グレモリー家の次男 リメイク版   作:EGO

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mission05 紅が交差するとき

俺━━ロイとガブリエルを囲んでいたリアスたちは警戒を解いてくれたが、状況は一刻を争う。ガブリエルはもう限界のようだし、ここで離脱してもらうしかない。

俺は紫煙を吐き出し、ガブリエルに肩を貸しているグリゼルダに言う。

 

「とりあえず、そいつを頼む。指先とか、軽く凍傷になっているかもしれねぇ」

 

「わかりました。ガブリエル様、歩けますか?」

 

「……だ、大丈夫です。ロイ様、ひとつよろしいでしょうか?」

 

「ん?なんだ」

 

タバコをくわえながら、俺は小さく首をかしげる。

 

「アロンダイトはお持ちでしょうか」

 

「……いや、てか、あれどこにあるんだ?」

 

俺が聞き返すと、ガブリエルの表情が険しくなった。

 

「皆様にもまだ伝わっていないのですが、アロンダイトが何者かに持ち去られました」

 

『っ!?』

 

「……なに」

 

驚愕するリアスたちを他所に、俺も表情を険しくさせた。

 

「一体誰が……?あれは俺にしか振れねぇんだろ?」

 

俺の疑問にガブリエルは頷く。

 

「あの剣と波長のあう人物、つまりロイ様にしか振れないはずなのですが、何者かが盗み出しました」

 

「……なぜだ。盗む意味なんてねぇだろうが」

 

紫煙を吐き出し、顎に手をやりながらぼそりと呟く。だが、実際に盗まれたのなら、何かしら意味があってのことなんだろう。

 

「とりあえず、その話は後にしよう。今はリゼヴィムが優先だ。グリゼルダ、頼む」

 

俺の言葉にグリゼルダが頷いたことを確認し、二人を囲むように転移魔方陣を展開する。

脱走用にコキュートスの入り口にマーキングはしてある。今回はそれを使わせてもらおう。

 

「では、後はよろしくお願いします」

 

転移の光に包まれながら、グリゼルダの言葉に俺たちは頷く。

 

「どうかご無事で……」

 

転移の光に消えていくなか、ガブリエルの呟きが俺たちの耳に届く。当たり前だ、そのために俺は戻ってきた。

 

━━何がなんでも、ロセたちを守る。この命に懸けて……!

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さ、寒い」

 

覚悟を決めて走り出して一時間ほど。現実はかなり厳しいもので、寒さが容赦なく俺の体力を奪っていく。

 

「だから、あんたも休んでなさいって言ったのにゃ!」

 

走りながら寒がる俺の横で、防寒具に身を包んだ黒歌が地味に怒りながら言う。

防寒具の外套はガブリエルに持っていかれてしまったし、今回ばかりは諦めて耐えることにする。まあ、そういうのには慣れているからな。

リアスが訊いてくる。

 

「お兄様、どうして脱走したのですか。記憶が戻ったのなら、合流してもよろしかったのでは?」

 

「まあ、死亡扱いで単独行動のほうが動きやすきからな。多少の法を犯しても、後で俺だけが色々と言われるだけだ」

 

俺の返しに、リアスは少し複雑そうな表情になっていた。

今まで散々心配かけたのだから、もう少し何か言っておけば良かったかもしれない。それが言えるような状況ではなかったんだけどな。

 

「まあ、下手におまえらを巻き込みたくなかったんだよ。あの骸骨神様がしつこくてな。あいつ、なりふり構わずって感じになり始めていやがる」

 

俺がそう言うと、不意にロセが俺の肩に手を置いた。

 

「もっと、私たちを頼ってください。ロイさんだっていつも言っているじゃないですか。私たちは大切な仲間だって……」

 

悲哀を込めてそう言うロセ。

確かにロセたちは大切な仲間だ。だが、大切だからこそ、出来るだけ巻き込みたくないと思ってしまう。

 

「……そうだな。仲間だもんな」

 

本音とは裏腹に、微笑しながらロセたちに心配をかけさせないようにそう返す。

リアスやイッセーたちは頷き返してくれたが、ロセと黒歌だけは少し不安げな表情のままだ。もしかしたら、俺の本音のほうに気づいているのかもしれない。

俺は前方に目を向け、視線の先で揺れる大きな影と二つの小さな影を睨み付ける。

 

「見えたぞ。まだ解放出来てはいねぇみたいだな」

 

「急ぎましょう。いつ出てきてもおかしくはありません」

 

俺とリアスは頷きあい、速度を上げていく。おそらく、あの狼型の群れと、『特異個体』とかいう奴との戦闘は避けられない。そいつらを相手しつつ、リゼヴィムが出てくるのを防がなければならない。

こうやって考えてみるとなかなかきついが、やるしかない。ようやくあの野郎をぶちこめたんだ。一ヶ月程度で出すわけにはいかねぇ。

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

「━━おや、来ましたか」

 

手元で数百の魔方陣を動かしながら、ローブの男は近づいてくる悪魔たちの気配を察し、不敵に笑んだ。

 

