イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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11Bだって脳筋一直線じゃないんだもん
※本日二回目の投稿です


文書17.document

「このあたりかな……」

 

 マップデータのエリア内に入る。

 11Bがあたりを見渡すと、砂嵐で酷い視界の中にいくつかの巨大な岩が見えてきた。

 

 いや、岩ではない。

 

「顔? 気味悪いな、なんだろうこれ…イデア9942はなんでこれを削ってこいって言ったんだろ」

 

 大中小と様々だが、巨大なものになると数十メートルにも上る球体が、砂の海に埋もれていたのだ。しかも、それには薄気味悪い笑顔のような顔が張り付いている。人類の残した「美術品」というものの一つだろうかと思ったが、違う。

 この砂漠地帯にこんな人類の残した巨大な文明の跡が残っているなら、常駐するアンドロイドが必ず文明保護活動のために残っているはずである。

 

 今のところ、深く考えてみても結論は出なかった。

 とにかく、この突如として出現したこの「顔」も、イデア9942は知っている。なら後で聞けばいいだろうとその刃を突き立て、透明なケースの中に欠片を保管しようとしたのだが。

 

「硬い…?」

 

 三式戦術刀を軽く突き立てた程度では、傷一つすら入らなかった。

 流石におかしいだろうという驚きと、イデア9942に頼まれた程のものなのだからという納得が彼女を襲う。

 

 考えを少しだけ巡らせてみたが、「それなら」と11Bは自分らしい行動に出ることにした。すなわち、殴って壊すことだ。

 

「そぉーれっ!!」

 

 構え、三式戦術刀を両手で一気に振り抜く。

 ごりっ、という硬すぎる感触が反動になって手に戻ってきたが、同時に刃が抜けた感じも伝わってくる。先程に比べれば、ほんのすこし程度だが球体の一部が欠けていた。

 

「今の、数トン以上の衝撃が加わったはずなのに、ここまで丈夫な物質も中々ないだろうなあ」

 

 不思議なことに対して、多少の慣れはある。

 

「…………」

「うん? 動いた?」

 

 一度だけ、球体たちがぶるりと震えたような気がしたが、ずっと見ていても反応はない。気のせいだろうと、11Bはしゃがみこんだ。

 

 驚きもそこそこに、急いで飛び散った球体の欠片をケースに仕舞い込んだ彼女は、「任務完了」と呟きその場を離れることにした。脱走したヨルハ部隊という立場。このあたりの地域を担当しているのは2Bと9Sだけだが、何らかの理由で降りてきたヨルハとかち合い、せっかく偽装した事実が露呈するリスクは避けるべきと考えての行動だ。

 

 しかし彼女の帰還を妨げるものが出始めた。

 砂嵐だ。それも、かなり大きいものが近づいてくる。

 

 流石の11Bと言えども、視界も世界も埋め尽くすほどの砂嵐を前にしてはたたらを踏まざるを得ない。

 

 衛星マップからは大きく外れるが、砂嵐と反対の方向に走った先の岸壁。そこには大きな横穴が出来ているという地形情報が出た。そうと決まれば、この場に留まる理由もない。

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 急ぎ足でその方向へ向かう。

 彼女の脚力は、以前のものよりもずっと良い反応を示してくれる。呼吸、という形で空気を送り、瞬発の瞬間に軽い衝撃を加えると、弾け飛ぶように地面をける力が強くなる

 

「危なかったぁ」

 

 横穴の中に、彼女の声が反響していった。あっという間に目的の場所に辿り着いた彼女は、目前にまで迫ってきた砂嵐を少し眺めると、横穴の奥へと視線を向ける。

 真っ暗で、奥まで行っても何もなさそうなところだ。風が少し入ってくるが、奥のほうで過ごせば多少はマシになるだろう。入り口辺りまで風が強まり、飛ばされた砂がピシピシと当たって11Bの服を汚し始める。

 

「ああもう、お気に入りなのに」

 

 パンパン、と叩けば簡単に砂埃が舞って汚れが落ちる。

 とはいえ、染み付いたドロのような汚れについては別だ。帰ったらまた洗濯しないと行けないな、と考えながら、11Bは洞窟の奥のほうにあった岩に腰掛ける。

 

