グレモリー家の次男 リメイク版   作:EGO

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Return life04 説教

黒歌たちと別れてから数分。

俺━━ロイはたった一人で屋敷内を徘徊していた。

 

「……またここか」

 

本来執務室がある場所に、何もない。

扉があるはずの場所には壁だけがあり、触れてみても何か起こるわけでもない。

もしかしなくても、これは━━━、

 

「また改築しやがったな……」

 

誰もいないことをいいことに、絶対に母さんたちの前では言えないことを吐き捨てる。

壊されたから改築したのだろう。いや、他の部屋の配置は変わっていなかったから、執務室をもっと防御しやすい場所に移したのかもしれない。それはそれで正しいことだろう。

……俺に伝えられていないことを除いて。

久しぶりにやらかした迷子というものに困惑していると、

 

「……何をしている」

 

俺によく似た声で話しかけられる。

その声の主のほうに目を向けると、そこには一人の青年が立っていた。

鮮やかな紅色の髪に(あお)い瞳。左腕は三角巾で吊られ、右腕には俺と同型の腕輪(俺は黒紅が基調だが、彼のは紅が基調になっている)が嵌められている。

 

「ツヴァイか、久しぶりだな」

 

俺の息子にして眷属である青年━━ツヴァイだった。

ツヴァイは俺を見つけて少し驚いた様子だったが、すぐに真顔に戻って答える。

 

「ああ」

 

思いの外素っ気ない返答に、思わず苦笑が漏れる。

いや、今まで敵同士だったわけだし、生まれてからまともな教養は受けてねぇだろうから、仕方ねぇのか……。

一度肩をすくめ、あの戦いで斬り飛ばしたはずの左腕を見ながら訊く。

 

「その腕、義手だよな?」

 

「そうだ」

 

左腕を一瞥すると、ぎこちなく開いたり閉じたりし始めた。

思い通りに動いてくれない腕にイラついたのか、少し不機嫌そうに言う。

 

「あんたの細胞を元に作られた腕を微調整したものだ。『生きた義手』とかいうものをつけた」

 

「ああ、あれか。作ってもらったな、そんなもの……」

 

少し遠い目をしながら言った。

アジュカ様が用意してくれたが、最終的に使うことのなかった義手。まさか、こんな形で使われるとは思わなかった。

 

「━━で、その腕輪はどうした」

 

右腕の腕輪を指差し、再び問いかける。

 

「こっちか?あんたが(コア)を抜いてくれたのはいいが、まだ『因子』が残留しているらしい。あんたに比べれば少ないが、念のためだそうだ」

 

「そうか。まあ、生きているんならそれでいいさ」

 

俺が微笑しながら言うと、「そうだな」と返ってきた。

……ここまで素っ気ないと、もはや愛想がないとか思われそうだな。

 

「━━で、リリスは?クリスたちといるのか?」

 

「あんたの眷属はベルゼブブのところに手伝いに行った。リリスは兵藤一誠たちの家にいる」

 

あら、ここにはいないのか。ミリキャスとじゃれ合わせて和もうと思っていたのに。

まあ、それはまた後日ということで本題に入る。

 

「なあ、執務室はどこだ?」

 

「執務室……。ああ、あそこか……」

 

顎に手をやって思慮すると、思い当たる場所があったようで、廊下の向こう側を指差した。

 

「そこなら、たしか━━━」

 

「あら、何をしているのかしら?」

 

ツヴァイが答えようとすると、彼の背後から言葉を遮る形で、俺が最も恐れるヒトの声が聞こえてきた。

ツヴァイは振り向くと、小さく頭を下げる。

 

「あら、やっと一礼を覚えたのね」

 

「ああ。!━━ッ」

 

テキトー(おそらく本人は真面目)に返した途端、ツヴァイの頭にアイアンクローが放たれる。

ツヴァイはすんでのところで避けたが、おかげでそれを放ったヒトと目が合うことになった。

 

「言葉使いは、また今度にします。今は━━」

 

俺はそっとツヴァイの影に隠れようとしたが、そのヒトの(おそろ)しい笑みが視界に映る。

 

「こんなところで息子とスキンシップだなんて、急に父親らしくなったのではありませんか?ねぇ、ロイ」

 

「か、母さん……」

 

俺が最も恐れるヒト━━俺の母親であるヴェネラナ・グレモリーが、顔に笑みを貼り付け、じっと俺のほうを見てきていた。

母さんの登場に思わず身構えてしまうが、ツヴァイは不思議そうに首を傾げた。

 

