イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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ということでイデア9942の奮戦記

またまた2B達パート。

※10・25
 文書34と整合性がある程度合うように修正しました
 まだ何か違ってたら作者を罵ってあげてください 悦びます


文書37.document

 時は遡る。

 意識を暗転させたイデア9942は、11Sと7Eのウィルス除去後に突然ボディへ攻撃を受けていた。背後から別の機械生命体が一撃でも食らわせてきたのだろう。幸い、その時点で彼らを犯していた論理ウィルスは除去できたのだが。

 現実のほうへ注意を向けるのが疎かになっていた。ホームと言える工房で戦闘できたというのに、ひどい失態だと自嘲する。

 

「……そして、連れ去られたか」

 

 意識を取り戻して彼は呟いた。

 下を見れば、ボディに長大な返しの付いた釘が貫通し、壁に縫いとめられている状態。ただの釘なら良かった。だが、これには時々電流が流される。患部から伝わる灼熱を介したスパークが激痛を訴えかけてくる。機械生命体もロボに見えて痛覚はある。だからこそ、人間なら脂汗が止まらないであろう状態で、彼は正気を保ち続けていた。

 痛覚を切りたいが、この杭から流れる電流に痛覚遮断を阻害する機能でもあるのだろう。忌々しいことだ。

 

「機械生命体、の作り出したケイ素と炭素の混合物で出来た施設か」

 

 そして絶望的な状況下にありながら、イデア9942はあくまで冷静に周囲を分析する。ふと、人とは違うボール状の首をグルリと回し、隣を見た。自分とは違って、地面に寝かされている11S、7Eの姿がある。外傷もほとんどなく、連れてこられただけらしい。

 ひとまず救った命が無駄にならなかったことに安堵の息を吐いた瞬間だった。

 

 バチバチバチっ。強い電流が彼の内部ごと焼き尽くしていく。

 彼の言動が気に食わなかったのだろうか。どういう立場か分からせるように電流が彼の身を焼いたのである。

 

「ガ……ァ……」

 

 冷静に振る舞っても、体は痛みを訴える。油断した、とも言うが。

 一気に視界が真っ白に染まり、見えている景色がノイズだらけになる。バチバチとスパークを発しながら、ショートした体の一部から煙が上がりはじめた。拷問といったところだろうか。趣味が悪いなと心のなかで吐き捨てて、未だ姿を見せぬ拉致の犯人に目星をつける。

 イデア9942が直前まで戦っていた相手で該当するとなると、今回の件は―――

 

「離脱個体、イデア9942!」

「離脱個体、イデア9942!」

 

 陽気な声が二重になって聞こえてきた。

 どこからともなく響く天真爛漫な音声には、悪意しか感じられない。

 

「こちらは、『施設』システムサービスです! ようこそ、『施設』へおいでくださいました!」

「悪趣味だな」

 

 高い女性の声を一言で切り捨てる。

 動揺しようにも、イデア9942はあまりにも「ソレ」の事を知っていた。だからこそ、こんな手の込んだ真似をしてまで自分という矮小な存在を攫ったことが不可解でならない。あの場では自分の魂とやらを狙っていたらしいが。

 

 様々な疑問はあるが、イデア9942は冷めた態度でそれらを飲み込む。

 冷水のように、彼は新たな一言を叩きつけた。

 

「それで、魂とやらを取り出さなくてもいいのか。ネットワーク総体……いや、N2と呼ぶべきか」

「やはり知っているようだな。今回、貴様を捕らえたのには理由があります!」

 

 声にノイズが混じり始め、深く落ち着いた男性の声に変わる。

 口調が見下すような、いかにも人間の目線らしさを再現しているように思えた。しかしあまりにもわざとらしすぎて、イデア9942には偽物の塊にしか感じられなかった。

 総体として意識が繋がっている限り、決してそれらは払拭できないだろう。なんせ、人間は総体として生きるものではない。個人個人が孤独であり、独立し、それでも寄り添う生き物だからだ。

 

「貴様の活躍により、邪魔になったアダム・イヴの排除が失敗した。破壊予定だった11Bが生存した。バンカー内部へ浸透させるつもりの不信感すら消えた」

 

