「━━待たせたな」
俺━━ロイは久しぶりに再会した眷属や同僚たちに、不敵に笑みながらそう言った。何かしらのリアクションを期待していたのだが、あいつらの表情は驚愕の色で固まっていた。
「……大丈夫か?」
俺は構えながらそう訊いた。先ほどの攻撃で取り囲んでいた怪物どもはかなり減らしたが、全滅させたわけではない。まだ油断は出来ないのだ。
「マ、マスター!?生きていたんですか!?」
ようやく復活したアリサが目を見開いて驚きながら叫んだ。俺の状況をアジュカ様から知らされていなかったのだろうか。
そんなアリサを横目に、ジルがどこか安堵した様子で頷いた。
「アジュカ様から聞いていた『協力者』とはおまえだったのか。意外だったよ」
「まあ、色々あってな」
俺が苦笑混じりに返すと、クリスが俺の背中━━正確にはリリスを見ながら訊いてくる。
「もしかして、その女の子を保護しているんですか?そのくらいなら連絡をくれても良かったのでは?」
「だから色々と複雑なんだよ。━━で、黒歌見てねぇか?あいつの匂いは感じたんだが、血の臭いで方向がわからなくなっちまった」
俺の問いかけに、エリックが反応する。
「黒歌?ああ、ヴァーリチームの猫又か。あいつらなら、向こうにいるはずだ」
明々後日の方向を指差すエリック。なんだが、だいぶ違うほうに飛んできてしまったようだ。まあ、ジルたちを助けられたからいいか。
手短に「そうか」と返し、改めて手元に直剣を生成する。
「まあ、ヴァーリが近くにいれば大丈夫か。とりあえず、ここら辺の奴らを掃討するかね。エリック、リゼヴィムは見つかったか?」
「まだだ。そろそろ移動して他のエリアを調べようとしていたところだ」
「なるほど」
俺が頷いて返すと、それを合図にしたように一体の怪物が俺に挑みかかってくる。
飛びかかりを半歩右に動いて避け、すれ違いざまに
「わぷッ!」
アリサに直撃した。頭からヘドロを被り、それを拭いながら疲れた表情を更に引きつらせる。
「狙いました……?」
「……さあな」
アリサの苦情に苦笑で返す。まあ、存外勢いがついてしまったというのが本音だが、いつものノリとして受け入れてもらいたい。
俺たちのやり取りを横目に、クリスが豪快に怪物を殴り飛ばしながら言う。
「とにかく、ご無事でなによりです。さっさと片付けましょう!」
「そうこなくちゃな。よし、行くぜ!指示は任せろ!」
「はい!」
「……うぅ、はい」
俺の言葉にクリスがやる気に満ちた様子で、アリサは少し拗ねた様子で返し、
「やはり、こうでなくてはな」
「やれやれ。まあ、そんなもんか」
ジルは微笑しながら、エリックは苦笑しながらぼやいていた。
今にも飛び出してきそうな怪物たちを警戒しつつ、俺はリリスに言う。
「リリス、あの紫色の髪の毛のヒトのそばにいろ。ジル、この子を頼めるか」
「ん」
「ああ、任せておけ」
リリスは眠たそうに頷くと俺の背中から飛び降り、とたとたとジルのほうに駆け寄って行った。ジルも両膝をついてリリスを抱き止めてやると、優しく頭を撫でていた。
さて、リリスはあいつに任せて俺は━━、
「暴れるか。少しストレスが溜まってんだよ……!」
殺気立ちながら怪物どもを睨み付け、直剣の切っ先を空に向け、地面と垂直になるように持ちながら体勢を低くして構える。
「ク、クリスさん!マスターがいきなりぶちギレモードです!」
「何かあったんだろ?変なこと言ってアイアンクローされても助けないぞ?」
「え!?」
そんな俺の後ろで、二人は相変わらずの話をしていた。
久しぶりにアイアンクローをするか?少しはストレスが吹き飛ぶかもしれない。
まあ、その話は後だ。今は目の前の怪物どもをどうにかしなければならない。アイアンクローをするにも、まずは戦闘を終わらせなければならないわけだし、する相手が生きていることが前提だ。
俺は若干怯えるアリサを尻目に、迫り来る怪物どもの群れに飛び込んでいくのだった━━━。
━━━━━
