グレモリー家の次男 リメイク版   作:EGO

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Return life06 父の代わりに

俺━━ロイの告白から幾日か。

 

「あ~、暇だ」

 

現在俺は、屋敷の自室で相変わらずの待機状態だった。

ベッドに寝転び、ボケッと天井を眺める。

このまま寝てもいいんだが、さっきまで爆睡していたためか、眠れる気がしない。

寝返りをうち、体ごと右を向けると、そこにいるのは、

 

「にゃふ、ん……にゃ……」

 

「ふにゅ……くぅ……えへへ」

 

爆睡している恋人である黒歌と、愛娘であるリリスがくっついて寝ていた。

寝ているリリスに胸を揉みしだかれて、黒歌が寝ながら喘いでいるのだが、気にしない方向で行こう。

少し前までは二人とも起きていて、三人で遊んでいたのだが、リリスが眠いということで、三人で川の字(リリスが真ん中)で睡眠。……で、俺だけ早めに起きてしまったわけだ。

二人を起こさないように体を起こし、先日設置したテレビの電源を入れる。

 

『先日発表された、レーティングゲーム国際大会開催につきまして、各神話勢力での話し合いのもと、各地で予選大会の準備が着々と進んでおります。それにつきまして、当番組では━━』

 

そこまで聞いてテレビのチャンネルを変える。

レーティングゲーム国際大会。俺は関係ないと言いたいところだが、そうもいかない。

むしろ、俺はそこに飛び込むことになるのだ。

 

━━俺の意思は関係なく、文字通り強制的に。

 

再びため息を吐き、数日前、俺がリアスたちに秘密を告白した直後のことを思い出す。

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

「━━さて、ロイからの話が終わったところで、俺とサーゼクスから話がある」

 

話に見切りをつけたアザゼルは、サーゼクスに一瞥をくれてからリアスたち『若手四天王(ルーキーズ・フォー)』に目を向ける。

それに真っ先に反応したのはヴィンセントだった。

興奮した様子で前のめりになりながら訊く。

 

「もしや、一部で噂されているあれのことですか!」

 

それにサーゼクスが頷き、苦笑した。

 

「その通りだよ。どこから漏れたのかは、今回は聞かないでおくとしよう」

 

「おぉ!」

 

一人で感嘆の息を漏らすヴィンセントをよそに、アザゼルが数度頬をかいて言う。

 

「なら、話は早いな。もう少ししたらニュースで流していいぜ」

 

「言質もらいましたよ。流しますからね」

 

ロイは勝手に話を進める三人を興味なさそうに眺め、欠伸を噛み殺すと、サーゼクスに問いかけた。

 

「━━で、何を始めるつもりなんだ?」

 

「レーティング・ゲームを悪魔だけでなく、各勢力から選手を募って行う、『レーティング・ゲーム国際大会』だよ」

 

『ッ!』

 

「ほぉ……」

 

サーゼクスの発言に、驚愕を露にするリアスたちと、不敵に笑むヴァーリをよそに、サーゼクスは続ける。

 

「細かなルールは通常のものに合わせつつ、多少の変更をいれるつもりだから、よろしくね」

 

サーゼクスの言葉に真剣に頷く面々をよそに、ロイはあくまで呑気な様子だった。

 

「まあ、あんだけ頑張ったんだから、祭りのひとつやふたつあってもいいだろうよ」

 

我関せずと言った様子で言うと、アリサが目を輝かせながら言う。

 

「す、すごいですよ!なんか、こう、盛り上がりそうです!」

 

「確かに、見てるだけでも楽しめそうだな!」

 

それに返すのはクリスだった。

彼も興奮した様子で言うが、口外に出るつもりはないと言わんばかりの二人を一瞥し、ロイはリアスたちに笑みを向けながら言う。

 

「そうだな。そんなわけだから頑張れよ、若いの」

 

━━と、明らかにやる気無しのロイに対して、アザゼルは申し訳なさそうに告げた。

 

「ああ、ロイとツヴァイは出てくれ。二人は強制な」

 

「あ?なんでだよ……。下手に戦って『因子』が活性化したらどうすんだ」

 

「……俺にまだ戦えというのか」

 

面倒臭そうに返すロイと、心底嫌そうな声音で返すツヴァイだが、アザゼルは何てことのないように言う。

 

「その『因子』がどうなるのか、腕輪のアップデートのためにもデータが必要なんだよ。ツヴァイのほうもそれに同じな」

 

「だが━━」

 

「最悪何かあったら、隔離空間に飛ばせるようにしておくから心配すんなって」

 

