オリ主で振り返る平成仮面ライダー一期(統合版)   作:ぐにょり

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163 龍の目覚め

発生したコダマの森の中で、全身を鎧った鬼が音撃斬とアームドセイバーの二刀流で次から次へと迫る触手のごとくうねる木の枝を切り捨てていた。

その緑の鬼はコダマの森と遭遇するのは初めてだったが、既に他県で数回コダマの森が発生、撃滅されているだけあって、その特徴と注意点、対処法まで広く周知されている。

基本的に、コダマの森の核ではないかと目される木人のコダマは頑丈であり、なんとアームドセイバーによる音撃増幅斬撃の鬼神覚声ですら弾き返す。

だが、このコダマはコダマの森の中心に生えている巨大な古木と同調しており、この古木を破壊してしまえば大幅に弱体化、或いは消滅させる事が可能である。

 

「音撃刃・鬼神覚醒!」

 

大気を引き裂く音と共に、稲妻の刃がコダマの森の木々を切り裂き、或いは焼き払っていく。

コダマの森の対処法は高いところからコダマの森の大体の広さを確認し、中心に向けて突撃し巨大な古木を破壊する事。

これをしてしまえば木人のコダマも確実に弱体化するため、清めるまでがスムーズになる。

そして、アームドセイバーがあれば、森の中をより素早く移動するための道を作り出す事が可能なのだ。

 

「これがあって良かったっす……」

 

もしも、アームドセイバーが無い状態で、全国でコダマの森が複数に渡って出現する、などという事態が発生していたらどうなっていたか。

森の中心であろう箇所目掛けて、迫る木の枝や蔦を斬り飛ばしながら走る。

ここ最近の魔化魍の大量発生に関しても、もしもアームドセイバーが普及していなかったらと思うとゾッとするところだ。

そして、鬼の聴覚では少なくとも聞こえる範囲に被害者は居ない。

一般人が取り込まれるよりも前に、早くこのコダマの森を清めなければ。

 

外で新たに発生しているかもしれない魔化魍に思考を逸らしたのが悪かったのだろうか。

轟鬼が脚を滑らせた。

いや、そうではない。

轟鬼が踏み込んだ先の地面が膨らみ、中から強烈な地響きと共に巨大な魔化魍が次々と現れたのだ。

 

オトロシ、ヌリカベ、そして、巨大な黄金色の虫の様な魔化魍。

轟鬼は空を舞いながら思考する。

巨大な魔化魍がこの場に現れてくれたのは好機だ。

ここは少し歩けば人口密集地にたどり着く。

鬼である自分の目の前に現れてくれたお陰で、被害を出すよりも先に清める事ができる。

幸いにして、並の魔化魍であればアームドセイバーのお陰で鎧袖一触、コダマ退治の遅延も起きない。

吹き飛ばされ、しかし、転倒すること無く着地した轟鬼はすかさず目の前の黄金色の魔化魍へと斬りかかる。

頑強な甲殻を持つバケガニすら一撃で両断できるアームドセイバー。

これで脚を落とし、動きを鈍らせたところで音撃を叩き込む。

 

だが、斬りかかったアームドセイバーの刃ごと、正面から巨大な脚に蹴り飛ばされ、勢いよく巨木に叩きつけられた。

轟鬼が斬りかかった魔化魍の脚を見れば、斬りつけたはずの脚に傷一つ無い事に気がつけただろう。

肺の中の空気を衝撃で残らず吐き出し、一瞬意識が途切れかかる。

かと思えば視界が暗くなり、とてつもない重量に真上から押しつぶされた。

オトロシの踏みつけである。

それは轟鬼を明確な脅威であると判断したのか、はじめの踏みつけで体勢を崩した轟鬼を執拗に踏みつけ続ける。

 

コダマの森の中、聞くものの居ない絶叫が響く。

だが、轟鬼が苦痛と衝撃から声を上げる事ができているのはアームドセイバーによる装甲のお陰だろう。

もしも轟鬼がアームドセイバーを使用していなければ、最初の踏みつけで声を出す事すら出来なくなっていたところだ。

 

