グレモリー家の次男 リメイク版   作:EGO

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sin06 懺悔(ざんげ)

白い鎧が弓を構え、弦を弾く度に地形が塗り替えられ、漆黒の猟犬たちがその命を散らす。

その中でも刃狗(スラッシュ・ドッグ)チームの面々は狼狽えず、白い鎧に挑んでいく。

隙を見つけた鳶雄と(ジン)の一撃で鎧を斬られようと、神速で踏み込んだ夏梅とグリフォンによって鎧を()がれようと、攻撃後の隙をつくかたちで綱生と彼の相棒である猫型の怪物━━もはやサーベルタイガーと呼んでいいそれの雷撃に襲われようと、鎧は怯まない。

避ける素振りも見せず、どんな攻撃を受けても怯まず、ひたすら弓を構え、弦を弾き、敵を討とうとする。

そんな機械と戦っていると錯覚しそうになる鳶雄たちだが、鎧の隙間や鳶雄と(ジン)がつけた鎧を突破した切り傷から垂れる血と思われる体液が、白い鎧の中身は生き物であるということを知らしめる。

そして、その中身というのはおそらく━━。

その予想が当たっているのか否か、どうにか判断をつけたい鳶雄は、大きく息を吐き、夏梅と綱生に声をかける。

 

『二人とも、あれの兜を砕く。陽動を頼めるか!』

 

「「了解!」」

 

答えた瞬間、二人は動き出す。

夏梅とグリフォンは突風を発生させて視界を潰し、綱生とサーベルタイガーによる多重雷撃により、鎧に多少なりともダメージを与える。

 

「オラッ!」

 

綱生はサーベルタイガーをランスへと変え、瞬時に飛び出し、渾身の一突きを放つ。

鎧の脇腹を抉るように放たれたそれは、鎧を砕き、肉を削ぎ、そして綱生の手には、粘りが強く、生温かい返り血がかかる。

思わず表情をしかめる綱生だが、鎧が反撃に転じる前にその場を飛び退く。

そんな彼に反撃しようと、抉られた脇腹が元通りになると共に、白い鎧が矢をつがえた瞬間、二つの刃が合わさり、鎧の兜を捉えた。

それらを放った鳶雄と(ジン)の得物には、微量の血液が付着しており、彼らが全力で今の一撃を放ったことを物語る。

その一撃で強烈な衝撃に襲われた鎧は、流石に片膝をつくが、すぐさま立ち上がる。

直後、儚い音をたてながら兜が砕け散った。

そこから覗いた素顔は、鳶雄の読み通りだった。

整った顔立ちではあるが今は表情はなく、風になびく鮮やかな紅の髪は黒味が増し、本来(あお)いはずの瞳は白く染まり、幽鬼のようにどこか虚ろになっている。

それでも、どす黒く染まった瞳孔には、強烈な怨嗟の念が渦巻いていた。

今の一撃で出来たのか、左頬には真一文字に傷が刻まれ、ゆっくりと血が垂れていく。

治癒しようと白い靄が傷口から漏れ出るが、刃越しに傷口に刻まれた呪文が怪しい輝きを放ち、回復を阻害し続けていた。

鎧を修復する様子もなく、白い鎧を纏った男━━ロイは弓を構え、何もつがえずに弦を弾く。

それを察知した鳶雄たちはすぐさまその場を離れ、どうにかその一矢を避けるが、その直後、ロイが右手を前に突き出す。

黒紅(くろべに)色の粒子が彼らを囲うように舞い散ったと思った瞬間、それと同じ色の爆発が発生した。

三人とそれぞれの相棒たちは黒紅色の爆煙が晴れると、彼らのいた場所の地面は抉られ、クレーターのようになっていた。

だが、そんな場所の中央にドーム型の闇の塊が鎮座し、それがなくなると、

 

『今のは、危なかった……』

 

「いきなり新技って、危ねぇな……」

 

「ひ、久しぶりに走馬灯が見えたわ……」

 

