オリ主で振り返る平成仮面ライダー一期(統合版)   作:ぐにょり

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110 ニキニキ! 赤心少林拳

鬼になるための鍛錬というのは、基本的には呪術である。

それはそうだ。

シンプルに鍛え続けただけで鬼になるというのなら、オリンピックのアスリートたちが鬼にならないというのもおかしな話ではあるし、格闘家達の中からある日目が覚めると一体の鬼となっていた、なんて事例がでてこないとおかしい。

無論、この世界だと鍛えた先で人間から外れる危険性が無い訳ではない。

何しろテオス作の生き物だ。

脳を改造すると超能力が生えたりもする。

 

だが、それでもむやみに鍛えた先で異形に変ずる程に人間の器というのは軟ではない。

軟ではない筈なのだが……、抜け道を作った糞どもが存在するため、一定条件で人間の殻が壊れてしまう事例が存在する。

そう、ご存知オルフェノクだ。

またかよ、という思いもあるが、以前に立てた仮説……とも呼べないような妄想、古い宗教の中で修行と称して意図的にオルフェノクになろうとする荒行が存在したのではないか、という話にも繋がるものがある。

 

そう、以前は妄想だったこの話、猛士の古い資料、そして、お師さんに口伝で伝えられていた情報と照らし合わせることで、真実の一端に触れていたことが判明した。

古の時代、人間がオルフェノクに変じるという特性を利用して生み出された異形の戦士達が存在したのだ。

それこそ、江戸時代に幕府の打倒を手始めに世界征服を企んでいた悪の秘密結社……ならぬ、悪の忍者軍団、血車党に所属する改造人間、化身忍者である。

 

古い資料においては猛士が猛士になる前、宮仕えの鬼祓い集団であった頃にまで遡るものであり、しかもこれは敵対者としての化身忍者との戦闘記録しか残っていなかった。

だが、お師さんに伝えられていた口伝においては、いざという際の禁術……それこそ、返魂の術と並ぶほどの危険な術として数えられており、俺も詳しい術式は教えてもらえていない。

お師さんのけちんぼ! と、簡単に反発することができる様な容易い術では断じて無い事は、散々に貢物をして年甲斐もなくデパートのおもちゃ売り場の子供もかくやというレベルでダダを捏ねた挙げ句、当て推量でまずは動物実験から再現を始めてみようとしたところで、何も教えないなら教えないで何かやらかすだろうと、ため息交じりに教えてもらった断片的な情報からも理解できる。

 

何が危険かと言えば、この術式が、人間の中のオルフェノクの因子に働きかけ、意図的に人間をオルフェノクへと変じさせる術()()()()というところだろうか。

化身忍者を作成する際には外科手術が必要となり、これは当然麻酔薬などを一切使用しない、激しい痛みが伴う施術であり、場合によってはこの段階で痛みに耐えかねて死亡する危険性がある。

その上で、術者はこの改造手術の対象に、人間とは異なる野生生物の魂を埋め込むのだという。

ここで肝となるのが、痛みに耐えかねて死んでしまう危険性がある、という点。

この改造手術、手術中に被検体が死亡した時点で、術式失敗となってしまうのだという。

 

無論、オルフェノクの誕生において、元となる人間の死を経由しないなどという事例はありえない。

全てのオルフェノクは確実に、何らかの理由で命を失うことで初めて、人間からオルフェノクへと変じる。

 

ここでキーとなるのが、手術時に埋め込まれる動物の命……魂だろう。

間違いなく、これが手術を受ける人間の魂に、そしてオルフェノクの記号に悪さをしている。

いや、悪さをされているというか、互いに奇妙に干渉しあっているというか。

これが、オルフェノクの記号について知識の無い、或いはオルフェノクの元となる存在の知識すら無い人間が生み出した技術だというのだから恐ろしい。

 

詳しい術式は教えてもらえなかったので、かなり推測まじりにはなるのだが。

恐らくこの化身忍者という存在、オルフェノクの記号を起点として作り出された、人造マラークである。

 

そもオルフェノクというのは古来のマラークが人間に埋め込んだと思われる自滅因子とでも言うべきものなのだが、その因子の働きの結果として、最終的に人間はマラークの出来損ないへと変じる事になる。

だが、このオルフェノクの因子に何らかの手段で別生命の魂を組み込むことにより誤作動を誘発するか、或いは因子の働きそのものを改竄するかして、マラークの出来損ないではない、オリジナルのマラークとほぼ同一の存在へと作り変えてしまうのだろう。