 全てを見ていたのだろう。

 2Bや9S……いや、バンカーに痕跡を残さないようアクセスして、何度も覗き見をしていたときのように。見られていないほうが可笑しいのだろう。そう思いながらも、イデア9942はあくまで今は無言を貫いた。

 

「だが、私は貴様をいつでも殺せる立場になった。だからこそ、あえて聞こうではないか。貴様は、何が望みだ」

 

 自分こそが至高であると信じて疑わないその様は、あまりにも人間臭かった。どこまでも傲慢で、傲慢になりうるだけの力を持っていて、その力を己の目的のためだけに使う。醜く進化した人間の、永遠に変わらない感情的な側面。

 そこだけを知った、愚かな相手。イデア9942は目を閉じ、首を振った。

 

「……全く、分からんのか。やはりその程度だ。ネットワークの概念人格N2君」

「貴様が分かっていないのは立場らしいな」

 

 姿は見えない。だが、その声が告げた瞬間にイデア9942の体に再び電流が走る。

 

「グ…うゥ……」

 

 意志は屈していない。だが、体が悲鳴を上げる。

 

「ハ、ハハハ……」

 

 故に彼は笑い始めた。

 大きく、長く。機械生命体らしくない、感情的なままに。

 

「ハハハハハハッ!!!」

「貴様……」

 

 何が望みだと、そう言った。それがたまらなく可笑しく思ったイデア9942は、何度も電流に身を灼かれながらも、抑えられぬ笑みを嘲笑に変えて外に出力する。そうせざるを得なかった。

 

「望みが分からんか。ここまで君がしようとしたことを邪魔され続けて、まだ分からないと。これが笑わずにいられるものか」

「ほう?」

「存外に、人の情緒には疎いのだな、ネットワーク総体君」

 

 全知を掴んだ気になったN2を相手に、イデア9942は臆せず吐き捨てた。

 あくまで教える気はないらしい。なんせ、イデア9942にとって望みを伝えることは何の意味もない。A2やパスカル、2Bや11Bたちとは違う。敵にしかならない相手に、彼は救いの手を差し伸べるほど菩薩ではないのだ。

 

「……イデア炉にて製造された9942番目の兵器。それが貴様だ。我々には思いもよらぬ論理進化を遂げたため観察していたが、判明したのは外的要因が加わって居ない状態で突如として貴様の人格が変貌を遂げたこと」

「はッ、何が全て知ッているだ。全知には程遠いではないか」

 

 無言でイデア9942に電流が流される。

 彼は涼しい表情で再びの激痛を受け止め、回路の一部を破損させられる。首元から煙が上がり、衝撃で左足の機能が死んだが、どうでもいいと言わんばかりに目を向けることはしなかった。

 

「いいだろう、では言ってやる。まるで予測したかのように我々の邪魔をし続ける…その進化の方向性が不可解なのだ。私たちはその未来を予測する進化の力を紐解き、より完全な生命となるため―――」

 

 吐き出すツバがわりにボルトを首元から噴出させる。

 カラカラと転がったボルトがN2の言葉を遮った。

 

「全くお笑い草だ。ただのカカシだ。一つヒントをくれてやる。予測、進化…この身には何も当てはまっていないぞ?」

「………何だと?」

 

 イデア9942の発言が気に食わなかったのか、再び電流を流そうとするネットワークの概念人格。だが、無駄だった。もう何も起きない。かわりにイデア9942を固定していた釘が、勝手に熱を発して溶解する。

 

 返しのついた部分にのみ電流が流れたのである。

 なぜか。当然、イデア9942がこのシステムを掌握したからだ。

 

「会話ご苦労。この身へと、害を成したんだ。害される事も覚悟してきたんだろう? そうであると言ッてくれないか。これ以上笑うとボディが振動して破損してしまうんだ」

 

 言いながらも、イデア9942は固定されていたボディを開放する。左足が死んでいることで、着地もできずに無様なまでに地面に転がった。だが、彼は泥臭くも四つん這いの状態から立ち上がり、隣に転がった帽子を優雅にかぶり直した。

 被せられていく帽子が、彼の目を隠す。

 

「この身に“接触”してきたことが間違いだったな。音声だけでも十分だ。君の意思で電流が流れるよう、装置とつながっていたのは大きな悪手だ」

 

