--でゅっちー視点
僕の正体がばれて少し経って、今は月曜の朝。僕は一夏と佐丈君の、2人と一緒に学校の廊下を歩いていた。
正直な話、今でもどうすればいいか分からない。この2人はここに残れって言ってくれたけど、もし、ことの顛末がデュノア社に知られて、父が何かしらの手を打って来たら……と思うと、不安で仕方なかった。
「ふむ、そいつは蟲の仕業ですな」
「ギンコさんだろ? 晴明の声似てるな」
「ああ、何か言われんだよな。ほら次、織斑だぞ。お前の十八番を見せてくれ」
「ああ、見とけよ見とけよ! ンンッ……ユニコォォォオン!!」
「朝っぱらから何やってんの?」
「オマエ自分でふっといておまえ」
……そんな僕の不安を全く意に介さないように、前にいる2人の男子は僕をそっちのけでアニメのキャラクター当てクイズをやっていた。この2人と一緒にいると、なんだか真剣に悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてしまう。
というか、自分からやらせといてその反応はあんまりだと思うよ、佐丈君……
「なんですって!? それは本当ですの!?」
「嘘じゃないでしょうね!?」
1組の教室について、ドアを開けようとしたら、教室の中からそんな声が聞こえてきた。この声は凰さんとオルコットさんかな? 何を話してるんだろう?
「なんの話してんだ?」
「凰のやつもいるな」
気になりながらも、僕たちは教室の中に入った。そしたら、次はより明確に、その話の続きが聞こえてきた。
「本当だってば! 月末の学年別トーナメントで優勝すれば、織斑君と付き合えるのよ! 学校中で噂よ!」
「……え?」
聞こえてきた内容があまりに突飛なものだったからか、僕は思わずそんな声を出してしまった。
「ふーん、そんなことになってんのか」
「「「きゃあッ!?」」」
佐丈君の声を聞いてやっと僕たちの存在に気づいたのか、彼女たちは短い悲鳴をあげて、僕たちの方を振り向いた。
でも付き合えるって……多分そういう意味だよね? 一体どこからそんな話が? そう思いながら、僕は一夏の方を見た。
「? どうした?」
「……あ、ううん、なんでもない」
けれどそれに対して一夏は、キョトンとした顔でこちらを見返すだけだった。心当たりゼロのようだ。
「は、晴明! アンタいつからいたのよ!」
「れ、レディの話を盗み聞きするなんて、紳士のすることではありませんわよ!」
「へーへーすいませんね。でも、なるほど……『付き合える』ね……」
どこかその意味を咀嚼するように、佐丈君はその言葉を呟いた。チラリと一夏と凰さんたちを交互に見る。その時の顔は、心底面白がっているようにも見えた。なんだろう? 佐丈君だけは、ことの真相を知っているのだろうか?
「な、何よ。気味悪いわね」
「いや別に? まあ、応援してるよ。凰様」
「……ふん」
佐丈君のその言葉で、凰さんはどこか照れくさそうにそっぽを向いた。けれどその顔はどこかまんざらでもなさそうだ。
「……」
「?」
なんだろう? 席に座っている篠ノ之さんがこちらを見ている。話しかけようかとも思ったけど、僕と目が合うと、彼女はすぐに目をそらしてしまった。なんだったんだろう?
「なあ晴明、結局なんの話だったんだよ?」
「察せ。まああれだ、織斑もトーナメント頑張れよ」
「あら、晴明さんも参加なさるのでしょう? そんな他人事みたいにしてていいんですの?」
「俺はあれだよセシリア嬢、その日は腹痛になるから参加できないんだ」
「さぼる気満々じゃないアンタ……」
と、そんな会話の直後に、朝のチャイムが学校に鳴り響いた。話していた人たちはそれぞれ自分のクラスに帰り、それで朝の喧騒は終わった。
……学園別トーナメントかぁ……あまり目立つことも出来ないし、僕もさぼっちゃおうかな? なんて、らしくないことを私は考えていた。
--さーたん視点
「マ~タ~ドコーカーデーオナージー♪ コエ~ガ~シ~タァッテ♪ ソノーマーマーデイーイー♪」
時刻は少し経ち、今は授業の合間の休み時間、俺は学校をダラダラと歩いていた。え? 次の授業があるのにそんなにゆっくりしてていいのかって?
