今まで感じたことがないほど冷たい雰囲気の兄さんは、左目を押さえるコカビエルに言った。
「グリゴリ幹部、コカビエルとお見受けする」
「ああ、そうだが?」
コカビエルは強がるようにそう返し、兄さんに訊いた。
「そう言う貴様は何者だ?」
「貴殿に滅びを送るものだ………!」
凄まじい怒りを隠そうともせず、兄さんはコカビエルにソフトボールサイズの滅びの球体を放った!
コカビエルは九枚の翼を展開して飛び上がるとうまく避けていく。
だが、明らかに動きが悪く、今にも当たりそうだ。
このまま倒してくれ………!
俺がそう願った瞬間、俺たちの上空に積乱雲が発生し、ゴロゴロと稲光を放ち始めた。
「ヤバイな………兄さんッ!」
「わかっているよ!」
俺が呟くと同時に兄さんが攻撃を中断して俺を左肩に担ぎ、距離を取り、セラもそれに続いて逃げ出す。その一瞬後、俺たちのいた所に雷光が突き刺さった!
地面が穿たれ、クレーターが出来上がるが、それはコカビエルよりも明らかに大きなものだ。
同時に俺の視界がまたボヤけ始める。
懸命に意識を保っていると、コカビエルの横に一人の堕天使が着地する。ガタイがよく、まとっているオーラもコカビエルと同等かそれ以上のものだ。
「コカビエル、アザゼルから撤退しろとの命令だ」
「何だと!?バラキエルッ!ここで引けと言うのか!」
バラキエルッ!?グリゴリの幹部で『神の雷』とかいう異名があった筈だ!
堕天使の幹部が二人でこっちは三人。だが、俺もセラも怪我しているから、まともな勝負は出来ねぇな。
俺が霞む意識の中、懸命に頭を働かせていると、バラキエルの一言でその思考がぶっ飛んだ。
「そうだ。天界の『聖書の神』と『天使』が動き始めた」
「チッ!」
「「「なっ!?」」」
バラキエルの一言にコカビエルは舌打ちをし、俺たちは間抜けな声を出してしまった。
天界ってのは、俺たち悪魔が住む冥界とは逆、天使たちが住む楽園だ。わかりやすく言えば、冥界が地獄で、天界は天国って感じだな。
バラキエルは驚く俺たちに構わずコカビエルに訊く。
「その目にその翼、誰にやられた?」
「あそこで無様に担がれているやつだ。あいつが噂の『
その一言にバラキエルは少し驚きながら俺を見てくる。
「……噂よりも若いな」
「だが、腕は本物だ。俺の翼と左目を………!」
「とにかく引くぞ。一度状況の整理が必要だ」
バラキエルはそう言うと、コカビエルと自身を囲むように転移の魔方陣を展開する。転移の光に包まれる中、コカビエルが憎々しげに叫んだ。
「『
同時にコカビエルとバラキエルは転移の光に消え、この場は静寂に包まれる。
コカビエル、また殺りあうことになりそうだな………。
俺は山場を越えた安心感を感じながらこれからの事を考えていると、また視界が霞み始め、意識が消えそうになる。
「ロ━━。だい━━か!?」
「━━イ!しっ━━して!」
兄さんとセラの叫びを聞きながら、俺は今度こそ意識を手放した。
━━━━
僕、サーゼクスの肩でぐったりとして動かなくなるロイ。嫌な予感がして来てみればこんなことに。……もっと早く来ていれば!
僕が後悔の念にかられていると、セラフォルーが焦りながらロイに声をかける。
「ロイ!ロイッ!?しっかり、しっかりして!」
ロイの左肩と右目から大量の血が流れており、このままでは危険だ。早く運ばなければ!
