イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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そもそもニーアの世界に転生するってコト事態おかしいよね


本編
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 別に特別な話じゃない。ネットワークを離れた機械生命体が一体。

 ただ、それだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 引きずられる斧が不快な擦り音を立てている。

 水没しかけたビルの立ち並ぶ、海に面したかつて都市だったもの。

 

 その隆起した道路の隅に、足を投げ出して座るひとつの影があった。

 

「……」

 

 定期的に通る黒いアンドロイドの集団、ヨルハ部隊が機械生命体を蹴散らしてから数時間、この場は次の機械生命体群が集まるまで静かな一時を作り出す。そのことを知っていて、仲間たちだった機械生命体が殺される光景を何の感情もなく見つめながら、ソレはようやく一人になれる時間が来たと一息ついた。

 

 実際のところ息もなにもない。吐いた息に似たような合成音声がスピーカーから小さく垂れ流されただけだが。

 

 波が打ち寄せ奏でられるBGMを集音マイクに拾いながら、斧を持った中型二足の機械生命体は緑色に光るカメラアイのピントをジリジリと動かした。

 

「アァ、困ったなァ」

 

 ノイズの混じった音声は、他の機械生命体と同じパターンに当てはめられたソレだ。しかし、いくらか流暢に喋るソレは斧を持たない左手で顎のあたりを掴もうとし、自分には「顎」に該当する部位がないコトに気がついた。

 コツンと当たった左手は、所在なさげに空を掴んで左足の隣に添えられる。

 

 

 中型二足、斧を持った一般的な機械生命体。

 大型ほどパワーもないが、器用に動かす両手両足と、ものを握るには最適な手頃な大きさの指、状況次第では落ちている武装を拾うことで対応も可能。量産性も良くコストパフォーマンスが高い、量産型としても、スペック上は花丸がつけられるであろう出来。

 

 だが悲しいかな。戦闘技術においては単純な構造故に、自己改造しない限りは限界を超えた行動は出来ない。細い手足は戦闘型のアンドロイドであれば、特化されたヨルハ部隊員でなくとも個人撃破も容易いであろう。

 噂に聞く2つの武器を同時に扱うアンドロイド集団であれば、片手間で倒せる程度の存在でしか無いのだ。

 

「どうすりャいいんだッて」

 

 そんな存在に産まれてしまった自分は、何をして生きればいいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 廃墟都市からそう遠くもない、機械生命体の超大型兵器が作られていた廃墟工場。今日も今日とて生み出されたのは、何の変哲もなければシリアルナンバーに特別な意味を持つでもないただの機械生命体だった。

 長く過ごしたことで植物細胞にも似たコアへ自我を芽生えさせた、なんてこともない。製造され、スペックを同じ機械生命体に確認され、そして特に主だった任務もなく外へと放逐されたソレ―――イデア9942は、廃墟都市へと向かう断線したバイパス上で突如として機能を停止した。

 

 製造されてから4時間と32分1秒後の突然の停止。当然、動力すら止まってしまったソレから機械生命体のネットワークは切り離され、停止した残骸の横を同時期に製造されたイデア炉の連番機体たちが気にする様子もなく通り過ぎていく。

 

 そして約1時間と23分後に機能を再開した機械生命体、イデア9942は仲間たちを追って廃墟都市のアンドロイドを殺すべく―――動くように見せかけ、突如として進路を変えた。

 

 アンドロイドのいるキャンプを素通りし、全く関係のないビル街を、製造時に支給された斧を引きずりながらひたすらに無言で歩いて行く。途中でその様子を見つけた機械生命体も居たが、特にイデア9942を攻撃する素振りは見せずに素通りしていく。

 

 周囲の様子を気にもとめず、やがて太い水路を抜けて、水没都市に辿り着いたイデア9942は、ある光景を見た。

 

 黒いアンドロイド達が、扇情的にも見える衣服や身体パーツの一部を揺らして華麗に戦う姿である。身の丈以上の大剣や、人間では両手で持つのも精一杯であろう鉄の剣を振り回すたび、自分たちと似たようなボールヘッドの機械生命体は破壊され、爆炎とパーツを撒き散らしながらスパーク一つ起こせない躯になっていく。