だが、この状態から轟鬼が自力で復帰できるかと言えば難しい。

普段使用している音撃斬は相手に突き刺してから演奏という工程が必要な為論外としても、清めの音の発生源足り得る程に制御された声を出すことが出来るような状態でもない。

轟鬼の身体は装甲のお陰で守られ、未だ意識を完全な形で保つことができてはいるが、それは死を先延ばしにされているだけに過ぎない。

 

アームドセイバーで斬れない魔化魍。

報告しないと。

痛い。

ここからどうすれば。

街の人達が。

近くに新人さんが居たら危ない。

どうにか倒さないと。

意識が。

 

執拗な踏みつけ。

強化された鬼の五感が、痛みに慣れているが為に意識を奪う事すら無く、一撃ごとに自分の身体が砕け千切れていく感触を知らせてくる。

それを他人事の様に受け取る事はできない。

ここで死んでしまえばこの魔化魍たちはどうなる?

慣れている筈の痛みにすら神経を尖らせ、意識を保つ。

この状態で意識を失えば、変身が解除されてしまえば、生き残る目は無くなる。

既に半ばから刀身がへし折れたアームドセイバーを、それと気付かぬままに大事に抱えこみ、反撃の為の一息ができるチャンスを待つ。

酸欠により半ば朦朧とした意識の中で不確かな思考を繋ぐ。

そんな努力も、肉体的な限界を引き伸ばすには至らない。

 

(あれ)

 

薄れゆく意識の中で、轟鬼は弦の音を聞いた。

自分が使うものとは異なる、激しさよりも流麗さを感じる音色。

踏みつけが止む。

助けが来たのか。

 

「金色の、硬くて、斬れな……」

 

安堵と共に、轟鬼は最後の力を振り絞って、助けに来たのであろう鬼へと言葉を残し、意識を手放した。

吹き飛ばされたオトロシ。

それが先まで踏みつけていた辺りに轟鬼は居た。

鬼への変身は維持できていない。

手足は全てあらぬ方向にねじ曲がり、半ば皮膚だけでつながっている様な場所もあれば、骨が皮膚を突き破りはみ出ている。

ギリギリで繋がった人の形をした肉の塊、と言って差し支えない。

だが、もはや指一本動かない筈のその手は砕けた音撃斬と折れたアームドセイバーを握りしめて離していない。

 

「知っている」

 

轟鬼の上から吹き飛ばされ、森の木々をなぎ倒しながら転倒しながらもほぼダメージを受けていないオトロシ。

ノソノソと変身を解除した轟鬼を目当てに近づいてくるヌリカベ。

そして、ヌリカベと同じく程よく柔らかくなった轟鬼を喰らおうと迫る金色の虫型魔化魍──ノツゴ。

それらから、倒れ伏す轟鬼を庇うように、朱色の鬼が立ちはだかっていた。

 

「後は任せろ」

 

―――――――――――――――――――

 

病院の廊下を早足で駆ける斬鬼と日菜佳。

古くから猛士のかかりつけであるその病院に轟鬼が運び込まれてから二人が駆けつけるまでにそれなりの時間が必要だった。

既に猛士の鬼同士の連携は半ば崩壊し、一定範囲を鬼、或いは装備により魔化魍と戦う力を得た弟子が交代制で祓い続けている様な始末であり、支部への定期連絡も正常に機能しているとは言い難い。

まして、コダマの森の内部で人知れず戦闘能力を喪失した、となればなおさらだ。

運良く魔化魍と戦う事ができる猛士外部の人間に救出され、病院に搬送された後にようやく連絡が入ったのである。

 

廊下の曲がり角を曲がり、轟鬼が居る病室の前にたどり着く。

病室の前のソファには、見た目の若さにそぐわない、老賢者の如く落ち着いた雰囲気の美しい女性が座っていた。

 

「っ、貴女は……」

 