メリットとして、この化身忍者なるものはオルフェノクの力を利用しながらにして、元となる人間は人間としての性質を完全に残したままとなる。

通常のオルフェノクの様に、死んだ人間の脳細胞をそのまま使うが故に記憶と自我、意識と呼べるものを引き継いだのではなく、元となった人間が完全な形で残っているのだ。

 

ここだけ聞けば実に魅力的な人体改造術であると思えるのだが、当然の如く副作用が存在する。

化身忍者はその多くが元の人格と比べて残忍で倫理観に欠ける振る舞いを行うのだという。

やはりオルフェノクなのでは、という疑惑がここで立ち上るが、やはりオルフェノクとは異なる。

彼らは元の人間の欲望にやや素直になってしまうが……なんと、光る生殖器で人間を貫いて繁殖を行う、オルフェノク特有の習性を持たないのだ。

 

恐らく、オルフェノクの記号と融合した動物霊の影響が宿主の思考能力に影響を与えてしまうのだろう。

オルフェノクの記号などと言うが、結局それは人間の魂や肉体の一部でしかない。

オルフェノクの記号が変異すれば、やはりその母体である人間の肉体や魂にも変化が現れるのだ。

こうなると、人間的な死を迎えていないにも関わらず、もはや人間ではなくなってしまう。

無論、人間である事に強いこだわりが無ければそれでも良いのだろうが……。

 

少なくとも、オルフェノクを一般社会に適応させるための改造手術とはなりえないだろう。

魂レベルで動物混じりになり、畜生の様な振る舞いを自然としてしまうような輩は人間社会に馴染みようがない。

これなら元カノとその今カレと親戚一家を人知れず灰にし、彼らの資産を食い潰すように優雅な日々を送り、マッドアークの襲撃は後日テレビのニュースで初めて知ったし、そのニュースに一切心動かず、襲われなくて良かった……で済ませているリアル畜生の方が、まだ表面上の行動を取り繕える為に人類社会に適応できていると言えるだろう。

 

ただこの術式、考えれば考えるほど発展性というか、伸びしろというか、改良点があるように思えてならない。

オルフェノクの記号を起点として人間をマラークへと変じさせる。

悪意を持って人間を変異させるマラークの力の欠片を正常な形で動作させ、力の元の持ち主と同じ存在へと作り変える。

これはすなわち、火のエルが人間をアギトにしたのと同じ構造と言えるだろう。

 

現状、人間のアギト化は本人の素養が成長するのを待つか、アギトの力を持つものが力を譲渡する形でしか成立しない。

が、オルフェノクの記号の人類への浸透率はかなりのものと見られる。

潜在的オルフェノク候補を全てアギトもどきに作り変えることができるとなれば、これほど美味しい話は無い。

それこそ、オルフェノクの存在が表沙汰になったとしても、事前に化身忍者への改造手術を受ければそれを未然に防ぐことができるとなれば、みなこの手術をこぞって受けるようになるだろう。

結果的に、人類は自ら生命体として新たな一歩を踏み出し、その他敵性種族に負けず劣らずの力を獲得することができる……。

素晴らしい話ではないだろうか。

 

だが、推測が正しければ今度こそ人体実験が不可欠な技術と言える。

お師さんが素直に教えてくれれば良いのだが、冷静に考えてこの術式は極めて非人道的なので如何にも平気でその術式を嬉々として利用しそうな弟子に教えてくれる訳がない。

ノツゴが復活したりして冷静さを欠いてくれれば何らかの理由で教えてくれる可能性もあるかもしれないが……。

 

だが、断片情報から必要そうな工程を推察することもできる。

魂を埋め込む、という工程だけで人間をそれ以外の生物に変化させるというのは難しい。

例えば不完全な返魂の術などは本人の魂でなく周辺の雑霊が死体に入り込んでしまうのだが、この際、肉体は元の形を保ったまま、入り込んだ雑霊の思い通りに動く。

猫が入ればキャッツ! の動き、犬が入れば犬ドッグの動き、鳥が入ればトリッピィという訳だ。

そう、単純に人間に別の生き物の霊を突っ込んでも、人間の肉体は変化しない。

また、化身忍者というのもインスタントに作れるものでなく、手術の後に修行を重ねる期間が必要という。

 