「それにしても、見つからないわね」
黒歌は自身を含めたヴァーリチームであっさりと撃破した、怪物たちだったものを一瞥しながらそう呟いた。
仙術使いが二人いることと、一人一人の技量がずば抜けていることもあり、まったく苦戦することなく撃破を終えたのだ。
白銀の鎧を纏い、兜を収納したヴァーリが表情を険しくさせながら言う。
「そう簡単には掴ませてくれないか。この際、山を吹き飛ばしてしまったほうが早いかもしれないな」
いつになく物騒なことを口にするリーダーに、美猴が口の端を引きつられながら言う。
「流石にそれはやばくねぇか?後が面倒だぜ、たぶん」
「冗談さ、本気にしたか?」
フッと鼻で笑うヴァーリに、美猴は額に青筋を浮かび上がらせる。
その横で、アーサーが眼鏡の位置を直しながらため息を吐いた。
「確かに問題ですが、その手も考えたほうがいいかもしれませんね。もしかしたら、入り口が山の中に━━という可能性も考えられますから」
チームの面々がそんな話を続けるなか、フェンリルとゴグマゴグに守られながら、いくつもの魔方陣を同時に展開するルフェイが言った。
「あの山の中に、大きい空間があるみたいです。もしかしたらそこが目的地かもしれません」
とある山を指差しながら報告したルフェイに、ヴァーリが頷いて返す。
「なら、そこを目指してみるか。鳶雄たちにも連絡をしなければな。だが━━」
言葉を区切り、ルフェイが指差した山のほうを睨み付ける。
「奴らの相手が先か」
彼の視線の先では、怪物たちが群れを成して迫ってきていた。並の者なら狼狽えるところだが、ヴァーリチームの面々は不敵に笑む。
「さて、進むか。少し時間が━━」
「しゃらくせぇんだよ!」
ヴァーリが飛び出そうとした矢先、怪物たちの群れの横っ腹に深紅の軌跡を残しながら何かが突っ込み、凄まじい速度で蹴散らし始めた。
思わず黙りこむ面々だが、その横に人影が降り立った。
「ヴァーリチームか。久しぶりだな」
「……確か、ジルだったか?そちらも終わったのか」
現れたのはリリスをおんぶしたジルだ。彼女に続く形でクリス、アリサ、エリックも降り立った。
「あ、黒歌」
「リリスじゃないの。また会ったわね」
黒歌が微笑みながら言うと、リリスはジルの背中から飛び降りて黒歌の胸に飛び込んだ。
黒歌がリリスの頭を優しく撫でている横で、エリックが困り顔で言う。
「……そちらも見つけたか?あの山がどうにも怪しいんだが」
彼の問いに、ルフェイが答える。
「はい、先ほど確認しました。目指そうとした矢先に、あれが現れたのです」
「……なあ、もう終わりそうだぞ」
二人の言葉を遮るように、クリスが群れを眺めながら言った。彼の言葉の通り、突撃した人物━━ロイの無双によって怪物たちは全滅一歩手前という状況だった。
ヴァーリが一度息を吐き、兜を装着しながら言う。
「なら、仕上げを手伝うか。アーサー、美猴、行くぞ」
「わかりました」
「おっしゃ。さっさと終わらせるか」
二人はヴァーリにそう返すと、真っ先に飛び出して行ったリーダーに続いて群れに飛び込んでいく。
攻撃手が三人も増えたことで群れの殲滅は更に進み、逃げようとする怪物さえも逃がさずに殺していく。
「ヴァーリ、リリスと黒歌はどうした。━━そいつは眉間だ」
「大丈夫だ、後ろで見ているぞ。それに、あなたの部下に守られている」
「なら良かった。そろそろロセたちも来る頃だろ━━右足の付け根」
「おそらくな。アザゼルの反応もそこまで遅くはないだろう」
敵の
そして━━━、
「こいつでラストだな」
ロイが最後の一体の
「怪我はしてねぇな?」
「だ、大丈夫よ」
「返り血飲んだとか、目に入ったとかは?」
「ないにゃ」
「怪我は━━」
「それはさっき聞いたにゃ!」
いつになくずかずか来るロイに若干引きながら、自分は大丈夫であることをアピールする。
ロイは彼女の様子にホッと息を吐き、笑みを浮かべた。
「ならいいんだ。何かあったら言えよ?」
