イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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無言投下イデア


文書41.document

 イヴはこのケイ素と炭素で出来たキューブを、アダムのように扱うことができるらしい。その他にも、再び現れ始めた彼らを襲ってくる(正確にはイデア9942を再び捕らえようとしてくる)ネットワーク総体に支配された機械生命体を破壊した後、その破壊された個体の装甲板などを手や足に纏わりつかせ、超質量のパンチやキックで敵を撃破している。

 

「っラァッ!!」

 

 そして今も、鋭い蹴りが一体の機械生命体を吹き飛ばした。

 空中分解して落ちていく敵性機械生命体は、バラバラの破片になったかと思うと、マグネットで引き寄せられる砂鉄のようにイヴの右腕に収束していく。

 

「ほらよ」

「助かる、イヴ君」

「……その、くんってのやめろよ。なんか、むず痒いんだよな」

「それは済まなかッた」

 

 朗らかに言ってみせたイデア9942は、イヴが集めた機械生命体のパーツをサブアームで引き寄せる。そして火花が飛び散って、加工が始まった。

 イデア9942は両手両足もないボロボロの状態ではあるが、こうしてイヴが現れたことで状況は一転。彼が破壊された機械生命体の体を回収し、イデア9942がそれらを加工して新たな体を作る。余ったパーツで武器を取り上げられた11Sと7Eの即席武器に変え(といっても耐久度は低いが)、戦闘の回転数を上げていくという流れだった。

 

「2B君」

「なに? イデア9942」

「それにしても、何故彼がここにいるんだ?」

「アダムに言われてきたらしい。それから、さっき聞いての通り11Bがアダムと一緒に待っているから、イヴについていってエイリアンシップで待機して欲しいと。私はソレくらいしかしらないけど」

 

 イデア9942にとって、先程会話したことである程度は理解してたものの、あの不倶戴天のアンドロイドの敵であるアダムらが、いつの間にかアンドロイドと多少友好的な立ち位置にいることに驚きを禁じ得なかった。

 なんせアレほどボロッカスに言い捨てた相手だ。今更会うにしても気まずい。それにだ、まさかとは思うが、9Sらへの助言のつもりが、合間に言った暴言がアダムの考えを改めさせたのだろうか。

 

「考えても埒が明かん」

 

 再接続した加工済みの右腕を、彼はギュッと握っては開いて、動作確認をする。機械生命体はほぼ量産される形で、規格も一緒なのが幸いだった。あとはイデア9942が今まで通り使っていたように、神経となるケーブルや内部の滑らかさを増すように多少加工してやればいいだけ。

 外見を大きく変えると、こういうところで不便だろうな、と7Eに少し目配せしてやれば、微妙な表情で彼女は口元を引きつらせた。意趣返しにしても趣味が悪い。その様子を見ていた11Sが、やれやれと言わんばかりに息を吐き出す。

 

 2Bとイヴが前線を貼っているというのに、後衛組は呑気なものである。

 

「さて、と。あとは両足だが……」

 

 左足を見つめてイデア9942は深く息を吐くような音を出した。ノイズが混じって耳障りで、どうしても彼のため息は目立ってしまう。どうしたのか、と目線で問いかける9Sに、彼は事の顛末を話し始めた。

 

「先程、機械生命体の新たな首魁らしき奴らと遭遇してな。名はN2と名乗ッていたが、正体は機械生命体のネットワーク上に形成された自我だ」

 

 左足が動かない事実を伝えて妙に心配させるより、こうして有意義な情報を回したほうがいいだろうと気を使って、彼は新しい話題を投下した。それに反応するものがいると、知っているからこそ。

 

「なっ……あの雑多なネットワークの上に自我なんて」

 

 思ったように釣れた9Sの言葉に、一行の注目は集中する。

 一度、アダムの手によって招かれていた9Sだからこそその驚きは大きかった。なんせ9Sは招かれた側だからこそ、アダムによって自我データがある程度保護されていたが、結局はその状態でもある程度の汚染として、知り得ない情報の断片を映像として脳回路に焼き付けられている。

 

 あれほど高度な情報の塊であり、ある意味で変化しかないモノの上に自我なんてものが芽生えて、それが継続されている事は奇跡に等しいと考えたからだ。

 