「何を怖がっている。優しいヒトだと思うが」

 

何を言い出すのかと思えば、いきなりすげぇことを言いやがったな……。

固い笑みを浮かべる俺をよそに、母さんは笑う。

 

「あら、優しいだなんて嬉しいわ。そこで縮こまっている息子にすら滅多に言われなかったのに」

 

「……な、なんか、すんません」

 

萎縮しながら小声で謝ったが、母さんの耳に届いただろうか。

母さんは「さて……」と一度手を叩くと、俺の首根っこを掴んだ。

母さんは眩しいほどの笑みを浮かべ、俺に告げてくる。

 

「さあ、お説教の時間よ。ついてきなさい」

 

「……はい」

 

ついてきなさいと言われて引きずられる俺をよそに、母さんは廊下で突っ立っていたツヴァイに言う。

 

「あなたは検査も終わったのだから、好きなようにしていなさい」

 

「……そうか」

 

ツヴァイは頷き、俺とは逆方向に歩き始める。そして、手近な位置にあった窓を開くと、そのまま飛び降りて行った。

……あいつ、どこ行くんだ?てか、飛び降りやがったぞ、窓から……。

なんて疑問を考える余裕は、母さんの呟きと共にあっさりと消える。

 

「まったくあの子は……。無邪気な子供のようですね」

 

「まあ、外見はともかく、精神年齢は無邪気な子供っすからね」

 

俺はそう言ってツヴァイを庇うと、その流れのまま問いかける。

 

「……改築したんすね、驚きました」

 

「敬語が可笑しいわよ?」

 

俺の問いはあっさりとぶった斬られ、言葉遣いを指摘された。

言われてみると、なんか変だ。寝ている間に忘れちまったか?

首に手を当て、何度か咳払いをしてみる。いや、意味はないんだろうがな。

 

「いつの間にか、改築したんですね」

 

本当に直っているのかはわからないが、修正を加えて聞き直す。

 

「ええ、色々とありましたから」

 

『色々と』の部分を強調しつつ、言葉を言い切ると共に俺のほうに目を向ける。

ま、まあ、確かに、色々あった。散々やらかした。

母さんの視線から逃れるように目をそらし、愛想笑いを浮かべる。

今回ばかりはやり過ぎたと思う。だが、あの土壇場ではあの手しか思い浮かばなかった。

その結果として、冥府が壊滅、ハーデスは捕縛、俺は少々面倒なことになった。

……いつも通りじゃね?とか思ったが、被害がとんでもないことになってんだな。

俺がボケッとそんな事を思慮していると、ふいに扉が開く音が聞こえた。

どうやら、目的地に到着したようだ。ああ、ここで俺は正座させられて、酷い目に遭うのか……。

俺が諦めをつけると共に母さんの手が離れ、支えを失った頭が床に激突する。

ゴッ……!と鈍い音が床に響き、鈍い痛みが俺の後頭部に走った。

まあ、怪我をした時の痛みに比べれで、蚊に刺されたようなものだ。……相当デカイ蚊にな。

慌てて姿勢を正して正座をすると、俺は間の抜けた表情を浮かべる。

 

「やあ、ロイ。久しぶりだね」

 

「に、兄さん……?」

 

怖い笑みを浮かべる兄さんと、視線が交差したのだ。

こうしてみると、本当に親子なんだなって思う。母さんがぶちギレた時に見せる笑顔にそっくりだ。

それはそれとして、兄さんはオフでも貰ったのか、魔王の制服ではなく、真紅の貴族服に身を包んでいた。

ニコニコ顔の兄さんの後ろには、礼の如くメイド服の義姉さんが待機しており、近くには給仕台が用意されている。

で、兄さんと母さんに挟まれる位置にある社長机のような場所には、怒ってますオーラを放つ父さんが座っていた。だが、二人に比べれば、父さんの怒気はまだかわいいものだ。

俺がボケッとそんなことを考えてつつ、兄さんに訊く。

 

「なんで兄さんまでここに……?」

 

「うん。とりあえず、事態が落ち着いてきたから、旧魔王派の構成員に刺された傷の療養を、とね。たいした傷では無かったけど、『邪龍戦役』から働き詰めだったから、アジュカからも『たまには休め』って言われていたから」

 

