兵藤家を出発した俺━━兵藤一誠を始めとした『D×D』は、コキュートスの入り口に向けて飛んでいた。
本来なら転移があっという間に行けるそうなのだが、その施設が『クリフォト残党』に破壊されてしまったようで、こうして自力での到達を狙っているのだ。
俺たちの視線の先で、黒い煙が立ち上っていることが確認出来た。協力者とガブリエル様があそこで戦闘を繰り広げているのだろう。
「急ぐわよ!」
『はい!』
リアスの号令で俺たちはさらに加速し、その場所を目指すのだった━━。
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「まったく、面倒だったな」
「ですが、これでほぼ全て討伐出来ました……」
まだまだ余裕そうなロイと、少し息を荒くしたガブリエルは、周囲を警戒しながら言葉を交わしていた。
二人がかりで数百の怪物を全て狩り、とりあえず一息ついているといった感じだ。
途中、何体か転移で逃げた、正確には誰かに回収されたのだが、二人はそちらまで意識する余裕はなかった。逃げる敵を気にする余裕があるのなら、向かってくる敵への対処が優先だ。
ロイがリリスのいるほうに目を向け、声をかける。
「リリス、無事か?あと、衛兵も」
「だいじょうぶ!」
「あ、ああ。何とか……」
リリスは笑いながら、衛兵の隊長はいまだに困惑した様子で返した。
ロイはひとつ頷くと、ガブリエルのほうに向き直る。
「リリスと怪我人を頼めるか。俺はこれからコキュートスに入る」
「っ!一人では危険です!せめて『D×D』の皆さんが来るまで待ってください!」
ガブリエルは止めようと抗議するが、ロイは首を横に振る。
「時間が惜しい。早くあいつらを追わねぇと、大変なことになる」
「なら、私も行きます!」
ロイに詰め寄りながら言うガブリエル。冷静さに欠く彼女の言動に、ロイは頭を掻きながらため息を吐くと直剣を消し、空いた手で彼女の頬を撫でた。
「心配してくれるのはありがたいが、この先は結構厳しいぞ。そんな薄いローブだと特にな」
ガブリエルは自分の服に目を向ける。いきなり戦闘に入ったため、彼女にとっての普段着でもある純白のローブは、返り血で少し黒く染まっており、余り防寒性が高いようには見えない。
ロイは微笑を浮かべ、彼女の頬から手を離す。
「だから、ここで待って━━」
「が、我慢します!多少の寒さは、何とかなります!」
やけくそのように言うガブリエル。ロイの微笑していた口の端がピクピクと引き釣り始め、額には薄く青筋が浮かび上がる。
「あのな、この先はそんな根性論でどうにか━━」
「します!これでも鍛えているんです!」
諦める様子のないガブリエルに、ロイは諦めたように大きくため息を吐くと、自分の羽織っていた外套を投げる。
「ついてくるなら羽織っとけ。リリス、ちょっとここで待ってろ」
「はーい」
「衛兵も、無理しない程度にその子のことを頼んでいいか?」
「わかった。だが、ひとつ聞いてもいいか?」
「ん?」
コキュートスの入り口に足を向けていたロイは、隊長のほうに向き直る。
「貴様は、『ロイ・グレモリー』なのか?」
「……いや、似ているだけだ。よく間違われる」
衛兵の質問に、ロイは少し間を開けて返した。表向き死亡扱いなのだ、そう返すしかない。
ある程度の事情を察した隊長は、ロイの返しに複雑そうな表情を浮かべると、彼に警告した。
「相手に『聖剣を使う紅髪の少年』がいる。その少年一人に、我々はこの有り様だ。気をつけてくれ」
「『紅髪の少年』?まあ、気を付けるよ。警告に感謝する」
ロイは衛兵に礼を言うと、ガブリエルと目を合わせて頷きあい、コキュートスの入り口に向けて駆け出す。
リリスはコキュートスに消えていく二人の背中を見つめながら、横に倒れている衛兵に声をかけた。
「だいじょうぶ?」
「このくらい、何てことない!」
応急処置を終えて強がる衛兵だが、巻いた包帯は血で真っ赤に染まっている。早く病院に連れていかなければ、手遅れになってしまうだろう。
ふと、リリスは見知った気配を感じて空のほうに目を向ける。彼女の視線に、数人の悪魔たちがこちらに向かってくる姿が写されていた。
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俺━━兵藤一誠を始めとした『D×D』は、ようやくコキュートスへの入り口に到着したのだが━━、
「あ、赤龍帝」
「リ、リリス!?な、なんでこんなところに!?」
俺は思わず驚きの声をあげた。当たり前だろう、俺たちの前には、ロイ先生と共に再び行方不明となったリリスがいるのだから!
