やはり俺たちの防衛生活はどこかおかしい。   作:ハタナシノオグナ

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『今回から読み始めるのは本当におススメしません』

作中ちょくちょく出てくる小ネタを笑ってくださる方はどれほどいらっしゃるのでしょうかね。
気づいてるよ! って方はぜひとも胸の内にそっとしまい込んでください。笑える方が笑えば良いのです。

【追記】令和元年7月15日
訂正の勧めを頂きました。突如編集の方についていただけたような安堵感を得ています。これに甘えるでなく、励みとして良いものを書けるよう努力します。
霧玖様、日頃より読んでいただき誠にありがとうございます。


(5)黒い青春

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

——ある男がいた。

彼はとても優秀な技術者で、努力に見合った幸せを享受していた。

彼には妻がいた。器量も良く、かと言って依存するでなく、大切な人だ。

彼には娘がいた。病気もなく丈夫に育つ姿を見て、どれほど感謝したかわからない。

彼には祖国があった。平和で、豊かな、まほろばと誇れた国が。

祖国とは星であった。暗黒の世界でヒトの拠り所となる、数える程のゴルディロックスゾーン。

 

誰もが理想郷を望み、誰もが理想郷を目指し、誰もが理想郷と讃えた。

そんな国家があった。そんな奇跡が確かにあった。

 

だからこそ、その国の人々は『平和』の奴隷となった。

 

事の始まりは、何の気なしに一人娘のトリオンを計ってしまった事だろうか。

その総量を眼にした両親は初めは喜んだ。

技術に優れた彼らにとってトリオンとは、即ち才能であり、近しく身分の保証であり、つまりは行末の安寧であり、表し方に差があるにせよ、それは望ましいことだったのだ。少なくとも、その時は。

 

強過ぎる力は、いつだって何かを変えてしまう。多くは、その破滅という形で。

 

男の幸せと優越感は、ほんの束の間のことだった。

娘のトリオン量は目を見張るものだったが、同時にそれを扱えるだけの器用さに欠けることも男には理解出来ていた。そしてその克服は、同じ土俵に立てる者にしか導けないであろうことも。

そこで彼は国に支援を願い出た。

娘の才能を役立てる為に、延いては国家の発展に資するために。

結果娘には専属の家庭教師が付き、その力を『正しく』使う為の勉強が始まった。

 

数年の後、娘は国家の実務に携わるまでの能力を発揮していた。コントロールだけが未だ覚束無いことは気がかりではあったが、まだまだ成長途中だと思えばその悩みは喜びにさえ変わった。

なにしろ、今のままでも充分すぎる貢献をしている。

例えば都市機能の維持、例えば老朽化が進んだダムの補強、例えば国防軍への慰問、例えば政府の広報活動。

依存が過ぎることはなく、しかし至る所で娘は登用された。今挙げた功績の数々でさえ、ほんの末端に過ぎないのだ。

それにしても、ああ! 政府の広報アイドルとして取り上げられた時の誇らしさと言ったら!

 

しかしある時、彼女を神と崇めるものが出てきた。いや、それまでにも確かにそういった輩はいた。

だが、それは酒の肴としての戯言であったり、未だ幼子の域を出なかった娘を重用する政府への皮肉であったりしたのだ。

その質の変容がいつだったのか。

正確なことは分からないが、一度生まれた神格化の流れは瞬く間に広まった。

政府広報によるキャンペーンも悪意ある情報の統制も、本人の必死な呼びかけさえ群衆の耳には届くことはなく、雑踏と叫声の中で踏み躙られた。

 

彼はようやく夢から醒めた。

狂気に身を委ねる衆愚に晒されて、ではない。たった一言、娘の心の内を聴いて、だ。

 

「いい子にしてたのに、みんなと仲良くしたいのに、どうしてこうなっちゃったのかなぁ」

 

咽ぶその顔はからっぽだった。それでも笑顔を湛えていた。

 

いつからこの子はこんな顔で笑うようになった?

いつから私は気づいていなかった?

いつから私はこの子を『娘』として見ていなかった?

そもそも、娘は一度でもこうなる事を望んだか?

誰かの役に立ちたいと、その口で?

すべてお前のエゴじゃないのか?

ああ……だとすればいったい、いつから?

 

決壊した自意識が、瞑目していた疑問を垂れ流す。

膝から崩れ落ち、跪く格好で頭を掻き毟る私を見て、なおも娘の顔から笑顔は絶えなかった。

誰かが……いや恐らく私はみっともなく泣き喚き、恥も外聞も体裁もかなぐり捨てて泣きじゃくっている。嗚咽さえ声にならなくて、獣の呻きのような音だけがたったふたりのこの部屋に消えてゆく。

 

そんな状況は考えもしなかった、そして考え得る中で最悪の外法で終わりを見た。

 

「テキシュウ!! テキシューーッ!!」

 

その言葉を『敵襲』と正しく飲み下せたのはだいぶ経ってのことだ。

理性などなく、ただ反射だけで軍の無線へとチャンネルを繋ぐ。

 

修羅場、阿鼻叫喚、九相図——ああ……表し方は誰にもわかるまい。いや、誰にとっても瑣末なことだろう。絶叫だ、断末魔だ。誰もが死んでいる、誰しも死んでゆく!

 

あ、ああ、あああ、ああああああああ、ああああああああああああああああああああ!! 嫌だいやだいやだ嫌だ嫌だ! 娘を死なせたくない! 妻を死なせたくない! わたしはしにたくないいっっ!!! 生きたい! 生きたい生きたい生きたい生きたいっっ!!!