言い返そうとした矢先にこれである。

 

「む、むぅ……」

 

「そうか……」

 

腕輪組の二人はなにも返せず、ロイは唸り、ツヴァイは無表情で頷いた。

そんな二人の様子に、クリスとアリサは苦笑した。

 

「俺たちもお供しますよ。眷属ですし」

 

「はい!『(キング)』が出るのに眷属が出ないなんて、ありえません!」

 

ロイが眷属二人に小声で「すまねぇな」と呟くと、困り気味のロスヴァイセと黒歌が視界に留まる。

何かに迷っているように見えるのは気のせいではないだろう。

ロイはそう判断すると、なぜ悩んでいるのかを考え、すぐに答えにたどり着いた。

ロスヴァイセはリアスの眷属として参加するか、否か。

黒歌はヴァーリチームとして出るか、否か。

二人はその狭間で迷っている。

そんな二人の様子に、ロイに比べて少し遅れて気づいたのか、それぞれのリーダーは言う。

 

「あなたの好きなようにしなさい」

 

「おまえの好きなようにするといい」

 

放たれた言葉こそ違えど、込められた意味は同じもの。

その言葉を受けた二人は、

 

「そ、そうします」

 

「じゃ、そうさせてもらうかにゃ」

 

片や申し訳なさそうに、片や嬉しそうに返した。

ロイは思わずため息を吐く。

 

「メンバーは後にするとして、俺ってどういう立場で出るわけなんだ?悪魔代表チームのひとつって訳でもねぇだろ」

 

彼の少し不満気な声音の問いに答えたのはアザゼルだ。

清々しいほどの笑みを浮かべ、ロイに告げた。

 

「それは追々ってことで、な。俺に任せとけ」

 

「「「………」」」

 

ロイ、ロスヴァイセ、黒歌の三人は半目でアザゼルを睨み、睨まれた本人はそれを笑顔で無視する。

だが、その三人がアザゼルを睨んでいる横で、セラフォルーが何か覚悟を決めた表情をしていることと、ミカエルが顎に手をやりながら真剣な顔をしていることに、気づくことはなかった━━━。

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

先日の一件を思い出し、再びため息を吐く。

俺は面倒は嫌いだし、しばらくは家でのんびり静養を決め込みたかったんだが、そうはいかないようだ。

左手首に巻かれた腕輪に目をやり、小さく息を吐く。

逃げたところで、すぐさま追いかけてくるんだろう。俺とツヴァイの内に仕込まれたものは、むしろ苛烈を通り越した激戦を望んでいる筈だ。

俺という殻を破るタイミングを、今か今かと狙っている。どうやってそれを抑えるかは、俺たちとアザゼルたちの努力によるってところか。

 

「どうかしたにゃ……?」

 

いつの間にか目を覚ましていた黒歌が、背中から優しく抱きついてきた。

背中に感じる柔らかさを堪能しつつ、首に回された細い腕に手を添えた。

 

「悪い、起こしちまったか?」

 

「別に、ちょっと寝すぎちゃったかにゃってね」

 

そう言うと欠伸(あくび)を噛み殺し、猫耳をぴこぴこ動かしながら俺の耳たぶを甘噛みしてくる。

今さら驚くことはなく、受け入れながら窓の外に目を向ける。

 

「あいつら、大丈夫かね」

 

「ま、大丈夫っしょ。戦場に放り込まれるわけじゃないし」

 

二人でそんな事をぼやき合う。

今日、この屋敷にはあまりヒトはいない。

まあ、メイドとか執事はいるだろうが、父さん、母さんを初めとしたヒトたちは外に出ている。

結構大事な行事が執り行われるので、それに参加しに行ったのだ。

俺も行きたかったのだが、立場がそれを許してくれない。『因子』が暴走して何かあったら、取り返しがつかないからだ。

代わりといってはなんだが、現場にはツヴァイと俺の眷属たちに向かってもらった。

『因子』の量、純度の都合上、ツヴァイのほうが俺よりも安定してあるから、まだ安心だ。

対外的に、ツヴァイを俺として扱うことも視野に入れているとも考えられる。

まあ、遺伝子的にはツヴァイのほうが昔の俺に近いんだよな。

色々と考えることが多いなか、黒歌が俺の頬を撫でる。

 

「あんまり考え込んでも仕方ないにゃ。不自由だろうけど、決められたなかで自由にすればいいじゃない」

 

「それもそうだな」

 

苦笑混じりにそう返し、一旦黒歌の腕をほどいて、反転して彼女を正面に捉える。

 

