――さーたん視点
……あれ、どこだっけここ? 俺は何をしてたんだっけか。
『なんで生きてるんだ、お前?』
妙に視界がぼやけるなかで、目の前のやつはそんなことを言ってきた。小学生くらいの男の子だ。どっかで見たことがある気がする。
『気持ち悪いから学校来ないでほしいんだけど』
場面が変わる、今度は女の子だ。本当に気持ちの悪いものを見るような目と、後ろの女の子が泣いているのを見るに、どうやら俺が原因で泣いてしまっているようだ。
『お前がいるだけでみんながいやな思いしてんだぞ、わかってんのか?』
今度はまた男の子、でも違うのはもう少し派手めで、数人いることだ。彼が手や足を動かすたびに、痛みと吐き気に襲われることから、なるほど今は叩かれているのだとわかった。
『なんとかして仲良くしなきゃだめよ? せっかくみんなが我慢して歩み寄ってくれてるんだから』
次は大人の女の人だ、この人は知ってる。確か学校の先生だ。それはなんとなくではなく、単純に記憶の片隅で覚えいていたからわかった。
……というよりも、今まで見た人は全部、どこかで知ってる顔だ。誰だったっけ?
『……ごめんね、ごめんね』
また場面が変わった。今度は少し老いた女の人が、俺を見て泣いている。……そうだ、確か、昔の母さんだ、この人は。
『産んでごめんね』
……ああ、そうか、思い出した。
今までのは全部、昔の……
――――――――――――
「……む?」
気が付くと、いつもの寮部屋のベッドにいた。窓からは鬱陶しく朝日が差し込んできていて、今が朝だということを否応なく知らせてくる。頭が回らない……のは常時そうだけど、いまだ盛大な眠気に支配されてるのを考えると、さっきのは夢だったのだろう。
「ずいぶんとまあ、懐かしい……」
多分、中学に入る前の頃を夢に見ていた気がする。目が覚めた途端みるみる夢の内容を忘れていったから、確かなことは言えないけど。
「……ん? あら?」
と、ここまで考えていて、体にある違和感を覚えた。前の激戦で千切れかけた腕の感覚が戻っているのだ。逆に体の痛みはきれいさっぱり無くなっていた
「なんだ?」
もしかしてと思い、腕のギプスを外してみた。中にあったのは、傷など一つもない、俺の両腕だった。
……ただ、何故かところどころ皮膚の色が違う。いやに血色が悪いのは気になるところだけど。
今度は体の包帯をとってみる。こっちも腕と同じく、傷が塞がっているし、肌がところどころ青白く、壊死しているようだった。どっちも治ったというよりも、接着剤で無理やりくっつけたみたいな、そんな感じだ。
なにがなんだかわからない。治るのは大分時間がかかると聞いたし、いくらなんでも昨日今日で治る傷じゃないくらい、俺にだってわかる。
……まあ、別に治ったこと自体に文句はないけどさ。怪しさ満点だけど、治らないよりはずっといいだろう。
「ん……あれ? 晴明、珍しいな、お前がこんな早く起きるなんて」
俺がごそごそしてると、隣のベッドで寝ていた織斑が、もそもそと布団から起き上がる。そういえば言ってなかったけど、俺は織斑と同室になった。シャルル……いやシャルロット君がカミングアウトをしてから、山田先生がまた部屋割りを調整したらしい。
ちなみに、同室だった清香さんはかなりんさんと同室になったそうだ。
「あ、ああ、おはよ、織斑」
「おー……てあれ!? お前腕治ったのか!」
俺の腕を見て織斑は驚く。無理もないだろう、俺だっていまだ信じられんのだし。
「ああ、なんか治ったんだよ」
「治ったんだよって……いくら何でもおかしくないか?」
「確かになんかおかしいけどさ。まあいいんじゃねえの? 治んないよりかはマシだし」
「適当すぎるだろ……一応、医務室には行っとけよ」
「ああ、そうだな…………あ、そういえば今何時だ?」
「え? あ、やべ!」
織斑が部屋にある時計を見ると、時刻はもうSHRが始まる直前の時間だった。これはやってしまったかもしれない。ここまでいくとどうあがいても間に合いそうにない。そして今日の1限目は体育だった気がする。あ、やべえもう一気に行く気失せた。
「……なあ織斑、なんかもう急ぐ必要がなくなってきた気がする」
「頭沸いてんのか脳に蛆でも湧いてんのかどっちだ? 遅刻したら千冬姉にどんな折檻されるか、わかったもんじゃないぞ」
「いいかよく聞け織斑、どうせこのままじゃどんなに急いだって遅刻は確実、そうだろう?」