その姿を見た斬鬼が驚きと共にその場に立ち止まり、その背に日菜佳がぶつかる。

背後からの控えめな抗議の声にも気付けない程に混乱する斬鬼に、ソファに座り込んでいた女性は目の前の病室を視線だけで指し示した。

既に斬鬼達には轟鬼の状況も説明が行っている。

眼の前の女性が何故ここに、という疑問を押し殺し、斬鬼と日菜佳は病室へと入っていく。

 

「……良い師匠をやっているじゃないか」

 

ぽつりと呟いた後、女性──シュキは鞄から一枚の便箋とペンを取り出し、そこにつらつらと轟鬼の怪我の状態を記していく。

大凡を書き切った辺りでシュキが短く呪いを唱えると、その便箋は独りでに折りたたまれ、鳥の形を取って廊下の窓から飛んでいく。

近頃は電話回線も不安定であるため、緊急の連絡というのであればこちらの方が確実に相手に届く。

 

手持ち無沙汰のまま、しばし待つシュキ。

病室から斬鬼と日菜佳が出てくるのにそれほどの時間はかからなかった。

辛うじて一命を取り止めているが、轟鬼自身の意識が回復していない。

或いは恋仲である日菜佳はその場で轟鬼に付き添っていても良かったのかもしれないが、今は恋仲とはいえ、鬼一人の為に鬼たちのバックアップをする支部の人員が一人居なくなるとなれば、今度こそ現場は回らなくなる。

肉体的に全盛期を超える状態かつ、鬼としてはベテランと言って良い経験がある斬鬼に関しては言わずもがなだ。

運良くと言って良いかはわからないが、魔化魍退治の間の休憩中であったからこそこの場に来られた過ぎない。

 

「轟鬼を、助けてくれたんですね」

 

「ああ、死ぬには惜しい鬼だったからな」

 

「……ありがとうございます」

 

なんでもない事の様に、しかし、惜しくない鬼であればどうしていたかわからないと言外に含ませるシュキに、斬鬼は渋い顔をしながら頭を下げた。

 

「あの、こちらの方は……?」

 

「俺の師匠だ、元、な」

 

シュキは日菜佳からすれば、猛士の把握していない、魔化魍から鬼を救出できる謎の人物。

当然の問いに端的に答えた後、僅かに躊躇うような間を置き、口を開いた。

 

「貴女は、鬼の資格を剥奪された筈だ。音錠だって……」

 

鬼は、基本的には音錠などの器具を用いなければ鬼への変身ができず、そうなれば当然鬼としての力を振るう事はできない。

シュキがこの時代の猛士にはほぼ存在しない呪術に精通した鬼であったとしても、アームドセイバーで装甲した轟鬼が一方的にやられてしまう魔化魍を相手にできるわけがない。

当然、シュキは何らかの手段で鬼に変身した、と、そう考えるのが妥当になる。

猛士の想定していない手段で、だ。

斬鬼を犠牲に魔化魍を退治しようとした、人間性に、鬼としての精神的な適正に欠けると判断されて猛士を追放されたシュキがそのような手段を持っている、というのであれば、それをどうするかは置いておいて、追求しない、という訳にはいかない。

 

斬鬼からすれば、鬼祓いの対象にならず追放で済んだ元師匠を相手に敵対する可能性を高める問い。

言ってしまえば決死の覚悟での質問だった。

この場で自分こそが聞かなければならない、鬼としての、シュキの元弟子としての責任感があればこそのもの。

 

対する、問いを投げられたシュキは、苦渋に満ちた斬鬼の表情とは対象的なもの。

何を聞かれているのか、こいつは何を聞いているのか。

ぱちくりと目を数度瞬き、頭の上に疑問符が見えたかと思うほどにキョトンとした表情を数秒浮かべた。

次いで、ああ、と、小さく呟いて、口元を抑えて控えめにクツクツと笑い始めた。

 

「先生」

 

思わず、斬鬼からシュキへの呼び方が在りし日の弟子としてのそれに変わる。

シュキはそれに軽い様子ですまんすまんと謝罪を返した。

 