「ま、面倒だろうが付き合ってもらうぜ?」

 

「ふふ、あんたと一緒なら何でもいいにゃ。まあ、楽しければなお良しって感じだけどにゃ」

 

ニコニコと笑いながら言った黒歌は、今度は正面から俺に抱きついてきた。

俺の胸に顔を埋めながら、呟く。

 

「……あんまり無茶はして欲しくないけどね」

 

「無茶はしねぇよ。もう二度と、な」

 

出来るだけ優しく頭を撫でてやると、嬉しそうに顔を埋める俺の胸元に頬擦りしてきた。

 

「なら、いいけどにゃ!?」

 

顔を上げて笑んだ途端、何かに驚いた様子で俺に抱きつく力を強めた。

疑問符を浮かべる俺をよそに、黒歌はピクピクと痙攣しながら俺の服を噛んで、声が出ないように必死に耐えている様子だ。

俺は部屋の中を見渡し、彼女が驚いた原因を探すと、それはすぐに見つけることが出来た。

 

「えへへ……あむ………」

 

「んん!」

 

……リリスが黒歌の尻尾を口に含んでいるのだ。それに加えて手でしごいている。

猫又の急所って奴なのかね?

 

「ロ、ロイ……!こ、この子、とめ、止めてにゃ……!は、はやくふぅん!」

 

「どうしようかなぁ。止めてやりたいけど、リリスが楽しそうだからなぁ」

 

我ながら邪悪な笑みを浮かべていることだろう。

俺の笑みを見た黒歌は、必死に声を抑えながら抗議的な視線を向けてきた。

それを無視して俺も暇なので、いつかのように黒歌の猫耳を弄り始める。

 

「ここか?ここがいいのか?ほれほれ」

 

「も、やめ、てぇ……」

 

黒歌が何か言っていたが、それを無視して猫耳を弄り続ける。

あいつら、早く帰ってこねぇかな……?

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

時を同じくしてグレモリー家所有の電車内。

 

「━━何か用か」

 

いつもと違う貴族服に身を包んだ彼━━ツヴァイは、相変わらずの無表情で電車内にいる人物たちにそう告げた。

そんな言葉を受けた青年━━兵藤一誠をはじめとしたリアスの眷属たちと、兵藤一誠の両親は、何とも言えない表情を浮かべる。

彼がどういった経緯で生まれ、その後保護されたのかは説明されている。

だが、彼とこうして面と向かいあうのは、ほとんどのメンバーが今日が初めてだった。

そして、その第一声が「何か用か」である。困惑して当然だろう。

そんな一誠たちの表情を見て、ヴェネラナはツヴァイを小突いた。

 

「『自己紹介』は教えたはずですよ?」

 

「紹介する『自己』がないと言ったはずだ」

 

小突かれたことを気にする様子もなく、ヴェネラナの苦言をそう断じた。

それを受けたヴェネラナは額を押さえ、それを横で見ていたジオティクスがため息を吐いた。

 

「申し訳ない、皆さん。なかなか難しい性格でして……」

 

「そうか?」

 

「そうね」

 

「そうか」

 

ジオティクス、ヴェネラナとの掛け合いを終え、小さく息を吐くツヴァイ。

一誠たちは苦笑混じりに首を捻るが、ロスヴァイセが苦笑した。

 

「えっと、ロイさんの新しい眷属になったツヴァイくんです」

 

「よろしく頼む」

 

ロスヴァイセの紹介を受けてツヴァイが一礼した矢先、再びヴェネラナが彼を小突く。

 

「敬語は教えたはずですよ」

 

「む?むぅ……」

 

小さく唸るツヴァイの横で、クリスとアリサ、ジルの三人は苦笑していた。

この少年と、向こう数百年間行動を共にするのだ。なかなかに苦労することだろう。

そんな中、見慣れない貴族服を着た一誠が、苦笑しつつも右手を差し出した。

 

「えと、とりあえず、よろしくな!」

 

「……」

 

スーツ姿のクリスが、困ったように一誠の右手を見つめるツヴァイの肩を叩き、耳元で告げる。

 

「(握手だ握手。右手出せ)」

 

指示通りに勢い良く右手をまっすぐ前に出し、一誠の顔すれすれで止める。

風圧で一誠と、彼の後ろにいたリアスの髪が揺れる。

驚愕する一誠とリアスをよそに、ツヴァイは首を傾げた。

 

「……右手を出すのだろう?」

 