「そうだよ、だから少しでも遅れを軽くしなきゃ……」
「この学校は1分だろうが1時間だろうが遅刻は遅刻として扱われる、情けはない。……そこでだ織斑、逆に考えるんだ、『ゆっくり朝を満喫しちゃっていいさ』と」
「は……! そうか、気づきもしなかった、いや思考にすら入ってなかった。晴明、お前天才かよ……!」
「ところで織斑、ここに先日ラウラさんからもらった本場ドイツのパンとチーズ、ハム、そして白ソーセージがあるんだけど?」
「晴明、お前ってやつは……! 待ってろ、今作ってくる!」
「楽しい朝になりそうだなぁ、織斑!」
「ああ!」
そして俺たちは、豪華な朝食を堪能し、その後セシリアさんからもらった紅茶で、優雅なTea Breakを楽しんだ。30分後くらいに、羅刹みたいな顔をした千冬様が来て死ぬほど殴られた。
――翌日
「うう、まだ痛い……たく、ひでえ暴力教師だなあの人も。生徒に暴力はいけないだろ普通に考えて……」
「さーたんすご~い! 私、ここまで自分の義務を果たさずにただ権利だけピーチクパーチク主張する人初めて見た~!」
「すごいガチに心を抉ってくるワードを選ぶなお前さんは。びっくりしたわ」
今、俺の隣には本音さんがいる。最近わかったんだけど、この人はこういうことを嫌味とか皮肉じゃなく本心で言ってくる。つまり純度100%の毒だ、怖い。
「まあ、千冬様には今更な気がするけどね……」
「ふふ、でも、わざわざ部屋に行くくらいなんだから、やっぱり気にかけているのよ、2人のこと」
そして、前の席には清香さんとかなりんさんが座ってる。そう、俺は今、女の子3人と街に向かうモノレールの中にいた。
なんで普段インドア派の俺が休日にそんな陽キャみたいなことしてるかと言うと、ことの発端は清香さんとの昨日の話に遡る。
なんでも、そろそろ迫ってきた臨海学校に向けて、水着を買いに行きたいのだそうだ。最初は2人で行く予定だったんだけど、聞き耳を立てていた本音さんとかなりんさんも加わることになり、現在の形になったわけだ。その時に清香さんがちょっとムスッとしてたのが気になるけど、まあいいだろう。
ちなみに俺は来るべき新作に備えて織斑とスマブラをするはずだったのだけど、それを言ったら普通に却下された。解せない。織斑もシャルロット君に同じような約束をとられたらしい。さてはアイツまたフラグ建てやがったな。
「でも晴明君、ホントに治ったんだね、怪我」
「ん? ああ、見てみろよ、傷ひとつないぜ。医務室にも行って見せてみたけど、異常はなかった。この肌の変色も、一時的なもんらしいし」
「でもいくら何でも急すぎない? ちょっと変よ……」
「それなんだけど……そのことで医務室の先生に聞いてみたら、俺のISのせいなんじゃないかって」
「ISの?」
俺の言葉に、少し驚いたように本音さんはこっちを見た。
「そう、試しに山田先生にメンテナンスしてもらったら、治る直前の夜に、俺のラファールに起動した形跡があるみたいでさ。コイツのワンオフなんちゃらなんじゃないかって言ってた」
そう言って俺は、待機形態である首輪になっているラファールを触った。未だコイツには謎が多い。ただの量産機のはずなんだけど、どうにもそう思えない時があるのだ。そもそも普通は待機形態に首輪なんてないらしい。なんていらないオリジナリティなんだろう。
「ワンオフアビリティーです、アニキ」
「何の脈絡もなく登場するね、君は」
「うわ!? ボーデヴィッヒさんいつのまに……」
声のした方を見ると、いつの間にかラウラさんがいた。何気にこの人の私服姿は初めて見た気がする。少しひらひらしたシャツ(確かヘムラインと言ったか)にデニム生地のホットパンツという実に俺好m……じゃなく、オシャレな格好だった。
「う、かわいい……」
「……負けたかも」
清香さんとかなりんさんは、ラウラさんの女子力を前におののいているようだ。ちなみに清香さんはノースリーブのTシャツと7分丈のジーンズ、かなりんさんはシンプルに白いワンピースという出で立ちだ。どっちも俺はいいと思うんだけどな。そして本音さんはダボダボ袖にダボダボ裾の薄手のセーターだ。暑くないんだろうか。
「ボッチーも買い物~?」
「いや、アニキが街に出ると聞いたのでな。ちょうど今日だけ限定上映しているこの『決戦! ゾンビ・シャークVS宇宙キノコ職人』に誘おうと思って」
