――さーたん視点
「さーてどーするかな」
臨海学校初日ももう終盤。晩御飯を食べ終えて暇を持て余していた俺は、一人ぶらぶらと売店に向かっていた。特に欲しいものがあるとかではない。ただ言ったように暇だったからだ。
ちなみに晩御飯は特に面白いことはなかった、強いて言うならシャルロット君にワサビの山を抹茶シャーベットだよといって食べさせたことぐらいしかないので、割愛する。
「ん?」
売店へ向かっている途中、何やら挙動不審な動きをしているやつが見えた。というか浴衣姿の凰だった。
「……なにしてんの?」
「ゲッ!? 晴明!」
およそツインテールの美少女から出て欲しくないであろう声を出し、凰は俺を見るなりバツが悪そうな顔をした。というか浴衣姿でもツインテなのかコイツ。
どこに行こうとしてたんだろうか? ……て言っても、この子がこんなおどおどしながら向かう場所なんて一つしかないか。と、俺はこの廊下の先に織斑姉弟の部屋があることを思い出しながら考えていた。
「お前さんも健気だねェ。わざわざ
「う、うるっさいわね! 虎穴に入らずんばって言うでしょ!」
「虎穴どころかクリスタルレイクだぞあそこは」
「うん意味わかんない。キモイ」
真顔で返されたよ……ことわざは知ってるのにホラー映画の名所は知らないなんて酷いや(?)
「なんだよ随分イラついてんな。何かあったのか?」
「……セシリアが、一夏に部屋に来いって誘われたらしいのよ」
「へー、それで?」
「それで、じゃないでしょ! 男が女に部屋に来いって誘ったのよ!? こんなのひとつしかないじゃない!」
「……!」
そうか、凰のいう通りだ。ここは旅館、さらに臨海学校という特別なシチュエーションによる高揚感、そしてなにより、意中の相手からのお誘い。
ここまでのカードが揃ってれば、たどり着く解はひとつ。そうか、全く見落としていた。つまり凰はこう言いたいんだ。
「マリオカートか……!」
「なんでそれにたどり着……真顔で鼻をほじるなッ!」
彼女は猫みたいに背中を丸めてフーフー言っている。どうやら相当怒らせてしまったらしい。それだけ彼女は真剣ということだろう。俺もそろそろ態度を改めて真面目に聞かないとな……うわクソでかい鼻くそ取れた。
「冗談だよ。そもそも千冬様もいるんだから。ゴムも持ってないだろうしよ、お前が思ってるようなことは出来ねえって」
「ゴ……!? バ、バカ! もうちょっとオブラートに言いなs……女子の前でケツをボリボリかくんじゃあないこのビチグソがァーッ!」
と、ひとしきりいつものやり取りを終わらせると、彼女はいかにも疲れたような顔で肩を上下させていた。ああまで切れのいいツッコミを連発したのだからむりもなかろう。とは言え、流石に俺も悪ふざけが過ぎたようだ。反省しよう。いて、爪でケツ切った。ただれたらどうしよ。
……まぁ似たようなことは毎回思ってるんだけど、凰の怒ってる姿が猫みたいで面白いので、どうしてもからかいたくなってしまうのだ。
「ハァ……アンタといるとしょうもないことでエネルギー使うから嫌だわ……」
「それは悲しいな、泣きたくなる」
「ハイハイそうね…………ねぇ、この後暇よね?」
少し息が整った凰は、顔を上げて俺の方を見ながら言った。
「まぁ、売店行くだけだから暇だけど……」
「じゃあちょうどいいわ、アタシも行くから、ちょっと話に付き合いなさいな」
「え? 織斑のとこはいいのか?」
「良くはないけど……あの感じだとセシリアはまだ来てないみたいだしね。アイツも身だしなみを整えてから行くでしょうし、ジュース1本飲む時間ぐらい大丈夫でしょ?」
「なら構わないけど、話って何だよ?」
「……いい加減はっきりさせたいの」
彼女の声のトーンが、先程とは打って変わって深刻なものになった。
「一夏がどういう女の子が好きなのか、教えて」
凰はどこか覚悟を決めたような顔で、俺にそういった。
もうそろそろ、進みたい。彼女の目が俺にそう物語っていた。
――そして売店
「だから誰なのよそのテイルズって! なんで画像検索したら狐の男の子が出てくるのよ! 一夏の女の子のタイプだっつってんでしょこのダボハゼがッ!」