「相変わらずで安心した。……いや、最後に見た時よりも元気そうじゃないか」

 

どこか嬉しそうな、いや、昔を懐かしむような様子のシュキに言葉も返せず困惑する斬鬼。

鬼としての資格を失う前、修行時代、極めて偶に見ることがあった、柔らかな表情。

鬼として活動している時代、シュキはこの時代の鬼の中では厳しい方であり、人間としての柔らかさ、穏やかさを常に表に出している様なタイプではなかった。

 

「ああ、でも、そうだな、これを忘れていたか」

 

困惑から抜け出せない斬鬼に対し、今度はシュキが真剣な顔で頭を下げた。

 

「悪かったな。あの時の一撃、私の未熟故のものだ」

 

あの時の一撃、と言えば、斬鬼とシュキの間において一つしかない。

ノツゴを倒すために、ノツゴに食われそうになった斬鬼ごとノツゴを撃とうとした時の、シュキの現役時代最後の一撃だ。

一切の謝罪がなかった訳では無い。

それこそ、ノツゴに一撃を見舞う寸前、斬鬼が最後に聞いたシュキの声は短くも斬鬼へと向けられた謝罪のそれだった。

 

「……いえ、あの時にできた中では、最善のものだったと、俺はそう思っています」

 

猛士全体として、あれは鬼として行うべきでない行為であり、シュキに鬼を続けさせる訳にはいかない、という形で決着した。

当時の斬鬼にしても、何故自分ごと撃ったのか、見捨てられたのか、という思いがなかった訳でもない。

だが、順番が違う。

シュキは斬鬼を餌にしてノツゴに対する攻撃のチャンスを作ったのではなく、斬鬼がノツゴに捕らわれ食われそうになったが為に、それを攻撃のチャンスとして利用したのだ。

 

それは冷酷な判断であったかもしれない。

猛士の標準的な思想からすれば、弟子を救出する事を優先するべきだったかもしれない。

しかし、捕食体勢に入ったノツゴから自分を救出したとして、攻撃するタイミングが失われるだけで、斬鬼が消耗した分だけ状況としては振り出しよりも悪化してしまう。

魔化魍を倒し人々を守るために命をかけるのが鬼の仕事である、とすれば、弟子が耐える可能性を考慮して撃つ、という選択は、決して無いものではない。

シュキが鬼としての資格を失い、これまで鬼として仕事をする中で、斬鬼にはそういう判断ができるだけの経験が備わっていた。

 

無論、斬鬼の言葉はシュキの行動を全肯定するものではない。

あの時はあれしかできなかった。

できなかっただけで、それが絶対にやるべき事だった訳では無いし、それが許されて猛士の鬼の常套手段として広まる危険性を考えれば、やはり追放は妥当な裁きだった。

そして、今は当時と違い、多くの選択肢が存在する。

そういった意思を言外に込めたものでもある。

 

「いや、そうじゃあ無いんだ」

 

そういった細かい部分が伝わっているのかいないのか、シュキは斬鬼の言葉に首を横に振った。

 

「あの時にあった材料だけでも、あの状況は防げた。あのタイミングでノツゴを犠牲無く倒す事すらできただろう。お前を撃ったのはな、斬鬼、私の無知故の過ちだ」

 

「頭が茹だっていたのだろうなぁ……心の鬼を殺す、というのは、思想的なものではなく、激情で冷静な判断力を失わない為の教えでもある訳だ、人生は学びの連続だな」

 

遠い目でしみじみと呟くシュキ。

師はこんな事を言う人だったろうか、と、戸惑う斬鬼。

普段の魔化魍退治や修行は平静に行う人ではあったが、ノツゴの事となると一気に心の中が煮えたぎるような人であったように思う。

鬼としての力を持たない、一般人としての時間の中で何かが彼女を変えたのだろうか。

 

「そういう意味で言えば、あの小僧の身体もそうだな。良い勉強で済むかもしれない。鎧が良かった」

 

「何?」

 

