――きよたん視点
篠ノ之束博士。私は、というか、IS関係者なら絶対に知っている名前だと思う。ISの生みの親であり、現在のISコアを全て一人で製造した、まさに世で言われるような天才科学者で、そして現在は逃亡中で行方不明。まさに今のIS社会を作ったともいえる、凄い人だ。
授業や教科書で習っていたから、知識としてはわかっていた。けれど正直言うと、あんまりにも凄い人過ぎて、現実感がないというか、私みたいな一般人は一生会うこともないだろうなと、そんなふうに思っていた。
だから、今の光景に、晴明君が突然現れた篠ノ之博士にハグをされてる今の光景に、私は声が出せないでいた。
「え、あ……え!?」
「いや~久しぶりだね、はるる~ん! こんなとこで会うなんて、もしかして運命?」
「運命というより
「ビデオと生はちがうも~ん。こうやって抱きしめることも出来るし」
「あの、そろそろ離してくれませんか? なんか柔らかいものが……」
「うりうり~」
突然の事態に全く身動きができない私たちを置いてきぼりに、仲が良さそうにじゃれ合っている2人。なんでかはわからないけど、すっごくもやもやする光景だ。
「晴明君、この人って……」
「ああ、この人は……」
「ふふーん、そう! 私が天才束さんだよ!」
一番最初に思ったのは、博士が予想とはだいぶ違っていたことだ。何というか、ISの開発者って話だったから、もうちょっと博士っぽい、高齢な人を想像してたけど、見た目20代前半くらいだ。
……というか、スタイルがすごい。ジャージ姿でもわかるバランスの取れた体形は、同性の私でも目を引いてしまう。そしてみる度に自分と比べて敗北感をくらってしまう。くっ……。
「あの、そろそろ……」
「ダメ―。足りないハルニウムを充電してるんだから」
「絶対日常生活でいらないっすよそれ」
……あと、なんであんな仲良いのあの2人? ただの知り合いって感じじゃ絶対ないよねあの距離感。……なんだろう、なんか、見てるだけでもやっとする。
そう思ってるのはかなも同じみたいで、あの子も何とも煮え切らないような表情をしていた。
「……で、何、君たち?」
「「ッ……」」
さっきまでの明るい表情とは一変、まるで虫でも見るみたいな冷たい目と、凍てつくような声を突然私たちに向けてきて、一瞬身構えてしまった。なんでか本音は全く意に介してないみたいだけど……
「は、初めまして。わ、私たち晴明君と、同じクラスで……」
「……ふーん、『晴明君』ね」
な、なんだろう、何だかわからないけど、とりあえず嫌われてるってことはわかる。『晴明君』と呼んだのが気に入らないらしいけど……
「……ねえさーたん、さーたんとこの人ってどういう関係なの?」
さっきまで黙っていた本音が、前に出て私たちが気になっていることを聞いてくれた。
「どういうって言われてもなあ……なんて言やいいのか……」
「そうだよねー。言葉では言い表せないくらい複雑に絡み合っちゃってるんだよねー!」
「「!?」」
その言葉に、私もかなも驚きが隠せなかった。ふ、複雑な絡みって、どんな……
「……さーたん?」
「ん?」
「つまりどういうことか説明してもらえるかな?」
「んーそうだなー」
そしてなんで晴明君はあんなに平然としてるの!? 普通こういうのって少しは焦ったりするもんじゃないの!? 一体どういう関係なのさホントに!?
そう思っていると、ボーデヴィッヒさんが晴明君に近づいて、何故かキラキラした目で晴明君に聞いた。
「篠ノ之束……アニキ、やっぱりこの人があの……」
「ああそっか、ラウラさんは博士のファンだっけか」
「ふーん、そうなんだ、ま、興味ないけど」
そう言いながらも少し得意げな顔の篠ノ之博士。でもボーデヴィッヒさんがファンだって言うのはすごく意外だ。
「はい、アニキから篠ノ之博士の伝説を聴いて以来、すっかりと……そうですかあなたが……」
「そう、この人が……」
「湘南の海辺でカップルの男の方に『誰よこの女! 私とは遊びだったのね!』と言ってカップルを別れさせるクソみたいな嫌がらせをしてるというあの篠ノ之束博士!」
「ああ、クリスマスにリア充の前で牛丼を頬張ってムードをぶち壊しにするクソみたいな遊びをしたというあの篠ノ之束博士だ!」
「待って!? どこ情報!?」
「私はアニキから聞きました」
「俺は博士のお母さんがtwitterで拡散してたのを見ました」
「バッバァーァァァアア!」
あれ、なんだろう。さっきまであんなに恐かったのに途端に恐くなくなった。むしろ、なんだろう……この感情は何だろう…………同情……?