驚く俺たちを他所に、リリスは俺の後ろにいたロスヴァイセさんに目を向ける。
「ロセ、ひさしぶり!」
「え?ああ、お久しぶりです……」
笑顔で挨拶するリリスと、困惑気味のロスヴァイセさん。まあ、いきなりあだ名で呼ばれれば、驚きもするだろう。
それはともかくとして、リリスのいる岩の近くに、負傷した衛兵の皆さんが倒れていた。応急処置はしてあるようだが、それでも危険な状態なヒトもちらほらいるようだ。
アーシアがいち早く駆け寄り、そのヒトたちを治療し始めた。
その様子を横目で確認しながら、グリゼルダさんが衛兵の隊長と思われるヒトに訊いた。
「ガブリエル様と、協力者の方はどちらにいらっしゃるのですか?」
「お二人は既にコキュートスに入りました。追うのなら、早く行ったほうが良いかと」
隊長さんの言葉に、俺たちは表情を険しくさせた。俺たちを待たずに行ってしまうとは、よほど切羽詰まっているのだろう。あまり時間の余裕はなさそうだ。
この状況を見てか、ソーナ前会長が言う。
「怪我人の搬送は私たちが行います。リアスたちは先に進んでください」
リアスが頷こうとした矢先、上空から何かが落下してくる!だが、それから感じるオーラには覚えがある。てか、よく感じる気配だ!
その何かは地面に当たる寸前で急ブレーキをかけて停止、ゆっくりと地面に足をつける。
「すまない。待たせてしまったな」
「ヴァーリ!おまえも来たのか!」
「あの男が出てくるかもしれないんだ、当たり前だろう」
現れたのはヴァーリだった!アザゼル先生が連絡を入れてくれたのか、このタイミングでの到着だ。
ヴァーリの横の空間に穴が穿たれ、そこから数人の男女と一匹の大型犬ほどの大きさの狼が現れる。
「この前ぶりだな、スイッチ!」
「…………」
美猴の登場と挨拶に、露骨に嫌そうな顔をするリアス。まあ、この二人は『犬猿の仲』ならぬ『姫猿の仲』。ようするに仲が悪い。
「黒歌、ひさしぶり!」
「にゃ?おー、リリスじゃないの。元気にしてたかにゃ?」
「うん!」
割りと仲良さげな雰囲気の黒歌とリリスだが、黒歌は一度周囲を見渡してからリリスに訊く。
「リリス、あいつはどこにゃ?」
『あいつ』━━おそらくロイ先生のことだ。リリスと常に行動を共にしているらしいあのヒトが見当たらないのが気になったのだろう。
「んとね、あっち!」
笑顔のリリスが勢いよく指差したのは、コキュートスの入り口の方向。つまり、ロイ先生はコキュートスへ?もしかして協力者って……。
リアスたちも俺よりも早くそれを察していたようで、皆複雑そうな表情になっていた。
いなくなったあのヒトが協力者ってのも変な気がするが、その可能性が一番高い。合流すれば、何かわかるかもしれない。
「ソーナ、こっちはお願いね。私たちはこのまま進むわ」
「ええ。私たちも済み次第追いかけます。サイラオーグたちもそろそろ到着するそうですから」
ソーナ前会長の言葉に俺たちは頷きあい、リアスが走り出すと同時に俺たち『グレモリー眷属』と『ヴァーリチーム』もコキュートス入り口に向かう。
リゼヴィムの野郎を、外に出すわけにはいかない……!