これは恐らく、憑依体質の人間が入り込んだ魂に操られるのと、シャーマンが降ろした霊に体を意図的に動かさす、憑依合体状態程の違いがあるのだろう。

俺の知る、化身忍者、変身忍者嵐の記憶は少ない。

が、確か……漫画版において、化身までに三年の修業を必要としたとか、化身先に心を重ねる修行を要したなどという発言があった気がする。

三年の修業を要するなら別に鬼の修行で良くないか、とも思うのだが、鬼には鬼で素質が必要になるから、鬼よりは制限が緩いのかもしれない。

 

難しいものだ。

鬼をまとめる組織に禁術とされたというのだから、鬼の鎧を纏うのと同じ様な難易度かと思えばそうでもない。

まるきり別系統の進化先を作り出しただけのようにも思える。

鬼への変化がありなら別に化身忍者もありだと思うのだが。

やはり改造体の精神が安定しなかったのが原因だろうか。

 

俺の知識がこの世界でも正しければ、猛士がある世界でこの術式を生み出したのは谷の鬼十と呼ばれる男。

色々あって猛士の元となる集団から鬼の力を奪われた上で追い出され、その先で血車党に拾われてこの術式を開発したのだという。

そして、鬼の力を奪われつつもその術の仕組みなどを知っていた鬼十がその知識を惜しみなくつぎ込んで作ったのが化身忍法だ。

術としては後発であり、思考形態が人間からずれるとは言うが、組織だった行動もできる範囲に収まっていたという。

血車党が滅んだ後であれば、術式を改良して鬼のサポートを行う脇を固める従者として使えたのではないかとも思うのだが、やはり一度悪用された技術だから難しいのだろうか。

或いは、そもそも施術した段階で精神が不安定になるというのが鬼の組織の親玉だかバックに居る黒幕だかに不評だったのか。

 

鬼への変化はもう少しシンプルというか、脳筋で。

まず体を鍛え、その過程で精神を鍛える。

それは鬼になるために必要な術式の一部、という訳ではなく、鬼に成っても人に戻るための心身の器作りなのだ。

鬼への変化の術式はまた別に存在する。

だから、やろうと思えば殆ど鍛えていない人間が鬼になる事もできないではないだろう。

その末路は決して明るくはないだろうが。

 

結局、インスタントに作れる戦力というのには限界がある。

ヘキサギアやゾイド、FAGにアニマギアは時間が掛かる製造工程を色々とインチキして簡略化しているが、真っ当な手段で製造工程を省こうと思えば品質の劣化は免れない。

やはり、一流の鬼、一流の戦士を作ろうと思ったのならば、粘り強く継続的な鍛錬を欠かすことはできないのだ。

 

――――――――――――――――――

 

 

「俺が思うに」

 

ぐ、と、錘の入った鞄を背負い直しながら、地べたに座り込んでぐったりと休んでいる仲村くんへと声を掛ける。

 

「仲村くんは精神面では鬼になれる程度の強度を備えているんじゃあないかな」

 

「肉体面では、まだまだ、だって?」

 

まだ息が上がっている。

珍しく皮肉交じりに聞こえなくもない返答の後、仲村くんは鞄の脇に挿していたスポーツドリンクのボトルを呷った。

 

「片方だけでも基準に近いってのは、特に集中して鍛えていた訳でもない未成年としては驚異的だよっていう話なんだけど」

 

友人としての贔屓目を抜きにして考えてみても、仲村くんは一般市民のそれと比べて精神が強靭というか、ある程度、戦いに身を投じる覚悟があるように感じる。

無論、それは名前から分かる通り、そして猛士の資料にあったメンバー表の通り、代々猛士のメンバーとしてやってきた家の一員だから、ある程度の教育があった、というのもあるのだろうけれども。

一般的な高校の一クラス内で、未改造の中ではトップクラスに動けるという程度の鍛え方から考えるに、本格的な教練などを行っていた訳ではない筈だ。

それこそ、家族から仕込まれていたのは逃げ方であるだとか、魔化魍に出会ってしまった時に迅速に鬼かそのサポーターに連絡を取るための手続き程度だろう。

 

ちら、と見れば、呼吸を整えながら、こちらの言葉の続きを待っているようにも見えた。

休憩がてら、話を続ける。

 

