やはり俺たちの防衛生活はどこかおかしい。   作:ハタナシノオグナ

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最近疲れからかキーボードをちょくちょく打ち間違えるのが悩みの種です。


(3)ミゼラブル・ハチマン

「な、なんでヒッキーがここにいんのよ!?」

 

「んぁ?」

 

大寒波襲来に伴うシステムダウンから思考を無理矢理再起動させたのは、あまり耳にはしたくないような高い叫声だった。

(主に目が)死人のような状態からいち早く復帰を遂げた八幡は、いきなりよくわからない言葉を発したピンク髪をさておいて、隣で物言わぬ土塊となりかけている暁法を道連れとばかりに蹴り起した。

 

「オラ、起きろ。春ですよー?」

 

「ナチュラルに無視された!?」

 

さすがに2度目の大音声は届いたようで、そのまま睡眠に移行していたらしい暁法の体がびくっと震えた。

 

「……っぁー、俺は恒温動物ですよ……つか蹴んな……」

 

不満げにコキコキと首を鳴らしながら辺りを確認して、依頼人の存在にようやく気がついたらしい。

だというのに。一言こんにちは、とだけ挨拶をして、相手の戸惑いを気にする素振りさえもなく、またも昼寝を始めようとした。

やはりというか、仕事熱心な部長が見逃すはずもなく。

 

「野垂れ死ぬなら他所でやりなさい? 永眠を墓穴で過ごせるのは人並みに働いた人間の特権よ。無産市民に与える土地はないの」

 

そこまで言うと、このゴミはひとまず、と言葉を切って雪ノ下雪乃は向きを変えた。

言葉を失っている依頼者へ、暁法と八幡には決して与えられる事のなかった歓迎の挨拶をする。優雅で壮麗なその仕草は同性をも見蕩れさせていた。

 

「まぁ、とにかく座って」

 

話の進みそうにない空気を察してか、さりげなく着席を促す。

勧められた彼女は多少おどおどしながらもそれを受け入れた。

 

「あ、ありがと…………」

 

「由比ヶ浜結衣さん、ね」

 

とりあえず落ち着いたことを見届けてから、雪ノ下は向かい合って声を掛けた。

 

「あ、あたしのこと知ってるんだ」

 

相手が自分を知っていることに素直な驚きを感じたらしい。徐々にそれを喜びに変えながら、改めて名前を名乗った。

 

「あたしは由比ヶ浜結衣。みんな知ってるみたいだけど一応ね」

 

先程までブリザードもかくや、という口撃を受けていたこともあってか、由比ヶ浜の訪れはまるで春を思わせる明るさに満ちていた。

とはいえ、未だ三寒四温にも届かぬようで。

 

「どうかしらね? そこの男は『そうだっけ』とでも言いたげな顔してるけれど」

 

硬い面差しになっている男二人を目ざとく見つけて、雪ノ下は冷やかしを挟んできた。

どこからでも攻撃の手が伸びてくることも恐怖だが、既に凍りつきそうなのにこれ以上冷やしてどうするのかという思いが八幡の脳裏をよぎる。

 

「安心しろ。誰も平等に知らない」

 

「俺は知ってるよ。三浦サンが怖いからあんま喋んないけど」

 

あんまりといえばあんまりな答えのせいか、あははと笑うしか出来ないでいる由比ヶ浜の奥から、これもまた可愛らしい笑顔で雪ノ下が躊躇なく殴りかかってきた。こぶs…言葉で。

 

「クラスメイトの顔さえも知らないなんて恥を知らない動物なの? いい加減その頭蓋骨に中性子並みの脳味噌があることを期待するのはやめて消費期限切れの鰯でも詰め込んではどうかしら」

 

相変わらずの罵倒にも順応し始めたのか、八幡はそれほど深刻なダメージを受けずにいられた。そればかりか『入ってきたばっかの由比ヶ浜がやけにおどおどしてたのこれかー』と考える余裕すらあった。慣れとは本当に恐ろしいものである。

そんな心情を知ってか知らずか、由比ヶ浜は遠慮がちに声を上げる。

 

「えっと……部活、楽しそうだね!」

 