僕は一旦高度を下ろし、ゆっくりと着地する。セラフォルーも僕に続いて着地すると、ロイをセラフォルーに預ける。
「セラフォルー、ロイを頼む!とりあえず傷口を凍らせるんだ!」
「わ、わかったわ!ロイ!しっかり!」
セラフォルーが慎重に魔力を操り、ロイの傷口を凍らせて止血する。それを横目に確認しながら連絡用の魔方陣を展開する。
「隊長!救護班を早くお願いします!」
『どうした、何があった!?』
焦る僕の声で何かがあったことを察した隊長は、少し慌て気味に聞き返してくる。僕は早口で告げる。
「ロイがコカビエルと戦闘を行い負傷!このままでは危険です!」
『……ッ!わかった!すぐに救護班を送る!』
隊長は驚愕しながらも素早く返事を返してくれた。そこで連絡用魔方陣を消して周囲を警戒する。もしかしたらどこかに伏兵がいるかもしれない。
セラフォルーは声を震わせ、目を涙を浮かべながらロイに声をかける。
「しっかりして……!目を開けて………!」
セラフォルーの声が届いていないように、ロイは意識を失ったままだった。
すると、僕たちの横に魔方陣が展開され、そこから何人かの悪魔が現れる。
「待たせた!怪我人は!?」
「ここです!」
セラフォルーが真っ先に反応してロイを指差す。救護班の悪魔の男性が倒れるロイに近づき、表情を強ばらせながら脈を計る。
「気絶しているだけだな。よし、運ぶぞ!慎重にな……」
『はい!』
ロイが慎重に魔方陣まで運ばれ、セラと僕もついていく。
ロイ、死なないでくれ………!
この時の僕は、ただロイの無事を祈るしかなかった。
━━━━
「瀕死の重症です。いつ目を覚ますか……」
「そんな。ロイは大丈夫なのですか?」
誰かと誰かの会話で少しずつ意識が戻ってくる。俺、どうしたんだっけ?コカビエルと戦って、それで………。
「ッ!?」
俺はハッとするように上体を起こし、そして、
「いだだだだッ!」
身体中の痛みで再び倒れる。背中には布の柔らかい感覚、そして感じる消毒液の独特の臭いから察するに、ここは病院か?
俺がそれを確かめようと首だけ動かすと、視界の先に驚愕の表情を浮かべた父さん、母さん、兄さん、医者と思われる男性。そして、
「ロ、ロイィィィ………」
目に溜まった涙を拭いながら俺を見るセラの姿が写った。
父さんたちの格好は戦闘が一段落したのかいつもの格好だ。セラは患者服と思われるものを着ている。
「えと、何がどうなった?」
俺が首をかしげると左肩に激痛が走り、表情を歪める。
「いつつ……、これは響きそうだな」
そう言いつつ体を見ると、体の至るところに包帯が巻かれており、右腕には点滴が繋がれている。
そんな俺を見て、父さんがハッとしながら言ってきた。
「ロイ、大丈夫か!?どこか痛むか!?」
そう言いながら俺の両肩に手をついてくるのだが、左肩に再びの激痛が……!
「父さん、父さん!痛い!左肩が本当に痛い!」
「ああ、すまない……」
謝りながら手を離す父さん。本当に、痛かったな……。
そして、俺は今さらながらあることに気づいた。
視界の右半分が黒くなっているのだ。正確には、見えていないと言うべきか。
俺が右目を触ろうとすると、顔に巻かれた包帯に阻まれる。俺が溜め息を吐くと、医者と思われる男性が言ってきた。
「まさか、ここまで早く目を覚ますとは……」
医者の計算は時々当てにならないからな。余命二ヶ月と言われて数年生きる奴だっているぐらいだし。
その医者に母さんが珍しく不安そうに訊く。
「それで、ロイの目は………?」
医者は少し表情を強張らせ、そして断言するように言った。
「もう視力が回復することはないでしょう。堕天使の光が強力なことあり、『フェニックスの涙』の効き目も薄いです」
フェニックスの涙、本当ならあらゆる怪我を直す便利アイテムだ。その名の通り、
何とも言えない雰囲気の病室だが、医者は言葉を続ける。
「左肩もかなり深く斬られており、後遺症が残ってしまうかもしれません」
それを聞いた俺は優しく自分の左肩に触れる。それでも少し痛いほどであり、相当深くいかれたことはわかる。
「しばらくは絶対安静です。戦線復帰は、無理かもしれません」
医者は絞り出すようにそう言った。戦線復帰は無理……?