「俺は仲村くんに武器を渡したけど、武器があるから戦える、なんていうのは、本当の一般人ではありえないことでさ。それこそ、魔化魍が相手っていうなら、森の中で生身のまま熊に会ったようなものだろう?」

 

「心構えだけはできていた、というだけの話だ」

 

「それができるかできないかって、とっても大きな違いだよ」

 

強化スーツがあって、だから動けるというだけでも凄いことで。

ここで、普通ならその力を逃げる為に使う。

それこそ彼の親が教えていたのもそういう心構えだろう。

とっさに、逃げるために動けるにも心構えがいる。

だが、彼はスーツを手に入れてから初めての魔化魍との遭遇で、立ち向かうという選択をしてみせた。

スーツの詳しい性能を知らなかった為に逃げ切れないと思ったというのもあるだろうが、いざ、生身の自分なら触れるだけで殺せるような脅威を前にして、武器と防具があるからといって、戦いを挑むことができるというのは、素質である。

その素質が生まれつきの性質なのか、成長過程で徐々に産まれてきたものなのかは知らないけれど。

 

「俺はそういう、立ち向かう心を備えた人間に、脅威を実際に払いのけるだけの力を、可能な限り持っていて貰いたいと思っているんだ」

 

「戦士は多ければ多い方が良い、だったか」

 

「限度はあるし、将来的には色々と変化が必要だけどね」

 

「必要である内に、間に合えば良いがな」

 

「間に合うよ。仕降鬼さんにもお師さんにも許可を取って、こうしてトレーニングメニューを熟しながら、ここまでやってきたんだ」

 

十二月。

既に地方によっては雪も降ろうというこの季節。

常なら白み始めているどころか新雪に覆われているだろう、青森県は八甲田山。

一般人の通るトレッキングコースから離れた、獣道すら無い、秘密の経路。

まだ道半ば、というところではあるが。

 

「体を鍛える、戦う術を磨く、というなら、ここを置いて他には無い」

 

「……ついていけるだろうか」

 

険しく山中へと続く道を見上げ、やや不安げな言葉。

しかし、声色に込められているのは強い決意。

そして、その決意を心だけのものにはさせない。

 

青森は八甲田山にある隠し寺。

無数の武僧が日々、殺人拳の修行に明け暮れる、俺が知る限りでは最もストイックに自らの戦闘力を高める事に貪欲な戦士の集まる場所。

現代の梁山泊。

そして、俺の知る限りの最先端テクノロジーをもって、日々兵力を、戦力を拡充し続ける秘密工房を備える、新たなムセギジャジャ候補達の集う、最高の修行場。

 

「大丈夫。赤心少林拳黒沼流は、仲村くんを最高の鬼の器にしてくれるよ」

 

―――――――――――――――――――

 

山中深くに聳える赤心寺の正門の前。

そこにはある時は当番の武僧が、或いは武装したヘキサギアが、そして対道場破り殲滅装備を装着したロボタフが門番として立っている。

 

実はここに至るまでの森の中にも、迷彩装備をセットしたヘキサギアが巡回している。

が、これはどちらかと言えば侵入者を撃滅する事を目的としておらず、迷い込んだ一般人を通常のトレッキングコースまで導く役目を持っている。

無論、危険な侵入者が一度現れれば、彼らの致死性装備が速やかに牙をむくのだが。

 

基本的に、元から赤心寺に住まう武僧、そして俺、ジル、グジル、難波さんは顔パス。

当番の武僧ならば顔を覚えていてくれているし、警備に当たるヘキサギアやロボタフにはカメラアイに顔認識、網膜認証の機能を搭載しているので、偽物対策もバッチリだ。

新たな客についても、これら顔パスの人間が連れてきたというのであれば、一応通して貰える。

 

門を潜り、修行場に近づけば、外の森の静寂からは考えられない程に激しい修行の環境音が響き渡っている。

実は師匠に相談の上で、外壁内部に特殊な音波発生装置を仕込んでおり、外に出る音に大して逆位相の音波をぶつけることで相殺、消音しているのだ。

また、衛星から監視される危険性を考え、赤心寺の十数メートル上空には頑丈な天板を基礎とした双方向光学迷彩を搭載している。無論これを支える支柱にもだ。

これにより、上から見れば赤心寺の辺りは何もない森が写り、下から見れば普通に空を拝むことができる。

一応、スパイカメラやドローンが入り込む事を想定し、建前としては消音用として設置した音波発生装置は、いざという時に音波砲を放ちこれらを迎撃することができるようにしてある。