無傷の鳶雄たちとその相棒たちがいた。

爆発に巻き込まれる寸前に、鳶雄が自分たちを囲むように闇のドームを生成、その中に退避したのだ。

だが、問題は今の一撃が『滅びの魔力』によって起きたことだ。

こちらを油断させるためにトライヘキサがロイの姿形だけを真似た。その可能性が消え、本当に彼がロイである可能性が高まってしまった。

その場合、むやみに殺してしまうわけにはいかない。

鳶雄が案を思慮しようとした矢先、近づいてくる気配に気づく。

どこかに隠れていた死神の気配ではなく、かといって悪魔や堕天使のものでもない。

ロイもそれを察知し、弓をその気配の方向に向けるが、その瞬間、動きを止めた。

驚愕したように目を見開き、弦を弾こうとした右手を震わせる。

ロイの視線の先には、純白の翼を背に生やした女性天使━━ガブリエルがいた。

ロイが体と思考を停止させるなかで、少しずつ、彼女の姿が大きくなっていく。

彼女がゆっくりと地面に着地すると、悲哀の念がこもった視線がロイに向けられる。

 

「……ロイ、様……」

 

「………」

 

名を呼ばれても、彼は答えない。ただ、目を見開きながら、弓を構えてガブリエルに向けるだけだ。

鳶雄たちは万が一に備えていつでも動けるように構えるなか、ガブリエルはゆっくりと、一歩ずつロイに近づき始める。

ロイは表情をそのままに、弦を引く右手に力を入れる。

鳶雄たちが動き出そうとするが、ガブリエルが彼らを手で制した。

 

「……皆が、あなたが戻ってくるのを待っています」

 

ガブリエルが声をかけるが、ロイは狙いをすまして弦を弾く。

鳶雄たちが声を出すなか、ガブリエルは目をそらすことなく、まっすぐにロイのことを見続けた。

放たれた不可視の矢が彼女を撃ち抜く━━かに見えたが、放たれた矢は彼女の横を通りすぎ、遥か彼方の山の一角を吹き飛ばすだけにとどまった。

照準が僅かにずれた弓を放った姿勢のまま、ロイは怨嗟の念の込められた瞳で、まっすぐにガブリエルのことを見つめ返す。

 

「何をそんなに恨むのですか……」

 

ロイとの距離を十分に詰めたガブリエルは、血が垂れる彼の左頬に優しく触れる。

 

「何がそんなに許せないのですか……」

 

「……俺、は……」

 

ロイが答えると共に弓が消え、彼の纏っていた雰囲気も変わる。

その様子を見ながら、ガブリエルはただ黙って言葉の続きを待った。

 

「……俺は、役立たずだ……」

 

「……守ると誓ったものも、守れねぇ……倒すと誓ったやつも、倒せねぇ……」

 

少しずつ瞳に意思が戻っていくなか、ロイがぽつぽつと言葉を紡ぐ。

黙って彼の言葉を聞くガブリエルの手に、彼の目元から垂れた、血とは違う温かい何かが当たる。

 

「……なにより……俺のせいで、あの戦いで死んでいった奴らの覚悟も、命も、何もかも無駄にしちまった……」

 

左目から涙を流しながら、ロイの告白は続く。

 

「……頼む。俺が、俺じゃなくなる前に、俺を━━」

 

その時、ロイの左頬をガブリエルの平手が打ち抜いた。

少し湿り気のある音が辺りに響くが、ロイは特に痛みを感じた様子もなく、ただ俯く。

そんな彼の両頬に手を添え、半ば無理やり顔を上げさせると、まっすぐに彼の目を見た。

ガブリエルの迷いのないまっすぐな視線を受け、ロイはたまらず目をそらすが、彼女は優しく笑んだ。

 

「彼らの死が無駄になるか、それはまだわかりません」

 

ガブリエルはそっと彼の頬の血を拭い、優しい声音で続ける。

 

「少なくとも、今は無駄にはなっていません。あなたは、あなたのままですから」

 

「……」

 

ロイは答えないままだが、ガブリエルは彼の頭を優しく撫で、彼に告げる。

 

「私や、セラフォルー様が、ロスヴァイセさんが、黒歌さんが、あなたが獣に堕ちないように、(くさび)としてお側にいます」

 

「もう、一人で抱え込まないでください。私たちは、あなたにも、笑っていてほしいです」

 

ガブリエルが涙ながら伝えた想いに、ロイの両目から涙が流れる。

何もかも一人で抱え込んで走り続け、怪物に成りかけた自分を、彼女はいまだに想ってくれていた。

ガブリエルは涙を流すロイを優しく抱き寄せ、頭を撫でる。

 

「子供っぽいところがあるのですね。少し意外です」

 

「……うるせぇ……」

 