……次の授業は格闘技能の授業、すなわち体育だ。あとは言いたいことはわかるだろう?
「なぜこんなところで教師など!」
(……なんだ?)
どこか授業が終わるまでサボれる場所はないかと探していると、曲がり角の方から声が聞こえた。この声は、ラウラさんかな?
「何度も言わせるな、私には私の役目がある。それが理由だ」
「このような極東の地で、なんの役目があると言うのですか!」
俺は隠れて、声のする方をそっと見てみた。どうやら一緒にいるのは織斑先生のようだ。なんかずいぶんラウラさんに詰め寄られてるけど、どうしたんだろうか?
「お願いです教官、我がドイツで再び指導を、ここでは教官の能力の半分も生かされません」
「織斑先生とよべ。何故そう思う?」
「この学園の生徒は教官が教えるに足る人間ではありません。意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしています。この前だって、『ISスーツでかわいく見せるワンポイント☆』などという記事がインスタで流れ、それを見てキャーキャー騒ぐ始末……それを見て私はやつらへのフォローを外しました」
「お前もやってんじゃねーかインスタ」
千冬様ちょっと素になっちゃってんな。ていうかラウラさんインスタやってたのか……女子がやりそうなもん軒並み全部手だしてんなあの人。
「大体、そうは言うがな、私にとってはこの学園の生徒も、お前ら黒兎隊も、まだ自分の殻を破れない、同じ小娘だよ」
「な、なにを言うのですか!? 我々はこの学園の生徒のように、チャラチャラしたことにうつつを抜かしたりしません!」
「昼飯写メしてアップロードしてくるんだよあいつら。お前わかるか? ウィダーinゼリー片手に残業してるときに、クラリッサのアホから『白ウインナーなう』ってわざわざ日本語で送られてきた時の私の気持ちがわかるか?」
「ああ、ベルリンのあのお店ですね。あそこはポテトも美味しいですよ」
「昼飯にうつつ抜かしてるじゃねーか。チャラチャラの代表格みたいなことしてるだろうが」
どうなってんのドイツ軍は一体? それホントにドイツ軍なの? ドイツ軍という名の女子会じゃないの?
「とにかく、私は戻らん。今の私はIS学園の教師なのだからな」
「……わかりました、ではこちらにも考えがあります」
ラウラさんがそう言ったと思ったら、突然パシャッと、カメラのシャッター音のような音が鳴った。見ると、どうやらラウラさんが携帯で織斑先生を撮ったようだ。
「……まさか脅迫でもするつもりか?」
「ええ、通用するかはわかりませんが」
「ほう、面白い。やってみるがいいさ」
「はい、先程の『カワイイISスーツ特集☆』の中に、フリフリのフリルまみれのISスーツがありました。それを写真加工で教官の顔にすげ替えて、『あの千冬様も愛用!』という記事に書き換えて、学園中、もちろん織斑一夏と佐丈晴明にも送りまs」
「ふざけんなお前。ふざけんなお前! おい寄越せその携帯!」
めちゃくちゃ効いてるじゃねえか。効果は抜群じゃねえか。学園と俺はともかく、織斑に送るってのが死ぬほど効いたんだろうな。なんだかんだあの人ブラコンだし。
「無駄です。データはすでに本部に送信されました。私以外の撤回命令は受け付けないよう言っています」
「き、貴様……」
千冬様も苦労してるんだな……そう思いながら、俺は当初の目的を思い出したのと、これ以上は首を突っ込むべきじゃないだろうという思いが交差し、2人にばれないようにその場をあとにしようとした。
「あ、はるあ……佐丈! ちょっとこっち来い!」
ゲェッ見つかった。クソ、ついてねえ……
「……なんですか、織斑先生?」
「ん? 佐丈晴明か、ちょうどいい。お前に話したいことがあったのだ」
「はあ、俺に?」
「今度の学園別トーナメント。私とペアを組め」
「……は?」
学年別トーナメントってあれか? 今朝クラスで話してた、優勝した奴が織斑と付き合うだかどーだか言ってたやつだよな?