事前に義経師範に設置の相談をしたのは、先に一部真実を含んだ内容を相談しておく事で無意味に殴られるのを回避する為でもあったのだ。

 

修行場に響き渡るのは肉を打つ打撃音、或いは、金属を叩く、或いは破壊する音。

軽く見るだけでも、修行場には多種多様な武僧に混じり、オレンジと黒の体色をした、手足の生えた猫耳サンドバックとでも言うようなドロイド、組手用ロボタフが武僧の相手を、或いは、手隙のロボタフ同士が打ち合っている姿を見ることができるだろう。

武僧達の相手をしているロボタフは一定の機数で戦闘ログを共有し、複数の対応パターンを作り出し、或いはそれをロボタフ同士で実践しあう事で自主的に新たな戦闘データを収拾している。

そして、より洗練され、或いは複雑化した戦闘AIを相手に武僧達が戦いを重ねる事で、ひたすらに高みを目指しているのだ。

 

修行の合間の休憩か、地下に設置した小規模な紡績工場で製造した手ぬぐいで汗を拭っていた禿頭白目の兄弟子が俺に、というより、俺の後ろで修行場を驚愕の表情で見つめている仲村くんへと視線を向けた。

何者だ、と、問われる事はない。

今回連れてきた仲村くんは魔石の戦士ではない為、事前に師範にも兄弟子達にも連絡を入れているのだ。

白目禿先輩はその強面に違わぬ男臭い笑みを浮かべながら、仲村くんに手を差し出す。

 

「君が体験入門を希望している仲村君か。ようこそ、ネオサイバー赤心寺え゙ッ」

 

俺も聞いたことが無い新たな寺の名前を言いかけた先輩の頭部に、横から高速で目元の液晶に撃破判定を表すエモートである××を表示したロボタフの頭部が突き刺さる。

常の禿先輩なら視界の端からの弾丸くらいなら避けることができそうなものだが、飛来する速度とタイミングがあまりにも見事であった為か、そのまま勢いよく横倒しにビターンと倒れ込んでしまった。

呻くことすら無く倒れ伏した先輩を手隙のロボタフ達が手早く担架に乗せて救護室へと運んでいくのを尻目に、ロボタフの頭部を殴り飛ばした義経師範が悠々と現れた。

美人、というより、美しい肉食獣の擬人化と言ったほうが相応しい義経師範の存在感は、それだけで一般人には強い威圧になる。

そう高くない背丈でありながら、まるで小人を見下ろすような師範の視線が仲村くんに突き刺さった。

 

「お前が仲村七王か」

 

「は、はい! この度は」

 

「いや、いい、それより……」

 

緊張しながらもどうにか返事をした仲村くんの、予め用意していた挨拶を遮り、その体をジロジロと見回し、一言。

 

「実は女、という事はなさそうだな……」

 

ぽつりと、ともすれば聞き逃しかねない音量での言葉。

年頃の男子に言うには些か酷い言い草ではないだろうか。

 

「高校時代の修学旅行で確認したけど、通常時でも20センチはありますよ」

 

スパンっ、と、俺の後頭部に仲村くんの平手が突き刺さる。

 

「痛いじゃないか」

 

「痛いのか?」

 

「ものが当たったら痛いってのは常識だろ」

 

据わった目でこちらを見ていた仲村くんがため息を吐く。

それを見ていた義経師範が、訳知り顔で小さく頷く。

 

「なるほど……」

 

野獣の眼光というものか。

これで視線が仲村くんのコカーンに向いていたなら修行と引き換えに仲村くんの貞操を消費する必要があったかもしれない。未使用か使用済みかは知らないけれども。

しかし師範の視線は俺と仲村くんのやりとりそのものを見ているように見えた。

 

「やる気はあるな?」

 

「もちろんです」

 

短いやりとり。

だが、義経師範はそれだけで何か納得したのか、武術家特有のスピリチュアルなアレがあるのか、大きく頷いてみせた。

 

「ストッパーに……()になれる程度には鍛えてやる。交路、セッティングをしてやれ」

 

「師範は?」

 

「修行の続きだ」

 

くるりと身を翻し、修行場へと戻っていく。

既に破壊されたロボタフは撤去され、新たなスペシャルカスタム使用のロボタフが補充されていた。

その背を見ながら、仲村くんはほっ……と息を吐く。

 