彼の発言に、車内の全員がため息を吐く。

そして、ヴェネラナが怖いほどの笑みを浮かべながら彼の肩に手を置いた。

その笑顔を受け、ジオティクスとリアスが怯え始めるのだが、ツヴァイは狼狽えない。

そんなツヴァイにヴェネラナは言う。

 

「とりあえず、今日は大人しく私たちについてきなさい」

 

「わか……りました」

 

不器用に返すツヴァイに苦笑しながら、ヴェネラナは内心で懐かしんでいた。

 

━━あの子もここまで難しい性格はしていなかったわね。

 

目の前にいる青年の父親が、もっと幼かった頃のことを思い出していると、電車がゆっくりと減速していく。

それにハッとしたのは一誠だった。

緩んでいた空気が一変し、再び張り詰めていく━━とまでは言わないものの、多少の緊張が混ざり始める。

 

━━この日は、兵藤一誠が上級悪魔へと昇格する儀式の日なのだ。

 

そんなこと知らぬと言うように、固めた髪が気になるのか、ツヴァイは髪を弄り始める。

その後ろで、ドレス姿のアリサとジルがため息を漏らす。

 

「また髪をセットしてもらわないといけませんね……」

 

「やれやれ、この際坊主にでもしてしまうか?」

 

「む」

 

女性陣の苦言と提案に、何となく嫌な予感を感じたツヴァイだが、特に気にした様子もなく、自身の髪を後ろに流す。

彼の髪型がオールバックになるのと、電車が止まったのはほぼ同時。

彼らはここからさらにリムジンで移動をすることになる。

電車から降りた彼らを待ち受けていたのは、彼らを一目見ようと集まってきたヒト、ヒト、ヒトである。

 

「……!」

 

ツヴァイは初めて見る光景に目を見開きながら立ち尽くし、一拍開けてたかれたカメラのフラッシュで視界を焼かれた。

それに気づいたクリス、アリサ、ジルの三人が彼のカバーに回り、ヴェネラナが彼の手を引き、警備員の先導でリムジンを目指す。

半ば投げ込まれる形でリムジンに乗り込んだツヴァイは、座席の感覚を確かめつつ目を擦り、何度も瞬きを繰り返していた。

彼の横に座ったアリサが、心配そうに彼の顔を覗きこむ。

 

「あの、大丈夫ですか……?」

 

「ああ……」

 

「これからこういう機会が増えていくだろうから、今のうちに慣れておくことだ」

 

ジルはそう告げ、リムジンの窓から外を眺める。

前方を走る一誠たちの乗ったリムジンと、ヴェネラナとジオティクスが乗るリムジン、その二台に続く彼女らが乗るリムジンを囲むように、手配されていた警備車両が並走し、後ろからはマスコミの車が一定の感覚を開けて追いかけてきていた。

「仕事熱心なことだ」と言いながら足を組み、ドレスのスリットから、染みひとつない白い太ももが覗く。

━━が、クリスとツヴァイは一切気にした様子はない。

十年近く一緒に過ごした━━もはや家族を呼んでいいほどの━━ヒトに、そう言った感情を持つほど、クリスは子供ではない。

それに対して、彼女とはほぼ初対面のツヴァイのほうは、根本的にそう言った感情を持ち合わせていないのだ。

そんな男二人の反応につまらなそうに息を吐くジルだが、アリサから向けられる羨望の眼差しに気づく。

 

「ふふ、そこまで不安に思うことはないさ」

 

「うう……、そうですかね……?」

 

ジルの胸と太ももに目をやり、次に自身の体に目を向ける。

周りにいる女性と比べて控えめの━━リアスをはじめとして、そもそも比較対象がおかしいのだが━━胸と、少し痩せすぎと思える太もも。

 

━━もう少し、肉付きがいいほうがいいのかな……?

 

重いため息を吐くアリサだったが、不意に彼女に声をかける男がいた。

 

「……どうかしたのか」

 

ツヴァイである。

精神的に幼いなりにも何かを察したのか、彼なりにフォローしようとしたのだろう。ただの好奇心の可能性が高いが。

だが、彼に相談してどう返ってくるのか、彼女は考えた。

 

『もう少し、肉付きがいいほうがいいんですかね?』

 

『……?』

 

何を言われているのか理解出来ていない彼の顔が思い浮かぶ。

 

『胸とか、大きいほうがいいですよね……?』

 

『……動きにくくないのか?』

 

何の悪意もなく、ばっさり切り捨てられることが思い浮かぶ。

 

『私のことどう思いますか?』

 

『……どう、とは?』

 

質問を理解出来ていないことが思い浮かぶ。

 

━━は、八方塞がりです……!