「そうだ、だが事実だということを前提に聞いてくれ」

 

 彼の反応に、頷きを返してイデア9942は言う。

 

「どうやら、奴らはこの身の魂とやらを狙ッているらしい。お笑い草だがな、機械生命体に魂などと、高尚なものがあるはずもない」

「おいっ、それ……俺たちに喧嘩売ってんのか…!?」

 

 敵の攻撃を躱し、カウンターを入れながらイヴが声を荒げる。

 

「いや、そういう訳ではない。君たちのような特別な存在はともかく、この身を見てみろ。量産型が帽子とマフラーを付けているだけだ。声も雑多なやつらのパターンの一つじャないか」

「どの口が言うんだか……」

「口など無いがね」

 

 人間らしい減らず口を返され、9Sはこういうヤツだったと頭を抱える。

 戦闘の合間に、そんな姿を楽しそうに一瞥した2Bはイヴに投げ飛ばされながら、降ってきた大型の機械生命体を一刀のもとに切り捨てる。今日も彼女の刀は、絶好調といったところか。

 

「ともかく、奴らは何度もバンカーに侵入し、ヨルハの動向を探っていたらしい。それこそ発足されてから、()()計画が始動してから、な」

 

 ヨルハ計画の事を言っているのだろう、と2Bと9Sは思い至る。実際のところは、まだ彼らですら知らない「真のヨルハ計画」についてなのだが、この際のすれ違いにさほど意味はない。要点はN2がそうしたものに気づいた、という一点であるのだから。

 

 そうして彼らは進みながら、イデア9942の話に耳を傾けた。

 彼から出て来る話は、ヨルハ部隊の気を引き締めさせるには十分な情報が詰まっていた。N2、この「施設」や「街」と同じような「塔」の建設計画。別にN2が話したわけではないが、イデア9942が生前から知り得た事実である。N2という存在の出現によって確定されたそれらの情報は、ヨルハへと手渡されるというありえなかった未来にバトンを繋げていく。

 

「ん、こっから俺は来たからな」

 

 そして大まかな情報が2Bらの手に渡る頃には、ついに彼らは目標とする地点に辿り着いた。11Sたちが求めてやまなかった出口へと繋がる道であり、イデア9942とのひとまずの別れを告げる地点でもある。

 イヴはぶっきらぼうに指を指すと、2Bたちが歩いてきた方へとキューブがひとりでに動き、一本のまっすぐな道を作り上げる。この空間ではなく、この材質そのものを支配するイヴにとって、回廊操作は自分の体を操るがごとくといったところか。

 アダムに出来て、弟の彼に出来ない道理など、どこにもない。

 

「お前らはあっち行けよ。イデア9942だっけ、お前は一緒に来い」

「うむ。すまんがジェット噴射の機能は捨てているからな。抱えてもらいたい」

「仕方ねーな」

 

 イヴに囚われた宇宙人のように、Tの字で持ち上げられるイデア9942。

 そのままエイリアンシップがある穴のほうへと連れ去られようとした時だった。

 

「ああ、待ってくれイヴ。最後にちョッとな」

「早くしろよ、兄ちゃんが待ってんだから」

「分かった分かった……君たちには、このパスコードを渡しておく」

 

 イデア9942が無断で9Sの防壁を打ち破り、9Sの記録回路の中に「9942桁」の暗号化されたコードを送る。ご丁寧にも、届けられた瞬間9Sの自我データ内であれば暗号化が解けてパスコードの内容が閲覧できるというオマケ付きだ。

 

「またこうして常識はずれなことを…」

「ライフワークが趣味になッた結果だ、いずれ君にも出来る。ッと、それよりもだ。バンカーについたら司令官殿にそれを渡して欲しい。できれば彼女専用の端末から入力する形でな。コマンドプロンプトくらいはあるだろう」

 

 難しい表情をしながら9Sが返す。

 

「そりゃぁ、あると思いますけど…っていうか大分アンティークなプログラムを持ち出してきましたね。コマンドプロンプトって」

「そうなのか? まァいい。ともかくN2対策だと言ッておけば分かるだろう」

 

 

 イデア9942の一言に、困ったように下げられていた9Sの眉は元の位置に戻される。口調こそ適当だが、こうやって唐突に真面目どころか常識が吹き飛ぶようなものを渡されるから困るのだ。以前のブラックボックスの複製然り。