思わず問い返す斬鬼。

シュキの手元にはいつの間にか一枚のメモが摘まれていた。

式神として飛ばした便箋への返信。

そこには『御本人の同意があれば即日で。意思確認が難しければ保護者の方でも良いですよ』と記されていた。

 

―――――――――――――――――――

 

暫くして、弟子二人の元に響鬼が戻ってきた。

魔化魍の出現が一時的に収まり、なおかつ響鬼の肉体がこれ以上の連続戦闘に耐えきれない程度に疲労した、と判断された為に、他の鬼へと現場での戦闘を引き継がれた為である。

奇しくも同じタイミングで轟鬼がコダマの森の単騎攻略に失敗し重症を負った、という知らせが猛士の中で周知された為でもある。

 

「なるほどなぁ」

 

弟子の修行に戻ってきた響鬼は、監督の合間に弟子二人から話を聞き出し、メンタルの管理を行っていた。

肉体的な限界を見極めるのは仕事柄難しくないが、メンタル面での問題は実際に話してみなければ見落としてしまいがちな部分でもある。

特に、志高く鬼に弟子入りしたとなれば、弟子入り直後の何もできない時というのは悩ましい時期でもあるだろう。

 

響鬼からしても、この二人が高い志を持って弟子入り志願したとは思っていない。

が、現状、魔化魍の大量発生とそれに伴う緊急シフト、街に溢れる被害者やその遺族などを見て、いずれ鬼となるものとしての使命感のようなものが芽生えるのは自然に思えた。

なんとなれば、そういった感覚というものは響鬼からしても覚えのあるものだ。

 

現実的に見て鬼としての修行を始めたばかりの人間はそこらの一般人とさして変わらない。

身体能力などで考えればそこらのスポーツマンや武道家などをスカウトしてきて鎧を着せたりギアを使わせたり劒冑をもたせたりする方が余程即戦力になる。

だが、猛士はスカウトの類はしないし、弟子とした鬼に求めるのは即戦力としての能力ではない。

長い目で見て鬼としてやっていけるか、そして、本人にとっても鬼として生きることが良い事なのか。

そういった面こそを重視しているからこそ、猛士は今の体制でやっている。

なので、この二人の弟子が使命感と同時に罪悪感や無力感に打ちひしがれるのは、志は良いとしても、現状では筋違いも良いところですらある。

 

が、相手は思春期のティーン、精神的にナイーブなお年頃だ。

しかも片方は素直に受け止めてくれる可能性があるが、もう片方は少し捻くれていて言われたことをそのまま受け止めず曲解する危険性もある。

今がこんな時代でなければ、育成に集中する為にも弟子はどちらかに絞る可能性も考える程。

 

だが、今の状態で下手に弟子入りを断って猛士の周りをうろちょろしていたらそれだけで魔化魍との戦いに巻き込まれて危ない。

ということで半ば保護する様な形で弟子として修行をつけているというのが現実だ。

下手な言い方をして反発されて、師匠の方から弟子のメンタルを折って鬼として不適格な形にしてしまうのは問題があるし、大人として子供にして良い事でもない。

時には厳しく当たるべきかもしれないが、いらぬ場所でまで厳しくする必要もない。

鬼は修羅でも畜生でもないのだ。

 

伝えるべきことは伝えなければならない。

しかし、伝え方はできる限りマイルドに。

響鬼とて良識ある大人の男だ。

即座に言い方を思いつかないのであれば、曖昧な表現で会話を引き伸ばしつつ考えれば良い。

そういう事ができるだけの経験がある。

 

「ま、焦るって事は悪いことじゃない。でももっと大事なのは……」

 

さて何と言おうか、と、考えるよりも先に、前に出て弟子二人を背後に庇う。

無数の小型魔化魍。

昼どきを過ぎ、人通りの少ない細い路地のど真ん中であるにも関わらず、それらはそこかしこから湧き出す様に現れた。

音角を鳴らし額に当て鬼へと変ずる響鬼に、倣うようにして弟子入りと共に配布されていたUギアを起動し量産型の機動装甲服に身を包む弟子二人。

当然、弟子二人は魔化魍を相手にして戦える程に身体を動かせる訳では無い為、一種の命綱でしかない。

が、魔化魍が鬼を無視して餌を狙う事は往々にしてある事なので、弟子を守りながら戦う必要がない、というだけでも師である鬼にとってはありがたい装備でもある。

 