 

助けを求めるようにジルに目を向けるが、クリスに駄弁ってそれに気づいてくれない。

否、気づいていて助け船を出していない。

現に、彼女の顔には会話とは別に、楽しそうな笑みが貼り付いているのだ。

あうあうと魚のように口を開閉させているアリサの頬に、突然手が添えられた。

ビクッと体が反応させたが、視線だけでその手の主に目を向ける。

 

「……大丈夫か」

 

ツヴァイは無表情でありながら、ほんの僅かに心配しているような声音でアリサに声をかけた。

彼の心使いに感謝しつつも、強がるように笑みを浮かべて彼に言った。

 

「だ、大丈夫です!ツヴァイさんのほうこそ、大丈夫でしたか?その、さっきまで目を庇ってましたけど……」

 

「少し驚いただけだ。問題ない」

 

瞼を撫で、簡単に返すツヴァイ。

驚いたというだけでも、彼も少しは成長したということだろう。

 

「なら、大丈夫ですね。私も大丈夫ですから……」

 

「そうか」

 

ツヴァイはそう返すと、窓の外に目を向けた。

見たこともないヒトの数と高層ビル群に、興味津々といった様子━━しかし、無表情━━で、世話しなく視線だけを動かしている。

そんな彼を見守る保護者たちが微笑し、それに気づいたツヴァイが首を傾げる。

そんなことを何度か繰り返しているうちに、彼らの乗ったリムジンは、会場の関係者入り口の方へと入っていく。

 

「では、降りる準備でもしようか。もっとも、特に何かあるというわけでもないが」

 

ジルは何てことのないようにそう言うが、その目には警戒の色が強い。

原因は、間違いなくツヴァイ絡みである。

彼が何かするかもしれないということと、彼に何かしてくるかもしれない。

二つの問題を同時に警戒し、それに対応していかなければならない。

 

━━せっかくの式典だというのに、料理を楽しむ余裕はなさそうだな。

 

彼女は小さくため息を吐き、ツヴァイたちを引き連れてリムジンを降りる。

事情を知らないヒトが見れば、ジルが『(キング)』で、それ以外の三人が眷属と思われるだろうが、ジルはフリーであり、三人はまた別の人物の眷属である。

 

 

 

 

 

準備と着替えのために一誠とリアスは控え室に向かい、彼らと別れて会場に入ったリアス眷属とツヴァイたちは、いわゆる関係者席に通されていた。

既に有名どころであるリアス眷属たちに向けられら視線には、歓迎の色が多いが、それに対してツヴァイたちに向けられるものには、怪訝としたものや、隠す気のない敵意が込められたものすらある。

むしろ、ツヴァイを的確な異物として捉えているものがほとんどだ。

だが、ツヴァイはそんなもの気にしない。気にならない。そんな余裕はない。

隔てるものもなく、大勢のヒトから様々な視線を受けるツヴァイは、それらがどういったものかを考えなければならない。

考えたところでわかるものでもないとわかったのか、ツヴァイはジルに声をかけた。

 

「……睨まれているのか?」

 

「気にするな。式が始まれば、こちらに気にする余裕はなくなる。それに━━」

 

ジルはどこから拝借してきたのか、ワイングラス片手にそう返すと、その中身を一息で飲み干し、ホッと息を吐き、ツヴァイに告げる。

 

「『無視する』というのも、選択肢のひとつということさ」

 

「なるほど……」

 

彼が一人で納得していると、盛大な音楽が会場に鳴り響く。

式が始まり、ジルの言うように彼に向けられた視線が落ち着いていく。

今日この場所での主役は一誠だ。ツヴァイは、視界の端に映る『誰か』でしかないのだ。

 

 

 

 

 

式は滞りなく進み、何事もなく終了した。

ツヴァイにとって大変だったのはその後だ。

式が終わり、ヴェネラナとジオティクスの挨拶回りに強制的に付き合わされ、それを済ませると、休むことなく二人に引っ張られる形で一誠たちの控え室に向かう。

慣れないことの連続で疲弊していたツヴァイが控え室に放り込まれるのと時を同じくして、一誠とリアス、レイヴェルの母親の間で『トレード』が行われたのだ。

アーシア、ゼノヴィアの二人がリアスの眷属から一誠の眷属に移籍し、レイヴェルを彼女の母親から譲り受けた。

上級悪魔になって一時間足らずで眷属三人を抱えることになった一誠だったが、話題は『レーティングゲーム国際大会』のほうへと向かい始める。

基本的には、一誠はどうするのか。というのが話題の中心なのだが、不意にツヴァイのほうに質問が飛んだ。

質問したのは、レイヴェルの兄であるライザーだ。

 

