだよな」

「そうだ」

 

 アダムは、問いかける弟に目もくれず、タクトを優雅に振り続ける。

 

「だったら俺も、やりたいことが出来たよ」

 

 座り込んでいたイヴが、立ち上がる。

 片眉をピンと上げ、アダムが愉快そうに口端に弧を描いた。

 

 ゆらりと立ち上がったイヴの顔は伏せている。

 突き出された両手。どこか力をためているのか、揺れている。

 

 彼の腕に合わせるように、地面が動き始める。いや、揺れ始める。

 

 ―――ハッキング開始。

 検索、コアネットワークへの再接続。主要ユニット、アダム・イヴの個体データを参照。該当、接続完了。

 アダム・イヴの個体データが見当たりません。不正アクセスを阻止。攻性防壁プログラム作動。敵自我データの削除を開始。

 

 バチッ、バチッ、バリッ。

 意識のさき、自我データへのダメージ。それは紫電となってイヴの体を駆け巡る。だがそれがどうしたというのだ。口を固く結び、彼は歯ぎしりしながら力を込める。

 

 

「俺は!」

 

 バッと顔を上げたイヴが、叫んだ。

 

「絶対に、兄ちゃんを傷つけさせない!」

 

 親しくもない誰かのためじゃない。

 兄のため。兄がどう思っていようと、その想いを曲げることはないと。

 

「俺だって!」

 

 彼が叫ぶたびに、ガラスすら飛び散りそうな衝撃波が辺り一面に撒き散らされる。機械生命体、コアネットワークの統括ユニット、その片割れとして生み出され、根幹に深く根付いていた彼の実力。

 ネットワークから切り離された今も、いいや、切り離されているからこそ、彼もまた力の研磨を続けていた。かつての力を今まで以上に扱えるように。そして、その権能へ再びアクセスできるまでに。

 

「全力で頑張って、やるよ!!!!」

「そうだ、それでこそだ我が弟よ!」

 

 アダムは、その隣でタクトを振るう。

 衝撃波は生じない。代わりに、大地震を思わせる縦揺れが廃墟都市全体を襲う。

 

 彼らはこの力を使って廃墟都市を、ひいてはレジスタンスを破壊しようとしているのか? いいや、そんなチンケなことではない。彼は親友へ最後の活を入れるために動き、彼は偉大にして親愛なる兄を守るために動いたのだ。

 

 機械生命体のコアネットワークは、招き入れない限りは恐ろしく敵対的だ。いや、その情報の流動する中に自我データを紛れ込ませることは、すなわち激しく流れる嵐の、しかも濁流の中にダイブするが如き所業。

 いつかイデア9942が止められた理由もわかろうというもの。そして、当然そんなことをすれば、かつての統括ユニットたる兄弟とて無事で済むはずもない。

 

「ぐ、うぐぐぐぐぐぐぐ!!」

「くっはははははははは!!」

 

 紫電が走り、二人の体を焼いていく。

 人工皮膚の表層が剥がれ、機械生命体のコアですら捌ききれない、情報量の処理限界が二人の身を深く削る。だが、アダムはその中でも少しばかり余裕がある。それは彼が優れているからでははない。その隣で歯を食いしばってまで苦しむ、弟の演算能力によって自我データへの攻撃を肩代わりされているからだ。

 

(結局、おまえは最後まで私のためか)

 

 タクトを振るう。

 虚空ではなく、彼が見えているコアネットワークの情報体。その中を整理し、すり抜け、切り裂くがための動作。現実で動かさないと、自分を見失いそうになるがための所作。

 

(だがイヴ、お前のおかげで見えてきたぞ)

 

 演算とは関係のない場所で、かつての断片データがアダムの脳回路をよぎる。

 機械生命体のコアネットワークにつながれていたその時、見つけた機械生命体の資料。作られていく情報の射出施設。人間が射精によって遺伝子情報(ひとのいのち)を繋げていくというのなら、機械生命体はどうやって自分たちが生きた証(きかいのいのち)を示せるのだろうか。

 

 その答えは、かつてよりの人類が行った一つの実験に遺されていた。

 

―――ゴールデンレコード。

 生命や文化の存在を伝える情報を、未来のどこかにいる誰かが見つけてくれるように、錆びぬ朽ちぬ黄金の盤に収め、宇宙に放つ情報の種子と言う夢。小さな、遠い世界からのプレゼント。例えその種子が、次なる実をつけぬ徒花に成り果てたとしても、永遠に存在し続ける種子は、はるか遠い時間の彼方で拾われるはず。

 

 エイリアンによって生み出された、植物細胞をベースとした機械生命体は、きっとその方法によって花開く未来(ひかり)を見たのだろう。あらゆる養分を吸い付くし、いつか地上を発つ事を。

 

「だが、貴様らの考えなぞ糞食らえだ!!」

 