「では、彼らの相手はあなた方におまかせしますよ。特に、あの『燃え滓』はあなたが相手しなさい」

 

男は、彼の横に立つ紅髪の少年にそう言った。だが、相変わらずリアクションはない。ひとつ違うことがあるとすれば、じっと悪魔たちのいる方向を、正確にはロイを見つめ続けていることか。

そんな少年を見て、男は不気味な笑みを顔に張り付ける。

 

「ああ、やはり、やはりだ!あの『燃え滓』とあなたは引かれあっている!実に面白い!」

 

やや興奮した様子で男はそう言うと、操作していた魔方陣を一度消した。

 

「リゼヴィム様の救出も大事ですが、やはりこちらも気になってしまいますね。申し訳ありません、我が主よ。やはり、私は愚か者です……!」

 

男はそう言うと手元に魔方陣を展開するとそれを少年にぶつけ、狼に目を向ける。

 

「では、頼みますよ」

 

「………」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!』

 

『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!』』』

 

少年は無言で背負う聖剣に手をかけ、狼型のボスは咆哮で答え、取り巻きがそれに続いて吠える。

彼らはほぼ同時に飛び出していき、突然吹き荒れた吹雪の中に消えていく。

 

「ああ……。お許しください、我が主よ。私は、私でも止められないのです……」

 

声音こそ申し訳なさそうだが、その表情に口を(いびつ)に歪めた笑みを張り付けながら、男は天を仰ぐ。

 

「もう少しです。もう少しだけお待ち下さい。我が主よ………」

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

(さみ)ぃっ!なんでこのタイミングで吹雪いてくるんだよ!?」

 

「我慢してください!予備の防寒具はないんです!」

 

俺が愚痴ると、すかさずロセがツッコミを入れてくる。もっと予備を用意しておいて欲しかったな。俺も外套を脱ぐことになるとは思わなかったけどさ。

俺が何か言い返してやろうとした矢先、仙術で高めた感知能力に何かが引っかかる。この気配はさっきの奴らと同じ。

 

「正面、来るぞ!」

 

『はい!』

 

リアスたちが返事をした瞬間、狙ったかのように吹雪が弱まる。お互いの姿を目視で確認した瞬間、右胸の傷が(うず)いた。

反射的に右手に直剣を生成、ロセのほうに飛ぶ。

 

「ロセ、伏せろ!」

 

「え……」

 

反応しきれていないロセを左手で突き飛ばし、直剣で振り下ろされた一撃を止める。

甲高い金属音が響き渡り、その相手と、奴が握る武器を見て、俺とロセは驚愕の表情を浮かべた。

 

「……おまえ、何者だ!?」

 

「………」

 

俺の問いには答えず、ただ力を込めてくる。

俺は困惑しながらも無理やり相手を押し返し、横凪ぎに直剣を振るう。

相手は余裕でその場を飛び退くと、一度深く息を吐き、構え直す。

その間、俺とロセはただ相手を見つめていた。

あいつが持っている武器に見覚えがある。それだけならそこまで驚くことではないが、問題はその持ち主。

聞いていた通り『紅髪の少年』だ。外見は十五、六だが、だが………!

 

「ロ、ロイ、さん……?え……?どういうことですか……?」

 

弱々しい声音で訊いてくるが、俺はそれを気にする余裕がなくなり始めていた。

 

「それは俺が聞きてぇよ。なんで━━」

 

少年は己の武器━━アロンダイトに魔力を込めていき、刀身を深紅に染め上げる。

まるでそうすることを知っているように手慣れた様子で、これは俺のものだと見せつけるように……。

 

「━━俺の前に俺がいるんだよ……!?」

 

リアスたちが狼型の群れと派手に戦闘を繰り広げるなか、俺とロセの回りは、わざと孤立させたように静かだ。

ロセは立ち上がると俺の横に立ち、俺と少年を交互に見比べる。

 

「ロイさんにそっくりですね。でも、だいぶ幼い感じが……」

 

「確かに、若い頃の俺にそっくりだ。あそこまで無表情じゃねぇが……」

 

困惑したまま、ロセにそう告げた。そっくりと言うよりは、そのままだ。一切の表情を顔に出していないところが不気味だけどな。

俺は少年を睨み付けながら、言葉に少々の怒気を込めて訊く。

 

「おまえ、何者だ。名前は」

 

「………」

 

回答なし。まあ、さっきもそうだったし、あまり期待していたわけではないがな。

衛兵が言っていた聖剣使いは、あいつなんだろう。そした、アロンダイトを盗み出したのもおそらく……。

俺が警戒しているなか、少年が一気に飛び出した。俺の目から見ても驚異的なまでの速さだが、まだ遅い!