「あの、晴明君、篠ノ之博士ってもしかして……」
「ああ、かなりんさんの予想通り、博士は『カップル共同垢とかやっちゃってるやつらを撲滅しようの会』を発足するくらいにリア充が嫌いな人でな」
「いやそこまで具体的な予想はしてないけれど……あーでもそういう……ふーん」
「なんだよその目はガキ! 言っとくけど全然羨ましくなんかないし! むしろあんな群れて社会に踊らされてるやつらの方がよっぽど哀れだよ!」
「無理しなくっていいんだよ~おばさん」
「なんだこのピカチュウは殺すぞ」
「あ、あと最近、博士が高校の時に『ブッピガァン!』とか言いながらガンプラで遊んでた時の動画も、お母さん載せてましたよ」
「ババア……チクショウなんなのさあのババア……実家に帰ってもそうだ、何が定職につけだよ……こちとら逃亡中なんだっての、ウウッ……」
そう言いながらうなだれてしまう篠ノ之博士。ジャージ姿も相まって哀愁が凄まじいことになっている。
「ね、ねえ晴明君、そろそろ移動しない。人も集まってきたし、正直いたたまれないんだけど……」
「完全にクビになったOLみたいになってるしな……そうだね、とりあえずあそこのファミレスに移動しよう」
「う、うん」
いつまでも往来のど真ん中でこうしているわけにもいかないので、私たちは篠ノ之博士を慰めて、ファミレスで一息つくことにした。
……水着、見てもらいたかったな……
――ファミレス
「落ち着きました、博士?」
「うん……ありがとうはるるん。私に優しくしてくれるのはいっくんとはるるんだけだよ……」
水着を買いに来たつもりが、いつの間にか篠ノ之博士を慰める会になってしまって数十分。何とか落ち着きを取り戻した博士を交えながら、私たちは博士にいろいろ聞いていた。
「じゃあ、ホントに晴明君とはその……ただの友達なんですね?」
「うん、そうだよ。はるるんが珍しく女の子たちといたから、つい意地悪したくなっちゃって……」
さっきとは打って変わってしゅんとしてしまっている博士。でも気持ちはわかる。私だって晴明君が知らない女の子と一緒にいたら……うん、いやだ。
「……前々から気になっていたんだけど、さーたんって、どこで篠ノ之博士と知り合ったの? やっぱりおりむー経由?」
ふと、本音がそんなことを口に出した。確かに、それは私もずっと気になっていたことだ。
「あーいや、実はさ……織斑より先に、博士と面識あったんだよ」
「え、そうなの?」
意外だ。つまり晴明君と篠ノ之博士は、完全に初対面から今の状態になったってことだ。気難しそうな人だし、織斑君っていう接点がない以上、どうしてこうなったのか、全然予想もできない。
「……あの日のことは忘れもしないよ」
と、篠ノ之博士が神妙な口調で話し始める。それは懐かしむような、はたまた辟易してるような、そんな何とも言えない表情だった。
「白騎士事件は知ってるよね?」
「「「!……」」」
その言葉に、晴明君以外の全員が息をのんだ。
白騎士事件、これを知らない人は多分いないだろう。ISが、現行兵器全てを凌駕することを世界に知らしめた事件。
もう何年前になるだろうか、日本を攻撃可能な各国のミサイル2341発。それらが一斉にハッキングされ、制御不能に陥り、日本は大混乱になった。けど、突如現れた白銀のISを纏った一人の女性によって、それは無力化された。その後も、各国が送り出した戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基を、一人の人命も奪うことなく破壊することによって、ISは「究極の機動兵器」として一夜にして世界中の人々が知るところになった。そして「ISを倒せるのはISだけである」という篠ノ之博士言葉と、その事実を、世界は受けいれざるを得なかった。そう、教科書には書かれている。
「……白騎士事件と、何か関係あるんですか?」
私がそう聞くと、篠ノ之博士は重苦しいようなトーンで、言った。
「多分あんなことをしたのは、世界中ではるるんだけだよ」
「あんなこと……?」
「そう、あんなこと……」
「あんな時に白騎士事件の画像を使って『白騎士クソコラグランプリ』なんてもの始めたのは、世界中ではるるんだけだよ」
「前々から思ってたけど、晴明君ってバカなの?」
「ちなみに優勝に輝いたのはハンドルネームGtndさんが作った『止まらない白騎士BB』だ」
「聞いてないよ? 聞いてない」
「ほらこれこれ」
『勝ち取りたい! ものもない!』
「聞いてないって」
いつものことだけど、なんなんだろう晴明君って。あれかな? 真面目に取り組むと死んじゃう病気か何かなのかな?