 

 これまで何の感情も見せていなかったイデア9942のカメラアイは赤と翠の点滅を繰り返し、その光景を回路の奥に焼き付けた。そしてこの世で製造されて初めて、イデア9942は意味を付随した「言語」を発したのだ。

 

「ヨルハ部隊……だッて?」

 

 

 

 

 

 あれから4日が経過した。

 安全な場所でスリープモードを繰り返し、破壊された仲間の残骸から動力に残ったエネルギーを拾い食いしながら過ごす日々。やがてイデア9942の中では一つの確信と、一つの絶望が芽生えていた。

 

 ここは、自分の知る世界ではない。

 ここは、自分の知っている世界だ。

 

 矛盾しているようにも見えるこの2つの回答は、中身を開けてみれば矛盾とは程遠い成立した回答だった。前者は、彼が「生きて」いた世界とはまるで違う。その面影は残っているが、生命は何一つ残っていない。後者は、彼は唯一の世界で暮らす身の上でありながら、幾つもの世界を小窓を覗いて知っていたということ。その中の一つに、ここが当てはまったということだ。

 

「困ッたなァ」

 

 左手が顎ではなく、頭上に掲げられる。

 そのまま下に伸びた指は、キィキィとヘッドパーツを掻いて金属音を掻き鳴らす。

 人間臭い行為は、機械生命体には全く似合わない行為。この光景を見ているアンドロイドがいれば、機械の癖に何をしているんだと、呆れたように言い放ったことだろう。

 

 やがて海を見つめていたイデア9942は、斧を支えにしながら投げ出していた足の裏を地面につけて立ち上がった。

 

「ニーア、オートマタかァ。別になにをしろッて言われてるわけでもないしなァ」

 

 もう、おわかりだろう。

 イデア9942は原因不明の機能停止を起こした直後、異界の魂が取り付いたのだ。それも、この世界をほんの一部であろうと観測できる世界からの探訪者だ。イデア9942には今が「いつ」なのか、イデア炉から植え付けられたデータにある年号から分かっていた。

 そして人間を遥かに超える処理能力、演算能力、記憶領域を持つ1万年の進化を遂げた内部回路では、彼が人間だった時に持っていた記憶が、映像・文章・音声記録として薄れること無く保存されている。

 通常ありえないこれらの情報。ネットワークから切り離されて居なければ、今頃機械生命体のネットワークはわけの分からない超進化…もしくは恐慌状態にも似た混乱を引き起こしていたに違いない。

 

 なにはともあれ、この世界ではこのイデア9942がそういうものとして誕生したのは間違えようもない事実であり、消すことのできない事実だった。

 

「でも」

 

 人間として生きた人格と機械生命体としての人格が混じり合った結果、同じ記録を持とうとも、もはや元の彼とは別物だと言えるかもしれない。だが、それでも―――

 

「やッてみるかァ、なんとなくだけど」

 

 イデア9942は行動を起こすと、この星空のもと宣言してみせた。

 

 

 

 

 

 月日は流れ、彼の内蔵されたカレンダーがいくらか捲られていった。

 手に持つ斧には修繕のしようがない小さな傷や接合部の緩みが発生している。それでも、産まれた時から初めて握った父親の手のように、この斧を手放すことはしなかった。

 刃は潰れ、もはや鈍器と成り果てているそれを、しかしイデア9942は手慣れた様子で振るっている。周りにあるのは彼と同じ機械生命体の残骸。爆発炎上を起こした仲間の破片を吸い込み、体勢を崩した空中型が傾いた瞬間イデア9942が再び「機械生命体の斧」を振るった。

 もろい飛行ユニットごと爆発し、近くにあった瓦礫の中に埋もれていく飛行型。周辺の脅威を排除し終えたイデア9942は、ひと仕事が片付いたと言わんばかりに息を吐き出した。

 斧を地面に立て、それを片手で抱くように体重を預ける。農作業中に一息ついた親父のような仕草であった。

 