きっと俺が何だかんだしている時にも、兄さんは色々とやっていたんだろう。

 

「それは、大変でしたね……」

 

何となく視線をそらしながら言うと、父さんが一度咳払いをした。

俺は思わずビクッと反応し、そちらに目を向ける。

 

「さて、仕方がなかったかもしれないが、セラフォルーくんやロスヴァイセくんたち、私たちに無断で無茶をしたあげく行方不明になり、ようやく帰って来た息子、及び弟に対して、我々から一言ずつ言わせて貰おうと思う」

 

「は、はい……」

 

父さんから面と向かって色々と言われると、余計にとんでもないことをしたんだなと思う。

受け身の姿勢を見せる俺を一瞥すると、父さんは母さんに目を向けた。

 

「では、後の予定が詰まっているサーゼクスからお願いしよう」

 

「ええ、わかりました。では、まずは━━━」

 

ああ、これは長くなりそうだ……。黒歌を待たせてんのにな……。

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

ロイが家族会議を連行されたのと同時刻。

グレモリー屋敷のロイの自室にて。

 

「黒歌、ちょっといいか」

 

「にゃ?」

 

例のマッサージにより、いまだに足腰が立たない黒歌は、ロイのベットに腰をかけて部屋の持ち主の帰りを待っていた。

だが、部屋に入ってきたのはグリゴリのトラブルメーカーにして、技術顧問━━アザゼルだった。

彼の入室に露骨に嫌そうな顔を浮かべる黒歌に、アザゼルは苦笑する。

 

「おまえら、似たような反応するんだな……」

 

「だって、今の私はあいつとにゃんにゃんしたいのよ。それ以外の奴に用はないわ」

 

真剣な顔で言い切った黒歌の言葉に、アザゼルは複雑な表情を浮かべる。

 

「そのロイについての話なんだよ。そのにゃんにゃん?とか言うのにも間違いなく絡んでくる」

 

真面目に切り返してきたアザゼルに、黒歌は首を傾げた。

そんな黒歌の様子にため息を吐き、「やっぱりか……」と呟く。

 

「……他の三人には話してあるし、言われる前からある程度は察していたけどな」

 

「ちょっと、何の話よ」

 

ヴァーリチームの面々と共に、各地で暴走を起こした怪物たちの残党の討伐や、甘えん坊のリリスの世話、妹である白音(小猫)との修行など、何だかんだで忙しかったわけで、いつの間にか進んでいた話から一人だけ仲間外れにされていた黒歌は、明らかに不機嫌そうに返した。

アザゼルはそんな彼女の反応を無視しつつ、話し始める。

 

「単刀直入に言うと、出来るだけあいつとの子作りは避けて━━━」

 

「お断りにゃ」

 

アザゼルの言葉を遮り、黒歌は一言で断じた。

予想通りではあったものの、取りつく島もなさそうな黒歌に、アザゼルは説明を始める。

 

「あいつの体にトライヘキサの『因子』がある以上、子供だけじゃなく、おまえにまで影響が出る可能性がある」

 

「それがなに?そのくらい、問題ないわ」

 

「そのくらいじゃねぇよ。もしかしたら、おまえや、おまえの子供が━━」

 

「あの怪物みたいになるかもって言いたいんでしょ?」

 

黒歌の確認に、アザゼルは頷く。

ロイとツヴァイの体内にあるトライヘキサの因子は、他の生物の体内に入ると、その生物すら食い尽くさんと動き出す。

これはとある馬鹿がやらかした実験により発覚したことだ。その馬鹿は牢屋にぶちこまれ、使われた生物は形容しがたい肉塊へと変わり、最後は腐って塵へとなった。

(くだん)の二人は、リリスの加護や、遺伝子レベルの調整を加えられた結果、腕輪に刻まれた専用の術式だけで抑制することが出来ている。

黒歌たちにもリリスの加護は働いていることも確認してあるが、その子供にまで加護が及ぶのか。

アザゼルの最大の疑問がそこであり、さらに言ってしまえば、出産とは、母子共に大きな負担がかかるものだ。

もし、何かの拍子でその加護が弱まり、『因子』の侵食で母親が衰弱してしまった場合、母子共に間違いなく助からないだろう。

その時、その二人は『ヒト』として死ねるのか。

『因子』が暴走してしまえば、例の実験生物の最期のように、醜い肉塊に変容してしまうことだろう。

アザゼルの心配をよそに、黒歌は訊く。

 