 アダムは叫ぶ。アダムは否定する。機械生命体の独りよがりな夢を。

 宙を目指そうとした、尊い夢の先を。なぜなら、彼らにとって何の意味もない害でしか無いのだから。

 

「さぞや崇高なんだろう。だが、そんなもの破壊してやる」

 

 イヴがアダムに迫る攻性プログラムを蹴散らす。

 代わりに被弾し、イヴが吐血する。それでも兄を見上げて、信じている。

 

「見逃していたつもりか? それでも貴様は、私の友を傷つけた。弟を傷つけた。それだけで、十分だろう?」

 

 口の端に血をにじませながら、フィナーレと言わんばかりにタクトを振り上げる。

 途端、彼らの眼前にある地面から、白い棒が突き出てくる。

 いいや、棒だけではない。アダムが管理していた「街」や、かつてイデア9942が囚われた「施設」と全く同じ素材を用いた、白亜の塔がその全貌を表し始めた。

 

 廃墟都市で最も高い、ビルを飲み込む巨木ですら、その大きさの前では赤子同然。螺旋状の中央塔を覆うような、編み込まれたロープみたいな流線型の構造物。アダムはその塔が起動するコードを探し出し、無理やり発動させたのだ。

 そうして姿を表した白亜の巨塔は、せめてもの抵抗とアクセス防止の閉じられた防壁を張り巡らせる。急遽敵が守りに入った隙を利用し、二人はアクセスを断ち切った。

 

「あがっ!」

「イヴ!」

 

 瞬間、兄の盾役を行っていたイヴが、弾き飛ばされる。

 アダムを守るため、最終的に己の体を肉盾としていた彼にも、限界が来たのだ。一度戦えばヨルハですら一蹴される無敵の存在も、やはり傷を負うということか。ぐったりとしつつも、口の端を持ち上げ笑ったイヴは、そのまま眠るように気を失う。

 

 抱き起こした弟を見つめて、兄は吐き捨てた。

 

「……馬鹿が」

 

 目を伏せたアダムはイヴを優しく背負い、再びヨルハの新拠点「ベース」へ帰還の道を歩み始める。お膳立ては終わり。あとはあの燃え尽きたつもりの阿呆に喝を入れてやるだけ。

 

 頬を伝う熱い雫を、なんでもないことのように拭う。

 

 イヴも診させてやるか。戻ったら第一にそうしてやろう、と。アダムは彼への貸しに対する報酬を想像する。背負った弟の足を、落ちないように。何度も何度も、背負い直して。

 

 大事に。

 

 

 

 

 

「……落ち着いた?」

「少しは、な」

 

 だが、とイデア9942はベッドに転がった。

 ぐしゃぐしゃに潰された帽子は、11Bが預かっている。

 

 帽子の代わりに、手で顔を隠すようにして。

 彼は掌を上に、深い深い息を吐くような音を出した。

 

「ふん、やはり腐っていたか」

「…アダム、か。先程の振動」

「そうだろう、言うまでもない。お前なら分かるだろうな。それよりもだ、イヴを診てやってくれ」

「……こりャァ、酷いな。あと少しで記憶野すら焼けつくところだ。運動野に至っては一人で立てないほどに虫食い……いいや、大穴だらけだ。ナノマシンと一緒に治癒プログラムを流してやるが、しばらくは安静だ」

 

 イデア9942は、工房から持ち出してきた幾つかの道具をいじると、取り出した薬品を注射器に満たしてイヴへ注入する。次いで、口の辺りから流し込まれたナノマシンは、淡い緑の光を発しながら体内へと消えていった。

 

「思ったよりは錆びついてないな」

「当然だ。イヴ君の生死に関わるからな」

「パスカルたちも、そうだろう?」

「………」

「原因は分からない、か」

「だが、アダム。君が血路を開いてくれたみたいだな」

 

 施設そのものが破壊されるかと思わせるほどの地震。一体地上側にはどれだけの被害が出たのか、思いもよらない。だが、一つだけイデア9942には先程の地震が何かを証明する知識がある。この世界を俯瞰風景で見ていた頃の記憶。

 

「引ッ張り出したのか、奴らの塔を」

「ああ。今となっては作る意味も薄いだろうに。なぜか完成しかけていたソレを引っ張り出してやったぞ。N2め、今頃は大慌てだろう。まさか我々側から攻撃が来るとは思わなかったのか、以前使っていたバックドアが消されていなかった。おかげで容易く中枢部のデータに触れることが出来たさ」

「そして、イヴが倒れるほどの無茶をしたというわけか」

 

 起き上がったイデア9942がアダムを見つめる。

 はなでわらったアダムは、それを肯定した。

 

「そのとおりだ」

「……」

「さてイデア9942。貴様、いつまでここで腐っているつもりだ」

「考えてい――」

「違うだろう?」

 

