イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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なくなってから、手元に残されたものがどれだけ大事だったのか
そうして気付くってよくあることですよね


※只今体調不良と勤め先の真っ黒な意思が組み合わさって
 ダウン中。更新はしばらくお待ち下さい


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 2Bにとって久しく戻ってきていなかったが、バンカーは静かなものだった。去り際、いつのまにか自分に転送されていた文書データ。それはアダムとイヴからの今後の動向が記されており、その中にはヨルハを始めとしたアンドロイドに、今後一切の危害を加えない……かもしれない、という旨の内容が記されていたのである。

 

 転送装置でバンカーに戻り、そこでようやく9Sと合流した2Bは、司令官に見せる前にこの文書をしっかりと見聞し、ウィルスの危険性が無いかデータそのものを何度も洗い直し、そして何の問題もない事を確認して、司令官へと提出することになった。

 

「これが、特殊個体アダムとイヴのメッセージか」

 

 データを開き、ターミナルで閲覧する司令官。

 厳しい空気が流れている。彼女の目が右へ行っては折り返し、また右に泳いでいく。じっと見つめている時間はとても長いように見えて、すぐに過ぎ去っていく。

 

「…ヨルハはあまりにも打撃を受けている。これを信じられるかと聞かれれば、すぐには頷けない程度には」

 

 顔を上げた司令官の言葉は、ある意味で当然のものだ。

 200機程度のヨルハにとどまらず、アダムとイヴは多くのアンドロイドを破壊したという事実を持っている。それらの被害があったにも関わらず、「自分たちはもうアンドロイドを襲わないから、お前たちも私達に危害を加えるな」と言われたとしても、納得できるわけがないだろう。

 

「だが」

 

 だが、彼女はヨルハ部隊の司令官だ。バンカー唯一の、ヨルハではないアンドロイド。そして彼女はいかなる時も、決断を下さなければならない立ち位置にいる。

 

「イデア9942という前例もいる。アダムとイヴが本当にこちらに危害を加えないまま、ある程度の時間が過ぎるようであればこのメッセージに私も頷くことにしよう。無論、現状は彼ら特殊個体に出会った際に、必ず武器使用の特例許可をバンカーへの申請無しで通すように手配するが」

「つまり、アダムの言葉を信じるということですか」

「そうだ」

 

 9Sの言葉に、司令官は頷いた。

 そしてこの会話を聞いていた者たち、特にB型の機体が、その言葉が信じられないかのように目の色を変える。

 

「先日、君たちの報告どおり機械生命体パスカルとの接触を、レジスタンス側から正式に報告された。一部の者が納得できない時期も来るだろうが……」

 

 言葉とともに、司令官の視線が近くのヨルハ機体に向けられる。バツが悪そうに視線を背ける彼女らに、疲れたように息を吐いた司令官は目を伏せた。それも一瞬のこと、すぐさま厳格な雰囲気をまとい直して、続ける。

 

「その上での和平が結ばれるのも、そう遠い未来では無さそうだからな」

 

 2Bと9Sに、レジスタンスからのパスカルという個体に如何に危険がないか、パスカルの傘下にいる機械生命体もどれだけ友好的かが記された報告書の抜粋が見せられる。レジスタンス側では既に友好的な関係を築き始めている相手を、ヨルハが目の敵にし続けていては味方同士の空気も悪くなる。

 

 そうした未来を考えると、司令官としては何が何でも友好的な「姿勢」を見せる選択を取らざるを得なかったということだ。この話を全体に通達した時、ヨルハ全体に訪れる衝撃をイメージして、司令官ホワイトはココロの中で盛大にため息を付いた。

 気苦労が絶えない職場であるが、この程度の情報処理が冷静に出来なければ、司令官に抜擢されてはいないのだ。

 

「なんにせよ、君たちには新しい命令を下す。アダムとイヴのネットワーク離脱により、機械生命体の中にもパスカルや、先の報告にあったキェルケゴールのような理性的な個体が増えているはずだ。そうした者の捜索と、今後の動向について調査してもらいたい。追ってメールで詳細を説明する。地上に向かってくれ」