 

「イデア9942、そういうのは然るべき雰囲気でお願い。あまり9Sを感情で振り回さないで欲しい。私達ヨルハの規律を破らせる訳にはいかないから」

 

 9Sが困る様子を見かねた、というよりも自分の時よりも9Sのことを右往左往させられることに嫉妬して、イデア9942を止めようと2Bが口を挟んできた。勿論、その程度の小さな嫉妬なんて彼にはお見通しだった。

 なんせ、調子を確かめるためと自分を騙しながらも、今も気づかれないようハッキングして脳回路で考えていることを覗き見ているのだ。この腐れ機械生命体の前ではプライバシーも何もあったものではない。

 

 くつくつと笑うばかりのイデア9942に、2Bは先程の言葉はどこへやら。憤慨したように肩を小さく震わせて、不満の感情を露わにしていた。

 

「2B、わかってると思うけどこいつの前じゃ何してても無意味よ無意味。流されるだけ流されちゃいましょ」

「分かってるけど、7E。口に出さなければ、伝わらないこともある」

「おーいまだかー?」

 

 口論を始めようとするヨルハの面々を見かねて、イヴがついに声を上げた。

 

「済まなかッた。要件はこれだけだよ」

「ならさっさと行くぞ」

「では皆の衆、また縁があれば」

 

 いずれ、その縁の塊となる特大の爆弾を2Bらに渡した彼は、つままれた猫のように体を揺らしながら壁の穴の中へと消えていった。その姿を無事に見守ったヨルハの一行は、まだ本調子ではない11Sを背負い直して出口へと足を向ける。

 

「……ともかく、助かったわ2B、9S。11Sに代わって礼を言わせて頂戴」

「これも任務だから。それより、イデア9942に変なことされてない?」

「まさか! 変な思考への影響はともかく、恩人よ」

「その変な影響が、一番心配なんですけどね……」

 

 パスコードを解析しながら9Sが言う。

 

「ところで9S」

「なんですか2B?」

「さっき彼から渡されたパスコード、他に何もなかったのか?」

「ええと……はい、これだけみたいですね」

 

 結局中身はただのパスコードだが、これを打ったら一体どうなるのだろうか。司令官に渡すのが楽しみでもあるが、ソレ以上に変な驚きがヨルハ全体に植え付けられそうで恐ろしい。2Bと9Sの予感は見事に的中することになるが、それは後の話だ。

 

 そして11Sと7Eは入念な検査のため、一度スリープモードにしてかつての9Sのようにロケットで打ち上げられることとなった。2B、9Sはイデア9942から受け取ったパスコードを手に、一度バンカーへと帰還することになる。

 集結していたヨルハ部隊は街から姿を消したかと思ったが、一部は任務のためといいつつも残り、レジスタンス部隊とこの真っ白な街の中でなにやら活動を始める。

 

 アンドロイド達にも新たな転換が訪れたその頃、イデア9942たちは……。

 

 

 

 エイリアンシップ内部。

 乾ききった、男性器の頭を彷彿とさせるエイリアンたちの干物が立ち並ぶコントロールルームに、4つの影があった。いや、正確には二つくっついたものを1として3つだろうか。

 

 一つはアダム、このエイリアンシップに招いた張本人。一つはイヴ、イデア9942を招待した従順にして天真爛漫な青年。最後の一つは11Bとイデア9942、ようやく再開できた愛しい相手に抱きついて離れない様子が見える。というのも11Bだけで、イデア9942は気恥ずかしさから彼女を顔面から押しのけようとしているが。

 

「過剰なスキンシップだな、それが貴様らの愛情、というものか」

「いや、少し違う。こいつが大げさなだけだ」

「あんな姿見せられて大げさもなにもないよッ!? どれだけ心配させれば気が済むんだよイデア9942は……もぉぉ!!」

 

 今度は涙を流し始める11B。元がヨルハとはいえ、流石は彼直々に改造され、一緒に過ごしてきた個体といったところだった。感情表現はあまりにも豊かで、人間にも引けを取らない。時折見せる人間離れした感情の爆発と殺気は少々特徴的だが、それだけだ。

 

