異世界の優しい平民(仮題)   作:片玉宗叱

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ども、お久しぶりの方はお久しぶり、そうでない方は始めまして。
更新は不定期になります。題名についてご意見ございましたらお気軽にお知らせ下さい。


第一話

 ――夢を見ていた。

 

 微睡(まどろ)みの中、彼女の意識は積み重なった薄いベールを一枚ずつ剥がすように覚醒して行く。幼い頃の懐かしさを胸の内に残しながら、夢の残滓は消えて行った。

 ゆっくりと彼女が瞼を開けると鳶色の瞳が姿を現す。形の良い桜色の唇を持つ口を大きく開け、欠伸を一つ。

 無意識に桃色掛かったブロンドの髪を掻き上げると、彼女は「夢、だったのね」と呟き、横たえていた身を起こす。

 ふと、窓の外に目を向けるが、朝の光に照らされた景色の眩しさに目を細め、物憂げに溜め息を()くと(かぶり)を振り、足を下ろしてそのままベッドに座った姿勢のままでまた溜め息を吐いた。

 そのまま暫くベッドに彼女が座っていると部屋のドアがノックされる。

 

「入っていいわよ」

「失礼いたします」

 

 そう彼女が返事をすると、声と共にドアが開き黒髪のメイドが一人、顔を伏せながら部屋に入って来て、(おもて)を上げると澄ました表情で言う。

 

「ミス・ヴァリエール、おはようござます。今日は早くにお目覚めになられたのですね」

「おはよう、シエスタ。なによその取って付けた丁寧な態度は」

 

 ミス・ヴァリエールと呼ばれた彼女は不機嫌そうに口を尖らせる。そんな様子を見せる彼女にシエスタと呼ばれたメイドは相好(そうごう)を崩して答える。

 

「ごめんなさい、ミス・ヴァリエール。わたしが起こすよりも早く起きていたので、ちょっと悪戯心が」

 

 そう言って、くすくすと笑うシエスタを彼女は見つめる。

 黒髪に黒い瞳、頬にはソバカスがあり顔の彫りはあまり深くない。彼女にとって、どこか懐かしさを感じさせる愛嬌のある顔立ちをしたこのメイドは、彼女がトリステイン魔法学院に入学した頃からの付き合いになる。

 入学した時に偶々シエスタの姿が彼女の目に留まり、更に〝ある出来事を切っ掛けに〟学院に無理を言ってわざわざ専属にして貰ったのだ。

 また、ここトリステイン王国に於いては貴族が一介の平民に気安く接する事は殆ど無く、逆もまた然り。彼女とシエスタの関係は特別と言えよう。

 そう、彼女は貴族である。トリステイン魔法学院は貴族の子弟のみが入学を許された場所であり、シエスタに〝ミス・ヴァリエール〟と呼ばれた彼女は、トリステイン王国でも屈指の大貴族であるヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールである。

 

「今日は〝使い魔召喚の儀式〟がある日ですよね、それで早く目を覚まされたんですか?」

 

 シエスタが洗面器に水を張りながらルイズ・フランソワーズに問いかける。

 

「違うわ、夢を見たのよ」

「夢、ですか?」

 

 ルイズ・フランソワーズの応えにシエスタが怪訝そうに首を傾げる。

 

「うん、懐かしい夢……」

 

 ルイズは窓越しに遠くを見詰めながら、どこか切なさが込められたら声色で短く言うと、小さな溜め息を吐く。

 その様子を横目で見ながら、シエスタは洗顔の準備を済ませると、今度はクローゼットを開けて衣類の準備を始め、ルイズに何気なく問うた。

 

「どんな夢だったんですか?」

「昔お世話になった、もう二度と会えない人達……違うわね、()()()()()()()()()()()()人達の夢よ」

 

 そう応えてルイズは顔を伏せると寂しげに小さな声で「約束(・・)、守ってくれるのかな……」と呟く。そして一度だけ深呼吸をすると顔を上げ、両手で頬を勢い良くピシャリと叩いた。

 

「わ! なんですかいきなり? びっくりするじゃないですか」

 

 頬を叩く音が大きかったのか、シエスタが目を丸くしてルイズを見ると、彼女はベッドから立ち上がり小さくガッツポーズをしながら「よしっ!」と言っているところだった。

 

「さあ、今日は気合い入れていくわよ! シエスタ、支度を手伝いなさい!」

 

 ルイズは気持ちを切り換え、シエスタに〝ビシッ!〟と人差し指を向けて宣言すると、大股で洗面台へと向かう。このルイズの貴族らしからぬ様子を彼女の一番上の姉が見たら確実に小言が飛んだことだろう。

 

 ルイズは〝今日は大事な使い魔召喚の儀式があるんだ〟と言葉に出さずに思う。

 サモン・サーヴァントの呪文は何度も練習したし、絶対に成功させて、魔法が使えない無能を揶揄した〝ゼロ〟と言う不名誉な二つ名を返上して、必ず汚名を(そそ)ぐのよ、と。