どこをどう見たらそんな評価が下せるのかは分からないが、ともかく本人の目にはそう映ったようだった。キラキラとした目で全員(主に雪ノ下)を見ていた。

 

「少なくとも楽しくはないのだけれど……いっそその見方が不愉快だわ」

 

不愉快とは言いながらも、雪ノ下はむしろ怪訝な目を向けていた。目の前で部員を罵倒して見せた後ならば当然ともいえるが、由比ヶ浜はその言葉を額面通りに受け取ったらしい。

 

「あ、いやなんていうかすごく自然だなって思っただけだよ!? ほら、雪ノ下さんって有名だけど人間らしいエピソードが聞こえてこないしっ! 杜君はてっきり仲良さげな友達とかといるのかなって思ってたから。で、ヒッキーは……なんかヒッキーっぽくないし?」

 

「何となく察してたけどその『ヒッキー』って俺のことなのかよ。というか最後の俺への感想雑すぎない?」

 

「ヒッキー教室でほんとに喋らないから……声聴いてびっくりした」

 

遠回しに嫌味を言ったつもりなんだがな、ヒッキー呼ばわりは変わらないのか……。

 

軽く落胆した様子を見せるが、由比ヶ浜はそんなことお構い無しに溌剌としていた。

ちなみに、八幡が喋らないのは教室に限らず、なんなら学校ではほとんど喋らない。

 

「ヒッキーもっと喋ればいいのに。そんなだからクラスに友達いないんじゃないの? ずっと独りで、その……怖いし」

 

「ふっふッ……だってよ? ハチ」

 

思わず笑いを堪え切れなくなった暁法を睨む。彼はどうにも怖いもの見たさというか、人の地雷を踏みに逝きたがる嫌いがあった。知り合いや友人にはともかく、仲間内であれば余り遠慮する必要がないことも相まって(特に八幡に対しては)増長しがちでもある。信頼の証と言って丸め込まれる事まではないにしても、どうしたって癪には触る。

そんな暁法の無神経さに苛立ちながら由比ヶ浜へと言葉を返したのがマズかったのかもしれない。思っていたよりも口が悪くなっていた。

 

「ほっとけこのビッチ……」

 

八幡がさすがにマズいと思った時にはもう遅かった。どうにか最後の言葉を濁らせた努力も虚しく、由比ヶ浜の耳はしっかりとそれをキャッチしてしまったらしい。

 

「はぁ? ビッチって何よっ! あたしはまだ処――う、わぁああ! なし! 今のなしぃ!」

 

「うわぁ……」

 

突拍子もない告白にどう反応してあげるべきか悩んだ男性2人は、取り敢えず忘れてあげることにした。正直彼女が処女かなんてどうでもいいことなのだ。シスコン共にとってはなおのこと。

それにしても彼女は現代に生まれて本当に幸運だっただろう。少なくとも、おおっぴらに女衒がいない時代ではあるのだから。まぁ他は胡散臭さを隠そうともしない『芸能事務所』に気をつけてさえいれば暫くは純潔も守られるのではないか、本人の意思如何では。

 

「別に恥ずかしいことではないでしょう。この年でヴァージ――」

 

「お前もあんま口にすんな。突き詰めてやるな」

 

余計なことを言った自責の念――とまではいかなくとも、八つ当りをしてしまった贖いぐらいはしようと声を挙げたつもりの八幡だったが、結果としてそれは彼女をより追い詰めてしまったらしい。

顔を赤らめた同級生から涙目で罵られるという、なかなかに珍しいシチュエーションに巡り会った。

 

「こっの……っ! ほんっとウザい! っつーかマジキモい!! 死ねば?」

 

世の中に言うべきでない言葉が数多く存在するとしても、この場合の彼女を諌めるべきかというのは微妙な指摘だろう。少なくとも、今の八幡がそれを指摘したところで『お前が言うな』と言われるのは必定である。そもそもビッチ呼ばわりも充分言うべきでない言葉だ。

逡巡していた八幡だったが、頃合と見たのか暁法が代わって言い聞かせた。

 

