ちなみに私はバリケード
――たばねる視点
「君だねえ? 変な茶々を入れたクソガキは」
何の予告も予兆もなく、いきなり部屋の窓から乗り込んできた私に対して、住人である小さい男の子はポカンと口を開けていた。
「おやぁ、どうしたのかなぁ? 恐くて喋ることもできなくなっちゃった?」
そんなことを聞いても、男の子は何も答えず、尚も私を見つめているだけだった。まあ、無理もないかな。こうなることなんて予想もしてないだろうし。
……さぁて、どうしてやろうかな、このクソガキ。
「恐い? でもね、自業自得なんだよ? 君のせいで私の計画g『今からこの俺様がデストロンのニューリーダーだ!』」
「……」
「……」
…………?
「……コホン、とにかく、君のせいで白騎士が馬鹿どもの玩具にされt『み、認める!メガトロンはガラクタだ!!』あのコラのせいでちーちゃんも外出たくないとか言い出し『ゆ、許してェ!お願い!』この責任をどう『流石のナイトバードもこれで永遠にGOOD☆NIGHT!HA☆HA☆HA☆HA☆HA!』うるせーな! なんださっきからッ!」
「スタースクリーム目覚まし時計だよ。絶妙に人が話してるときに喋るんだ。ほらこれ」
「それ目覚まし!? 妙に腹立たしい顔の人形じゃなくて!?」
『やったぜベイビー☆』
「うるせぇマジ」
これが、私とはるるんのファーストコンタクトだった。
――――
あれはもう何年前になるんだろうね。確かはるるんがまだショタるんだった頃だ。そろそろ肌寒くなってきた秋ごろのことだったかな。兎にも角にも、私はこれから世界を変えるであろうISの晴れ舞台に、些末とは言え水を差したこの子をハッキングで身元を割り出し、お仕置きに来たわけだ。
「わかる? 天才束さんがその気になれば、君なんてすぐに存在ごと抹消することだってできるんだからね」
「はえーすっごい」
「意味わかってんの?」
……お仕置きに来たはずなんだけど、どうにもこの子は少しずれてるようだった。私の脅迫に怖がるどころか、素直に感心している。普通、知らない人がいきなり自分の家に入ってきたら、怖がるのが普通の子供の反応だと思うんだけど。
「どうやら本気にしてないみたいだね……じゃあこれならどうかな!」
私は指をパチンと鳴らし、小さいサイズのハンドガンを出現させた。ISの素粒子変換技術を用いたものだ。そのハンドガンを先程のスターなんとかいう顔のムカつくウザイ人形に向けて、撃った。するとどうだろう、人形はドロドロと溶けていってしまい、ついには跡形もなくなった。これは特別な溶解銃なのだ。
「あ、おれのスタスクが!」
「これでわかったかな? ま、自分が蒔いた種だし、私も忙しいからさっさと死んじゃってね♪」
私は笑顔でハンドガンをその子に突きつけ、引き金に手をかける。まあ、本気で殺すつもりはない。そんなことしたらちーちゃんに怒られちゃうしね。たださっきの態度が気に食わなかったので、このガキを生きたままバラバラに分解してやるつもりだ。ちょうど生体パーツの実験もしたかったし、頭だけ残ってれば十分でしょ。あとはコイツのパソコンのデータを全部消して、すぐに帰ろう、うんそうしよう。
さあ、震えちゃえ。
「火星人のおばさん……」
「んぅーなんつった今?」
銃で脅したら火星人に認定された人類は私が史上初ではなかろうか。
どうしてそうなる? 何がどうしてそうなるん? 子供の理論にしてもぶっ飛びがすぎるぞ。
「よし、状況を整理しようね。今、私は君の頭に銃を突きつけてる。私が引き金の指をちょっと動かせば、君はドロドロに溶けて死んじゃう。ここまでいい?」
「うん、その後おばさんは『インディアン・ラブ・コール』を聞いて頭が爆発四散する、と……」
「ショッキングな情報をtipsの如く言わないでくれる?」
「……違うの?」
「なに残念そうな顔してんの……やめ、やめろ! やめろその顔! そのしょんぼりした表情やめろ!」
男の子は、ビックリするほど白けた表情をして私を見た。
「なあんだ、マーズアタックの世界から来たわけじゃないんだ」
「なにそれ知らないよ……」
「じゃあ何しに来たの?」
「白騎士クソコラグランプリの責任とれって言ってんの!」
「ああ、それで俺を殺しに来たんだ」
「そう」
なんだろう、何もしてないのに疲れた。この子と話すと全く話が進まない。話の本筋まで行くのに2000文字くらいは使った気がする(※1700文字)
(いや、でも待てよ……)
……さてはこの子、こうやって時間を引き延ばしてその隙に逃げようって算段だったのかな? それなら今までのふざけた態度にも説明がつく。だとしたら、子供にしちゃ随分と聡い方だ。
なら、もう付き合ってやることもない。とっとと終わらせよ。そう思って私は男の子に近づき、銃口を彼の額に当てた。
「じゃ、そういうわけだから、じゃあね」
「うん、バイバイ」
「ダメだよ、今更やめて欲しいって言っても遅……」
「…………ん?」
一瞬だけ思考に空白ができて、その間に男の子の顔を見た。男の子は手を振って、へらっと、ゆるく笑って私を見つめていた。
……ちょっと待て。今この子、何て言った?
