獣の復活から二日。冥界某所。会議室。
俺━━アザゼルの前には、リゼヴィムと融合したという怪物が進軍している映像が映し出されていた。
アジュカが険しい表情をしながら言う。
「報告の通り、リゼヴィムを取り込んだためか、
映像の中で、ヴァーリと思われる白銀の閃光が怪物に殴りかかるが、奴に触れた瞬間にそのオーラを霧散させていた。
怪物の姿はドラゴンを思わせるもので、全身を血のように赤い鱗で覆われ、頭頂部から尻尾の先にかけて黒い毛が生えている。
大きさは五十メートルはくだらないと思えるほどに巨大だ。出現してから二日でさらにでかくなりやがった。
一対の巨大な翼はあるが、今は機能していない。おそらく、体が重くなりすぎて飛べなくなったのだろう。そのため、せいぜい盾代わりと言った具合に使っているが、その強度と再生能力と相まって、生半可な攻撃では突破出来ない強力なものとなっている。
巨体なことと、翼が機能しないこと、さらに都市部から程遠い山岳部の、さらにその奥に出現してくれたため、進軍の速度は極めて遅い。都市部に侵入されるとしても、後三日の猶予はあるだろう。翼が再び使えるようになったら、それはさらに短くなる。
「状況的にはトライヘキサの時よりも、『
俺は映像を見ながらそんなことを漏らす。
母体となる怪物の肉を食い破って小型の個体が現れ、迎撃に出ている悪魔や堕天使、天使たちに襲いかかっていた。
だが、いい情報があるとすればそいつらのことだ。仙術を扱えるものたちによると、各個体には
より強い個体ほどすぐにヘドロになり、弱い個体ほど長い間戦闘を行える。
逆だったらしんどいことこの上ないが、まだどうにかなるだろう。まあ、減ったところですぐさま次が出てきてしまうのだが……。
サーゼクスが言う。
「今のところ問題はないが、いつ他の神話勢力に飛び火するかもわからない。転移術にも警戒をしておかなければならないな」
「まあ、その他の連中もこっちに戦力を回してくれているのはありがたいがな」
映像では、妖怪や
もっとも、先ほどサーゼクスが言ったように、いつ自分の勢力圏に飛び火するかがわからない以上、あまり回してはくれないがな。だが、いないよりはマシだ。
ミカエルが顎に手をやり、真剣な面持ちで言う。
「リリンを取り込んだということなら、光力や聖なるオーラによる攻撃では駄目なのでしょうか」
「その予測は正しいな。他のものに比べればダメージはだいぶ通るさ。すぐに回復されちまうが」
俺が言うと、ミカエルはため息を吐く。
「もっと強力な一撃が必要ということでしょうか……」
「それであの獣の胸の奥にある
今まで集まった情報を総括し、
だからといって、おいこれと神クラスを戦場に行かせるわけにもいかない。邪龍戦役で神が死にすぎた。万が一の事態でこれ以上減られると、各方面に悪影響が出ることは間違いない。
ファルビウムが
「やっぱり二天龍に頼るしかないかな。トライヘキサを倒したあれで
そう言うと、ぶつぶつと呟きながら一人で策を練り始めてしまった。
……もしかして、考え事をしている時の俺もあんな感じなのか?だとしたら、イッセーたちが気味悪がるのもわかる気がする。
なんて現状どうでもいいことで一度凝り固まった思考をほぐし、対策を練る。
手っ取り早いのが、非
他には、奴の回復速度以上の速度で肉を削ぎ続けて、
盛大にため息を吐き、空席になっているサーゼクスの隣に目を向ける。
「……で、セラフォルーはどうした?」
「あれから爆睡中のロイくんを起こしに行かせた。彼にも出てもらわないとならないだろう」
アジュカがそう告げた。
ロイの野郎は、二日前から寝込んでいるのだ。
まあ、リリスの世話をしながら死神どもから逃げ回り、果てにはテロリストの基地を潰して回って、最終的には俺たちと合流して援護までしてくれていたんだ。疲労が溜まりに溜まっていたのだろう。
俺はサーゼクスに訊く。
「大丈夫なのか?ロスヴァイセから聞いた話だと、あの怪物が目覚めたタイミングで苦しみ始めたとか聞いたんだが」