 ただ、もし失敗したら、と不安も()ぎる。使い魔を召喚して契約できなければ、二年から三年への進級は事実上不可となるからだ。

 公爵家であるヴァリエール家の権力と財力を使えば、ごり押しで進級出来るだろうが、汚名を雪ぐ事は叶わないし、それ以上に家の権力に頼るのはルイズの矜持が許さない。

 決意に燃え、逸る想いを冷ますかのようにルイズは顔を洗い始めると〝へえ、お前そうやって顔を洗うんだ〟と言われた事を思い出した。彼女の洗顔方法は手に水を掬ってから顔を動かして行うのだが、それを初めて見られた時に言われた言葉だ。

 そんな事を思い出しながら、ふとルイズは〝大丈夫。お前なら上手くやれるよ〟と励まされたように感じた。

 

 洗顔が終わりシエスタがルイズの寝間着を脱がせて学院の制服を着せていく。ブラウスにプリーツスカート、ソックスとシンプルだが使われている生地は高級品だ。

 制服を着終えるとルイズはドレッサーの前に座りシエスタに髪を整えてもらう。シエスタは慣れた手つきでルイズの髪をブラッシングし、ポニーテールに纏めていく。

 髪を纏めるリボンはルイズが幼い頃から使っている物で、何年経っても色褪せず解れたり擦り切れたりしない、マジック・アイテムではないが不思議な布で出来ているのだ。

 一応これら一連の事はルイズ一人で問題無く出来るのだが、シエスタに「わたしの仕事が無くなっちゃいます!」と猛抗議を受けてからは彼女に任せる事にしている。

 

 髪を纏めながらシエスタがルイズに「今日のお昼はマルトーさんに厨房を借りて、久しぶりにルイズ様の好きな〝アレ〟を作っておきますから、絶対に成功させて下さいね」と鏡越しに話しかける。

 それを聞いたルイズは少し微妙な気持ちになったが、シエスタの気遣いを汲み「ありがとう、無駄にしない為にも頑張るわ」と笑顔で応える。そうこうしている内に身支度は進んで行く。

 

「はい、出来ましたよ」

 

 シエスタが声をかけると、鏡の中には、まるで戦にでも出陣するかのように表情を引き締めたルイズの姿があった。

 ルイズは左腕に、ハルケギニアには無い珍しいデザインのブレスレットを填めると立ち上がる。

 

「さあ! いざカマクラよ!」

 

 ルイズよ、それを言うなら天王山とか関ヶ原とか桶狭間だろ、と突っ込みを入れる者はここには居ない。

 いや、そもそもハルケギニアのトリステイン王国、そこの公爵令嬢であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが何故に鎌倉を知っているのか。

 それとも鳥取県に羽合(はわい)町が在るように、ハルケギニアにも〝カマクラ〟と言う地名が在るのだろうか。

 

「いってらっしゃいませ、ミス・ヴァリエール」

 

 ルイズの(たま)に出る変な言動に慣れているシエスタは、その言葉をさらりと流し、ルイズに貴族の証であるマントを羽織らせ送り出す。

 

「行ってくるわね、シエスタ。お昼は楽しみにしてるわ」

 

 ルイズは晴れやかな笑顔でそう言うと、机の上にある()()()()()()()に映る複数の笑顔を一瞥し「頑張るから……」と小さく呟き、そして表情を引き締めると、ポニーテールに纏められたストロベリー・ブロンドの髪を(なび)かせて颯爽と部屋を出て行く。

 

〝必ずわたしに相応しい使い魔を召喚してみせるんだから〟

 

 そう決意を胸に秘めて。

 

 

 

*****

 

 

 

 空は蒼く晴れ渡り、柔らかい日差しが降り注ぐ中、爽やかな風が草花を優しく揺らしながら草原を吹き抜けて行く。

 マントを纏った見た目は一六歳前後の少年少女達が、黒色のローブに長杖(スタッフ)を持つ人物を中心に(つど)っていた。

 ここトリステイン魔法学院の外にある草原では生徒達により〝使い魔召喚の儀式〟が行われている最中だ。

 〝使い魔〟とは魔法使い(メイジ)――トリステイン王国の場合、貴族は全てメイジである事から、メイジと貴族は同じ意味で用いられる事が多い――が自分の手足として使役するために〝サモン・サーヴァント(  召  喚  )〟で呼び出し、〝コントラクト・サーヴァント(   契  約   )〟によって使役契約が結ばれたものを言う。その殆どはハルケギニアに棲息する生き物――ドラゴン等の幻獣種も含む――が呼び出される。

 彼等は無理矢理呼ばれる訳でなく、自分の意志で召喚に応えるのだと言われている。実際に〝召喚〟された生き物が暴れて召喚者を害する事はなく、温和(おとな)しく〝契約〟に至るのだ。

 

「ミス・ヴァリエール、君で最後だ」

 

 黒衣の人物がルイズに告げる。

 

「はい、ミスタ・コルベール」

 

 名を呼ばれたルイズは、場へと歩み出る。

 

〝落ち着くのよ、ルイズ・フランソワーズ。必ず成功する、いいえ、成功させるんだから〟

 