飛び出してきた勢いで放たれた突きを直剣で受け流し、そのまま刃を返して背中を斬りにいくが、少年はその場を飛び退いて避ける。

 

「ロセ、下がっていてくれ。あいつとは、一対一で勝負がしたい」

 

直剣に魔力を込めながらロセにそう言うと、彼女は一度頷く。

 

「わかりました。けれど、危なくなったら援護に入ります」

 

「了解。その時は頼んだ!」

 

言い切ると同時に瞬時に間合いを詰め、少年に斬りかかる。少年は普通に見えていたようで、アロンダイトで俺の一撃を受け止めてみせた。

つばぜり合いをしながら、相手の力を測る。見た目以上に力強く、重い。前の俺なら一気に押しきられていたかもしれないが、力だけじゃ俺には勝てねぇよ。

 

「━━で、俺の言葉はわかるか?」

 

競り合いながらそう訊くが、少年は何も反応を返してこなかった。そこまでポーカーフェイスなのか、あるいは本当に理解できていないのか……。

俺は小さくため息を吐き、力を抜きながら直剣を傾ける。押しきろうと必死に力を込めてきていた少年が、前につんのめるように体勢を崩した瞬間、

 

「フッ!」

 

「ッ!」

 

腹に膝蹴り撃ち込む。無表情を貫いていた少年だが、身体をくの字に曲げながら、歯を食い縛って苦痛に耐えていた。

それを横目で見ながら足を引き戻し、今度は少年の顎を蹴りあげる。快音が吹雪の音に混ざって俺の耳に届くが、それを無視して無防備な腹に拳を放った。

 

「か………っ!」

 

肺の空気を吐き出しながら吹っ飛ぶ少年。だが、空中で体勢を立て直して足の裏を地面に擦りながら無理やり勢いを殺した。

何だろう。こいつ、弱くないか?足は速いが、剣の扱いが雑だ。いきなり慣れないことをさせられている感じがしてならない。

俺の予想が正しければ、こいつはあの龍型の正体なんだろう。だが、あの時のほうがだいぶ強かった。具体的に言うと、刺し違えを覚悟する程度には強かった。今はそこまででもないな。

俺はゆっくりと息を吐き、直剣を両手で握りながら重心を落とし、剣を顔の横にやりながら刀身を地面と水平にし、切っ先を相手に向ける。ようは『霞の構え』を取ったわけだ。久しぶりだが、いけるだろう。

俺の構えを見た少年は目を細め、警戒を強めているように見える。

それを見ながら俺は不敵に笑み、一気に飛び出す。音を置き去りにした俺の踏み込みを見切ることは出来ていない様子だが、見逃してやるほど甘くはない。

少年の背後を取った瞬間に、渾身の力を込めた突きを放つ!

軽く空間を穿ったほどの突きだが、少年はギリギリで反応してアロンダイトで受け止めた。耳障りな甲高い音が響くが、俺たちはそのまま剣撃の応酬が始まる!

俺たちの回りで火花が乱れ舞い、顔の横すれすれを刃が通りすぎていくが、慌てることはない。当たらなければそれでいい。

俺は余裕があるが、少年の身体には少しずつ傷が増えていく。傷からは赤黒い血が流れ出るが、それに構わず少年は打ち込み続けてくる。

突きと凪ぎの応酬がひたすら続き、お互いに決して引かず、至近距離で斬り続ける。途中で蹴りや拳を織り交ぜ、少年にダメージを蓄積させていく。

少年の動きは明らかに鈍くなっていくが、それでも引かない。その選択肢がないのか、俺が間合いを開けたら速攻で潰しに行くことがばれているのか、どちらにせよもうすぐ押しきれるだろう。

 

「ロイさん、避けてください!」

 

「ッ!」

 

ロセからの突然の警告に、俺は反射的にその場を飛び退く。一瞬後に俺のいた場所に狼型の一体が飛びかかり、地面に爪を食い込ませていた。

横目でリアスたちのほうに目を向けると、明らかに数を増やした狼型の群れとそのボスに苦戦を強いられていた。加勢に向かったほうが良さそうだが、今は目の前のあいつをどうにかしねぇと。

少年はぼろぼろになった自分の身体を見つめ、首をゴキゴキ鳴らすと、静かに瞑目した。その横では狼型が俺に向かって唸り声を上げている。

少年はゆっくりと息を吐き、先ほどの俺とまったく同じ構えを取った。見よう見まねだとは思うが、どうにもあいつが放つ圧が強くなった気がする。

俺が肩をすくめて構え直すと、俺たちの視線の先、本来の目的地の方向から嫌な気配が滲み出始める。この気配、忘れるわけもない。これは、奴の……!

殺気立ちながらそちらを睨み付けると、少年が狼型に跨がり、群れに紛れて吹雪の中に消えていく。行き先は間違いなく奴のところだろう。

 

「ロセ、追うぞ!」

 

「はい!」

 

既に追いかけ始めているリアスたちに続き、俺たちも走り出す。おそらく、この先であの野郎と戦いになる。奴の能力の都合上、戦力になるのはごく少数になっちまうが、仕方ねぇだろう。

吹雪吹き荒れるコキュートスの真ん中で、再び最悪の悪意が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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