「了解」

「了解しました」

 

 司令官が伸ばした左手を折り返し、胸元に持ってくる。

 ヨルハの敬礼だ。

 

「人類に栄光あれ」

「「人類に、栄光あれ」」

 

 同じく敬礼を返した2Bと9Sは、地上に向かう前に部屋に向かった。バンカーの白と黒だけの世界は、地上の景色を知る者としては息苦しさを覚えずにはいられないデザインだ。それらを眺めつつも、彼女らは一息つくために2Bの部屋のベッドに腰掛ける。

 

「なんだか、すごいことになってきましたね」

「機械生命体との友好、か。以前なら考えられないこと……いや、考えたくもない事のほうが正しいかな」

「そうですよね……奴らに破壊された仲間は数知れません。あの、超巨大機械生命体のときだって」

 

 彼ら二人も、パスカルたちと交流を持ちながらも、納得できない部分は持っていた。元々そう特別な個体というわけでもない。確かに特殊なケースに遭遇することは多いが、そも、彼女らは多くいるヨルハ機体のうちの二体という括りを出ないのである。

 それから、少しの静寂が訪れる。9Sはポーチの中の持ち物を補填し、2Bは武器の自己管理だ。地上に向かうための準備期間中だということもあるが、ふたりとも頭のなかに先程の命令のことが渦巻いているのだ。

 

「……そうだ2B、これを渡しておきます」

「これは…ジャッカスの研究していた電子ドラッグ?」

 

 おもむろに9Sがポーチから取り出したのは、経口摂取することでデメリットはあるが、一時的な身体能力の枷を外すプログラムが仕込まれた粉末だった。

 

「ええ、人間は戦争などの時にこうした薬物を渡していたそうですから。それに、真似だけじゃありませんよ。感覚器官に異常は生じますが、痛みを気にせず力を発揮したい場面に使えます」

「なるほど、建物が崩落したときには使えそうだね。ありがとう、9S」

 

 そんな場面が無いように、アナタを守りますけどという言葉を9Sは飲み込んだ。まだまだ自分の素直な気持ちを、そのまま2Bに伝える事はできそうにもなかったからだ。それに、2Bが戻ってくる前、司令官に呼び止められ、伝えられた、あの衝撃的な真実も。

 

 ふと、彼の脳裏に言葉がよぎる。

 ――待て、しかして希望せよ。イデア9942からもたらされた言葉だ。

 

 9Sは思う。まだ、絶望はしていない。でも司令官が認めた。人類は、もう居ない。人間のことを思うと、その愛しい存在を守らなければならない。だからこそどんな時でも底力を発揮できた。だが、その前提がもう存在すらしていない。

 

 神……栄光を捧げるべき存在。自分たちの存在意義。

 人類のために製造されたというのに、その人類が残っていないのに、自分たちは作られた。ヨルハ部隊の中には、その事実を知らされた上で偽装サーバーの管理をしている者もいるらしい。

 

「……2B」

「何? 9S」

「……もし」

 

 喉から出掛かった言葉が、必死に突き刺さって留まろうとする。

 言ってはならない秘密だった。機密レベルSのこの事を無断で漏らしたともなれば、9Sは正当な処分を下され、同じく秘密を知った2Bにも被害が及ぶかもしれない。

 デモ、同ジ地獄ニ落チル事ガデキルナラ?

 誘惑を振り払う。でも、そんな言葉は理由にならない。

 

「9S」

 

 出ない言葉を必死に絞り出そうと、いつの間にか震えていた彼に2Bが優しく告げる。

 

「私は、貴方のことを否定したりはしない」

「あぁ」

 

 その言葉を聞いただけで、9Sは救われたような気持ちになった。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 絞り出した言葉と一緒に、喉のつっかえが取れたように思えて、9Sは決意した。

 

「2B、人類は……もういません」

「……9S」

「信じられないのも分かります。ですが、司令官がこれを僕に渡してきました」

 

 まくし立てるように喋りながら、9Sが司令官から渡されたデータをホログラムウィンドウに表示する。

 