俺はそれを否定するように言った。
「怪我を治したら、また出ます」
「「「ッ!?」」」
父さんたちは驚愕していると、セラが俺の右手を掴んで語気を強めて言ってくる。
「ロイ、無茶はダメよ!今度こそ━━━」
「殺される、か?」
「━━ッ!それは………」
俺が遮るように言うと、セラは言葉を詰まらせた。そこに畳み掛けるように言葉を続ける。
「悪いが、俺は戦場に出なきゃならないと思ってる」
「……なんで?」
セラが涙を浮かべながら訊いてくると、俺は真剣な表情でセラの手を握り返しながら言う。
「コカビエルと俺は決着がつけられなかった。あいつの左目も潰したが、その程度じゃあいつは止まらないし、周りも止めない筈だ」
「何が言いたいんだい?」
兄さんの質問に、俺はセラを見ながら答える。
「あいつは、セラに気をそらしたせいで目を潰された。下手したらセラを狙うかもしれない。なら、セラを守ってやらないと」
俺はあの時の戦闘と、今の少しの時間であることがわかった気がする。
俺はあの時、セラを守ろうと必死だった。あの時諦めたのに、セラの声を聞いてまた戦えた。俺は━━━。
「セラ」
「なに?」
俺は真剣な表情で、俺の右手を握るセラの目を見てしっかりと言う。
「俺、セラの事が好きだ」
「…………」
セラは間抜けな顔をしながら俺を見てきている。
あれ?聞いてなかったか?ならもう一回。
俺は一度咳払いをしてからセラにもう一度言う。
「セラ、『好き』だ」
再びの俺の告白に、セラは顔を真っ赤にしながら後ろを見る。俺は疑問符を浮かべながらそちらに目を向けると、
「ロイにも春が来たか………!」
「誰かさんと違って大胆ね」
「ロイに先を越されたか………」
「私は、どういう反応をすれば………?」
喜ぶ父さん。父さんを見ながら懐かしむ母さん。少し残念がる兄さん。オロオロする医者という状況に。
……考えてみれば、俺は家族の前で告白したのか……。
その事実がわかった瞬間に俺は耳まで真っ赤になった。だって、そうだろう!?家族全員の前でいきなり告白したんだぞ!?
俺が慌てて次の言葉を探していると、
「こうしてはいられない。シトリー様を探してくる!今は後方にいた筈だ!」
部屋を飛び出していく父さん。
「では、私たちも席を外しましょうか」
「そうですね、お母様」
頷きあって退室する母さんと兄さん。
「何かあったら、呼んでください。ああ、ここであんなことやそんなことはしないでくださいね?」
謎の言葉を残して退室する医者。そして、
「……………」
「……………」
無言の俺とセラ。この気まずい空気をどうにかしようと言葉を探していると、セラが嘆息しながら言った。
「告白してくれるのはいいけど、もっと場所を考えて欲しかった………」
「ダメか?」
俺が少し不安を感じながら言うとセラは首を横に振り、言葉を続けた。
「いいえ、あなたらしいわ」
「そうかもな」
セラは優しく右目を隠す包帯に触れる。
俺はその手を取り笑みを浮かべると、セラもつられるように笑みを浮かべた。
「ロイ。私もあなたの事が大好き」
セラの言葉を聞いて、俺は心の中でガッツポーズを取った。これでもちょっとだけ不安だったからな。
「そうか、なら、よかった………」
俺は不甲斐なく、そこで意識を失ってしまった。
それは度重なる疲れからか、それとも、セラへの告白が成功した安心からなのかは、よくわからない。だが、今だけは、後者だと信じている。
━━━━
私━━━セラフォルーは思わず苦笑した。
告白した直後にまた気絶するなんて、ロイも疲れているのかな?その割にはすごい安心したような表情だけど。
私は息を吐きながらロイのベッドに腰を下ろす。ロイよりはましだけど、私も何本か骨が折れちゃってしばらくは入院しなくちゃいけない。
出来ればロイには戦ってほしくはないけれど、ロイが戦うと言うのなら、
「私がロイの目になってあげる。だから、一緒に生き残りましょう」
私はそう言うと、周囲をキョロキョロと確認してからロイのベッドに潜り込んだ。病院のベッドは意外と小さいから私の体がロイに覆い被さるようになってしまうけど、重くないかな?
私はそんな心配をしながらロイの胸に耳を当てる。
ドクン………ドクン………ドクン………。
ロイの心臓の音が私を落ち着かせてくれる。私たちならきっと大丈夫。きっと生き残れる。
私はそう思いながら、ロイの胸に顔を埋めて襲ってくる眠気に身を任せた。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。