「はいはい。で、この子はこのままのほうがいいの?」
黒歌は自分の胸に顔を埋めるリリスを見ながら訊いた。
ロイは少し困ったように額に手をやると、申し訳なさそうに笑った。
「しばらくそのままで頼む。死神に襲われてちょっと疲れちまったみたいでな。寝かしてやってくれ」
「わかったにゃ。━━って、この子寝てるの?え?この状況で……?」
困惑しながらも、改めてリリスに目を向ける黒歌。視線を向けられたリリスは、規則正しく呼吸を繰り返していた。
「なぜかはわからねぇが、その子はどんな状況でも寝るぞ」
「あ、そう」
リリスを抱き直しながら頷く黒歌。そんな彼女の肩に、ロイは手を置いた。
「何がなんでも守るから、頼まれてくれ。ロセたちが来てくれれば、もう少し楽なんだが……」
「呼びましたか?」
「ああ。ちょうどおまえの━━」
ロイは一度首をかしげ、後ろに振り返る。そこにはリアスを始めとした『グレモリー眷属』と、ソーナを始めとした『シトリー眷属』が集合していた。
その中で、一歩前に出ていたロスヴァイセがロイに訊く。
「それで、私がどうかしましたか?」
「いや。リリスが寝てるから、俺はそっちも気にしなきゃならねぇんだ。だから、もう少し手が欲しくてな」
「なるほど」
ロスヴァイセが頷くと、ロイがエリックに訊いた。
「で、目的地はあの頭ひとつ高い山でいいのか?さっさと終わらせちまおう」
「ああ、その山だ。さて、攻め手が増えたところで移動するか。他のエリアもどうにか落ち着いたようだしな」
「到着していきなりだが、リアスたちもそれでいいか。まあ、慣れていると思うがな……」
ロイがぼそりと呟いた最後の一文に、リアスたちは苦笑混じりに頷いて返す。
「大丈夫ですわ、お兄様。慣れていますから」
リアスの言葉にロイは苦笑で返すと、背中にドラゴンの翼を展開した。
「そんじゃ、行くか」
『はい!』
リアスたちの返事を聞き、自身の眷属と同僚たちとヴァーリチームも翼を展開したことを確認し、一気に飛び出していった━━━。
━━━━━
ロイたちが真っ直ぐに目指すリゼヴィムのアジト。その最奥で、高速で魔方陣を動かすリゼヴィムは苛立ちを隠せずにいた。
「何なんだよ、あいつら!?雑魚クラスとはいえ
怒鳴り散らすリゼヴィムの横で、同じく魔方陣を動かしながらローブの男が申し訳なさそうに言う。
「リゼヴィム様、落ち着いてください。私が産み出してしまった紛い物のせいで、完璧ではないにしろ、対策が練られてしまっていたようです。勝負を急ぎすぎました……」
「それもあるけどよ!━━とりあえず一旦落ち着くか。まあ、本命はこいつらだしな」
壁の巨大な培養槽と、まだ中身が詰まった壁を埋め尽くす培養槽を横目に見ながら、リゼヴィムは一度大きく息を吐いた。
「━━で、覚醒まではもうちょいか。どうするかな~、時間稼がないとな~」
「……おれが、いく」
リゼヴィムのわざとらしい言葉に、紅髪の少年が返した。壁に立て掛けていたアロンダイトを背負い直し、足早にアジトの入り口のほうに歩を進めていくが、
「ああ、ちょっと待って」
それにリゼヴィムが待ったをかけた。
少年が無表情で向き直ると、リゼヴィムは邪悪な笑みを浮かべながら言った。
「━━死んでも止めといてね。うん、死んでも」
「………」
少年は無表情のまま頷くと、リゼヴィムは更に続ける。
「それと、狙うなら銀髪の女か、黒髪の猫又にしときな。少なくとも、それでロイちゃんは止まるから」
「……ッ!」
今度は眉を寄せながら頷く少年。そんな彼の反応を楽しむようにリゼヴィムは笑う。
「さて、ラストスパートといきますか」
「御意!」
リゼヴィムの言葉にローブの男は勢いよく返し、作業の速度を更に上げていく。
ロイたちの到着が先か、獣の覚醒が先か、力だけでなく時間との戦いも、既に始まっていたのだった━━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。