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「━━で、大丈夫か?」
「だ、だだだ、大丈夫でしゅ……!」
俺━━ロイが走る横で、ガブリエルが死にかけながら走っていた。まあ、薄手のローブに布切れ一枚だけだと、さすがに寒いのだろう。俺は仙術の応用で体温を上げていたりする。
「それにしても、派手にやるじゃねぇか。立ち塞がった魔物を片っ端から狩ってやがる。おかげで追いかけやすいが……」
そう言った側から近くに魔物の死骸を見つけた。剣で腹を斬られており、内臓を地面にぶちまけている。しゃがみこんでそれらに触れてみると、まだ温かった。つまり、殺されてからあまり時間が経っていない。
「かなり殺られているな。生態系に何かないか、調査班を呼んだほうがよさそうだ」
「そ、そうですね……!」
腕を組みながら身体を擦り、必死に寒さに耐えているガブリエル。俺は一度ため息を吐くと、彼女の手をとる。
「……!あ、あの……」
驚くガブリエルを他所に、彼女の手を魔物の腹に突っ込んだ。
「っ!?!?」
「生物は死んでもしばらくは熱を持つ。冷えきった身体には効くだろ?」
「本当ですね。……とても温かいです……」
俺も手を突っ込んで手を温めながら言う。
「この『熱さ』が俺たちを生かしてくれる。━━って、先生に教わった」
「先生、ですか?」
「俺に仙術とかを教えてくれたヒトだ。今度色々と聞かせてやるよ」
俺はそう告げると腹から手を引き抜く。おかげで十分温まった。こいつの毛皮を剥いで防寒具を━━といきたいところだが、そんな時間はないし、ばらして今日の夕飯に━━といきたいところだが、その時間もない。
俺は仙術で周囲の気配を探り、近くに他の魔物がいないかを確かめる。
……少し遠いが、何体かいるようだ。そいつらの夕飯になるだろうな。
俺は立ち上がり、地面に転々と残る血痕に目を向ける。これを追えば、奴らに追い付けるか。この様子だと、もう少しで接触できるはず。
「行けるか?」
「はい、大丈夫です!」
身体が温まったからか、元気になっているガブリエル。その手は真っ赤に染まっているがな。
俺は頷き、血痕を辿って走り始める。『紅髪の聖剣使い』ってのは気になるが、とりあえずリゼヴィムを出さないことが最優先だ。出てきても、ソッコーで殺す。
ガブリエルが後ろに続くなかで、俺は静かに魔力をたぎらせるのだった━━━。
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「……っ!」
「おや、もう来ましたか」
フードを目深く被った男の言葉に、紅髪の少年は返さない。ただ視線の先に揺れる二つの小さな影を睨むだけだ。
男は顎に手をやりながら少し考えると、横に転移魔方陣を展開させた。
「時間稼ぎをさせてもらいましょう。まだあのお方の元までは時間がかかりそうですから」
そこから現れるのは大量の怪物。極寒のコキュートスに合わせてか、体毛が多く、狼のような個体たちだ。
「『仲間意識』。それを組み込んだこれらならば、彼らも少しは苦戦するでしょう」
「………」
男の言葉に少年は返さず、勝手に進み始める。男は肩をすくめると、少年を追って歩き始めた。
少年は一切の感情を感じさせず、男は冷徹でいて、狂喜を内包している不気味な表情を浮かべる。
「ああ、もうすぐです。もうすぐですよ」
男はそう言うなり、両腕を広げて天を仰ぐ。
「━━我が愛する
その呟きは少年の耳には届いているのだろうが、相変わらずリアクションはない。男はそれを良いことに不気味な笑みを深めた。
「クハハハハ……っ!ええ、その通り。もうすぐ、もうすぐですよ!ハハハハハハ!」
狂った男の笑い声は、氷の大地に虚しく響く。近くにいた魔物たちは何かを感じて逃げ出し、群れで固まっては震えて動けなくなる。
男の目的はただひとつ。ルシファーの寵愛をいただくこと。その為だけに、彼はその生涯の全てを懸けていた━━━。
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