 N2の声が聞こえてきた方から、耳障りなノイズが走るようになった。イデア9942がこの「施設」の一部を乗っ取り始めているのだ。N2の接続を阻害するため、向こう側のポートが絶対に繋がらないよう権限を書き換え始める。少なくとも、もうこの「部屋」は彼の支配下にあった。

 

「貴様……絶対に、魂を――」

「最後に教えてやる。この身こそ、ヨルハよりも残してはいけないものだ。あッてはならない存在だ。“魂”だったか、人のものであれば間違いなくこの世では生きられないからな」

 

 ブツン、と放送のように響いていた声が消える。

 静寂が彼を包み込む。

 

「……それでも、生きたいと願うだけだ」

 

 ぼそりと呟いた言葉は、白亜の空間に溶け込んでいった。

 

 イデア9942が拷問装置にハッキングし、恐ろしい速度で概念人格の削除されたアクセス経歴の断片を復元。そのままアクセス位置を特定し、電脳の地の底まで追い詰めてこの施設に関与する権限を消し飛ばす。そしてこのアクセス記録を、彼は更に消去した。下手に自分の痕跡を残すのは得策ではない。

 奪うより、消すほうが圧倒的に簡単だったとは後の談である。

 

「まァ」

 

 空を見上げる。

 なにもないかと思われたその部屋に、特徴的な風を切るプロペラの音が響き始めた。金属板が擦れ合い、ワイヤーが軋む様子も聞こえてくる。

 

「ヤツ自身がアクセスできずとも送り込むことは出来る。当然だな」

 

 彼のマフラーが風で揺れた。

 飛行型の機械生命体が、何十体もの敵性機械生命体を運んでいる様子が彼のカメラアイに写り込んだ。降下する時の質量が空気を押し出して、彼のいる場所まで風を伝えたのだろう。

 

 背中に手を回すが生憎と、彼の手には刃の潰れたいつもの斧はなかった。

 にぎにぎと空を掴み、そこに刃がないことを実感する。

 

 呆れながら隣を見てみれば、7Eが狂気的な笑みを貼り付けたまま起き上がろうとしている姿が見える。その手には、当然刃が握られているではないか。N2最後の置き土産だろうか。全くもってくだらない。

 

「11S、7Eの意識は強制的にスリープモードか。世話のやける子らだ」

 

 やれやれと意識を割きながら、ハッキングを開始する。

 ここに連れ込まれた時点で分かっていたが、11Sらは再び論理ウィルスに侵され、イデア9942を排除するべき敵として始末しようと立ち上がっていたのだ。ブラックボックスに眠る自我データだけが眠らされているため、体を動かしているのは論理ウィルスだろう。

 まるでロイコクロリディウムのような(バグ)だな、と。イデア9942はなんでもないように笑った。事実、もう彼の前では論理ウィルスを元にしたハッキングは意味をなさない。

 

 そこからは知っての通り、イデア9942は四肢をもがれながらも11S、7Eを叩き起こして敵性機械生命体を全て殲滅するという大立ち回りを見せたのである。

 

 

 

 

「……アダムの街、だね」

 

 2Bたちは司令官の指示を受け取り、既にアダムの街へとたどり着いていた。しかし一番乗りは彼女らではなかったらしい。既に何人かのアンドロイドとヨルハ部隊が、ポッドと共にメモ用のウィンドウを開いて書き込んでいる。

 

「どうやら、まだ僕達も働く必要があるみたいですね。なんていうか、随分と不可解な所に連れ込まれたものですねぇ」

「文句を言う暇があるならすぐ探す」

「はーい」

 

 見る限り、調査はそこまで進んでいないらしい。

 街は建築物が敷き詰められているため、アンドロイドの体が滑り込めるような場所は無かった。中には協力して建物を乗り越えようとしている者もいたが、建物の上部にロープを掛けた途端にボロボロと崩れ始めているため、この目に見える範囲以外に調査出来る場所は無いようだ。

 

「ポッド」

 

 よくある調査方法だが、音の反響を利用して抜け道がないかと提案する9S。しかし、ポッド153の返答は彼の意見を否定する内容だった。

 