 彼女は深呼吸を幾度か繰り返し、短杖(ワンド)を握り締める。彼女の落ち着こうとする意志に反し、それを握る手には汗が滲んでいる。

 ルイズは短く「いきます」と言うと短杖を真っ直ぐ前に向け〝コモン・スペル〟である〝サモン・サーヴァント〟の呪文を朗々と唱え始める。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」

 

 ルイズは固く目を閉じ、自分の鼓動を聞きながら呪文を唱え続ける。今の彼女には一片の迷いも無い。

 

「五つの力を司るペンタゴン! 我の運命(さだめ)に従いし、〝使い魔〟を召喚せよ!」

 

 呪文を唱え終える、ルイズは目を見開き、杖を振り被り、そして一気に振り下ろす。勢いで彼女のポニーテールに纏めた髪が揺れる。

 一秒、二秒、十秒、二十秒と時間が虚しく過ぎて往くが、何も起こる様子が無い。

 

「失敗?」

「やっぱりなー、流石は〝ゼロ〟のルイズだ」

 

 見守っていた他の生徒達がざわつき始める。

 そんな中、ルイズは挫けそうになる己の心を必死に繋ぎ止め、杖の指す先を見つめていた。

 コルベールと呼ばれた黒衣の人物がルイズに「もう一度……」と声をかけようとした、その時〝それ〟は唐突に現れた。

 

「あれは……、(ゲート)なのか?」

 

 誰かが〝それ〟を見上げながら思わず呟く。

 皆が見上げる先に白く輝く鏡のようなゲートが出現していた。

 それは高さ十メイルほどの空中に水平に展開しており、直径が二〇メイル以上の尋常では無い大きさの物だ。

 あれ程の大きさだ、きっと竜かそれに類する幻獣が現れるのだろうと、全員が固唾を飲んで見守る中、刻々と時間が過ぎて行く。

 しかしゲートには何の変化も無い。否、耳を澄ますとゲートからは僅かに甲高い断続音が聞こえている。

 その音を聞いたルイズは驚きに目を大きく見開き、信じられない物を見るようにゲートを見詰めながら「まさか……」と呟くと、ふらふらとゲートの下まで歩いて行こうとした。

 

「ミス・ヴァリエール! 待ちなさい! 近寄ってはなりません!」

 

 大声で叫ぶコルベールの声を無視し、まるで何かに取り憑かれたかのように覚束無(おぼつかな)い足取りで、ルイズはゲートの真下まで歩いて行くと、頭上を見上げた。

 そこからは断続音に、何を言っているのかは聞き取れないが、大勢の人の叫んだり怒鳴ったりする声が混じっている。

 

「まさか……本当に?」

 

 呆然と呟きながらルイズはゲートに向かって手を伸ばす。

 

〝どうしよう、涙が溢れて来る、止まらないわ〟

 

 感極まったルイズの涙腺は決壊し、涙を止め処なく流し始めた。

 

 

 そんなルイズの様子を、ゲートの縁から十歩ほど離れた場所でコルベールが、はらはらしながら見守っていた。教師として彼には、生徒に危険が及ばないようにする責任がある。しかし、ゲートが現れただけの段階では、彼に手を出す事は許されない。

 

 〝使い魔召喚は神聖な儀式なのだ〟

 

 トリステイン魔法学院では、生徒達が二年生に進級する際の春に使い魔の〝召喚〟が行われる。生徒達は現れた使い魔と契約する事で自らの〝属性〟を固定し、それによって二年次以降の専門課程へと進むのだ。古くからの厳格な規則により、一度呼び出した使い魔は変更すること叶わず、何であれ召喚者はその使い魔と契約を結ばなくてはならない。

 この儀式で召喚に応じた使い魔は基本的に温和(おとな)しく、召喚者に危害を加える事もなく〝契約〟まで至る。

 しかし、極稀にだが召喚者の力量を試す為に、使い魔が戦いを挑んで来る場合がある。そのような場合でも、召喚者以外が使い魔に対して手を出す事は憚られるのだ。

 

 コルベールの居る場所からはルイズの様子がよく見える。彼は油断なく長杖(スタッフ)を構えながら、ルイズから目を離さないでいた。

 ルイズは涙を流しながら、まるで何かを求めるようにゲートに向かって両手を掲げている。耳を澄ませば彼女が何かを呟いているのが微かに聞こえてきた。その言葉は、今までコルベールが聞いたことがない響きを持つ未知のもので、ゲートの異常さも相俟って、彼にはルイズが召喚とは別の儀式を行っているように思え、背中が冷や汗で湿ってくる。

 

〝ミス・ヴァリエールは何を呼び出そうとしているんだ〟

 

 彼がトリステイン魔法学院の教師の職に就いてから、否。それ以前にも、このように大きなゲートが出現したのを見たことが無い。

 僅かな疑念を祓うように〝焦るな〟とコルベールは自分に言い聞かせる、と同時に彼の後ろで茫然自失となっている生徒達に「皆さん! もっと下がりなさい!」と大声で注意を促した。