「なんだ……?」

 

だが、魔化魍の挙動がおかしい。

眼の前に堂々と姿を表すタイプの魔化魍は不意打ちで人間を食らうものと異なり、餌を怯えさせる為なのか自らの姿を見せつけるために態と最初の数秒襲いかからない、という場面がある。

しかし、眼の前の魔化魍達はそれらのどれとも異なる。

自分達の目の前に現れているが、自分達を見ていない、認識していないように見える。

 

魔化魍達の姿が、変わる。

同じサイズの人型魔化魍のそれに、或いは大型魔化魍の一部に、樹木、花、岩、水……。

まるで人間大のテレビ画面で次々とチャンネルを変えているかの様にその有様を変化させ、ついには風船の如く膨らんだかと思えば、空気音と共に破裂し、赤く輝く粉塵と共に消えてしまった。

 

―――――――――――――――――――

 

響鬼の眼の前だけ、或いは都内だけではない。

全国で魔化魍と相対する鬼たちは皆一様に同じ光景を目の当たりにする。

或いは、目まぐるしい変化をしながら鬼に襲いかかってきた魔化魍は、そのどれもがありえない程の剛力と強靭さを得て、しかし、そのどれもが数秒と持たずに魔化魍としての形を保てずに崩れ去っていく。

 

崩れた魔化魍は、清められた時の如き木の葉や土塊に似た赤い粉塵へと。

だが、それらも徐々に変わっていく。

赤い粉塵は燃え滓に。

その燃え滓は次第に塵と見紛う事などできない塊のまま魔化魍が破裂する勢いに乗せて射出されていく。

 

鬼の眼の前だけではない。

魔化魍が出現するありとあらゆる場所で、人々の眼の前で魔化魍が崩れ、破裂し、赤熱した石、溶解した土塊へと変わっていく。

遂には、魔化魍のシルエットを残しただけの奇怪な土塊が動き出す。

 

境界が歪む。

自然現象、穢、魔化魍。

それらの境目が解けていく。

日本という国を縦断する龍脈上、地形そのものがぐにゃりと歪み、まるで魔化魍の如き振る舞いで暴れ始めたかと思えば、それが突如として崩れ去り、地の底へと沈んでいく。

 

山が砕け、大地に突如として大穴が開き、森が消え去り。

生き物達の息吹が消える。

人間以外の生き物は、その全てが気付いている。

恐れ、息を潜めて、やり過ごすために。

だが、そんな生き物の恐怖など知らぬと、いや、逆により煽りたてんとばかりに、それは起きる。

 

山が吠えた。

大地を引き裂き、天を震わせる程の轟音。

そして、高密度に圧縮され、赤く可視化された穢が、マグマと共にその山頂から吹き出す。

それはどこの山か。

日本という土地であれば、それを観測できない場所は無いだろう。

 

その日、この国の全ての生き物がそれを見た。

自分達の傍らにあった山という山が、まるで血を吹き出す様に噴火する様を。

或いは。

山を裂き、絶え間なく吹き出す龍の如きマグマの奔流が。

一切の比喩を抜きに、赤熱した多頭の龍へと変わる様を。

 

これこそが。

()()()()()()()()

そして。

(オロチ)の目覚め。

 

魔化魍の大量発生などという誤魔化しのガス抜きではない。

国中の山を、川を支配し、無数に切り裂かれ、地の底に封じられては大地に豊穣を齎す、惑星を循環する力。

太古の時代、生き物という生き物の全てが知っていた原初の恐怖。

あらゆる生き物が恐れからその()()を求め、崇め奉り鎮めんが為に戯画化した、最古の魔化魍。

 

名を、ヤマタノオロチ。

 

かつて、この国を恐怖で支配した異形の龍である。

 