「僕達が製造された頃よりもずっと前に、人類は既に居なくなっていました。そこで、僕達ヨルハ部隊がアンドロイド戦意高揚のための計画の一環として製造されたんです。僕達は――」

「9S、それは司令官から言われたの…?」

 

 まるですがるような声だった。異変を感じた9Sは、2Bから漂う不気味な気配にようやく気が付いた。ゴーグルで目が見えないのはいつものことだが、今の彼女は9Sと目を合わせず、俯いている。

 

「は、はい。それがどうか」

 

 言葉の途中で、9Sの思考は真っ白に塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

「ええ、イデア9942さんですか? いえ、私も見かけたことはないですね。何かあったんですか」

 

 今の11Bにとって、話す時間すら惜しい。それでも未だ残る11Bの中の理性が、今すぐにでも駆け出しそうになる足を押さえつけることが出来た。

 一度止まってしまえば、11Bの思考もクリアになってくる。彼女はパスカルに事のあらましを話し始めると、最初は訝しんで聞いていたパスカルも焦りを見せ、真剣な声色で頷くようになっていく。

 

「そういうことでしたか……分かりました、是非協力させてください。私もイデア9942さんが居なくなるのは本意ではありません」

「ありがとう……本当にありがとうパスカル!」

 

 聞き上手な相槌が入ることで、結局11Bはあらましどころか、仔細に至るまでの説明を終えてしまっていた。その上で協力を取り付けるどころか、相手の方から手を貸してくれるということで、11Bはすっかり混乱していた思考を落ち着かせることが出来た。

 

「……そうですか。ありがとうございます。ええ、お願いしますアネモネさん。イデア9942さんが見つかったときには、私の回線に繋げられるようコードを渡しておきますね」

 

 それから、レジスタンス側にもパスカルが代表して話を通して見たところ、イデア9942のプラグインチップ等のおかげで生存率、および戦闘部隊全体の戦力向上に対する感謝もあって、積極的に協力に頷いてくれた。

 

 誰にも手を差し伸ばした彼が、今度は誰からも善意を向けられている。因果応報とはこのことか。自分が最も安心できる場所が他の人にとっても、というのは嫉妬するが、11Bにとってイデア9942が認められると言うのは、我が事のように嬉しいことであった。

 

 工房の惨状を見た時とは違う。今度こそ、彼女は胸に、暖かな気持ちを抱いて前を向いた。

 

「いい表情ですよ。やはり、あなたは笑顔が似合っていますね」

「パスカル……ごめんね」

「何を謝る必要があるんですか、むしろ、知らせてくれて感謝を言いたいんです。あなた方にはいつもお世話になってますから、そろそろ恩返しをしたかったんです」

 

 並び立てる言葉は説得力があるように思えるが、パスカルはそんな打算だけで動くわけではない、というのは11Bでも分かっていた。知り合った相手を助けることに、大きな理由など必要ないのだ。

 

「森の方面はお任せください。今は8Bさんたちも居ますし、捜索の手は広げられます」

「廃墟都市や水上都市はレジスタンスが探してくれるだろうし……ワタシは砂漠地帯を訪ねてみるよ。何かあったらすぐに連絡するから」

 

 改めて情報交換用のグループ回線を設定し、パスカルに受け渡す。後にレジスタンスのアネモネもこのグループに招待し、以降は村で落ち着いていることの多いパスカルが管理していくとのことだ。

 

「ええ、情報交換は積極的にしていきましょう。もしかしたら……アダムと言いましたか、彼らも協力してくれるかもしれませんし、見つけたら話を通してみましょう」

「わかった。それじゃあワタシは行くね」

 

 手を振って別れを告げる11B。

 一度は絶望の想像を抱いた。それでも、彼女は他者のつながりを思い出して乗り越えることが出来た。それは本当の絶望ではなかったかもしれない、それでも、堕ちる一歩を踏みとどまり、飛び越えるための力を溜めることが出来たのだ。