 その時である。ルイズは戸惑うような仕草を見せると左手を耳に当て、暫くそのまま固まったように佇む。そして何かに納得したように、しきりに首肯を繰り返していたが、(おもむろ)に杖を振りゲートを消してしまった。ルイズがコルベールに向き直ると、彼女の顔に失望や悔恨などの負の感情の色はなく、逆に晴れやかで明るい表情が浮かんでいた。

 

「ミス・ヴァリエール、一体全体どうして……」

 

 コルベールがルイズに問い掛けると、彼女は流れた涙の痕を隠そうともせず、微笑みながらコルベールに告げる。

 

「ミスタ・コルベール、申し訳ありませんが、明日もう一度やり直しをさせて下さい、お願いします」

「ふむ、理由を聞いても宜しいかな? ミス・ヴァリエール」

「はい、〝あちら〟の都合です」

 

 ルイズの言葉にコルベールは思わす「あちらの都合?」と聞き返す。

 

「ええ、準備に丸一日欲しいと」

「なんと! 〝契約〟せずに意思疎通が出来るものがゲートの向こうに居たのですか? それは凄い! それで相手の種族は韻竜ですかな、それとも別な幻獣種ですか?」

 

 コルベールは目を見開き、興奮気味にルイズに問うた。

 ここハルケギニアで、人語を解し意思疎通が出来る幻獣種としては、韻竜が代表的なものだ。その韻竜にしても、絶滅したのではないかと言われて久しい。コルベールが興奮するのも仕方が無い。

 

「幻獣種じゃありません、人間です」

「人間? 今まで人間が召喚された例など皆無ですよ、ミス・ヴァリエール。ゲートの大きさから見ても何かの間違いなのでは?」

「いいえ、間違いではありません、間違えるはずがありません」

 

 コルベールの問いに、ルイズはきっぱりと言い切った。

 その時、自分が呼び出した風竜に背中を預け、本を読み耽っていた青髪の少女が、不意に顔を上げてルイズの方を見る。

 それに気が付いた風竜が、まるで〝どうしたの?〟と問うように青髪の少女の顔を覗き込むと、少女は「何でもない」と言うと、本には視線を戻さずルイズの方を感情の無い瞳で見詰め続けていた。

 

*****

 

「えーっ? それで明日また、やり直しなんですか?」

 

 ルイズから召喚の結果を聞いたシエスタは落胆の声を上げる。二人が居るのは厨房の(かたわ)らにある使用人が賄いを食べる場所だ。

 本来、貴族であるルイズは専用の〝アルヴィーズの食堂〟で食事を摂るのだが、彼女はシエスタが特別料理を作った時はいつもここで摂る事にしている。

 

「しょうがないじゃない、あっちが準備させてくれって言うんだもの」

「それじゃ、これ(・・)どうしましょ?」

 

 シエスタは、ルイズの前にある〝それ〟を見詰めながら、頬に手を当てて考える。

 

「頂くわよ、折角シエスタが作ったのを捨てるなんて、もったいないもの。ほら、あんたも食べなさいよ」

 

 そう言った後、ルイズは(てのひら)を合わせ「いただきます」と言うと、目の前にあるボウルのような器を左手に持ち、右手に持った二本の棒を器用に使って食べ始めた。

 

「んー、美味しいんだけど、やっぱり違和感あるわね、これ」

 

 そう言いながらも黙々とルイズは食べ進めて行く。器の中には、中程まで小麦を練って小さく千切って丸めた後に茹でた物が詰まっており、その上には煮込まれた薄切り肉と野菜が乗っている。

 

「いつも思うんですけど、それ食べるとき、なんでこっちに来るんですか?」

「器を口に持って行って食べるなんて行儀が悪いって叱られるのよ。食事くらい好きに食べさせて欲しいものだわ」

「貴族って大変なんですね」

「ほんと、礼儀だ作法だと(うるさ)くて(かな)わないわよ」

 

 そんな会話を交わしながら、シエスタもスプーンを使って食べ始めた。

 

「それでミス・ヴァリエール、その〝あっち〟って言ってましたけど……」

「ゲートの向こうにいた人達の事よ。もしかしたら、あんたの曾祖父さまと同郷かも知れないわね」

 

 遠慮がちに聞くシエスタに、ルイズが何でもない事のように言った途端、シエスタが()せ込んだ。

 

「ちょっとシエスタ、大丈夫?」

「……けほっ、ミス・ヴァリエール、脅かさないで下さいよー。〝ゴハン〟の粒が鼻の方に行っちゃって死んじゃったらどうするんですかー」

「大げさね、それくらいで死にはしないわよ」

 

 呆れた、という態度のルイズにシエスタが涙目で反論する。

 

「いいえ! 乙女としては死ぬほど恥ずかしい事じゃないですか! でも、今の話って本当なんですか? よく曾祖父が『嘘吐きは泥棒の始まりだぞ』って言ってましたよ?」

「そう、それよ。それって曾祖父さまの故郷の言い回しなんでしょ?」

「ええ、そうらしいですけど」

「あの人達も同じ言い回しを使うのよ」

「それじゃ曾祖父がよく言っていた『なせば成る』もですか?」

「『なせば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり』かぁ……〝ウエスギ・ヨウザン〟よね。昔、あんたの曾祖父さまの国に居た名君が残した言葉らしいわ」