 ざりっ。

 

 背後から、踏みしめる音がなった。

 

「誰だ」

 

 話しかけられる。どこかで、聞いた覚えがある声だった。

 暗がりからその姿を現す。長い銀髪を揺らしながら、一体のアンドロイドが進み出る。

 

「……A2」

「お前、は……あの時の…アンドロイド、か……」

 

 誰も予想し得ない事態であった。

 敵だったものとの再会は、その場の空気を重苦しいものに変える。

 

 11Bがホルダーから三式戦術刀を抜き放ち、いつでも構えられるようにする。対して、A2は以前背負っていた武器が見受けられない。様子がおかしい、11Bがそう思った瞬間、A2は前のめりに崩れ落ちる。

 

「ちょ、危ない!」

「うっ…」

 

 思わず武器を投げ捨て、倒れきる前に11Bが支える。

 元からA2は取り繕うための人工皮膚も足りておらず、関節部位のつなぎ目が見えるほどボロボロだったから気づかなかった。だが、11Bは間近で見たことで彼女の容態が如何に悪いかを思い知る。

 

 よくみれば、至る所に小さな皮膚の剥げと、内部構造が丸見えの場所には砂や不純物が入り込んでいる。これだけでも動作不良は必定だろうに、A2は戦い続けた反動からか、ありとあらゆるパーツが摩耗している。

 

「……イデア9942、あなたが大切にしてるもの、ワタシも守るよ」

 

 きっと、彼女と戦うだけ戦って、それ以上を求めていなかったのはそういうことだろう。A2は、イデア9942にとって注目すべきキーパーソンなのだ。そう思えば、行動は早かった。

 彼にならって、11Bもポーチの中に幾つかの小道具を身につけるようになっている。そこには簡単な止血ジェルに始まり、回復薬やパーツの代替部品も入っている。

 

 今回が戦闘目的でなくてよかった。もし戦闘であれば、武器と必要最低限の補助アイテムしか持ってきていなかっただろうから。

 

 11BはA2を地面にそっと寝かせると、ポーチの中から道具の一つを取り出した。

 

「少し信号が走るけど、我慢して」

「何…を……ぐっ!」

 

 A2の患部に、イデア9942の作ったウィルス媒体が刷り込まれる。

 だがこれは、あくまで一時的にその部分の感覚を麻痺させるだけの効果。つまり、人間で言う麻酔だ。代わりに一定時間ウィルスが潜伏し寄生された体は、ウィルスが自壊するまで思ったように動かせなくなるが、暴れようとしたA2のような患者にはちょうどいい。

 

「次は……」

 

 彼と共に、怪我を直していた場面を思い出しながら11Bはステップを進める。

 11BはB型のため、スキャナーモデルよりは軽めのスキャンで異常が起こっている箇所が無いかを探す。

 

「ここに少し論理ウィルスか……少し非効率というか、古い構成だなあ」

「……ふっ……ふっ」

 

 考えるのも億劫なのか、A2は文句の一つも言えずにぐったりとしている。

 常にイデア9942と最新の効率的なプログラム構成を見てきた彼女からすれば、まだまだ手が出せるエラーであったのが幸いした。新型の論理ウィルスワクチンをA2に転送、強制ダウンロードさせると、A2の思考を覆っていたモヤが少し晴れていく。

 

「おまえは……何故」

 

 どこか蕩けた瞳のまま、A2は自分を助けている11Bに問いただす。

 

「後でね。応急処置だけど、もう少しで終わるから」

 

 しかし一蹴され、右手を額に置きながら、A2は天井を見上げる。

 カチャカチャと金物の擦れ合う音を聞きながら、襲い来るスリープモードの兆候に彼女は身を委ねていった。

 

 

 

 

 

 

「あの後、城壁を越えて行くつもりも無かった私は廃墟都市についた。搬入作業中のレジスタンスが、砂漠地帯で仮面を付けた機械生命体が、普通の機械生命体と戦っていると言っていたんだ」

「だから来たってこと?」

「どっちにしろ、集まっているなら好都合だ。……私は、あいつらを片付けるため砂漠に向かった。だが、直後に砂嵐が迫ってきて……気づけば、ここに逃げ込んで倒れていた」

 