「テイル"ス"だ、二度と間違えるなくそが。しょーがねーだろ、水着の女の子だらけの中にいるのにナイトライダーを追いかけるような奴だぞ? まともなはずないだろうよ」
「じゃあアンタもそうじゃないのよ!」
「俺が好きなのはインクリングとかミドナ様みたいなタイプだ! ケモナーとは違うんだよ! そこんとこ一緒にすると人によっちゃ戦争になるからな! マジで気を付けろよお前!」
「チクショウ! アタシの周りの男子にまともな性癖がいない!」
ところ変わって売店の自販機……の横にある腰掛け。俺と凰はそこに座って、それぞれジュースを片手に、織斑はどういう女の子が好きか、という話をしていた。どうでもいいけど今のセリフ、昨今のラノベのタイトルっぽいな。
「まぁこれまでの話を統合すると、織斑の好みは少なくとも脊椎動物ってことだ。一歩答えに近づいたじゃないか」
「かつてない広範囲」
相談相手になったはいいものの、我が凰大人は俺の解答にはご満足なさらないようで、今もこうしてため息をつかれてしまっている。そもそも、友達の性癖をばらしていいのかって言われそうだけど、織斑は別に隠してるわけじゃないから大丈夫だろ、多分。……大丈夫だよな? うん、大丈夫、うん……。
「……アンタさ、たまには、ホンットにたまにでいいから、人に対して真面目になろうって気はないわけ?」
「真面目なつもりだよ、俺はな。いつだって少しもふざけている気なんかないさ」
「あーハイハイ、アンタよりも宇宙人に相談のってもらった方がまだマシだったかもね」
「イーティイィィィ」
「そういうとこよ?」
俺があの映画の真似をして人差し指を凰に向けると、彼女は同じく人差し指で手慣れたように払い除けてしまった。中学時代の付き合いだけど、最近輪にかけて扱いが雑になってる気がする。
「……こんな具合じゃ、あの子たちも相当苦労するわね」
「あ? 誰がなんだって?」
「さあ? 何だったかしらね」
そう言うと、凰は缶ジュースを空にし、腰掛けから立った。
「もう行くのか?」
「まァね、そろそろセシリアの奴が一夏のとこに行ってるだろうし」
「俺の助言は役に立ったかい?」
「いや一片たりとも?」
「一片たりとも」
「……ま、沸騰した頭を冷やせたくらいね、その辺はありがと」
そう言うと、彼女は手をひらひらと俺に振って、その場をあとにした。
……あの子たち、ね……一体誰のことなんだろうな、ホント。
「彼女さんですか?」
「え?」
不意に聞こえたそんな言葉に、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。誰だろうと思い振り返ってみると、そこには質問の主であろう男が立っていた。
男と言っても、それと判断できたのは声が男性特有の低音だったからで、その男の外見は、華奢な体に長い髪ときれいな顔が乗った、女性的な雰囲気を持った人だった。
「ああ、すみません突然。何やら仲が良さそうだったので、微笑ましくて、つい……気分を害したのでしたら、謝ります」
「えーっと……いや大丈夫です。それと、あの子は彼女じゃないですよ、腐れえ……いや、友人です」
「なるほど、いいですね。気軽に話せる異性の友達というのは貴重です」
男は妙に掴みどころのない人物だった。物腰は柔かいし、警戒心を刺激するような要素が何もない。人当たりの良いという言葉が服を着て歩いている。という印象を受けるくらいだ。
……なんだか怖い人だと思った。怖い部分を全く感じさせない人だからかもしれない。
「ということは……あそこで隠れて、あなたとそのご友人の会話を聞いてた人が彼女ですか?」
「は?」
と、彼が指さした奥の角を見ると、ガタッという音と共に、特徴的な髪が少し見えた。キャラものの髪飾りを付けた、見覚えのある髪型だ。
「……本音さん?」
「……あ、さ~たん。さ、さっきぶり~アハハハ……」
見つかってしまったことで諦めたのか、本音さんは角から出てきて、こちらの方に歩いてきた。そもそもなんで隠れてたんだろうか。あ、性癖トーク聞いててどん引きしてたからかな? ごめんね織斑! ケモナーってことが知れ渡っても俺とお前はズッ友だよ!