「やはり、依然興味が湧いた。イデア9942、お前とは一度じっくりと語らいたいと思っていたんだ」

「兄ちゃん、俺どうしたら良い?」

 

 右手を上げて棒読みのようにイヴが言う。

 せっかく昂ぶった感情のまま両手を広げて言ってみせたが、雰囲気を台無しにされたからだろうか。誤魔化すように眼鏡の位置を直し、アダムは平静を取り繕って続けた。

 

「……あぁ、イヴ。とりあえずこの前作った部屋で遊んでいろ」

「はーい」

 

 それから、と更に続ける。

 

「……チェスに関しては、いつか必ず白星を取ってやるからな」

「そっか! じゃあ兄ちゃんが勝てるまで、俺もいっぱい作戦練って待ってるよ! じゃ、俺は向こう行っとくね」

 

 少なくともイヴの視点では、兄と白熱した戦いで盛り上がれる新たなゲーム、チェス。それにハマっている兄弟は、今の会話を見る限り弟のほうが勝ち越しているらしい。知識の差はどこに行ったと言わんばかりのパワーバランスである。

 いや、「戦闘においてはイヴのほうが強い」という点においてはある意味正しい姿なのだろうか。どちらにしても兄としての威厳も無い、所帯じみた会話である。

 

「その、なんだ。チェスは専門外だが応援くらいはしてあげるね?」

「……言うな」

「とにかく本題に戻そう」

 

 イデア9942がエイリアンの死体を放り投げて、もはや何の機能もしていないコンソール付きの椅子にどっかと座る。仮にも「ママ」など親という形でエイリアンを求めるよう設計されている機械生命体の一種でありながら、創造主に対してひどい暴挙だった。

 

 そして死体は完全に風化していたこともあって、どけられた衝撃でサラサラと砂埃になって辺りに散らばった。多少原型を残したエイリアンの死体を足蹴にしながら、イデア9942がアダムに向き直る。

 

「やはり貴様、ただの機械生命体じゃないな」

「何度も言われて慣れてしまッたな。他の言葉はないのか」

「あえて馬鹿とでも言ってやればいいのか? まぁそれよりもだ、もっと興味深い話をしないか?」

「興味深い話、か」

 

 馬鹿、と言われたことで肩を怒らせる11Bをどうどうと落ち着けて、彼はアダムの言葉に返す。

 

 アダムは口元を歪ませながら、ひとつの文書記録をホログラムに出す。

 彼の両手に出現したウィンドウのタイトルには、こうあった

 

―――【極秘】ヨルハ部隊廃棄について。

―――【極秘】ブラックボックス。

 

「……流石は元ネットワークの元締め。その情報を発掘したか」

「ああ、そして貴様が言うN2とやらもな。そして何故貴様がそれを知っているのか……良かったら話してもらえないかな?」

 

 もし口があれば、イデア9942の口元はアダムと同じくニヤリと歪んでいたことだろう。だがそのかわり、首元に手をやり、マフラーを締め直す。イデア9942は死んでいたはずのコンソールを復旧させると、エイリアンシップの権限を一気に掌握する。

 所有者が死んでもなお、謎のエネルギー源を元に発光していたシップはまだ息を保っていた。低い地鳴りの音と共に、入り口が完全にシャットアウトされる。電脳体が入り込む余地もなくなる。

 

「これで、ここは完全な密閉空間だ」

「……流石は」

 

 冷や汗があるなら、流していたであろう。

 戦慄したようにアダムが呟いて、イデア9942を見やる。

 

「それを話す前に、一つ忠告だ。11B」

「……覚悟はあるよ」

「なら上々だ。いや、心配するまでも無い、か」

 

 彼女の覚悟など、とうの昔に経験済みだ。

 ありとあらゆる道程を歩んで、ここまで辿り着いた。

 

 ならば彼女とともに、真実を踏み越えていこう。汚らしいソレなど、拾い上げて騒ぐだけ面倒なのだから。

 

「まずはヨルハの廃棄について、語り合おうか」

「ふん、趣味が悪いな貴様も」

「君ほどじャァないさ、アダム君」

 

 秘密の会合が、始まる。

 

 





ヨルハ御用達、ハッキョーセットの二点。
今ならポテトとナゲットが付いて来る。
奇声あげながら自爆してくるけど

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