「……それは何とも言えないな。ロイのこの獣に何かしらの関係があるのかもしれない。だが━━」
サーゼクスは言葉を区切り、映像に目を向けた。
映像では、深紅のオーラが体から漏れ出す紅髪の少年と、ヴァーリを除いたヴァーリチームが相対し、そこにロイの眷属の二人と同僚の二人が援護に回っているところが映し出されていた。
映像越しでもあの少年に苦戦していることがわかる。あいつらが抑えてくれているから、少年による被害は皆無に等しいが、その分こちらの火力もだいぶ下がっているのが本音だ。
サーゼクスがどう思っているかは別として、俺としてはロイをあの少年にぶつけてしまいたいのが本音だ。ロイ自身あいつに執着しているようだし、さっさと決着をつけてもらいたい。
「━━あの少年。何者なんだ……」
サーゼクスの呟きに、アジュカが顎に手をやりながら答える。
「取り押さえればわかる。と言いたいが、ロイくんに関係するのは間違いないだろう。写真で確認したが、若い頃の彼と瓜二つだ」
「ロイに隠し子でも━━━━ッ!」
俺が冗談を言おうとした矢先、突然全身に鳥肌がたった。な、なんだ。この、地雷を踏んだことを自覚した瞬間のような感覚は━━!
サーゼクスが俺の様子に気付き、苦笑した。
「ロイの悪口は止めておいたほうがいい。彼女は地獄耳だから、後が怖いよ?」
「……ああ、そうする」
俺たちのやり取りが終わったところを見計らって、ミカエルが険しい表情で口を開く。
「クリフォトはフェニックスの涙を確保する際に、悪魔フェニックスの『クローン』を作り出しましたよね?その、まさかですが……」
「ああ、こちらもそれを考えていたところだ」
「まあ、そう考えるよな。クリフォトの連中がロイの遺伝子を手に入れる機会は何度もあっただろうし、冥界の施設とかを調べれば、DNA情報だけでも入手するだけなら簡単だろうよ」
アジュカ、俺が続き、サーゼクスの表情が曇る。
「ロイはそれを知っているのだろうか……」
「あいつなりに、そんな事は考えてはいるんじゃないか?ついでに、どうにかしようとも考えているみたいだがな」
そこら辺は、ロイ自身にやってもらわないとどうにもならない。あいつなら、どうにかしてくれるだろう。
「あー、ハーデスが気になってしょうがない。下手な手を打ったら、絶対に妨害の一手が来るよ……」
今まで一人でぶつぶつと言っていたファルビウムが机に突っ伏しながらぼやいた。
それも俺たちにとって大問題だった。いちおうの牽制として、『
映像に目を戻し、戦況を確認する。
トライヘキサとの戦いに比べれば、まだまだ戦況は優勢だ。融合したリゼヴィムが怪物の力を扱いきれていないようにも見える。
それを証明するように、トライヘキサの本体が見せた山や島を吹き飛ばすような一撃を放つことはない。もしかしたら、その力を蓄えているところなのかもしれないがな。
「神に頼らない場合、怪物と融合したリゼヴィムでも無効化しきれない一撃を叩き込んでもらうしかないか。イッセーの龍神化━━は、あまり使わせたくはないな」
龍神化したイッセーと、魔王化したヴァーリの二人の同時攻撃ならおそらく通るだろう。
だが、龍神化は使わせるわけにはいかない。あの力は、一時的とはいえ『無限』を宿すことになる。今のイッセーでは、その力に耐えきる事は出来ないだろう。
オーフィスが諸々と調整をしてくれているようだが、まだ実戦段階ではない。今あいつに死なれるわけにはいかない。
俺が小さくため息を漏らすと、戦場を映す画面の横にまた別の映像が投影される。
『サーゼクスちゃ~ん?アジュカちゃ~ん?誰か聞こえる~?』
緊張感の欠片もない声。
突然画面越しに出現したセラフォルーの姿に驚きながら、サーゼクスが訊く。
「ああ、聞こえているよ。……キミはいったいどこに?」
『あのおっきな怪獣が暴れている場所の近くにある採石場よ☆』
「「「「「……………」」」」」
セラフォルーの横チョキをしながらの発言に、張り詰めていた部屋の空気が一瞬で凍りつく。
……あ、あいつ何を考えてやがる!?会議無視して戦場に飛び出していくとか、本当に何を考えてやがるんだよ!?