「でもさ、あれじゃないの。グレートレッドの遺伝子がいい感じに『因子』とかいうのを━━━」

 

「残念だが、それはない」

 

アザゼルの発言に首を傾げる。

黒歌の疑問に答えるため、アザゼルは魔方陣からタブレットを取り出してそれを渡した。

 

「あいつの体に、グレートレッドの遺伝子はない。おそらく、『繭』から『本体』が出てくる時に、除外されたんだろう」

 

アザゼルの言葉に、黒歌は目を向けていたタブレットを放り投げた。

「な!?」と声を出しながらアザゼルは急いでタブレットに向けて飛び付き、どうにかキャッチすると黒歌を睨むが、当の彼女はどこ吹く風と言わんばかりの顔をしていた。

 

「ま、どうでもいいにゃ」

 

「良くねぇよ!」

 

アザゼルが思わず怒鳴ると、黒歌は優しく笑みながら自分の下腹部に手を添える。

 

「あいつとの子供は欲しいし、こう見えても私だって母親になりたいのよ?」

 

「それは見ればわかる。だがな、万が一━━」

 

「その万が一が起こったら怖いわよ?でもね」

 

黒歌はいつになく真剣な表情を浮かべ、アザゼルに真っ直ぐ視線を向けた。

 

「そんなに怖がってたら、あいつと一緒にいられないわよ」

 

ロイと共にいるということは、間違いなく様々な問題に直面することになるはずだ。

どうにかロイの力を手中に修めようする者から狙われる可能性もあるし、恨みを持つ者から問答無用で殺される可能性も捨てられない。

だが、それがどうしたと言えないと、きっと、彼の側にはいられない。

 

━━まあ、そう簡単に手を出させるとは思えないけどね。

 

内心でそんな事を思いながら、アザゼルに目を向けると、

 

「……おまえ、本当にあいつに惚れてんだな」

 

呆れたように笑っていた。

黒歌は少しいたずらっぽく笑い、目を細める。

 

「まあにゃ~。そうでも思わなきゃ、他に勝てないっしょ」

 

「━━って、他の奴らも似たようなことを言っていたぞ」

 

アザゼルから投下された爆弾に、黒歌の笑みが止まる。

 

「マジで?」

 

「マジだ。おまえも大変だな」

 

アザゼルはそう言うと不敵に笑み、手元に魔方陣を展開してそこから何かを取り出す。

 

「ま、そういうことだから、ほらよ」

 

それを黒歌に投げ渡し、首を傾げる黒歌に説明する。

 

「ロイたちから得られたデータを元に、『因子』を予防する腕輪を用意した。でもな、過信はすんなよ?あいつとにゃんにゃんしたら、早めに検査を受けてくれ」

 

「……あんたがにゃんにゃんなんて、ただ気持ち悪いだけにゃ」

 

ロイとツヴァイのつけているものに比べ、だいぶ小型に作られた黒い腕輪を手の上で弄び、重さを確かめていた。

 

「結構軽いのね」

 

「グリゴリの技術力を舐めるなっての。まあ、ロイたちのものに比べて、だいぶ簡略化してあるけどな」

 

アザゼルはそう説明すると、半目で黒歌を睨む。

 

「おまえ、あいつとがっつりキスしたんだから、早めにつけとけよ。何かあってからじゃ、俺たちも責任取れないからな」

 

黒歌のアザゼルの言葉に頷くと、その腕輪を右手首に嵌める。

あくまでロイに心配をかけさせないためと、これから彼と存分に楽しむためだ。

『カチッ』という音と共に腕輪が固定されると、その表面を魔術文字が薄く輝いた。

数秒してその輝きが止むと、アザゼルはタブレットに目を向けた。

 

「おし、問題はなさそうだな。我ながら完璧だ」

 

「ありがとにゃ。これで後腐れなく襲えるわ」

 

急に肉食獣の眼光を放ち始める黒歌を視界の端に捉えながら、明らかにヤバいものを渡してしまったと後悔を始めるアザゼルだが、

 

「そんじゃ、またな!」

 

現実から逃げるように部屋を飛び出して行った。

黒歌は自慢の猫耳を立てながら遠くなっていくアザゼルの足音を聞き、それが聞こえなくなったところでロイのベットに身を投げる。

 

「はぁ~、あいつ、まだかにゃ~」

 