「それにしても、見れば見るほどロイ様にそっくりだ。おまえも出るのか?」

 

「ああ。アザゼルに出ろと言われてな」

 

隠すつもりもなく言うと、ライザーは苦笑した。

 

「口の悪さは目を瞑ろう。だが、もう少し愛想良く話したほうがいいと思うぞ?」

 

「お兄様がそれを言いますか?」

 

「………」

 

レイヴェルの突っ込みを受け、口の端をひきつらせるライザー。

無表情で疑問符を浮かべるツヴァイだったが、不意にかけられた声で我に帰る。

 

『まあ、そう言ってくれるな。まだまだ成長中ってな』

 

机の上に展開された連絡用魔方陣に投影された、手のひらサイズのロイがそう返したのだ。

突然の登場に驚く一誠に、ロイは気さくに声をかける。

 

『久しぶりだな、イッセー。とりあえず、おめでとう』

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

困り顔で返す一誠に、ロイは申し訳なさそうに言った。

 

『出来れば直に会って言いたいんだが、いざ会うとなると、な……』

 

左手の腕輪を撫でながら言うと、ツヴァイが続いた。

 

「俺でも平気なら、大丈夫だろう」

 

『かもしれねぇけどさ……。万が一グレートレッドの力に反応してみろ、考えたくもねぇ』

 

そう返されたツヴァイは、また小さく「むぅ……」と唸った。

『困ると唸る癖があるんだな』と苦笑するロイに、ツヴァイは「そのようだ」と返す。

何だかんだで仲の良い親子の姿に、ヴェネラナは小さくホッと息を吐いた。

 

「とにかく、もうすぐパーティーが始まるわ。そろそろ移動しないと。主役が遅刻だなんて、格好がつきませんわ」

 

それに同調したのはレイヴェルの母親だった。

レイヴェルをその場に残し、車を待たせているからとライザーを引き連れて一足先に会場に向かう。

二人が控え室を後にして、イッセーたちも出るかと準備を始めたとき、また誰かが控え室に入ってくる。

青光りする黒髪を持つ、中学生ほどの少年。端正な顔立ちをしている。

その少年は身構える一誠に目を向け、小さく笑んだ。

 

「へぇ……。初めて見るけど、噂通りの面と違う面が見える。とりあえず、賛辞を贈ろう、赤龍帝」

 

一人で拍手する少年に対して、部屋にいる面々は誰一人として返すことが出来なかった。

彼が放つ圧倒的なオーラが、口を閉ざしているのだ。

……それを感じることの出来ない一誠の両親と、映像越しのロイ、何か違和感程度にしか感じていないツヴァイを除いて、だが。

少年は拍手を止めると、ツヴァイとロイに目を向けた。

 

「そして、黙示録の獣の力を継いだ者たち、か。面白い」

 

愉快そうに笑みを浮かべる少年に対して、ツヴァイは告げた。

 

「━━迷子か?保護者はどうした」

 

『ッ!?』

 

『あっはっはっ!マジかよ、おまえ!このオーラを放つやつにそんなこと言えるのか!ある意味流石だぜ!』

 

驚愕するリアスたちと、豪快に笑うロイ。

ロイの爆笑に釣られてか、少年の後を追うように三人の男が入ってくる。

 

「おいおい、誰だロイを連れてきやがったのは?って、映像か、びっくりした……」

 

「流石にここに連れてくるわけにはいかないと話したはずだ。それに、腕輪を作ったのはそちらだろう、確認したらどうだ?」

 

まず入ってきたのはアザゼルとアジュカだ。

二人は映像越しに笑い転げるロイに目を向け、苦笑を漏らした。

二人に続いて現れたのは、またも男性だった。

強力な神性を纏って、それに引けを取らないほどの覇気を放っている。

長い黒髪、ガタイの割に透き通るほどの白い肌を持ち、サリーを身に纏っている。眼光も鋭く、それをイッセーに視線を合わせた。

 

「ほう、これがアポプスを倒した『燚誠(いっせい)の赤龍帝』か」

 

品定めをし、合格したような口ぶり。

次に男性はいまだに笑い転げるロイにも視線を向けた。

 

「そして、トライヘキサの力を継いだ男と」

 

合格と言うように頷き、そのままツヴァイにも目を向け、顎に手をやる。

 

「━━そして、その息子と言ったところか」

 

ツヴァイにはまだまだと言った様子の視線を向けた男性が再びイッセーに目を向けると、アジュカが言う。

 