俺が戻ってくるように言おうとすると、セラフォルーの顔が横合いから伸びた手に掴まれてそのままフレームアウト。代わりにロイの姿が映し出された。
『俺が戦場に出るって言ったら聞かなくてな。いちいち止められるのも面倒だから連れてきた』
「「「「「…………」」」」」
ロイの苦笑しつつのあっけらかんとした物言いに、流石のサーゼクスも額に青筋を浮かび上がらせる。
「ロイ。『連れてきた』ではないよ。早く彼女をこちらに━━━」
『嫌よ!今度は最後までロイと一緒にいるの!」
ロイの横っ腹に突っ込みながらセラフォルーは必死になりながら言った。
ロイも少し申し訳なさそうな表情を浮かべてセラフォルーの髪を撫で、アジュカに言う。
『アジュカ様、少年をこちらに飛ばすように言ってください。あと、俺の眷属の二人も。今から座標を送ります』
そう言うと、ロイが魔方陣を展開して映像越しにこちらに飛ばしてくる。
それを受け取ったアジュカは、高速で魔方陣を動かしながら座標を確認しながらロイに訊く。
「ロイくん。キミはあの少年をどうするつもりかね?」
ロイは小さく俯き、覚悟を込めた表情で言う。
『━━あいつを助けます。あいつは、戦うことしか知らないんです。だから、それ以外のことを知るチャンスを与えたい。そのために戦います』
どこか悲哀の色が込められた言葉に、俺たちは押し黙るしかなかった。
こいつがそこまで言うのだから、何かしら手があるのだろう。案外行き当たりばったりな作戦かもしれないがな。
サーゼクスはため息を吐き、ロイに言う。
「わかった。セラフォルーのことと、例の少年のことはキミに任せる。ところで、リリスは━━━」
『よんだ?』
サーゼクスに名を呼ばれたためか、画面の下ギリギリから顔を覗かせるリリス。
……そいつまで連れ出したのか。いや、リリスとロイは基本的に一緒にいる。ロイが戦場に出れば、それについていくのは当然か。
「その子も任せるよ……」
『ああ』
少し疲れた様子のサーゼクスを気にしながら、ロイは一度頷いた。
『アジュカ様。先ほどの件、お願いします』
「今しがた連絡を済ませたところだ。すぐに来るだろう」
『ありがとうございます』
『私もロイの用事が終わったらそのまま参戦しちゃうから、そっちはお願いね☆』
セラフォルーはそう言うと一方的に連絡を切った。
あのコンビ、ずいぶん自由になったもんだな。一応のブレーキ役だったロイが本格的に仕事放棄をしたせいか?