いまだに戻ってこない恋人の姿を思い浮かべると、思わず笑みが溢れる。

当のロイは━━━、

 

「ッ!」

 

「あら、どうかしたのかしら?」

 

「いえ、何も……」

 

黒歌の言葉が聞き取れたのか、はたまた研ぎ澄まされた六感によるものか、彼女が待っていることを感じ取ったのだが、ヴェネラナにより止められる。

 

「私で最後なんですから、もう少し我慢なさい」

 

「……はい」

 

サーゼクスとグレイフィアは言いたいことを言うと退室し、ジオティクスは叱られる息子に視線を送っていた。

ロイの集中が切れていることを察したヴェネラナはため息を吐き、指を一本立てた。

 

「では、これで最後にします」

 

「はい」

 

ヴェネラナは痺れた足を気にするロイに視線を合わせると、彼をゆっくりと、そして優しく抱擁した。

ロイが驚くなか、いつの間にか近づいてきたジオティクスが、ヴェネラナとロイの二人を纏めて抱き寄せる。

驚愕しながらも両親の温もりを全身で感じるロイの耳元で、ヴェネラナは震えた声を絞り出す。

 

「前に言ったでしょう?心配するこっちの身にもなりなさいと……」

 

「……覚えてます」

 

ロイが呟くように答えると、ジオティクスが彼の頭を乱暴に撫でる。

 

「私たちだって覚悟を決めてはいるがな、さすがに堪える」

 

「……申し訳ないです」

 

「そう思うのなら、今度こそ約束しなさい」

 

ヴェネラナがそう言うと、ジオティクスは力を抜き、二人はロイから少し顔を離す。

少し離れた両親の顔を見つめるロイに、二人は優しい笑みを浮かべた。

彼が幼い頃に見せてくれた笑みと変わらない、慈愛に満ちた母親と父親が、そこにいた。

ヴェネラナは頬を伝う涙を拭うことはなく、精一杯の凛々しさを込めた表情を浮かべる。

 

「もう二度と、死んではなりません。家族を悲しませること、泣かせることを、絶対にしてはいけません」

 

「わかったか、ロイ。まあ、おまえのことだから『善処します』と返すんだろう?」

 

ジオティクスの横槍に、ロイは思わず苦笑した。

 

「……その通りです」

 

変わらない息子の姿勢に両親揃って苦笑するが、ロイは「ただ━━」と続ける。

 

「俺は絶対に死にません。二度と負けません」

 

強い覚悟の込めれた宣言を、両親は無理に止めはしない。

一度決めたことを曲げないのが、グレモリー三兄妹の長所にして短所だと、もうわかっているからだ。

子供がそうと決めたなら、親はその背中を押してやるだけだ。

息子が覚悟を決めたように、二人もまた覚悟を決める。

彼が進むのは、間違いなく茨の道だ。なら、せめて彼が足を止めないよう、声をかけ続けてやろう。側に居続けてやろう。

二人も覚悟を決めたことを知ってか知らずか、ロイはだいぶ強くなった腕力で二人を抱き寄せた。

少し驚く二人をよそに、ロイは照れ臭そうに二人にだけ聞こえるように呟く。

 

「その、もう少しだけこのままでお願いします」

 

珍しく甘えてくるロイに驚きながら、二人は声が出ないように笑い合う。

 

━━せめて、この平和が少しでも長く続きますように。

 

ヴェネラナは胸の内で静かに祈り、火傷痕に包まれたロイの右頬を優しく撫でる。

 

━━彼の行く先に、平穏がありますように。

 

 

 

 

 

━━━━━━

 

 

 

 

 

グレモリー屋敷、中庭にて。

 

「……彼は何であんなところに?」

 

「私に聞かないでください」

 

サーゼクスとグレイフィアは顔を見合せ、首を傾げた。

二人の視線の先には、

 

「えっと、うんと、大丈夫ですか!?」

 

「ああ……」

 

左腕の三角巾が枝に引っ掛かり、宙ぶらりんになっている無表情のツヴァイと、彼を降ろそうとおろおろしているミリキャスの姿があった。

因みにだが、彼は窓から飛び降りた直後にああなったため、ロイが説教を受けている間、ツヴァイはずっとこの体勢である。

 

━━新しい家族は、なかなか変わっているなぁ。

 

サーゼクスは他人事なように思いながら、おろおろしているミリキャスに目を向ける。

 