「織斑一夏に精神的ダメージを与えるためには、お前とペアを組むのが一番効率的だ。拒否は許さんぞ」
「いやそんないきなり……てか織斑先生、トーナメントってペアとか組むんですか?」
「む、なんだ知らなかったのか? トーナメントでは2人組での参加が必須だと言って……それだ」
なにがそれなのだろうか? よくわからないが、千冬様のめんどくさそうなことを思いついたような顔を見ると、違うそうじゃないと言いたい衝動に駆られる。
先程と打って変わって、織斑先生はキリッとした表情で、ラウラさんの方に向き直す。
「ラウラ、そこまで私にドイツに戻ってほしいというのであれば、そんな姑息な手段を使わず、堂々と行動で示したらどうだ?」
「と言いますと?」
「今度の学年別トーナメントで、この佐丈とペアを組み、見事優勝して見せろ。そうすれば私も考えてやる」
「……私だ。先程の件なのだが、すまないがあれは撤回して……」
織斑先生の言葉を聞いて考え直したのだろう。ラウラさんはさっきの写真すげ替えを止めるよう、電話しているようだ。
「佐丈、ちょっと……」
「はい?」
言われるがまま織斑先生の近くまでいくと、彼女は俺の肩をガシッと掴み、俺に耳打ちしてきた。どうでもいいけどめっちゃ力強いこの人。
「いいか佐丈? ラウラは未熟だが、トーナメントでは十分優勝できる実力だ。このままだとまずい、何とかアイツに勝たせないようにするんだ。手段は問わん」
「アンタそれ教師の言うことじゃねーけどいいんすか?」
「うるさい黙れ」
うるさい黙れって言われた……
「とにかく何とかしてくれ、何か奢ってやるから」
「へぇ……そう言えば、裏通りに高級焼肉店ができたって聞きましてね。俺一回行ってみたいんすよね~」
「……牛丼でいいだろう?」
「あ、ラウラさん俺ちょっと腹痛で無理だわ。諦めてさっきの写真送信した方が」
「よーしわかった! 上ロースと上カルビもつけてやる!」
「……牛タンと上ミノ、あと馬刺しも追加で」
「き、貴様おぼえとけよッ……わかったそれでいい」
「アザース……ラウラさん、優勝目指して一緒に頑張ろう」
「無論だ」
かくして俺は焼肉の確約を取り付け、トーナメント出場を決意した。……さっきは腹痛で欠席すると言ったが、あれは取り消さねばいけない。何としても出場し、負けねば……
焼肉のために……
◇
「あ、さ~た~ん」
「おや、本音さん」
約束された惨敗の焼肉の予約を取り付け、少しウキウキしながら教室に戻っていると、本音さんが相変わらず、とてとてと歩いてこちらに向かっていた。
「どこ行ってたの~? 4限目からいなかったよね~?」
「いやガイアが俺にそこに行っちゃいけないって囁いてさ」
「バカじゃないの?」
すごい冷静に言われた……最近この人俺にきつくない? ピカチュウに嫌われたサトシってこんな気分なんだろうか。
「ま~いっか。それよりさーたん。今度の学年別トーナメントなんだけど~、まだ誰とも組んでないよね?」
「ああ、いや、もうラウラさんと組むことにしたぜ?」
「…………あ、そーなんだ」
……え、何この空気? なんでこんな重いの? おかしいな、本音さんがなんかすごくしゅんとしてるや。
「……なあ本音さんや?」
「……んー、なーにー?」
「なんか、意気消沈してない、どうした?」
「ベツニー……」
絶対別にじゃないよ、声弱々しいもん。びっくりするほど抑揚ないもん。聞こうとは思うが、その伏し目がちな顔が俺にそれを憚らせた。
ちなみにその後、清香さんとかなりんさんにも同じ話を持ち掛けられ、同じ言葉で返したら同じ反応が返ってきました。彼女たちの顔はなぜか私に罪悪感という手土産を残していったのです。敬具
ずっと前、一人焼肉に行きました。美味しかったです。周り家族連れとかカップルとか合コンパーティーとかだったけど美味しかったです。
……またお金入ったら行きたいな……