「イッセーくん、ロイくん、ツヴァイくん。このお方がキミたちに会いたいとおっしゃられたものだから、お連れした」

 

アジュカはそう言うと、少年を紹介を始める。

 

「━━シヴァ様だ」

 

『ッ!?』

 

再びの驚愕が控え室を駆け抜けるが、いまだに笑い転げるロイと、まず誰のことなのかわからないツヴァイはそこに含まれなかった。

そんなツヴァイの様子に気づいてか、シヴァが自己紹介を始める。

 

「はじめまして、リアス・グレモリーの関係者の皆様。僕はインドの三柱神の一柱(ひとはしら)たるシヴァだ。今後は長い付き合いになるだろうから、改めてよろしく」

 

そう言いながら、イッセーに右手を差し出して握手を求めた。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

イッセーは恐る恐ると言った様子で握手に応じる。

その横で、

 

「なるほど、握手とはそうするのか」

 

ツヴァイが他人事のように呟いた。

目に溜まった涙を拭い、ロイは脇腹を押さえながら言う。

 

『いや、教えたと思ったんだがな。まあ、また今度でいいか』

 

自由に話し始める紅髪親子を他所に、サリーを身に纏った男性が言う。

 

「私はマハーバリという。上級悪魔昇格おめでとう、赤龍帝」

 

「……誰だ」

 

ツヴァイの無遠慮の問いに、ロイは耐えきれずに吹き出す。

アジュカは苦笑しながらツヴァイに告げた。

 

「阿修羅神族の王子だよ」

 

「阿修羅神族、とは?」

 

「それは━━━」

 

ツヴァイの質問への解答をアジュカに任さ、マハーバリは続ける。

 

「ロイ・グレモリー、貴殿とは会いたいと思っていた。邪龍戦役での活躍は耳にしている。私も貴殿と共にトライヘキサと打ち合いたかったぞ」

 

『そ、それはどうも……』

 

必死に笑いを堪えるロイは、そうとしか返せない。

アザゼルから「真面目にやれ」と言われたロイは、自分を落ち着かせるように大きく息を吐く。

 

『いやー、息子が勤勉で嬉しいなっと。それでは改めて、映像越しで失礼する、マハーバリ殿。俺はロイ・グレモリーだ。息子がとんだ失礼を……』

 

「いや、話は聞いている。好奇心旺盛なのはいいことだ」

 

大して気にする様子もなく返したマハーバリに、ロイは小声で礼を言う横で、シヴァは一誠を見て楽しそうにしていた。

 

「性欲に正直と聞いたが、そのようには見えないよ。ハーレム王が夢だっけ?」

 

「は、はい!夢はハーレム王です!服を透視できる新技を開発中です!」

 

極度の緊張のせいか、とんでもないことをカミングアウトした一誠だったが、そこにロイからの横槍が飛んだ。

 

『別にそれは良いが、俺の恋人に使うなよ?使ったら……』

 

「わかってます!わかってますから!そんな睨まないでください!』

 

仲良さげな━━実際に戦ったら大惨事不可避の━━二人のやり取りを眺めながら、シヴァは苦笑する。

 

「破壊神を前にしてそこまで出来るなら、きっと大物になるね」

 

『ああ、申し訳ない。ロイ・グレモリーだ、よろしく頼む』

 

「敬語というものは使わないのか?」

 

『……忘れてた』

 

「そうか……」

 

いちいち会話をぶった切ってくるツヴァイの一言を気にしつつ、シヴァは続ける。

 

「ロイ・グレモリー。キミは『紅髪の斬り裂き魔(クリムゾン・リッパー)』と恐れられ、殺意によって成長したと聞いているよ」

 

『それは昔の話です。今はだいぶ落ち着きました』

 

ロイが敬語を使うことを心がけながら返すと、シヴァは何かに納得したように何度も頷く。

 

「それだ。赤龍帝は煩悩から、ロイ・グレモリーは殺意により新たな力を身に付けてきた。だが、今の二人を見たら、そう思うヒトはいないだろう」

 

そこまで言うと、シヴァは二人に問いかける。

 

「キミたちはそれぞれ何を望んでいる?やはり、女?それとも富?」

 

ロイが考えていると、イッセーが先に答える。

 

「どっちも欲しい。………というのではないんですかね?」

 

シヴァはイッセーの言葉に首を横に振り、言い直す。

 

「もっと根底だ。いま、一番欲しているのはなんだい?個ではない。全とした場合だよ?」

 