「まあ、それがきっかけで、ブチギレた博士が主催者の俺のところに乗り込んできてさ、その後、紆余曲折あって今に至るって感じ」
「あんなに心の奥底から『は?』て気分になったのは後にも先にもあの時だけだと思うよ」
「その状態から仲良くなれるさーたんって相当だよね」
「まあ、色々あったしな……」
どこか意味深な雰囲気で、そんなことを言う晴明君。色々っていうのは、どういうことなんだろう?
と、そんなことを考えていると、突然プルルルっという着信音が響いた。どうやら晴明君の携帯みたい。
「と、失礼……もしもし、織斑? どうしたんだよ?」
『ああ晴明、今レゾナンスにいるんだよな?』
「そうだけどどした?」
『助けてくれ! 今シャルと一緒なんだけど、なんか終電でゲロ吐いてそうな女の人に絡まれてるんだ!』
「ごめんちょっと意味わかんない」
『ええとなんて言えばいいのか……あ、ちょっとやめてください、ちょっと!』
『うおお何が愛社精神だ! タイムカード押させたんなら帰らせろやァァァア!』
「うわぁホントだ終電でゲロ吐いてそう……うん、わかったすぐ行く、場所は……うんわかった待ってて」
ひとしきり電話が終わったらしく、晴明君は携帯を切った。なんか叫び声が聞こえたけどなんだったんだろう……
「あー……ごめん、ちょっと織斑と会ってくる。先に水着売り場行っててくれ」
「え、どうしたの?」
「ちょっと哀しい社会人の相手をしなくちゃいけなくなった」
全然意味がわかんないけど、急を要することは確からしい。
「大丈夫だよはるるん、私がこの子たちの相手してあげるから。そんなにかかんないよね?」
「でも……」
「別にいーよー、お目当ての映画はもう見たし、それに、はるるんと一緒じゃないといやみたいだよ。この子たち」
「ッ……!」
不意にそんなことを言われて、私たちは顔を伏せてしまう。でもそんな中でも晴明君はただ首を傾げるだけだった。
「?……まあいいや、じゃあ行ってきます」
「お供しますアニキ」
そう言って晴明君はボーデヴィッヒさんを連れて、足早に店を出た。残ったのは、私たちいつもの3人と、篠ノ之博士。
「……聞きたいって顔してるね」
私たちの考えなんてお見通しだ。そう言っているかのように、篠ノ之博士は不敵な笑みを浮かべながら、私たちをじっと見ていた。
「……あの、さっきも気になってたんですけど、どうしてあんなにさーたんとなかよくなったんですか?」
「うーん、なんて言えばいいのかな……はるるんはね、私が唯一予測できない人間なんだよね」
「晴明君が……?」
「うんまー、そうだね……じゃあ、気になってるみたいだし、お邪魔しちゃったお詫びに、もうちょっと詳しく……」
「昔話を、しようか」
さーたんは音割れ白騎士で準優勝しました。おりむーは存在は知ってましたが、何故か千冬様に全力で阻止されたので参加してません。
次回過去編です。次々回には臨海学校に入りたいと思います。