「……話聞いてた?」
「うん」
「死ぬってことがどんなことかわかってる?」
「これからわかるんじゃないかな」
「どうして死ななきゃいけないんだとか、思わないの?」
「そんな日もあるさ」
「ッ……」
息をのんだ。自分の動揺を表に出さないようにして、もう一度、その子の目をよく見た。不敵に笑って、私をじっと見ていた。それを見て、私は恐怖を、初めて人間相手に抱いた。
この子は本気で言っている。逃げる算段や計算なんか初めからしてなかった。さっきのふざけた応酬も、そして今の自分の死も、全部本気で受け止めてる。その上で、拒まないんだ。
「今なら、泣いて謝れば許してあげるよ?」
「……べーだ」
舌を出してバカにしたように拒否すると、彼はまた笑う。自棄になってるわけじゃない、自棄になってる人間にこんな笑顔ができるはずない。まして子供が。死に直面して、こんなふうに真っ当に笑うなんて、頭のネジが全部外れてるんじゃないだろうか。
「……どうして」
そんなふうに笑えるの? そんな問いが喉まで出かかった。
「あれ、なんか言った?」
「……やめた」
何だかこのまま続けるのもあほらしくなってしまった私は、彼の額から銃口を外し、そのまま銃を粒子にして格納した。すると彼は拍子抜けしたような顔をして、
「あら、いいの?」
「いい、もう、飽きちゃった……帰る。クソコラのデータ、ネットに流れてるのは全部消すからね」
私はそれだけ言って、男の子から離れて、そして窓の方へと歩いて行った。
「じゃあね、ボク」
「うん、またね、火星人のおばさん」
「ずっとスルーしてたけどその呼び方やめて? 特におばさんっての」
またね、か……普通殺しに来た相手にそんなこと言うかな? 本当に掴めない子だ。ここまで予測ができない人間がいるなんて、思わなかった。
「じゃあ、何て呼べばいいの?」
「そうだねえ……ねえ、君の名前、なんていうの?」
私はついそんなことを聞いてしまった。名前なんて、ハッキングした時点でわかってるし、聞いたって何の意味もない。でも聞いてしまった。なんでか私は、この子から直接聞きたいと、そう思ってしまったのだ。
「佐丈晴明だよ」
「私は篠ノ之束、君が散々弄んだ白騎士をつくったのが私だよ」
「じゃあ、シノノノ博士?」
「うん、ま、それでいいよ」
晴明、はるあき……だから、はるるんかな? なんて、もう会うかもわからない子のあだ名を、私はなんでか考えだしていた。
……この子は、これからの未来をどう思うんだろう? これからISによって変わる……私が変える世界を、どんな目で見るんだろう? 私は柄にもなくセンチな気分で、そんなことをこの子に、最後に聞いてみようと思った。
そして聞いたら、この子に会うのはもうやめようと思った。この子といたら、今の私が保てなくなるような、そんな気がしたから。
「ねえ」
「うん?」
「君は、あの白騎士をどう思った? ああいうのが世界中にあって、女の人が偉くなる世界。それをどう思う?」
「えっと、ああいうのが、たくさんある世界ってこと?」
「うん」
「うーんとね……」
この子は、なんて思うのかな。面白そうと思うのかな? 失望するのかな? それとも……
「あれより実写バンブルビーの方が一万倍かっこいいと思った」
「よし戦争だ。絶対許さねえ」
「あ、おい束! どこ行ってたんだ!」
「あ、ちーちゃん」
家から出てしばらく歩いていたら、血相を変えて私を追いかけてきたちーちゃんがいた。
「おい、早まったことはしてないだろうな! いくらなんでも子どもに手をかけるなど……なんだすごい不機嫌だな、どうした?」
「別に!」
……ムカつく。
ムカつくムカつくムッカつく! あのガキッ! ただのジャリガキのくせに! こともあろうに天才束さんの発明にダメだしするとか! なんだよあのジャリボーイッ!