 

 

 

 

 




☆運命変わらず轟鬼くん
本来轟鬼くんをくしゃくしゃにするルートは考えてなかったんだけど
どうせ直せるんだし、タイミング的に単独行動中につぶれてそこをノツゴ狩りに来てたシュキさんに助けられたらこの土壇場でザンキさんとあわせられて面白いかなって思って潰れてもらった
何が悪かったって、量産型アームドセイバーのお陰で大体の鬼が魔化魍相手に単騎で戦えるようになってしまったのがいけない
シフトもぐちゃぐちゃなので安全管理もがばりつつあった
日に市街地で十件近く魔化魍が発生して都市部の外ではそれ以上とかなれば普段のやり方では回らないから轟鬼くんがとちらなくてもそのうち誰か同じ目にあったんじゃないかな
コダマの森の中にそれを突き破る形で大型魔化魍が出るかだって?
オロチ現象故致し方なし
まぁそのオロチ現象もね、今回で終了だから!
安全!

☆そういえば猛士を追い出されたら普通は鬼になる手段なんて無いし鬼の力は使わない方がいいしある意味では鬼にならないからこそ見逃されているみたいなところもあったなぁと懐かしむシュキ師匠
久しぶりに猛士の鬼としてのまっとうな意見に触れて懐かしくて笑っちゃう
そっかー猛士に居た頃は呪術を積極的に学んだ弟子が週一で禁術もどきを作ってそれを咎めるなんて事も自分が死体になった後の心配とかもする必要はなかったんだな忘れてたわハハハ!
ハハハじゃあないんだよ
そんでかつて教えた弟子はそういう決まり事とかをちゃんと守りながら仕事をしてて偉い!そんな弟子を育てたとか私偉い!
そんな弟子を知識不足で殺そうとしたのはもったいないよな……悪かったわ……
死ぬかもしれん使い方するなら殺しても殺せなさそうな弟子を使う方が絶対良いしな!
新しい環境で得た人間関係(弟子)は良い影響も悪い影響も与えている
なお、復讐心に関するあれこれを反省しているのは、轟鬼くんを病院に担ぎ込む前に今弟子に指摘された方法であっさりノツゴを清める事ができてしまって、人生の大目標とも言えるノツゴへの復讐が果たされてしまって賢者タイムきららな為
燃え尽きてないのは今弟子をフリーにして自分だけ一抜けというのも無責任かという思いから
基本いい人なのに復讐鬼としてのマイナス面が消えたのですげー良ユニットになる

☆安心してくれ、オロチ現象は終了した!
代わりにちょっと日本中の火山からマグマと穢がミックスされた巨大な龍の首が生えてきて周辺を焼き始めたり土地ごと人間を喰らい始めたりするかもしれないが
火山の噴火、という現象に人間のみならず多くの生き物が理由を求めた結果として産まれた龍
土地そのものの変形でもあり、動きによって川の流れやら山の形が変わる為恐れられるだけでなく崇められたりする一面もあった
ヤマタノオロチ、という形で収束しているが、この世界の日本で語られる龍とか大蛇系怪物とか虫系の細長い怪物はだいたいこれを源流に持っているのかもしれない
古い時代に赤く輝く剣を持った全身鎧の戦士に討伐されて封じられたのが変形して今に伝わっている
テオスの神話が世界各地の神話に枝分かれしていったのと似たようなパターン
なんでこのかたちになったかって言えば日本神話でボスと言えばヤマタノオロチだしネッフリのスプリガン新作アニメができが良かったから
みんなも見ようね……少ないけど女の子も可愛いからね……

そういう訳でレイドボスというかギミックボスで響鬼編の締めとするのです
やっぱり日本を舞台にして戦うんだから火山が噴火して龍が大地を裂いて現れて国を焼いていかないと盛り上がらない、みたいな感はある
東京は死ぬもの、みたいなやつね
そういう訳で今期の破滅を二話連続でほとんど存在感を出さない主人公はうまい具合に解決できるのか
次回を気長にお待ち下さい

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