「報告:音波の反響による調査は既に行われている。この街を構成する物質は音を遮断しているため、成果なし。提案:以前にアダムが通過していった壁の調査」

「あの、9Sが捕まっていた場所か」

 

 言いながら、2Bが視線を左に回すと9Sが捕らえられていた、凹んだ壁を見つける。その下では調査していたアンドロイドが首を横に振りながら、別の地点に向かっていく様子が見えた。

 

「ん? ああ、そこは既に調べたけど特に何も……」

 

 何かに惹かれるように彼女らがそのまま近づいていくと、離れようとしたアンドロイドが親切からか無駄を繰り返すものじゃないと忠言してくる。それもそうか、と壁に手を当てて別の場所を探そうとした2Bだが、ふと、触った壁の感触に違和感を感じる。

 

「……」

「どうしたんですか2B……って」

「下がって9S。ッ、ハァ!!」

 

 突然刀を構えた彼女は、それを全力で壁に振り下ろした。

 刀の一閃を受けた壁は一見なんともないように見えて、だが切られたことを思い出したかのように一拍の間を置いて崩れ始める。ボロボロと崩れ始めたそれらは、キューブとなって次々に崩れ落ちていく。

 

「なんだ!? 皆離れろ、崩れるぞ!」

 

 アンドロイドの一人が叫ぶと、崩壊し始めたその部分を見て多くのヨルハ機体が離れ始める。9Sも、呆然と見上げる2Bの腕を引っ張って叫んだ。

 

「と、2B! 一度離れますよ!」

「わかった」

 

 その言葉に逆らう理由もない。後ろに跳ねて距離を取った2Bは、アダムが消えていった建物が全て崩壊するまでじっとその光景を見つめていた。やがて崩れ去った建物の向こう側には、この世界と同じく真っ白ながらも、隙間の影で黒くなったことでようやく輪郭が分かる「扉」を見つける。

 

「なんてあからさまな……機械生命体ってこういうのが好きなんでしょうか?」

 

 首を傾げる9Sだが、その答えは分からない。もしかしたら扉を作ったのはアダムかもしれないし、別の機械生命体かもしれない。尤も、今はそんな何とも知れない事を考える場合じゃないのは確かだ。

 

「それはわからないけど、司令官の指示通り私達が先行しないと。行くよ、9S」

 

 バッサリと9Sの疑問を切り捨てた2Bは、あくまで冷静に振る舞う。出撃前の弱々しい姿を思い出すと、9Sは少しだけ優越感に浸る。振り返るまでに口元の笑みを消した彼は、後ろに並ぶヨルハの同僚たちに声をかけた。

 

「はぁーい。それじゃ皆さんは、扉が閉まってから2時間のタイマーをお願いします」

「行ってくる。6O、オペレートお願い」

『はいはい了解です! それでは2Bさん、お気をつけて!』

 

 6Oは、心の底から楽しそうに二人を応援した。

 彼女も知っているのだ。2Bが、もう心を押し殺し、圧し殺されるような任務につかなくて済むようになった事。それが原因で、2Bの表情にも、6Oの大好きな笑顔が多く見られるようになってきた事。

 だからこそ、もうその感情を抑えることなどできなかった。木星占いは見事に外れたというわけだ。

 

 彼らの背後で、開いたはずの門が勝手に閉じられる。

 

「わ、通信状態が一気に不安定になった。あの門一つで随分と閉鎖されるんだな……アップロードするにも、かなり回線が細いですし油断は禁物ですね、2B」

「そうだね……ポッド」

 

 2Bはここが好機だと考えたのだろう。

 ポッドを呼び、ある命令を下した。

 

「これより先の発言は、私が許可しない限りありとあらゆる存在に伝えることを禁ずる」

「了解」

「……2B?」

「9S。バンカーでは教えられなかった真実を」

 

 2Bはゴーグルに右手の指を引っ掛ける。

 一息にぐい、と引っ張り、彼女の指にゴーグルの布が巻きついた。

 

()()()の真実を、教えてあげる」

 

 くすんだ青色の瞳が、暗闇の中で仄かに光る。

 9Sの瞳の奥を貫く深い眼光が、彼の脳回路を直接見ているかのように貫いた。

 




気になると思ったのでここで切りました
それではまた次回、お愛しましょう

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