 ブラックボックスなんてものよりも、ずっと暖かな原動力。イデア9942を思う心を研ぎ直して、11Bは砂漠地帯に足を踏み入れようとするのだった。

 

 

 

 

「……9S、ああ……9S」

 

 頭の中が真っ白になって、どれだけの時間がなっただろう。

 あれほど感情の抑制を訴えていた2Bが、声を震わせ、彼を押し倒すように抱きしめている。決して想像できなかったこの状態が続く中、ようやく、9Sは脳回路の機能を取り戻し始めていた。

 

「2B……」

 

 それでも、彼は2Bの嗚咽に思考能力を奪われる。

 一体何を言えば良いのか、どうしてこの話をした途端、2Bがこんな行動に出たのか。少しずつ戻ってきた疑問が、彼の口を動かそうとしたその時だった。

 

「…もう、君を……失わなくて済む」

「え…?」

 

 彼女は今、何と言った。

 失わなくて済む? それは、一体。

 9Sが2Bと出会ったのは、記憶する限りあの廃工場での第243次降下作戦が初めてのはずだ。その時の記憶はアップロードできなかったため保全出来ていないが、その際に親しい関係を築いていたのだろうか? そこまで考えると、9Sの胸の奥が、少しチリッと痛んだ。

 

「2B、それはどういうことですか」

 

 だけど、今はその痛みよりも2Bの言葉の衝撃の方が強かったようだ。疑問を口にした9Sに、彼を抱きしめていた2Bがビクリと大きく震えを見せる。いまの言葉は、彼女にとって失言だったのだろうか。

 

「……ごめん…9S、今はまだ……全部を言えない」

「そう、ですか」

「でも…いつか絶対に、あなたに言うから」

 

 顔を肩の向こう側に隠しながら、2Bは囁くように言った。

 9Sは背中に手を回して、ぽん、と緩やかに手を添える。

 

「僕が今、こうして話したのにですか」

「…それはっ」

「なんて、冗談ですよ。2B」

 

 確かに気になる。なんせ、自分が彼女の前から失われるなんて、物騒な言葉が飛び出してきたのだ。だけど、彼はそんな隠し事を受け入れたのだ。

 

「きっと以前の僕は、2Bのことを蔑ろにしてた悪いやつなんです。だけど、今の僕はそんなことは絶対にしません。貴女のためなら、なんだって受け入れます。だからあなたの隠し事が、今は言わないことであなたを救うというなら、喜んで耳に蓋をします。目を瞑ります」

「………9S、あなたは」

「でも、これだけは言えます。2B、貴女は以前から人類の不在を知っていたんですね」

「……ああ」

「それじゃあ質問を変えます。どうして人類が居ないと知っていても、戦えたのか…その理由を、教えてくれませんか」

 

 9Sの迷いは、まだ残っている。

 だから彼は、2Bの事を無理に暴くよりも彼女との関係を保つため、そして彼女のことをよく知るために、話をわざとそらしてみせた。けれども、これが強がりだということは2Bも分かっていた。強がってでも、2Bを思いやった言葉を選んでくれたことに、彼女も嬉しさを思う。

 

「そう、だね。それじゃあ」

 

 感極まって抱き寄せた体を離し、2Bは恥ずかしそうにしながら彼と隣り合って座り、上体だけを向かい合わせる。ほんのりと赤くなっている頬がゴーグルの端から見える。

 

「聞かせて下さい。まだ出撃まで、時間はありますから」

「私が戦い続けた理由……それは」

 

 これ以上を聞くのは、野暮というものだろう。

 2Bの独白は、9Sを納得させるに十分だったとだけ、記しておこう。

 





難しいように書いてるけど2グループのイチャイチャを強調するだけの回。
9Sの視界が真っ白になったところでビックリした人が居たら私の勝ち(謎

あとあれですわ、書いててこれ「いかに私のオリキャラが愛されてるか強調する」って内容でもあるから後で気づいて自慰しすぎィ!ってツッコミいれつつやらかした感。

あと前回指摘されてたので、
ちょっと文書34の最後らへんの文章も改稿しておきます

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