 外ではまだ、砂漠の砂嵐がごうごうと吹き荒れている。

 これでは長引くだろうな、と11Bは耳元に手を当てた。

 ざー、と鳴り響く電子上の砂嵐。天気も影響しているのか、大分状況が悪い。生憎と、イデア9942との通信範囲外にあるらしい。

 

 あの後、目を覚ましたA2は小さく礼を言って、11Bとは一歩離れた場所に座った。

 信用されていないのは明らかだ。それでも、ふたりとも今は、この横穴から出ることが出来ない。最終的に11Bが話しかけ始め、A2は断りきれずに会話に乗った、というのが今の状況の成り立ちである。

 

「機械生命体の殲滅、か。ヨルハの本懐は忘れていないってことかな」

「誰が!」

 

 昂ぶって、打ち付けられた拳が岸壁を破壊する。

 こぼれ落ちた切片を握りこみ、慌ててそんなつもりじゃないと11Bは謝った。

 

「……あんな奴らのためじゃない。別の理由だ」

 

 少し落ち着いたのか、A2がたったソレだけの言葉を返す。

 だがそれ以上は語りたくない、と。揺れる視線がA2の感情を現している。

 

「それより、お前はどうして機械生命体と一緒にいるんだ。破壊するべき敵だろう」

 

 憤然とした表情で、腕を組み、A2は言い放つ。

 事情を知らない者としては、全くもって正しい言い分だろう。

 

 それでもだ、11Bにとっての真実は違うのだ。

 11Bは首を振って、彼女の考えを否定する。

 

「最初会った時は、ワタシもそう思ってたよ。でもね、今は彼と一緒に暮らすのがワタシが生きる理由だから」

 

 とても幸せそうな顔で、彼女は言う。

 当然洗脳も何もされていない、という一言を付け加えて。

 

「なんだそれは……そんなことが許されると思っているのか、あいつは機械生命体なのに……」

 

 破壊するべきものと、仲睦まじく暮らす事が夢なのだという、元ヨルハ部隊11B。彼女の言い分はこの世界においてあまりにも異質で、今のA2には理解することすら放棄させるような内容だった。

 

 苦悩するよう、額に指を当ててしかめっ面を作った彼女の姿は、バンカーでもよく見たことのある顔。特に、大規模作戦の次の日には多かったものだ。その表情一つで、11BはハッとA2の行動理念に気がついた。

 

「…復讐が、あなたの目的?」

「……そうだ、あいつらのために、私は機械生命体を殲滅する。一匹残らず」

 

 迷っていはいるようだったが、それでもA2はそう言い切った。

 バンカーも、A2も結局やっていることは他人の心配である。結果的には同じことなのかもしれない。

 

「……嵐が」

 

 ふいにつぶやかれたA2の言葉に、11Bが振り返る。

 晴れた雲の隙間からさんさんと日光が降り注ぎはじめた。

 

「私は、行く」

「A2……」

 

 立ち上がり、ずかずかと立ち去ろうとするA2。

 彼女は、唐突に入口のあたりに手を掛け、11Bに振り返る。

 

「今日は……ありがとう。だが、もう私に関わるな」

 

 フラフラとしながら、逆光の中に彼女は消えていった。

 近くを探せばいるのだろうが、そうまでして探しに行く理由を、11Bは持ち合わせていない。

 

「……A2、か」

 

 つぶやきは横穴に反響し、入り込んだ風が一周して言葉を掠め取っていく。

 

「今はまぁ、任務が先決かな」

 

 イデア9942の探しものは後一つだけ。

 褒められることを想像しながら、11Bも立ち上がる。

 

 大きな球体の顔を残して、彼女らは砂漠地帯から居なくなるのであった。

 




どうでもいい情報ですが、機械生命体のアダムとイヴは最初は何もついてなかったけど、エイリアンシップに登場する頃には知識をつけて、生殖器や乳首といった人体のパーツを後付けしたらしいです。純粋な有機生命体は作れないけど、機械生命体は生殖→妊娠の真似事ができるレベルらしいですな。ネットワークすげぇ。


そしてまっっっっっったく予定になかったA2と11Bの邂逅
二次創作の上でバタフライエフェクトって大切ですよね

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