「ウェシュゲ・ヨザーン……ですか? 変な名前ですねえ……、それにしてもミス・ヴァリエールは曾祖父の国の事をよくご存じなんですね」

 

 そこでシエスタはふと、ルイズが誰も読めなかった曾祖父の墓碑銘を読めた事を思い出す。

 

「そう言えばミス・ヴァリエールは、お墓の文字が読めたんでした」

 

 舌を出して「すっかり忘れてました」と言うシエスタを見ながら、ルイズはシエスタに切り出した。

 

「……ねえシエスタ、夏休みにタルブに、あなたの実家に行っても良いかしら? あなたの曾祖父さまのお墓参りに」

 

 それを聞いてシエスタは顔を綻ばせ嬉しそうに「ミス・ヴァリエールなら大歓迎です!」と言った。

 去年の夏、シエスタの祖先についてルイズが興味を持ち、タルブにあるシエスタの実家を訪ねた事があった。

 その時にシエスタは曾祖父の墓にルイズを案内したのだが、ルイズはそこに記された文字を読み意味を理解し、涙を流しながら墓前に屈んで冥福を祈ってくれたのだ。

 シエスタには、何がルイズにそうさせたのかは分からない。ただ、この貴族の少女は正しくシエスタの曾祖父が抱いていた想いを理解してくれた、それだけで十分だとシエスタは思う。

 

「ミス・ヴァリエール、明日は是非、召喚を成功させて下さいね」

 

 野に咲く花が綻ぶような素朴な笑顔で、彼女はルイズにお願いするのだった。

 

*****

 

 翌日の午前、昨日と同じ草原にルイズとコルベールの姿があった。

 他の生徒は自習と言うことで教室に居るはずだ。

 だが、この場にはルイズ達の他に、昨日ルイズを見詰めていた表情の無い青髪の少女と、彼女に寄り添うように立つ、燃えるような赤い髪の妖艶な雰囲気を持つ女性が居た。

 

「なんであんたがここに居るのよ! ツェルプストー」

「あら、わたしはこの()の付き添いで来てるだけよ」

 

 彼女の名はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。隣国ゲルマニアの貴族で、留学生として、ここトリステイン魔法学院に入学している。噂では祖国の魔法学院で問題を起こし、そちらに居られなくなった為に転入して来たらしいとの事。

 彼女の実家があるツェルプストー領は、ルイズの実家があるヴァリエール領と隣接しており、両家は過去に於いて血で血を洗う戦を何度も繰り返してきたと言う因縁がある。

 実はもう一つの因縁があり、ヴァリエール家は度々、ツェルプストー家に婿や嫁を、挙げ句は当主を寝取られると言う不名誉な被害を被っている、謂わば不倶戴天の仇敵同士だ。

 とは言え、ルイズとキュルケの仲は実家同士のような険悪な物では無い。

 ルイズがキュルケに突っかかるが、キュルケはそんな事どこ吹く風と、片腕で零れんばかりの双丘を強調しながら、青髪の少女の頭をポンポンと軽く叩きながら涼しい顔で返した。

 ルイズはキュルケを一睨みすると、今度は自分の背丈程もある長杖(スタッフ)を持つ青髪の少女を胡乱な目付きで見詰める。

 

「それでタバサ、あなたは何でここに居るのよ」

「昨日、ゲートの向こうに人が居ると言っているのを聞いた。興味がある」

「それだけ?」

「ん」

 

 ルイズの問いに素っ気なく答えた青髪の少女の名は〝タバサ〟と言い、彼女もまた留学生である。出身国は大国ガリア、貴族の子女ではあるらしいのだが、その名前はハルケギニアでは主に人形などに付けられる愛称であり、どう考えても偽名であると皆に思われている。

 

「まあ、邪魔しなければ良いわ」

 

 ルイズは気を取り直してコルベールに向き直ると「ミスタ・コルベール、始めます」と宣言する。

 昨日と違ってルイズの心は不思議なくらいに落ち着いていた。そこに有るのは〝必ず成功する〟と言う確信。彼女はゆっくりと杖を振り上げると、よく澄んだ落ち着いた声色で呪文を唱え始める。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン、我の運命(さだめ)に従いし、〝使い魔〟を召喚せよ」

 

 昨日と違い、優雅な動きでルイズは杖を振り下ろした、次の瞬間――。

 

 閃光が走り轟音が響き渡る。

 ルイズの前方十メイルで爆発が起きたのだ。

 黒煙が上がり、爆風の余波がルイズの髪とスカートを揺らす。

 

「そんな……、ここに来て失敗だなんて……」

 

 へなへなと膝から崩れ、ルイズは地面にへたりこみ両手をつく。その顔色は蒼白で、絶望感に打ち拉がれている。

 

「ミス・ヴァリエール、昨日は成功したのですから、大丈夫ですよ。まだ時間もありますし、何度でもやり直しましょう」

 