「由比ヶ浜さん? 言いすぎ言いすぎ。キモいで殺されちゃかなわない」

 

のんびりとした暁法の口調が落ち着きを取り戻させたのか、由比ヶ浜ははっとした顔で辺りを見渡してから途端あたふたと八幡に詫びはじめた。

何かに怯えるようにも見える様子が少し違和感を覚えさせたが、なんにせよ彼女は謝れる人間らしいということだ。

 

「ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」

 

「いや、いい。こっちも悪かったな」

 

互いに非を認めた後の少し気恥ずかしい沈黙。由比ヶ浜と八幡の両者が押し黙ってしまうと、口を挟まずにいた雪ノ下が咳払いをして由比ヶ浜へと問い掛けた。

 

「由比ヶ浜さん、あなたは奉仕部に用があったのではなくて?」

 

助け船を出された由比ヶ浜は、少しほっとした顔でこくりと頷いた。

 

「……あのさ、平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」

 

彼女の口から聞こえた言葉は、予め伝えられた奉仕部の理念とは少し毛色の違う内容を示していた。

事の次第によっては、平塚先生を締めあげねばならない。一瞬、そんな考えが八幡と暁法の頭をよぎるが、それは杞憂に終わってくれたらしい。

 

「奉仕部は手伝いをするだけよ。願いが叶うかはあなた次第。他人に頼りきりでいることを良しとする人間の介護は引き受けていないの」

 

まるで予防線のように、そうあってはくれるなよと言わんばかりに突き放した雪ノ下は、澄ました顔で依頼人、由比ヶ浜結衣を嘱目する。

 

「……うん、お願いします」

 

すべて織り込んで、なおも叶えたい願いであったらしい。迷う様子はなく、言葉が追い付かないもどかしさを感じさせながらも彼女は確かに口にした。

 

「そう……では早速伺いましょうか」

 

驚いた事に、雪ノ下雪乃にも優しさを見せる相手はいるらしい。目の前で覚悟を決めた由比ヶ浜に魅せた笑顔には八幡も思わず目を剥いた。

 

「あのあの、あのね、クッキーを……」

 

そう言いかけて、チラリと八幡を見た。

男性に聞かれたくない話というものもあるだろう。と合点がいったところで思い切り良く行動を起こすことにした八幡は、逸る気持ちを誤魔化しながら立ち上がった。

直後の言葉は、あれコレうまくすれば帰れるんじゃね? という不埒なモノローグさえなければ、なかなかに紳士的な所業だといえるだろう。

 

「話しづらいようなら……」

 

「比企谷君?」

 

結局八幡が、今日は席を外そうか? と言うことはなかった。

始めのこの一言を口にできたのならば、あとは舌先三寸口八丁。いくらでもこじつけのしようもあったろう。が、所詮は見切り発車の逃走劇である。非情で異常な看守を前に、檻から脱出することもなくあっけなくお縄となった。もはやパブロフ犬に近い気さえしてくる。

まぁ真に恐るべきはこの短期間に『条件反射』を獲得させた雪ノ下その人なのだろうが。こればかりは、八幡ばかりを笑うわけにもいかないだろう。例え、ひゃ、ひゃぃ? という情けない返答をしながら直立不動を保っていようとも。

そんな八幡の滑稽な態度を見た雪ノ下は満足感をちろりと覗かせると、また別の微笑みと共にこう命じた。

 

「私は『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』でいいわ」

 

 

 

 

 

――ちなみに、この時暁法は安らかに舟を漕いでいたのだが……もはや誰もがツッコミが時間の無駄であることを悟ったのか、完全な置き物と化していた。

物に聞かれて恥ずかしい話はないらしい。

 

 




結局分割しました。第一話の冗長性を反省したつもりではあります。
どうにも書いているうちに個別の表現を弄りすぎて全体のバランスを無視する傾向にあるようです。
ついでに言うと今回は原作に引っ張られすぎたかなと思ってます。アニメ版くらいに省略してもよかったかなとも。
どちらも台無しにしてるのはてめぇだよと言われるかもしれない気はしますが、まぁその時はその時ということで。
お楽しみいただければ幸いです。

それではまた次回で。

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