 正面からの否定に、イデア9942は言葉をつまらせた。

 

「貴様は考えているのではない。万策尽きたと勝手に思い込み、閉じこもっているだけだ。今もなお抗おうとしている者たちの意志を切り捨ててな」

「……分かッているんだ。そのはずなんだ」

「恐れたか、イデア9942。恐れ知らずにして傍若無人。自分本位の塊のようなやつが、今更臆するとは、お笑い草だな」

 

 アダムの容赦のない罵倒が、イデア9942の心をえぐり取っていく。

 だが、それら全ては謂れのない中傷などではない。アダムが捉えた、イデア9942にとっての真実であり本質。ぐうの音も出ないほどの正論であり、最も突かれたくはない現状の原因である。

 

 イデア9942は言い返せず、起き上がった体のまま、頭を垂れる。

 痛々しい光景だった。だが、意外なことに11Bはアダムの罵倒に何も言い返さない。ソレは何故なのか、今この場で知ることは出来ない。だが、彼女がイデア9942の為を思って、この場を黙っている。それだけは、彼にも理解できた。

 

「そうだな、貴様が少しはやる気になれるような物が置いてあった。これを読み次第だ」

 

 アダムは、イヴを担ぎ上げて部屋の入り口に手を掛けた。

 

「10分後」

「……10分か」

「格納庫で待っておいてやる。来るなら、来い。私は私で動こう」

「……」

 

 アダムが退室し、扉が閉まる。

 シュッ、と気圧を利用したドアが音を立てると、後は無音だった。

 

 イデア9942は手を開いて覗き見る。カサカサと、アダムが投げてよこした「やる気になれるようなもの」が、紙の擦れ合う音を出した。

 

 手紙、だろうか。

 そこまで確認して、11Bが驚いたように声を上げた。

 

「……これ、パスカルから!?」

 

 宛名にはパスカルの名が刻まれている。

 そしてよく見れば、宛名も封筒も、どこかオイルくささを滲み出した匂いを放ち、そして黒っぽい汚ればかりだった。とてもじゃないが、あのパスカルが出す前に許可を取り下げそうな、汚い手紙。

 

「………あ、あぁ……」

 

 それが本当の手紙だけであるというのなら、イデア9942は平静を装っていられただろう。アダムがこの部屋に訪れた時のように、復活しかけていた心のパズルを組み上げ、イデア9942という個体の歩んできた情報で補強していただろう。

 だが、未だ防壁にすらなりえない未完成の心は、彼を引きずり落とすには十分だった。

 

 ひどく汚く、必死さが伝わる字で、書かれていたのはたった一言。

 

 

 ―――あなたなら出来るはずです。

 

 

 信頼が、肩にのしかかる。

 この重みが信じられないかのように手の内を開いて見たが、震える手は彼の感情を外れ、無意識の中で激しさを増していく。手紙を掴む手に力がこもり、電子媒体ではない、細心の注意を払ったパスカルの機転の良さ、そしてパスカルの優しさがイデア9942を穿つ必殺となって穴を開けていく。

 

 ぼたぼた、ぼた、ぼた。

 不規則に、熱い洗浄液が目元から流れ始めた。

 

「何度、だ。この身は何度、泣けばいい」

「イデア9942が気の済むまでだよ。泣けるのはいいことなんだから」

 

 彼女の言葉に、そうだな、とイデア9942は返した。

 

「パスカル……すまない……諦めるなどと、出来るはずがないだろうに」

 

 絶望に塗りつぶされているばかりで、忘れていた。

 思い出したつもりで、伝わっていなかった。

 

 パスカルたちとの思い出が。

 自分が差し伸ばしてきた、その手に繋がる糸の数が。

 

 どこか夢見心地だった世界に、色が戻る。

 

「11B」

「うん、戦闘準備整えておくね」

「出るぞ。形だけマネていい気になッているあのドアホウに、一発くれてやるつもりでな」

「えらそーに発破かけといて、涙の跡は拭いきれてないんだから、びっくりだよね」

「そんなチンケな事でとやかく言うのは――まぁ楽しいが、そうじャないだろう?」

「ふふ、そうだね。いつもの調子に戻ってきた?」

「そうかも、しれんな」

 

 救いたいと決めたからには、その景色を見たいと思ったからには、理想に向かっていくことを辞めてはならない。もう、人間ではないのだ。最初の機械としての矜持を、この身は永遠に閉じ込めていかなければならない。

 

 なぜなら彼は、理想の炉より生まれし9942番めの兵器。

 どこにでも居そうで、どこにも居ない。

 

 世界の全てを読み解く、機械生命体イデア9942なのだから。

 

 

 

 

 

 駆ける。駆ける。駆け抜ける!!