 コルベールはルイズに声を掛け励ますが、彼の声は沈痛な面持ちで失敗の証しである黒煙を見詰め続けるだけのルイズには届いていない。

 その場に居る皆が無言のまま、暫く時間が経過して煙が風に吹かれて流されていく。

 そして煙が晴れたとき、そこには人一人が通れる程の大きさのゲートが地面から垂直に出現している事が認められた。それを見たルイズの顔が喜色を帯び、だが現れたゲートは今にも消えてしまいそうに、不安定に揺らいでいる。

 ルイズ達が固唾を飲んで見守る中、ゲートの揺らぎが不意に収まり安定すると、その大きさを徐々に拡大し始めた。

 爆発から一〇分は経過しただろうか、楕円形をしたゲートの短径が二五メイルを超えた辺りで、それは拡大を止める。

 長径は既に五〇メイルは超えている事から、学院の敷地からも見えるはずだ。今頃は学院で大騒ぎになっている事だろう。

 巨大化したゲートを見上げながら、ルイズは左腕に着けているブレスレットが振動するのを感じた。気付いた彼女は、慣れた仕草で左手を耳に当て()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

こちらルイズ・フランソワーズ( This is Loiuse Frabcoise speaking. )通話を許可します( Allow this call. )

 

 次の瞬間、()()()()()()聞こえる声が『本人認証と承認を確認しました( Checked the authentication, and approval. )接続します( Connect. )』と応えた。

 

 

 

 友人タバサの付き添いで来ていたキュルケは驚きに目を疑う。

 ルイズがサモン・サーヴァントを唱え、失敗した結果、爆発が起こった。そこまではいつもの事だ、何ら不思議な事ではない。

 しかし今、彼女の目の前で起きている事態は彼女の想像の埒外である。ふと隣を見ると、普段は表情に乏しい彼女の友人も、その顔に驚愕を露わにしている。

 その様子を見て、彼女は我に返ると友人に呼び掛ける。

 

「タバサ!」

「ん!」

 

 見た事もない巨大なゲート、そこからどの様なものが現れるとも知れない。二人は即座に杖を構えて臨戦態勢をとる。

 

「どんな化け物を呼び出すつもりよ、ヴァリエール」

 

 キュルケとタバサはゲートを見据え、油断なく杖を構えてじりじりと後退りながら、その正面から離れて行く。

 そして彼女たちはゲートの中央部から鈍色に光る何かが迫り出して来るのを見た。

 それは先端が丸みを帯びた四角柱とでも言うべきか、一片が一〇メイル、先端から五メイルほど離れた柱の角には、丸みを持った(ひれ)状のものが出ており、緩やかな曲線を描いて後方に続いている。物体は既にゲートから二〇メイルは突き出ていて、更にゆっくりと迫り出してきていた。

 

「なんなのよ! あれは!」

「わからない、少なくとも生き物には見えない!」

 

 キュルケは叫び、釣られるようにタバサも焦りながら答えた。

 

「ヴァリエール! あんた何を呼び出したのよ! 人間だって言ったじゃない!」

 

 キュルケがルイズに大声で呼び掛けるが、ルイズには聞こえていないらしく、彼女は正体不明の〝それ〟を平然と見上げていた。

 

 

 

 ゲートから三〇メイルほど離れた場所で、ジャン・コルベールは唖然として〝それ〟を見上げていた。彼の教え子である公爵令嬢、ルイズ・フランソワーズの使い魔召喚の追試で、思ってもいなかった事態が発生したのだ。こんな事例は前代未聞で、どう対処して良いのか思い付かず、彼は軽くパニック状態に陥っていた。

 混乱しつつも彼は頭の片隅で考える。ルイズは自信を持って〝ゲートの向こう側に居るのは人間〟と言い切った。では、たった今あそこに見えている〝あれ〟は何なのか。

 そして彼は突然〝あれはゲートの向こう側で作られた人工物なのでは〟と言う考えに行き着く。

 彼が息を詰めて見詰める中、ついに〝それ〟は、その全貌を明らかにした。

 長さにして約四〇メイル、鰭を含めての対角線の長さが約三〇メイル強の〝それ〟は、鈍色に輝くその巨体を宙に浮かべている。

 

「ミスタ・コルベール」

 

 不意に彼を呼ぶ声がして我を取り戻すと、いつの間にかルイズが彼の傍に居る事に気付いた。

 

「……ミス・ヴァリエール、あれは……あれは一体、何なのだね?」

 

 息を整えるように、ゆっくりとコルベールがルイズに聞く。

 

「無人探査機らしいです。あと三機、こちらに来るそうです。それと危険はありませんから安心して下さい」

「あと三体もあんな物が……、探査()と言うからには、あれは人の手による機械(からくり)なのだね? 何を調べるものなのか……」

「わたしも難しくて良く分からないのですが、時空間の性質とか『ブレーン間での高次空間経路パラメーター』とかの観測らしいです」

「その〝ぶれーんカンデノコウジクウカンケイロぱらめーたー〟と言うの何の事だね?」

「申し訳ありません、ミスタ。専門的過ぎて、わたしには……」

 

 そう言うとルイズは、再び左手を耳に当てて何事か呟いた。その後、暫く彼女は黙っていたが「……ありがとう、ヴィザー、でも難しすぎて、わたしにはやっぱり無理」と言った後にコルベールに向き直る。