さらに小難しくなった質問に、ロイは瞑目して自身の胸に手を当てた。

ロイが何かを解答しようとしているからか、周りの人物も自然と黙りこんでしまう。

部屋が静寂に包まれるなか、ロイはゆっくりと目を開く。

 

『━━破壊と闘争。守護と平穏』

 

右目の瞳孔が縦に裂け、禍々しいほどの深紅の輝きを放ち、対する左目は、優しげな(あお)い輝きを放っていた。

トライヘキサとしての言葉と、ロイとしての言葉。その二つが続けて発せられた。

アザゼルたちは、その言葉に表情を曇らせる。

矛盾を抱えているが、確かな意志の込められた四つの言葉。

だが、片方の内容が物騒すぎて、シヴァ、マハーバリ、ツヴァイを除いた面々の表情は険しいものとなった。

シヴァはそんな彼に言う。

 

「神すらも恐れさせる獣の本能は、そう簡単に消えることはない、か」

 

そこからは、文字通りの警告だった。

 

「破壊と創造は深い繋がりがあると言うが、キミのもたらす破壊はただそれまでだ。その後にあるはずの創造が欠けている」

 

『……』

 

破壊を司る神からの警告に、ロイは聞き入っていた。

その横で、彼と同じ『因子』を持つツヴァイも耳を傾けている。

シヴァはどこか残念そうに息を吐き、ロイと一誠に告げた。

 

「まあ、話しはまた今度、個人的にさせてもらおう。なに、まだ時間はあるし、やることもただの()()さ」

 

「『?』」

 

ロイと一誠は小さく首を傾げるが、そんなものお構いなしにシヴァはマハーバリに声をかけ、控え室を後にしていった。

シヴァは部屋を出る間際、部屋にいる全員に言う。

 

「ただ、ひとつだけ言わせてもらおう。僕と誰かが戦争を始めたら、出来れば僕の陣営に来て貰いたいね。それじゃあ、また」

 

シヴァはそう告げると、後は黙って部屋を出ていく。

先程とは打って変わり、強烈な殺意を孕んだ波動を放つマハーバリが、彼らに告げた。

 

「私もそうなることを望む。貴殿らとは、命の奪い合いはしたくない」

 

ロイたちには、なぜ彼が殺意立っているのかはわからない。だが、その『誰か』と何かしらの因縁があるのだろうと予測できた。

二柱の神々が部屋を後にし、アザゼルとアジュカが少し慌てながら彼らを追いかける。

何とも言えない雰囲気が部屋を支配するなか、ロスヴァイセが映像越しにロイを睨む。

彼女に睨まれても、当のロイは気にした様子はない。

 

「あのですね、ロイさん?もう少し言葉を選んでください」

 

『家族を守るためなら、何だろうがぶっ壊す程度には思っているんだが……』

 

「そう思ってくれるのは有難い……有難い?のですけど、無理と無茶はやめてください!」

 

『へいへい……』

 

ロイはテキトーな返事をすると、一誠たちに言った。

 

『まあ、色々あったが、パーティーを楽しんでこい。ああ、ツヴァイを頼む』

 

ロイの言葉に頷く面々。

それを受けたロイは満足げに頷き、連絡用魔方陣を解く。

ロスヴァイセは一瞬のうちに消えたロイにため息を吐き、一誠たちに言った。

 

「とりあえず、行きましょう。ロイさんがロイさんとして生きられるように、私たちは頑張るんですから……」

 

覚悟を決め終えた表情をするロスヴァイセに、リアスたちは頷いて返す。

その時が来ないように祈りながら、その時に備えなければならない。

彼女たちの心労が絶えることは、ないだろう━━━。

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

ロスヴァイセたちがパーティー会場に移動している頃。

グレモリー屋敷、ロイの自室。

 

「ちょっと脅かしすぎたか……?」

 

部屋の主であるロイはベッドに腰掛け、先程まで一誠の昇格式が中継されていたテレビを見ながら、顎に手をやり、苦笑していた。

想ったことを想った通りに口にしたのに、ロスヴァイセたちを困らせてしまったのだ。

 

━━まあ、今に始まったことじゃねぇか。

 

視線をベッドに戻すと、そこにいるのは一人の女性と女の子。

 

「ろっか~、へいき~?」

 

寝ぼけ眼のリリスが、ぐったりとしている黒歌を揺すっていた。

心配されている当の彼女だが━━、

 

「━━━━」

 

先程まで続いていた二人の責めにより、完全に放心状態となっていた。

今この場にいない面々がそれを知ることになるのは、少なくとも、今日ではないことは確かだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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