今に見てろ! ぜっっっっっったいに! アイツが自分から乗りたいって土下座して懇願してくるようなもの造ってやる! そして何が何でもアイツの厚い面を崩してやる!
「おい待て束! そんなに急いでどこに行くんだ!」
「T○UTAYAッ!」
「なんで!?」
まずは情報収集だ。アイツの好みの造形からツボに感じるポイントまで、全部隅々に渡って調べてやる。私にあんな挑発したこと、絶対後悔させてやるんだから。
今に見てなよ、はるるん……。
――きよたん視点
「という経緯で、アニメやら映画やらゲームやらに触れてるうちに、いつの間にかはるるんと同じ沼にハマっていって、気づけばこんなんなっちゃったってわけ」
「は、はぁ……」
はぁとは言うものの、正直ちょっと話についていけてないのが現状だった。何というか……晴明君、その頃から全くぶれないんだな。
「あの、それで結局、晴明君をつくったメカに乗せたりはしたんですか?」
気になったのか、かなが博士にそう聞く。
「乗せた乗せた! たっくさん乗せたよ! 特に金田のバイクに乗せたときは大はしゃぎしてさ。あ、第9地区のエグゾスーツも凄い興奮してたなー! あれは足のギミックにこだわってさー!」
「え、ええと……」
あ、これ長くなるやつだな。かなはしまったと思ったのか、私たちに申し訳なさそうな顔を向けた。まあ、ロボットの話はよくわかんないけど、このはしゃぎようを見ると、彼女の言うギャフンと言わせることができた。ということでいいんだろうか。
「あの~」
「いや~あの脚で飛び跳ねる様はまさに便所コオロギ……ん、なに?」
と、その話を遮って、本音が博士に質問をした。なんだか、少しだけ真剣な、というよりは、不安な表情に見える。
「さーたんはこの世界のこと、実際どう思ってるんですか?」
「ああ……」
その言葉に私もかなも身体を強張らせた。そうだ、束さんが聞いたときは、結局はぐらかされたんだよね。
やっぱり、男性としては今の女尊男卑は嫌なんだろうか? それとも、自分はISを動かせるから、このままでもいいと思ってるんだろうか? ……晴明君の決定的な主張や主義って、聞いたことない気がする。それどころか、家族のことも昔のことも……考えてみれば、晴明君のこと、何も知らないんだ、私。
そう考えていると、篠ノ之博士は少し目を細めて、懐かしむような口調でこう答えた。
「……あくまで私の憶測なんだけど、多分、はるるんはこう答えると思うよ」
「『さあ?』って」
――さーたん視点
「たく、思ったより厄介な人だったな」
「最後なんて寝転がってダダこね始めたよね……」
「最後のあれセミファイナルみたいでしたねアニキ。
「ニッチな単語知ってんなアンタ」
何とか酔っぱらいを警察に届けた織斑とシャルロット君、ラウラさん、そして俺は、待っている清香さんたちに合流すべく、ショッピングモールを歩いていた。
これから水着を買いに行くらしい。男1人だと居場所がないと思っていたところだから、織斑を道連れ……ではなく、一緒に来てくれるのは正直助かった。
「……ん?」
と、考えていたところ、ふと、横におもちゃ屋のショーウインドゥがあったので目を向けると、そこにはずいぶんと見覚えのあるものが置いてあった。
「どうしたの佐丈く……うわ、何その灰色のカメムシみたいなの……」
「シャル、これはスタースクリームだよ、実写版の。けど、目覚まし時計なんだなこれ。シュールだな……」
「俺、これじゃないけど、アニメ版のスタスク持ってるんだよなー」
「まだ持ってるんですか?」
「実家にね。一回壊れたけど、また新しく作ってもらったんだよなー」
「作ってもらった? 買ったんじゃなく?」
「うん」
「誰につくってもらったんだ?」
「それはな……」
「火星人のおばさんにだよ」
Q 束博士が好きなのは?
A ス コ ル ポ ノ ッ ク
全然関係ないですけど、ゲーム版のISにグリフィン・レッドラムって子が出たらしいですね。
素敵な風穴あける性格なのか、それとも気が狂ってホテルで斧ぶん回す性格なのか不安でしたが、姉御気質なお姉さまでとても素敵だと思いました。
まあゲームやってないけどな!
次回はようやっと臨海学校です。次回もお付き合いいただけたら幸いです。