 

「すみません、ミスタ・コルベール、その辺りの事は()()()()()()()()()()()()から」

「ま、まあ良いでしょう。と言うことは、やはり召喚されるのは〝人間〟なのですね?」

「ええ、間違いなく〝人間〟です」

 

 二人は、どちらともなく少し離れた場所でゲートを見上げる。ルイズが、その正体は無人探査機であると告げた物は既に四機目がゲートから出現してきていた。先に出て来た三機はその姿勢を変えて垂直に空を指し、上空二〇〇メイル辺りに整列して滞空している。

 

「あれは、この後どうなるんだね?」

 

 どうにか落ち着いたコルベールが探査機を見上げながらルイズに問う。気が付くとキュルケとタバサも、恐る恐る二人の傍まで来て耳を傾けていた。

 

「遥か上空、いいえ、その空を越えて更に遠くまで行くらしいです。光の速さでも三〇日くらいかかる遠方に」

「光の速さで、ですか。凄まじく遠いのは分かりますが、今一つピンと来ませんね」

「ええと……だいたい七七〇〇億リーグです」

 

 暗算したルイズからの答えを聞き、コルベールら三人は、とんでもない数字に驚く。

 

「あ、そろそろ上昇を始めますよ」

 

 ルイズの声が合図になったかのように、四機の探査機は、ゆっくりと音も無く蒼空へと昇っていく。コルベール達が呆気に取られながらも見守っていると、探査機は上昇する速度をぐんぐんと上げて行き、間もなく彼等の視界から消え去った。

 

「……何よ、あれ。ヴァリエール、あなた実はとんでもないメイジなんじゃないの?」

 

 キュルケは絞り出すよう言うと、地面へとへたり込む。その横でタバサが思い出したように「まだ、あなたの使い魔が来ていない」とルイズを見やった。

 

「〝契約〟するかどうか分からないけど、もうすぐ来るわよ、ほら」

 

 そう言ってルイズはゲートの方を指すと、そこには先程に比べて半分の大きさになったゲートがあった。

 

「縮んでるわね」

「そりゃそうよ、今度はもっと小さいし」

「ところでミス・ヴァリエール、精神力は大丈夫なのですか? コモン・スペルとは言え、これだけ長時間ゲートを維持しているのですから、今更ながら涸渇が心配です」

 

 キュルケの言葉にルイズが返し、コルベールがルイズを気遣う。そしてタバサは黙ったままゲートから視線を外さない。

 

「問題ありません、ミスタ・コルベール。ゲートの維持は()()()でしてもらっていますから」

「そんな事が可能なのですか? 確かに精霊石を使って補助する事は出来ますが、あれは系統魔法に限った事ですし、それ以前に本人が使わないと……」

 

 実に興味深いと、一人思考するコルベールを横目にタバサが口を開く。

 

「向こう側にメイジが居る?」

「魔法を使う者としてのメイジは居ないし、そもそもあちらには魔法が無いわ」

「魔法が無い? それも信じられない事、しかも他人の魔法を維持できる、それは、おかしい」

「おかしくはないわよ、彼らに言わせると『魔法も物理現象の一つ、法則さえ見つければ後は何とでもなる』って事らしいし」

「そう……気になるけど、それよりも、もっと気になってる事がある」

「なによ」

「あなたの言い方は、まるでゲートの向こう側を以前から知っている、或いは行ったことがあるような口振り」

 

 それを聞いてルイズは〝しまった〟と思う反面〝もう秘密にしておく必要も無いかな〟とも考える。

 

「そうね、それについては、もう少し経てば分かるわ」

 

 ルイズが言葉を濁して答えたその時、キュルケが声を上げた。

 

「また何か出て来るわ!」

 

 見るとゲートからは板状の物が顔を出し、地面まで斜めに伸びて来ていた。どうやらスロープのようだ。

 スロープが接地すると、それを伝って車輪が付いた深緑色の四角の物体が出て来る。大きさは貴族が使う大型の馬車よりもは大きい。二つの大型の箱馬車を連結したようなそれが、皆の目の前を、ゆっくりとスロープから下ってくる。

 

「ちょっとこれ……、大袈裟過ぎるんじゃない?」

 

 ルイズが呆れて見守るっていると、箱型のそれはスロープを下りきった。どうやら彼女は、それの正体が何であるか分かるようだ。

 出て来たのは、軍用の大型牽引車(トラクターヘッド)と、それに連結された二台の被牽引車(トレーラー)で、側面にはご丁寧に大きく白文字で〝UN〟と書かれている。トラクターと一台目のトレーラーは軍の汎用装備品で物資の運搬に使用されるものだが、二台目として連結されているトレーラーは窓が付いており、どうやら将官が野営地等で使う為のキャンピング仕様になっているようだ。

 大型トレーラーはスロープを下り切ると、ハンドルを切って転回し、ゲートから離れるように動いて行く。トラクターヘッドの運転席には誰も居らず、どうやら自動運転のようだ。

 