 腰だめに構えた一刀は、飛び跳ねたバネのように尖い軌跡を描いて、敵のプログラムに突き刺さる。声のある限り、彼は、シャウトを繰り出した。

 

「見えた! これで、トドメだあああああああああ!!」

 

 完全に崩壊する部屋。現実と意識が曖昧ながらも、たしかに現実に戻れたのだな、と。彼はホッとしたように息を吐いた。

 

 それにしてもだ。機械生命体の作り出した、精神の幽閉されていた迷路から、無事にボディへと戻ることが出来た。だが、目を覚ました場所はバンカーとは似ても似つかない。白亜にして家具一つ無い部屋。一体此処は、どこだ。

 

 己の産んだ問いには、すぐさまケリを付けた。

 いまはそんなことよりも、知ったはずの情報を送ることが優先されるだろう。だが、彼は―――9Sはその瞬間、自分の頭を殴りつけられたかのような衝撃に身悶えする。

 

「ともかく、周りに何か使えそうな……もの…は」

 

 現実世界にきても、閉じ込められたままであるらしい。

 懐にも、背中にも武器はなく、どこかの施設に幽閉されているというのがよくわかる監禁部屋である。何か使えそうなものはないか、と。そのまま9Sは周囲を探り始めたが、どうにも薄暗くて見えない。

 

 そこで、カメラアイの僅かな光をも反射し、煌めいている鏡を見つけた。

 光を反射していたのは地面に倒れている物体。それを見かけた瞬間、9Sはその物体にむかって全速力で駆け出した。

 

「2Bィッ!!」

 

 一体どうして此処に。それよりも何があったのか。それを知りたいがために、そして2Bの状態を確認するかのように、9Sは眠っている2Bにすがりついた。それが功を成したのか。たちまちに湧き上がる疑念の声に答えるかのように、2Bはゆったりと目を開けようとしている。

 

「……私、は。……ナインズ?」

「ええ、そうです。9Sです!!」

「ないん、ず……やっと会えた。会い、た……かった」

「わ」

 

 2Bがその目を滲ませながら、9Sを抱きしめ肩に顔を押し付ける。

 無事だったこと。ようやく会えたこと。ありとあらゆる感情がごちゃまぜになって、それらは2Bに涙を流させたのだ。

 

「ごめん2B。僕も君と会えたことはとても嬉しいけど……それよりも、早くここを脱出しよう。君もいくつかの戦闘機能が壊れてるみたいだし」

「……この事態について、もう何か情報があるのか」

 

 9Sは、真剣な表情で頷いた。

 

「うん。これだけは、死に物狂いでネットワークから掠め取ったこの情報は、絶対にイデア9942に届けないと」

「分かった。まずは此処を脱出する手段を――うあっ!?」

「ぐ、ううぅぁ……こ、これは…!」

 

 2Bが何かしら提案しようとした瞬間、二人は頭のなかに響き渡る痛みに耐えかね、地面を転がった。そして、彼らの瞳には怪しい赤い光が輝き始めている。論理ウィルスではない。パスカル達を操ったあの症状と、全く同じだ。

 

「ま、不味い……彼が、イデア9942がこっちに来てる……!」

「ないん、ず。どうすればいい」

 

 しかし、彼らは抗った。

 精神の疲労もあるのだろう。完全に倒れ伏した9Sをなんとか肩で立たせた2B。しかし彼女もその足を何度も曲げそうになりながら、瀕死にも等しい状態で立ち上がる。

 

「と、とにかく、離れ、ましょう…。彼の、彼の半径500メートル以内には……近づいてはいけません、から」

「わかった」

 

 2Bは、おもむろに空いたほうの手で胸元を弄り始めると、そこから一つのクスリを取り出した。それは、9Sがバンカーで渡してくれたジャッカス特製の「電子ドラッグ」。

 

「それは」

「役に立つ日が来たね。いくよ、ナインズ!」

 

 電子ドラッグを打ち込んだ影響で、2Bの視界情報にはエラーが生じている。だが、今の彼女は「攻撃力のタガが外れた状態」を運良く引き当てた。ヨルハの性能に負荷をかけてまで、全力の攻撃を放つ体勢になった2Bは、しかしNFCSが破損しているため近接戦闘が未だ不能だ。

 

 ではどうするのか? その答えは単純。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 勢いをつけて、走った2Bはそのまま壁をケリ砕いた。

 靴はボロボロになるが、奇跡的に生身の部分は無事。

 破壊した壁の向こう側に着地した2Bは、電子ドラッグの影響でぐらりと傾きそうになるも、急ぎ駆けつけた9Sに体を支えられる。

 

「こっちです。彼が来る前に、僕達でまずはやることを」

「……分かった」

 




覚悟完了

最近の毎日投稿失敗
ケジメ案件


0:53追記
深夜で疲労テンションだったので矛盾とか不可解なとこ多かったら再登する予定です まずは寝る

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