「まあ、あの子がなついてくれたのならいいか」

 

「それもそうですね」

 

サーゼクスの言葉に、何となく嬉しそうに笑うグレイフィア。

そんな彼女の笑みに見惚れるサーゼクスだったが、

 

「父様、母様、助けてください!」

 

「あ、ああ。待っていてくれ、今行く」

 

ミリキャスの言葉にハッとして彼の手伝いに向かう。

ロイとヴェネラナたちが親子の仲をさらに深めている他所で、こちらもまた親子の仲を深めていく。

ようやく勝ち取れた日常を満喫しながら、サーゼクスは小さく笑みを浮かべた。

ようやく、()()()()を滞りなく行える状況になった。

あとは、それを各勢力に改めて打診し、『出場者』を募り、会場を揃えていくだけだ。

 

「サーゼクス」

 

不意に彼の愛する妻に名を呼ばれ、彼女が少し不機嫌そうにしていることに気づく。

思わず首を傾げると、グレイフィアは彼の頬を撫でた。

 

「オフの時くらい、余裕を持ちなさい。本当に倒れてしまいますよ?」

 

非常に珍しく、彼女に甘やかされたサーゼクスは面を食らうが、その後苦笑した。

 

「そうだね。とりあえず、彼を助けてあげないと」

 

再びツヴァイとミリキャスに目を向けると、

 

「ツヴァイ兄様、離してください!」

 

「………」

 

空いている足でミリキャスを捕まえているツヴァイの姿があった。

相変わらず無表情だが、何となく楽しそうである。

 

「……助けてあげないと……」

 

「ええ」

 

「む」

 

僅かな殺気を感じ取ったツヴァイが、その気配の主に目を向けると、そこには二人の修羅(親バカ)がいた。

ツヴァイが首を傾げるのと、ミリキャスを解放して彼が木から引きずり下ろされるのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

「あ~」

 

俺━━ロイは廊下を歩きながら、額に手を当てながら間の抜けた声を漏らした。

今考えてみると、俺は相当恥ずかしいことをしたのではないのだろうか。

久しぶりに親に甘えてしまった。気が緩んでいたのかもな……。

なんて思いながら、俺の自室の扉を開ける。

電気は消えているが、悪魔の遺伝子が残っているためか、暗くても問題ない。

俺は一度息を吐き、とりあえず羽織っていたコートを椅子にかける。

 

「あー」

 

ガチガチに固まった肩をほぐしていると、背中から抱きつかれた。

ワイシャツ越しに感じる柔らかさ、間違いない。

 

「黒歌、どうかしたのか?」

 

「……いつまで待たせるにゃ」

 

「……ごめん」

 

腹に回された彼女の腕に手を添え、右手首に嵌められた腕輪を撫でる。

 

「これ、俺と同じような物か?」

 

「うん」

 

背中に当たる彼女の額が上下し、少しくすぐったい。

俺は頬をかき、一度息を吐いてから後ろに振り替える。と共に少し驚いた。

いつものことのような気もするが、案の定、黒歌は既に服を脱ぎ捨てて裸になっていたのだ。

なぜか彼女の裸体に見慣れている自分にも驚きつつ、火照ったように赤くなった彼女の頬を撫でた。

 

「なんか、おまえらにも面倒かけちまったな……」

 

「別に、このくらい気にしないにゃ……ん」

 

それだけで黒歌から艶っぽい声が漏れる。

 

「にゃ……ロイ……」

 

ワイシャツのボタンを外し、誘うように俺の胸に舌を這わせる。

猫の舌独特のザラザラとした感覚が俺を襲い、背筋がゾクゾクし始め、俺は気を紛らわせるように遠くを眺める。

ああ、駄目だ。俺ってこんなに我慢出来ねぇ男だったのか……。

摩り切れかけた理性をなんとか繋ぎ止め、彼女を優しく抱き寄せると、耳元で囁く。

 

「本当にいいのか?」

 

「良くなきゃ、こんなことしないにゃ……」

 

「そうか」

 

そっと彼女をベットに押し倒し、覆い被さると、どちらからという訳でもなく再び口づけを交わす。

後が怖いが、知ったことか。目の前に俺を求めてくる恋人がいるのに、それを無視するなんて男が廃るってものだ。

自分にそう言い聞かせ、黒歌と体を重ねる。

まるでお互いの無事を確かめ合うように、二度と離さないと言い聞かせるように━━━。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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