「認めてもらえたか」

 

「ま、基本的にこの寺にたどり着けた時点で基礎体力とかで心配はされないだろうから」

 

「それでもスタートラインに立ったというだけの話だ。未熟だな……」

 

そういう(S)こと(K)

だが、仲村くんは未熟だろうと何だろうと、確かにスタートラインに立った。

猛士のメンバーとしてのスタートラインではない。

鬼になるためのスタートラインでもない。

 

彼は人類の脅威を知っている。

力無くば平穏に生きることもできない世界を知っている。

そして、その一端を、その一幕を見て、その中で足掻く恐ろしさを知っている。

彼は歩み始めたのだ。

()()()()()()()()()()()()を。

具体的なゴールも見えず、或いは、死をもって脱落する事でしか終わりを迎える事のないかもしれない、終わりのないマラソンの様な道。

だが、いつか、どうやってか、間違いなくどこかで終わりを迎えることができる道だ。

そう信じて進み続けることができる道。

それこそは希望へと続く道である。

そして道があるのなら、やることは一つ。

 

「そこに立ったなら、後は走るだけだ。シンプルで良いだろう?」

 

―――――――――――――――――――

 

と、言っては見たものの。

今は道半ばどころか走り始めだ。

仲村くんは精神的には成熟していても戦士としては基礎を作り始めたばかり。

まずは走り方、歩き方を覚える段階。

本当ならもっと体作りから始めるべきだが、これは少し省略。

 

体作りに必要な栄養素が効率的に定着する様に外部から少し手を加えさせてもらう。

そして、ロボタフを最低レベルの寸止めモードにしてひたすら組手を行ってもらう。

色々な筋トレなどを組み合わせていくべきところではあるが、極論、あらゆる戦闘を想定した組手を延々行っていけば、戦いに必要な肉体は自然と出来上がるのだ。

不慮の事故で怪我をした場合でも俺が即座に修復するので問題はない。

これぞ、魔石の戦士をトレーナーとした極めて理想的な戦士促成栽培法だ。

 

 

結果。

一日目の鍛錬を終えた時点で、仲村くんは死んだ。

 

 

いや、半ば死んでいるように見える程の疲労を抱えることとなった。

本来なら疲労感から食欲など湧きようも無いところではあるが、介抱する中で仲村くんの脳に働きかけ、食欲が正常に作用する様にした。

ゾンビの様な顔色が見る見る内に不自然な程に回復し、筋肉痛でブルブルと震える手をしゃにむに動かして飯をかっこむ姿は実に頼もしい限りだ。

普通なら新規入門者には厳しい兄弟子達が心底心配そうに気を使う様子は人間の持つ黄金の精神の現れといった感じで実に心地よい。

まぁ気を使っても修行を止めさせようとしない辺りは兄弟子達もやっぱり修羅感あると想うが。

 

「ここは床暖房があるのだな……」

 

「修行中は切ってるんだけどね」

 

夜中、ふと目覚めた仲村くんがぽつりと呟いた言葉に適当に返す。

まぁ、冬の木張りの床が冷たくないというのは修行場としてはどうかと思うが、どっちにしろメインの修行は外でやるから問題ないとは思うのだが。

 

「……実のところを言えば」

 

「うん」

 

「小春、お前から預かったあのデバイス、上手く使える者がそれなりに居た」

 

「そりゃあ良かった」

 

まぁ、戦うための訓練を積んでいた訳でもない仲村くんが戦えるというのだから、戦闘員である鬼の候補生や引退者が居る猛士内部で装着者を募ればそれなりに人員は揃うだろう。

 

「…………今、俺が使っているデバイスを、供与するべきなのだろうか」

 

「その必要は無いよ」

 

元々仲村くんの護身用に渡したものを、他に渡されても困る。

猛士に戦士が増えるのは嬉しいことだが、それで友人である仲村くんが死んでしまっては元も子もない。

 

「未熟な俺が使うより、成熟した戦士が使う方が、多くの人を救えるのではないか」

 

「あのデバイス一個じゃ誤差程度かな。通常の鬼の戦い方がそのままできるわけでもないからあんまり戦闘経験も関係ないし」

 

「……遠からず、また、敵が動き出すのだろう」

 