拗ねたように返すロイだが、無駄に抵抗しようとはせず、ガブリエルに抱き寄せられたままである。

ガブリエルが苦笑していると、鳶雄たちの後ろに転移用の魔方陣が展開された。

ロイとガブリエルのやり取りを見守っていた鳶雄たちは、その魔方陣の出現に警戒や慌てた様子もなく、そこから現れる人物を心待ちにしていると、転移魔方陣の光が弾ける。

 

「お待たせなのです。ようやく助けられたのですよ」

 

そこから現れたのは二人の女性。ラヴァニアと、彼女におんぶされたリリスだった。

リリスは眠たげにしているが、ロイとガブリエルの姿を見つけると、ラヴァニアの背中から飛び降りて二人の方へと向かっていく。

少しふらつく彼女の背中を心配げに見送り、鳶雄は元の姿に戻りながら言う。

 

「彼の意識が戻ったのは、ガブリエル様の到着とリリスの復調のタイミングが合わさったからこそ、か」

 

「オルクス様とハーデス様は、天使の皆さんに任せてきたのです。オルクス様は、呪いにやられていましたが、もう病院に運ばれたので安心してください」

 

ラヴァニアの言葉に、ホッと息を吐いて頷き返す鳶雄たち。

次に彼らがロイたちのほうに目を向けると、

 

「ロイ、へいき……?」

 

「ああ、大丈夫だよ。ごめんな、リリス……」

 

「だいじょうぶ……」

 

ガブリエルから離れたロイが涙を拭い、いまだ顔色の悪いリリスと優しく抱擁を交わしていた。

その時、繋がりが二人に戻ったのか、それを証明するように、ロイの纏う白い鎧に漆黒のラインが走り、兜以外の破損箇所が直っていく。

ロイの瞳の色は白いままだが、怨嗟の念に染まっていた瞳孔が、深紅の輝きを取り戻した。

ロイはリリスを()(かか)えたまま立ち上がり、彼女の頭を撫でながら鳶雄のほうに目を向ける。

 

「すまねぇ、おまえらにも迷惑かけちまったな」

 

涙は止まったが、目元を赤く腫らしたまま謝ったロイに、鳶雄は一度頷く。

 

「大丈夫です。こちらは全員無事ですから」

 

「そうか。……で、これからどうするか」

 

白い鎧に包まれた自分の体を眺め、首を捻る。

全身の力を抜いて解除を試みるが、駄目だったようで、割りと大きめの舌打ちをした。

 

「どうにかして、トライヘキサのオーラを発散させなきゃ駄目か」

 

「……うん。ロイ、ためすぎ」

 

眠たそうに目を擦りながら、リリスはそう呟いた。

ガブリエルは少し表情を険しくさせながら、ひとつ提案した。

 

「その力で、リゼヴィムを倒すことはできませんか?いまだに撃破の報告がありませんので、まだ戦闘中だと思いますが……」

 

それに対して、鳶雄も同じく表情を険しくさせる。

 

「それは、賭けですね。今の状態のロイ殿をリゼヴィムに接触させた場合、どうなるか……」

 

リゼヴィムとトライヘキサの複製(クローン)が融合し、解放された時、ロイは一度暴走している。鳶雄はそれを危惧しているのだが、

 

「それなら、大丈夫だ」

 

問題のロイ自身が否定した。

リリスと目を合わせ、次にガブリエルに視線を送ると、不敵な笑みを浮かべて鳶雄に言う。

 

「俺には、繋ぎ止めてくれる奴らがいる。怪物にはならねぇよ」

 

ロイの言葉にリリスは笑って抱き締める力を強くし、ガブリエルも力強く頷いて返す。

 

「大丈夫です。万が一の時は、私が何とかします」

 

有無も言わせないセラフの言葉に、鳶雄たちは言葉を返せないでいた。

 

「━━行かせればいいじゃないか、幾瀬鳶雄」

 

『ッ!』

 

突如として放たれた第三者の声と共に、謎の結界のようなものがロイたちを囲む。

彼らが構えるなか、その声と結界の主が、何もない空間から突如として姿を現れた。

全身を覆うボディスーツに、両腕には籠手と思われるものをつけた、年齢は兵藤一誠たちと大きく変わりはないと思われる青年。

ロイとリリスが「誰だこいつ」という表情を浮かべて首をかしげる中で、鳶雄たちは驚愕をあらわにした。

 

「おまえは……ッ!」

 

刃狗(スラッシュ・ドッグ)チームには初めまして。というべきなのかな?まあ、()()()()()初対面のはずだから、これでいいか」

 