「へぇ、カワイイ彼女さんですね」
「はい!?」
男の言葉に、本音さんはこれまでにないような声で驚いていた。いくら嫌だからってそこまで露骨な拒絶反応しなくてもいいと思わない? 俺にも人の心はあるんだぜ、多分。
「残念ながら違うんですよ。この子は……あー、この子も友人です」
「ご友人が多いんですね」
「相手がそう思ってくれてるかはわかりませんけどね」
とりあえず差し障りのない回答をし、とりあえず彼女云々の話を早々に切り上げるように努めた。だって本音さんがむくれてるんだもん。絶対アレ、彼女扱いされて不機嫌になってるよ。これ以上長引いたら余計面倒くさいことになること間違いなし。
「なるほど……いいですね。うん、とてもいいです」
「?」
なんというか、本当に読み取れない人だ。そもそも何を思って俺に話しかけてきたのかわからない。表情も、いかにも人当たりが良いって感じで、いまいち印象に残らない。
不思議だけど、すぐに記憶から消えそうな、そんな感じ。
「おっと、すいません、つい話し込んじゃって。お土産を買ってかなきゃいけないのを忘れてました」
彼はいかにもと言ったように手をポンと叩いて、思い出して良かったとでもいうような笑い顔になった。
「お土産ですか」
「ええ、知り合いのお姉さんがお土産を欲しがってましてね。なんでもいいって言われたんで、剣に龍が巻き付いたキーホルダーを買おうと思ってるんです」
赤の他人の話なんだし、俺が関与することでもないと思うけど、多分女性がお土産にもらって嬉しくないものワースト10ぐらいに入るんじゃないかそれ?
「お二方はどう思います?」
「え、え~と、どぉ~なんでしょ~ねぇ~?」
案の定、本音さんは気を遣ってか明確には言わないものの、難色を示していた。
「ダメですかね? 僕だったら貰ったら嬉しいけどなぁ……」
確かにそれは俺も嬉しい。けどお姉さんが貰って喜ぶものではないとも思う。
「……うん、わかりました。間をとって手裏剣に変形するキーホルダーと名前が打ち込めるメダルと木刀を買って帰ろうと思います」
その間はどこの時空の狭間なの?
「そうですか、頑張ってください……」
「ありがとうございます。それでは、縁があれば、また……」
そう言って彼は微笑んで会釈をしてから、広い売店の中へと消えていった。
……なんというか、不思議な人だったなあ。
「……それでさーたん、リンリンとは何の話してたの~?」
「昼も言ったけど、リンリンって言ったら怒るよアイツ?」
「ふ~ん、リンリンに優しいね、さーたん」
なんだい、そりゃ。そう思いながらも、口にはしなかった。
凰様と言いこの子と言い、さっきのあの人といい、人間ってのはわかんないなと、そう思った。
――売店
「……もしもし? ……ああ、そうでしたね、定時報告の時間でした、すいません」
「ええ、はい。会いましたよ。なかなかどうして、得体の知れない、魅力的な旦那さんですよ」
「……はい、そうですね。織斑一夏は相方に任せようと思います。あっちの旦那は……」
「僕に、食べさせてくださいよ」
織斑の性癖をばらした後日、晴明は織斑にトマホークで斬られて死んだ