「こんなに大きな物が……、これは凄い! これはどういう物なのですかな、ミス・ヴァリエール」

「ミスタ・コルベール、落ち着いてください。それも後で説明しますから」

 

 面倒くさくなったルイズは説明を先送りする事に決めた。そんな彼女にキュルケが近づく。

 

「今頃は学院で大騒ぎしてるでしょうね。ところでヴァリエール、あなたの〝王子様〟はまだなのかしら?」

「ツェルプストー、言ってる事の意味が分からないんだけど」

「誤魔化しても無駄よ、わたしの〝微熱〟はね、恋の熱にも反応するの」

 

 ルイズの肩に手を回し、にやにやしながら「どうなのよ、このこの」と、その豊かな双丘をぐりぐりと押し付けてくる。正直うざい、もいでやろうかしら、この熱暴走褐色牛乳(うしちち)女、とルイズが不穏な事を考えていると、ゲートがまた一段と小さくなり始めた。

 それを見てルイズはキュルケの拘束を振り解いてゲートに向き直る。

 

「ちょっと、ヴァリエール! まだ話は終わってないわよ!」

 

 そんな事は無視だ無視。大体さっきまでビビりまくっていたのに、何よあの態度の変わりようは。そんなんだから皆から尻軽って陰口叩かれるんだわ、本人気にして無いみたいだけど、とルイズは内心で毒づいた。

 それよりも、今はゲートだ。あの向こうに会いたかった人々が居て、その中でも最も親しかった人物がやって来る事になっている。

 ゲートが人の背丈の大きさへと変わって行く中、ルイズは今か今かと、その瞬間を待ちわびていた。

 

――そして、ゲートが僅かに揺らいだ。

 

 光がゲートから溢れ、眩しさにその場に居た全員が目を細める。そして、次の瞬間には光が消えた。

 ルイズが瞼を恐る恐る開けると、彼女の眩んだ目は徐々に視力を取り戻して行く。

 彼女はゲートがあった場所を見ると、そこには既にそれは無く、代わりに一人の男性が立っていた。

 身長は一七五サント前後、黒い髪に黒い瞳、顔の彫りは深くなく、どこかシエスタを思い起こさせる。年齢は見た感じで二〇代の半ばあたりだろうか。男性は呆然とした面持ちで、その場に立ち尽くしていた。

 彼を見つめるルイズは、暫くして彼に懐かしい面影があるのを見つけた。

 

「……才人お(にい)?」

 

 その声に気付いたのか、男性がルイズの方を向くと、彼女は確信を持つ。

 

「ルイズ、なのか?」

「才人お(にい)! お兄なのね!」

 

 戸惑うように男性が問い返すと、ルイズは目から涙を溢れさせる。そして、泣き笑いの顔になると、たまらず彼女が〝才人〟と呼んだ彼に向かって駆けて行き、体当たりするかのように抱きつくと、その胸に顔を埋めて嗚咽を漏らし始めた。

 抱きつかれた彼の方は、いきなりの事に慌てふためいていたが、やれやれと言うように首を振るとルイズの頭上に手を翳す。そして掌を垂直にすると「てい!」と軽くルイズの頭頂部にチョップを加える。

 ルイズは「ぴぎゃ!」と変な声を発てると顔を上げて才人を睨みつける。

 

「あにすんのよ! お兄!」

 

 そう言った途端に、ルイズのおでこに才人のデコピンが追い打ちをかける。

 

「はうっ!」

 

 ルイズはたまらず才人から離れると、おでこを押さえながら恨めしそうに彼を見上げた。

 

「ルイズ、取り敢えず落ち着け」

「あによー! 折角の再会なのにー! あたしの感動を返せ!」

「感動も何も、俺の胸元を見ろ。お前の涙と鼻水で凄いことになってんだぞ。生温かいわベタベタするわ、もう少し加減しろバカ」

「むー、いいじゃない別にそんくらい」

 

 頬を膨らませ涙目で見上げるルイズに「お前、相変わらずだな」と苦笑する才人。彼は(おもむろ)にポケットからハンカチを取り出すとルイズの涙を拭いてやり、そして鼻に当てると、ルイズは何の戸惑いもなくそのまま派手な音を発てて洟をかんだ。

 その様子を見ていたキュルケが「想い人かな、とは思ってたけど、あれはどう見ても兄妹よね」と呆れたように言う。

 

「おかしい」

「どうしたのよ、タバサ」

「彼はマントも杖も持っていない、謂わば〝平民〟」

「そう言えばそうね、でもそれがどうしたの?」

「気位の高いこの国の貴族、それも公爵家の子女が〝ただの平民〟に、あれほど親しく接するのは有り得ない」

「ふうん……、それもそうね。二人には特別な何かがあるって事かしら」

「たぶん、それにヴァリエール家には色々と秘密があるらしい」

「わたしも『ヴァリエール領に入った密偵は一人たりとも帰って来ない』って言う噂は聞いた事があるわ。あなた、それを調べるつもり? 止めておいた方が良いと思うわよ」

「そう……」

 

 キュルケとタバサが、そんな事を話している時、コルベールはルイズ達の元へ向かっていた。

 

 

 


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