少し考えるように口を開いた青年を警戒しながら、ロイはリリスをガブリエルにおんぶさせると、右手に胸の高さまで挙げて、手のひらの上に黒い炎を出現させる。

ロイがその炎を握りつぶした瞬間、黒い炎が彼の体を包み込み、深紅に輝くラインが血涙のように右目から頬を伝って伸びていく。

その様子に驚いた楊子の青年は、面白いものを見られた子供のように笑みながら言葉を続ける。

 

「やはり、その力は面白い。あなたが纏うその霊たちは、(ことわり)の外にあるもの、ということか」

 

神崎の言葉に訝しげな表情を浮かべる鳶雄たちをよそに、静かに殺気を放ちながら問いかける。

 

「テメェ、何者だ」

 

その殺気を受けながらも、少年は丁寧に会釈をして返す。

 

「初めまして、ロイ・グレモリー。僕は神崎光也といいます。うん、()()()()()()この言葉を使うのは久しぶりだ」

 

何か意味深なことをいう神崎に対して、ロイは、

 

「……知らねぇ名前だ」

 

少し考えてから返す。

二人のやり取りを黙って見守っていた鳶雄が、神崎に訊く。

 

「『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』、『蒼き革新の箱庭(イノベート・クリア)』の使()()()。『始まりの闇(ファースト・ダーク)』、神崎光也。今まで尻尾も掴ませなかった男が、何の用だ」

 

明らかな敵意を孕んだ声音に、神崎は肩をすくませて返す。

 

「何の用と言われたら、ただの挨拶に。としか返せないな。少し前から、彼に興味が沸いたものだから」

 

じっとロイを見ながら答える神崎に、鳶雄はいまだに警戒を解くつもりはない様子で鎌を構える。

そんな鳶雄を、神崎は手で制した。

 

「忘れたかい?ここは僕の空間だ。彼には効かなかったが、キミには十分な効果があると思うよ」

 

神崎の言葉に、鳶雄が悔しそうに歯を食い縛るなか、ロイは再び白い弓を出現させた。

 

「……まあ、なんだ。用が済んだら帰ってくれねぇか?こっちは忙しいんだ」

 

「ええ、そうさせてもらいますよ。お話は、また今度ということにします」

 

神崎はそう言うと、少しずつその姿を透明にさせていく。

完全にその姿を消す直前、

 

『━━すべては「革新(イノベート)」と「(カルマ)」のため。なんてね』

 

という声が発せられた。

同時に彼らを囲んでいた結界のようなものが解除される。

 

「『(ごう)』と『革新』?ずいぶん今さらじゃねぇか……」

 

ロイは弓を消しながら彼の言葉に不敵に返し、空いた手でガブリエルの手を取る。

 

「さて、終わらせにいくか」

 

「はい!」

 

リリスはぎゅっとガブリエルの服を掴み、一緒に行くという意思を伝える。

今までの彼なら、ガブリエルにリリスを任せて一人で向かったところだろう。

だが、先ほど言われた言葉が、彼の内にあるものを変えてくれた。

 

━━自分一人で進むのは、もう辞めだ。

 

ガブリエルの手を力強く握りながら、ロイは笑う。

 

━━あいつらを置いて、どこにも行かねぇ。

 

記憶を失い、一人で戦い続けた男に、本当の意味で支えてくれたヒトたちへの想いが戻る。

 

『さて、行くか。終わらせるのだろう』

 

「ああ。最期まで付き合ってもらうぜ」

 

『元よりそのつもりだ』

 

彼に憑く霊たちも、いつになくやる気な声で答えた。

 

━━問題は何もない。やることをやって、今度こそ帰るだけだ。

 

ロイを中心に転移用の魔方陣が展開され、輝きを放ち始める。

光が弾ける直前、ロイは鳶雄に声をかける。

 

「そんじゃ、後のことは任せたぞ」

 

「わかりました。そちらを、お願いします」

 

「おうよ」

 

ロイが頷いた瞬間、光が弾ける。

無事に転移していった三人のいた場所を一瞥し、鳶雄は仲間である三人のほうへと向き直る。

 

「それじゃ、こっちも仕上げようか」

 

「おう」

 

「うん」

 

「はいなのです」

 

綱生、夏梅、ラヴァニアがそれぞれ返事をするなか、それぞれは逃げた死神の足取りを追うために情報を集めに冥府に散っていく。

 

━━戦いの終わりが、刻一刻と近づいていた。

 

 

 

 

 

 




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