「今日はこれでいい。さて、工房に持ッて帰るか」

 

 場所は廃墟都市。

 レジスタンスキャンプとは少し離れた小道で、人知れず破壊活動を終えたイデア9942は、木陰に隠してあったリアカーの上に破壊した機械生命体たちのパーツを選別し、乗せていった。

 使えるパーツがあれば再利用するのである。自分の痛んできたパーツの換装から、使用している斧の修繕、ヨルハスキャナーモデルほどの魔法じみた自己ハッキング能力は持っていないが、外部からの換装を主とした直接的な自己メンテナンスに関しては、この世にいる医療型アンドロイドも顔負けの技量を誇るだろう。

 

 幾度もトライ・アンド・エラーを繰り返し、機械としての学習能力を活かし、人間とは比べ物にならない精密な動作が可能な精密機器を、自我データから直接操作する。機械工学・製造知識etcはネットワークにつながっていた頃から十全にあるのだ。イデア9942がその道を極めるに要した時間は、さほど多くはなかった。

 

 イデア9942が工房と称している拠点は、アンドロイドたちの手によって再現された、廃墟都市のありふれたビルディングのひとつだ。ただ、違うのは偽装された地下への階段があるということと、その地下室はイデア9942が自らの手で掘削し、壁を補強し、形成した秘密の部屋だということ。もう一つは、イデア9942はアンドロイド達の主だった作戦領域から少し離れた小さな1階建ての個人会社で過ごしているということだった。

 

 作戦領域外というだけあり、破壊すべきアンドロイドたちの姿もないため機械生命体すら闊歩することはない。時折鳥たちが羽ばたき、ビルの隙間を塗ってきた風が窓もない廃墟の空間を優しくなでていくだけ。

 

 イデア9942は機械生命体の残骸が乗ったリアカーの、専用の斧掛けに武器を置いたまま、ゆるやかなスロープを下り、左へ曲がることを5回ほど繰り返して、ようやく彼は自分が拠点としている場所へと辿り着いた。

 効率化された電力システムが、地上の風見鶏が回るエネルギーと、近くを流れる小川の水車のエネルギーを利用して電力を供給している。元々置いてあったソーラーパネルの補助電力も含め、イデア9942の居住空間は部屋一つでありながら、2000年台の人間と同じように快適な電化住居となっていた。

 

「ふゥ、もうそろそろか」

 

 イデア9942は、今日の回収資源を自動化させた機材に分別させながら、手作りの和紙で出来たカレンダーをめくった。彼の元「人間」としての感性から、かつての生活の「模倣」のために作り出された行為であり、慣習だった。

 一番上に記されていた年号は11945年。イデア9942の体内時計から割り出された正確な時を刻む時計に比べれば、このカレンダーが時を刻むのは不正確極まりない、イデア9942が指を動かした瞬間でしかない。

 だが、重要なのはそんな1分1秒を競う正確さではない。とても曖昧なはずの太陽が一周する周期である「一日」だけが重要なのだ。

 

 そうして刻まれていた時を、カレンダーは捲くられることで新たな顔を見せる。

 廃墟都市の一部を撮影したらしい、写真を貼り付けられた下には、3月という文字。

 

 第243次降下作戦。

 ヨルハ部隊の崩壊へ向かう物語は、そこから始まる。

 

「……人間じゃなくなッたが、まァ、自己満足だ。やるか」

 

 ―――機械生命体は、曰くなにか一つ、必ず「依存」を持つ。

 異界より飛来した魂が定着し、しかし名を改めることもなく、

 

 この世界で生きることを選んだこの生命は、「命」を至上と掲げている。

 




ゲシュタルトになるんじゃない? とか
マモノ化するとかして「神様」に殺されそう とか

そのあたり無視するのがご都合主義タグ。
レプリカントとかは仄めかしてるけど、

この世界の原作はあくまで「NieR:Automata」です。
そんな世界ですが、よろしくお願いします。

`29/09/14加筆
※以降、前書きと後書きがなんか騒がしいのでご注意ください。

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