「待ってなにそれ、詳しく」
「これ以上ないくらい食いついた!?」
いや、だって考えてもみてくれ。『決戦! ゾンビ・シャークVS宇宙キノコ職人』だぞ? タイトルでもうZの烙印がつけれるじゃないか。しかもゾンビとサメとキノコだぞ? 欲張りセットにもほどがある。中身はさぞ深い
「……ねえみんな」
「ダメ」
「ダメよ」
「ダメだよ」
ですよね。と、そう思いながらも、モノレールはその走行を止めることなく、気付けば町はもう目の前に見えていた。
――下車
「なあ、みんな水着選んでる間にさ、俺はゾンビ・シャークを……」
「いい加減諦めてよ! ていうか、私たちの水着姿よりそのわけわかんない映画の方が優先順位高いの傷つくんだけど!」
「観念しましょうアニキ、私もお付き合いしますので。きっとブルーレイ出ますよ……」
出るかなあ……出たとしても近所のレンタルビデオ屋には絶対入荷しない気がする。
「……晴明君は、興味ないの? 私たちの水着姿」
「いや、それは……」
かなりんさんはからかうような蠱惑的な笑みで、俺を見てくる。……興味はもちろんある。けれど、その問いは正直隠キャの属性に値する俺には、あまりにも答えにくいものだった。
「あのかなりんさん、距離近いんですけど……」
「晴明君って、普段はおちゃらけてるくせに、こういうことになると耐性ないわよね」
そう言うとかなりんさんは、更にその距離を縮めてくる。ヤバイ、近いし当たるしいい匂いするし、なんというかその、ヤバイ。
「ッ……ほら、遊んでないで行くよ!」
「え、あ、はい……」
「……ふふ」
清香さんの声で、かなりんさんは離れて、再び歩き出した。……あの人、ホントたまに何考えてんのかわかんねえんだよなあ……
駅のホームを出てすぐ、俺たちは超大型のショッピングモールに来ていた。このショッピングモールの名前は『レゾナンス』。食べ物は和、洋、中全てあり、衣服もレジャーもすべてそろっており、質を問わなきゃ何でもある。食う者と食われる者、そのおこぼれを狙う者。牙を持たぬ者は生きてゆかれぬ暴力の街。あらゆる悪徳が武装する『レゾナンス』。ここは百年戦争が産み落とした地球のソドムの市。どっかの誰かの躰に染みついた硝煙の臭いに惹かれて、危険な奴らが集まってくる。次回『出会い』
「苦いコーヒーでも飲むかな……」
「どうしたのさいきなり……」
「いや何となく。で、水着って、どの店に行ってどんなの買いたいんだ?」
「うーん、そうだな……かなと本音はどこ行きたい」
「あ、私ここのブランド一回見てみたいのよね」
「ねえねえ、このお店かわいいよ~」
「えー私はここがいいなー」
やいのやいのと、ショッピングモールのパンフレットを見てはしゃぐ女子3人。ということはあれか、決まってないで来たのか。
「女子の買い物とは往々にしてああいうものですアニキ」
「俺、やっぱりいらなくない?」
まあ確かに見てるだけというのも楽しいけど、どうにもついていけそうにないなあ……そうだ、こんな風に俺がいなくてもことは済みそうだし、俺はゾンビ・シャークを見に……
「一緒に来なきゃだめだよ、晴明君?」
「……」
行こうとした途端に、清香さんに釘を打たれた。そこで、ラウラさんが俺に耳打ちしてきた。
「まあまあアニキ、その気になれば、アニキのチョイスでどスケベな水着を着せられるかもしれないんですよ?」
……しゃーない、そもそも最初からそう言う約束だったわけだし、荷物係にでも徹するかね。
別にあれだぞ? 乗せられたわけじゃないぞ? 何も期待なんかしてないぞ?
「……ん?」
と、そこでふと、道行く人の群れの中に、何だか見覚えのあるような人が見えた。誰だっけと思って目を細めて確認しようとしたが、次の瞬間にはもう、人の波に消えてしまっていた。
「どしたの、さーたん?」
「いや、なんか知り合いがいた気が……」
なんだろう、さっきのジャージ姿、どっかで……
「お探しの人は私かなー!」
「ぶふ!?」
「「「!?」」」
ああ、そうだ思い出した。この声、このテンション、そしてこんな風にタックルまがいの抱き着きを俺にしてくる女性は、1人しか知らない。
「……お久しぶりです、博士」
「はろはろー、はるるん! マイフェアボォーイ!」
そう、篠ノ之束博士、その人だ。
……あ、ゾンビ・シャークのパンフレット持ってる! 後で感想聞こっと!
もう鮫とゾンビが融合すればいいと思う(作者の理想)