「……まあ、あっちはロイに任せるとして。問題はアガリアレプトだな」
「かつて、初代ルシファー様の右腕の為政者となった一族だ。相手の精神的、政治的な弱味を握ることに関しては右に出る者はいない」
俺の言葉にアジュカが続き、映像に目を向ける。
戦場が様々な角度から映し出されていくが、奴の姿はない。どこか死角に入っているのか、それともどこかに隠れているのか……。
「あの野郎、どこで何をしていやがる。どうにも嫌な予感がしてならないんだよな……」
俺はぼやくが、それで戦況が良くなるわけではない。
だが、ヴァーリチームと相対していた例の少年が、ロイの眷属と同僚が張った転移魔方陣の輝きに包まれ始めていた。
特に抵抗する様子もなく、それを待ちわびていたかのような態度。ロイと少年が引かれあっているというのもあながち間違いでもなさそうだ。
それを見ていたアジュカが得意気に笑む。
「さて、お膳立てはした。後はキミ次第だ、ロイくん」
━━━━━
「━━来たか」
俺━━ロイは前方に展開された転移魔方陣を確認し、吸っていた煙草を消滅の魔力を込めた右手で握りつぶす。
リリスには近くの岩影に隠れてもらい、セラフォルーにはあの子についてもらった。
転移の光が弾けた瞬間、俺の両脇に飛び込んでくる二つの影。
「マスター、指示を」
「マスター!あのヒトすっごく強いんですけど!?」
クリスは落ち着いた様子で、アリサは少しテンパりながらと言った様子だ。
二人に目を向け、最後に前に視線を戻す。
待っていたと言わんばかりに笑む少年がそこにいたが、どうにも様子がおかしい。目が血走っていて、興奮しているのは明らかだ。
体から深紅のオーラが滲み出し、それに混ざってどす黒いオーラのようなものも感じる。
本来白銀に輝くアロンダイトの刀身が、持ち主のオーラに当てられてどす黒く染まっている。
俺は小さく息を吐き、二人に言う。
「あいつを助ける。手を貸せ」
「「了解!」」
二人の返事に俺は思わず苦笑した。
俺を信じてくれているこいつらのためにも、俺を待っていてくれているヒトたちのためにも、俺は自分を誇れるようになりたい。
そのためにも━━━。
「俺とクリスで少年を行動不能にするぞ。アリサは回復の準備だ。ゆっくり話すためにも、一旦黙らせないとな」
「了解です。任せてください」
「物騒ですね……」
クリスは右拳を左手の平に叩きつけながら返し、アリサは少年に同情するような視線を送る。
「アリサ、返事」
「りょ、了解です!」
改めて二人の返事を確認し、ゆっくりと息を吐く。
何も殺すだけが戦いじゃない。何かを守ること、助けることもまた戦いだ。
「よし。クリス、行くぞ!」
「了解!突撃します!」
「フォローは任せてください!」
俺たち三人が動き出したと共に、少年がさらにオーラを解き放ちながら構える。
「どこからでも来い。叩き潰すだけだ」
激化しているであろう怪物との戦闘を他所に、俺たちの戦いが静かに始まったのだった━━━。
━━━━━
「━━さて、仕込みは上々。あとは『あれ』しだいですね」
アザゼルたちの懸念材料━━アガリアレプトは、双眼鏡を手に冥界にあるとある山の頂上にいた。
彼の見つめる先には一つの大きな屋敷があり、そこには『紅髪の男の子』と『銀髪の女性』の姿が見てとれた。
アガリアレプトは女性の姿を目にした途端、双眼鏡が軋むほどの力で握り始める。
「
アガリアレプトの目に宿る狂気と憤怒の色は一層濃くなり、女性を睨み付ける。
それを感じ取ったのか、女性は窓越しに彼のいる山を睨んだ。
「グレイフィア・ルキフグス。サーゼクス・グレモリー。貴様ら二人とも、世界に絶望しながら死んでいけ……。そのためにも、まずは━━━」
女性━━グレイフィアの異変に気づいた男の子。彼女とサーゼクスの息子であるミリキャス・グレモリーが声をかける。
グレイフィアは警戒しながらも表情を少し緩め、優しく笑みながら彼の頭を撫でる。
アガリアレプトに二人の言葉を聞き取ることは出来ない。むしろ聞くつもりはないし、読唇術で読み取るつもりもない。
「━━貴様らの
これから殺す者たちが最期に何を話していようが関係ない。ただ殺す。出来るだけ
それが彼の復讐だ。悪魔の未来を勝ち取った
アガリアレプトは不気味に笑む。これでようやくスタートラインだ。一度諦めたこの復讐が、ついに果たされようとしているのだ。
「貴様らの弟を殺す役は『あれ』に任せた。最悪、『あれ』こちらに呼び寄せてもいい。弟の姿をした者に息子を殺されるというものもまた滑稽か……?ククク………!」
この戦いも、リゼヴィムへの協力も、全てはこの瞬間のため。
不気味に笑うアガリアレプトは静かに歩き始める。
彼の影は主の心に反応してか、元あったヒトの形を崩していき、不気味に蠢き始める。
アガリアレプトは目を血走らせながら、うわ言のように呟く。
「我が生涯の全ては、
全ては復讐のため。裏切り者の罪を清算させるために━━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。