ふむ。

恐らく、アンデッドの事を言っているのだろう。

その点で言えば、もう既に遅い、としか言いようがない。

既に動き始めている。

いやそれ以前に、アンデッドで無く、今人類社会にはびこるファンガイアをこそ真っ先に滅ぼすべきではあると思うのだが。

難しい話だ。

 

「アンデッドはな……下手に手を出すのも不味い」

 

「黒幕か」

 

「人間社会で生きていくと、権力ってのは下手な超能力や呪術や腕力でもはねのけられないからね」

 

積極的にアンデッドとの闘争を繰り広げたりしたのなら、邪魔者として天王寺が排除にかかろうとしてくるかもしれない。

直接的な暴力ならどうとでもなるが、正体がバレなくとも、変身体に関する悪評をばらまかれたら今後の活動に支障が出る。

手を出すなら、局所、可能な限り少ない回数に絞るしか無いだろう。

 

「無力だな……」

 

「そう思うなら、先ずは鬼として実績を上げて、とりあえず猛士の中で権力を握ってくれ」

 

「大規模な脅威に立ち向かう為に組織を動かす必要があって、組織を自由に動かす為に権力が必要で、その権力の為に立場が必要で、立場を作るために実績が必要で、実績を作るために力が必要か。気の長い話だ」

 

「技術職経由って道もあると思うけど」

 

「そこまでの地頭は無い。俺は秀才型だ」

 

「それも自慢だと思うけどなぁ」

 

「自らの努力を誇って何が悪い」

 

「ごもっとも」

 

ははは、と、互いに、うるさくならない程度に笑う。

しばしの沈黙。

 

「次は、勝てるのか」

 

勝てる、という言葉の定義によるが。

マッドアークの時のような被害を出さない、というのであれば。

 

「タイミングが良ければ」

 

「そうか……。そうであれば良いが」

 

「俺もそう思うよ。本当にね」

 

イレギュラーが起こらなければ、概ね被害は少なく済むだろう。

だが。

イレギュラーは起きる。

それは、俺の知識だけではどうにもならないし、微弱な予知能力で予測できるものでもない。

 

だが、元々人生というものはそういうものだ。

次に迫るのはアンデッドとの戦いか、魔化魍の繁殖具合はどうか、ファンガイアを先に始末するか。

自分がどうするか、自分以外はどうするか。

わからないなりに、可能な限りの手を尽くしていこう。

 

―――――――――――――――――――

 

とある山中。

遠くに人里を見渡す事もできる開けた一画に、それはあった。

小さく盛られた土の膨らみに、形の良い石が置かれただけの、簡素な墓。

その墓の下には誰かの遺体が納められている訳ではない。

遺品である、それだけで身元を特定するには難しすぎる、シンプルな青い円盤状の小さなピアス。

土の下に埋められたそれだけが、この墓の主を示す目印。

 

墓石代わりであろう石に、水が掛けられた。

柄杓で掛けられるでもなく、ペットボトルに入れられただけの普通の水。

形だけの墓参り。

供え物も無ければ、線香すら焚かれない。

それだけの事を、この墓の主はしてきたのか。

 

「……」

 

墓石を見つめる視線には何の熱も無い。

怒りも、憎しみも。

悲しみも喜びも。

この墓を参る男にとって、この墓の主は他人だ。

そも、墓参りなどという、人間独自の風習を彼は律儀に守るつもりも無かった。

 

だが。

何故、こんな真似をしているのか、という、疑問が頭に浮かぶ事も無い。

そうするのが、少なくとも、この世界では自然なのだろう。

そういう考えすら浮かばない程に、彼は自然とこの場所へと、形ばかりの墓参りをしてみせた。

それが、誰に対してしてみせたのか。

誰が、誰に対して見せようとしていたのか、男は疑問に思うことすらできない。

 

「また来る」

 

独り言ではない。

目の前の墓へと一言だけそう告げて、男──相川始は、ゆっくりと踵を返し、その場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 