 

ただその一心で家族の手を取った。浅ましい感情だけが私を駆り立てている。何処でもいい、どこでも気にしない、どこであっても此処よりは。

 

街角のモニターが、政府の公式チャンネルが、軍の無線が、そして響き渡る絶叫が、あらゆる通信手段はほんの僅かな希望さえも許さなかった。交戦とさえ呼べない、ただの虐殺がひたすらに続いた。決して享楽的に殺す敵がいる訳じゃない。むしろ寒気がする程に作業的だ。

示威行為としては充分すぎる敵の行いは、きっと彼らにとっては『収穫』に過ぎないのだ。だからこそさくりさくりと刈ってゆく。

そして図ったように、敵の声明が発せられた。

 

曰く『神を差し出せば、我らは去る』。

 

ああ、その一言で大勢は決した。大衆は雪崩を打って押し寄せた。犇めき合ってやってきた。怒濤となって迫り来た。

その腕に縋る子供には目もくれず、人波に飲まれて消えた誰かを踏み砕いたことにも気づかず。

瞬く毎にその大きさを増す黒い群れは、人としての理性を失ったような音を轟かせる。

呆然としてそれを聞いている感情を失くした家族の前に、ひとつの澄んだ声が響いた。

 

「こちらでしたか」

 

眼球だけをギョロリと動かすと、知っていた様な顔が写る。もしかしたら知らない顔もあったかもしれない。諦めていたにも関わらず、続いた声は少しの疑問を抱かせた。

 

「さ、こちらへ。心配なんてなさらず。ささ、長くは持ちますまい。さ、お急ぎになって!」

 

なぜか殺そうとするでなく、連行しようとするでなく、まるで近衛のように厳かでさえあった。

だが彼らとて、『正気』の手あいではないだろう。例え正常に見えたとて、狂奔の最中にあって目の色を変えない者、それは狂信者と言うのだ。なぜならば、彼らは正気などとうに供物にしてしまったのだから。

こうして私達の手を引く彼ら彼女らも、そして私も、皆等しく狂っているのだ、きっと。

政治家とは生物として最も正しい選択肢を選ぶ人種だ。私利私欲を『公益』に昇華させる賢しさだけが唯一人間らしい。そんな彼女が。

軍人とは生物として最も重篤な欠陥を抱える人種だ。自己保存を放棄し、種の存続だけに傾倒する在り方なんてとてもマトモじゃない。そんな彼等だからか。

 

「不肖の身ではありますが、国家に代わり長らくの貢献へ最大限の敬意を。貴女の行末の安寧を願っております」

 

「それでは、どうかお元気で。我々の事はお気になさらず。総員ッ! 国家の良心へ敬礼ッッ!!」

 

だからこそ私には、ザカリと整った音を響かせて深く頭を垂れる彼等が、何処までも気持ち悪い。

こんなどうしようもない男に踊らされた彼等こそ、我先にと私を突き殺すべきだのに。

 

「…………ごめんなさい」

 

「謝る必要はないのですよ。確かに、私達は救われるのです」

 

娘か私か、どちらにも宛てられた言葉のようで、その心は娘にしか向かってはいない。……娘には届いているのだろうか。

 

もう一度ものを考える頃には、閉じた扉と無機質な船体が視界のすべてだった。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 

 

くあり、と暁法がアクビをこぼす。眠りから覚めた彼は背骨をコキコキと鳴らしていた。

そんな音が聞こえる位に、教室内は静かなものだ。相変わらず開店休業状態の奉仕部は、本を好む生徒には読書に、惰眠を好む生徒には昼寝に格好の条件なのである。

ただし、今日に限っては客人が来た。コツコツと硬質な音がして、由比ヶ浜結衣が顔を覗かせる。

 

「やはろー」

 

それを見て、雪ノ下は盛大なため息で出迎えた。

 

「……どうかしたのかしら?」

 

絵になっているとはいえ、のっぺりとした感情は相手にも届く。ひくっと肩を揺らして雪ノ下に問うた。

 

「え、なに。あんまり歓迎されてない……? ひょっとして雪ノ下さんってあたしのこと……嫌い?」

 

「別に嫌いじゃないわ。……ちょっと苦手、かしら」

 

間を置かずに返された答えの内容に、由比ヶ浜は悲鳴をあげていた。しかし彼女はこだわることはなく、聞かれもしていない趣味とやらについて語っている。それを聞く八幡の胃が悲鳴をあげ始めたのは、残念ながら気のせいではないようだが。

 

イチャイチャ(?)する彼女らを尻目に、八幡は退出しようとした。暁法はいつものように机に突っ伏している。そこへ由比ヶ浜の声がかけられた。

 

「あ、ヒッキー」

 

呼び止められた八幡が振り返ると、少し恥ずかしそうにした由比ヶ浜がクッキー(多分)の入った袋を摘んでいた。

 

「ヒッキーも……助かったから、ありがとうございました」

 

それだけ、と言ってふいっと顔を背けた。

 

「『思い遣り』ってそういう事ね……」

 

聞こえないようにそう呟いて、暁法を睨む。その視線の先で、俯いてはいるものの『自業自得』と笑っていた。雪ノ下も平静を装ってはいるが、さりげなく口もとを隠した本が小刻みに震えている。

 

「ヒッキーはやめろ」

 

色々と諦めた八幡は今度こそ教室を後にした。差し当っては、素敵な贈物の処遇を考えながら。

 

 

◆◆ ◇◆◆ ◇◇◇ ◆◆◇

 




今回は短めになりました。向こうの話はこちらに来るまで書くつもりでしたが、もう少しその先は隠そうと。
まるで由比ヶ浜編が終わるみたいな形の文末でしたが、当然続きます。
これからもどんどんやらかしますのでご安心(?)を。

【追記】平成29年11月6日午後
手違いから改稿前のほうをあげておりました。
そこまでの違いはありませんが差し替えました。

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