ビルドダイバーズリライズ見ました?
最高ですよこいつぁ
十一月まではつべで見放題だから見ましょう!
ニコ動支店のdアニでも見れるからそっちもよろしくね

☆謎のテクノロジー化身忍者
因みにぐにょりの知識はウェブ上の記事と文庫版の漫画版のみ、後は小説版響鬼からの設定も混ぜる
脳味噌に針を入れるって出た時はやべってなったけど、そのバージョンの嵐を最後まで読んだら考慮しなくて良い感じになったのでほっとした
脳味噌に針バージョンの変身方法だとこの地球の人類の経歴が更にややこしくなるので漫画版は漫画版でも唐突に李徴子が出てくるバリバリバッドエンドで終わる方を採用する
読んでて思うけど、変身忍者嵐って言いながらあんまり変身しないんだよねこっちのバージョン……
おそらくは疑似マラーク化という推測ができる程度の段階
特殊な音波、刀の抜き差しの音で変身するという辺りは鬼の変身と似たメカニズムが組み込まれていると解釈されている
人体実験ができれば検証が始まるけど、まだその予定は立てられない
ぶっちゃけ鬼を作るのと大差ない
疑似マラークだとしても原作の設定を遵守して首を跳ねれば死ぬ予定

☆ついていけるかどうかではなく先行ランナーが手厚くサポートしてどう足掻いても死ぬまで戦士の道を走ることが決定した仲村くん
日常からはみ出して動き出すからこうなるのだ
でも日常の中に収まる人間は死ぬ時に抵抗もできないのだ
だから結果的に生存率は高まるぞ!
まるで大気中にプロテインが含まれているかの如きスピードで促成栽培されるが
その過程でなんで自分はまだ生きているのだろう、というくらいの苦労はするので
変に自分を過信したりしない良い戦士になる
なるというか、戦士にされる

☆弟子が連れてきた初めての同性のツッコミ型の友人を見て、全てを託すと心に決めた義経師範
お前は今日からこいつ係だ
係としての仕事ができるようにしごいてやる
でも基礎ができてなさそうだな
先ずは基礎を作ってもらえ
限界まで体を酷使したな
よしよし、どんどん食え
食ったら寝ろ
なんだあいつら夜中に楽しそうにして……
変な所に絡みに行かなくなった分、被害は少ないな……ヨシッ!
なお後日、修行場に迷い込んだカラスが空中で粉々の血霞になって弾けたのを見て改造を担当した弟子の頭に三段たんこぶを作る
作った代償として手を痛めることが無くなったのは最新機器を使った極めて効率的なトレーニングのおかげなんですよ師範!
と言われて更にもう三段たんこぶをかさねた

☆ネオサイバー赤心寺
パット見では門番が異常ということしかわからないが、表面上のデザイン以外はほぼ別物の要塞と化した赤心寺
中では最新鋭のドロイド技術を駆使して作られたロボタフによって無数の武僧が日々殺人拳法の腕を磨いている
主人公は作中で兄弟子達とひとくくりにしているが、マッドアークの事件後に少し新しい弟子が増えた

☆ロボタフスペシャル
対師範用トレーニングドロイド
ディスクアニマルの技術を応用し、複数の動物霊を組み込まれた科学と呪術の間の子
気を発するのは魂なのか肉体なのか、という実証実験を行っている最中で、最終的には赤心少林拳の完全再現を目指している
野生動物の魂の影響で、戦闘用AIの範疇に留まらない、野生の勘、とでも言うべき挙動が可能

☆謎の墓と謎の男
まったく関係ないけど、今あらためてスマートレディ見ると当時の記憶がだいぶん美化されていたのだなと気付かされる
なんか、もっとこう……スラッとした顔だった記憶があったんだけどなぁ
あの配役は意図的だったのかどうなのか……
一応次回からの剣編への引きになります

☆グジルとジルと難波さん
冬休みを利用して仲村くんをめっちゃ戦士にしてくる
という主人公の言伝を聞き、少し時間を置いて後から合流した
先輩戦士やぞ、うやまえー、みたいにうざ絡みするグジル
無邪気にロボタフを破壊するジル
久しぶりに会ったら何故か酒樽を持ち込んでいた難波さん
彼女達を見ることで将来的に自分に必要なスペックを実感し、より意欲的に修行に取り組むことができるようになるのだ
難波さんは正座させられた上で説教を食らった


そういう訳で、次回はようやく剣編に入るのだけど
どう話を締めるかはびた一決まってないぞ!
しかしそういう時でも話を書き続けると自然にオチが生えてきていい感じにしまってくれるのがSSというものなのだ
そうならないときももちろんあるのだ
でも最初の頃色々いわれてたリライズだって最終的にくっそ誇らしい名作になったからね
未来に不安を感じたらとりあえず何も考えず進めてみるのが正解なのだ
そんなSSでよろしければ、次回も気長にお待ち下さい

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