「ロスヴァイセさんが連れていかれた!?」
兵藤家VIPルームに、俺━━兵藤一誠の声が響いた。
俺が反応する横で、リアスが試しに連絡を取ろうと魔方陣を展開するが、まったく繋がらないでいた。
リアスが心配げな表情になるなか、アザゼル先生が頷く。
「ああ、その通りだ。護衛をさせていた二人は負傷したが命に別状はない」
そ、それは良かったけど、ロスヴァイセさんが連れていかれたって情報が衝撃的すぎる!気分転換のために東京行ったとは聞いたけど、そこで連れていかれたとしたら、結界を突破されたってことだ!
表情を険しくさせた木場が訊く。
「連れ去った人物はどうやって結界の突破をしたんですか?東京の結界はそれなりに強力なもののはずですが……」
「『邪龍戦役』で結界に関わる連中も死んじまって、結界にちょっとした穴があったのかもしれない。だが、そうだとしてもどうにもおかしい。そいつが結界に突入して数十秒しても反応がなかったらしい。詳しく調べてみたが、運悪く結界が誤作動を起こしたってわけでもなさそうだ」
眉を寄せながら言うアザゼル先生。誤作動ってわけでもないってのはどういうことだ?
俺たちが
「その侵入者からロイ・グレモリーのオーラが検知されたそうだ。だから結界の反応が遅れたらしい」
「━ッ!待って、アザゼル。ロイお兄様のオーラって、どういうことなの!」
アザゼル先生に詰め寄るリアス。表情は必死そのものであり、いつもの余裕はない。
アザゼル先生の言葉を信じるなら、ロイ先生がロスヴァイセさんを拐ったことになる。だが、そのロイ先生は死んでしまっているはずだし……。
ふと、俺の脳裏に先日戦ったロイのことが思い起こされる。
アザゼル先生がリアスを落ち着かせるように言う。
「おまえらが出会ったロイは、本当に俺たちの知るロイなのかもしれない」
「それって、どういうこと……?」
リアスの問いに、アザゼル先生は表情を険しくさせたまま返す。
「そいつから、ロイとは別のオーラも検知されたそうだ。何のオーラかはよく分からないそうだが、それのおかげで異物として結界が反応したらしい」
「万が一あのヒトがロイ先生だとしても、なぜ私たちのことがわからなかったのでしょう。何かしら反応があっても良かったと思うのですが……」
朱乃さんが当然の疑問を口にする。あいつは俺たちのことを知らないと言い切った。ロイ先生ならわかって当然だと思うのだが、どうしてだ?
アザゼル先生が指を一本立てて言う。
「可能性としては、また誰かに操られている。だが、可能性は低いだろう。リゼヴィムが使った聖杯は全てヴァレリーに戻した」
そう言えば、俺がリゼヴィムと戦っている時に、リアスたちはリゼヴィムに操られたロイ先生と戦ったそうだ。聖杯を使って操られていたそうだが、その時はデュリオやヴァーリチームの協力でどうにかなったそうだ。
その聖杯は無事に奪還され、ヴァレリーに戻された。今は検査中だけど、彼女の回復は時間の問題だ。
アザゼル先生は二本目の指を立てながら言葉を続ける。
「次に、何らかの形でおまえらを認識できなくなっている」
俺たちを俺たちと認識できない?何かしらの術をかけられているのか、それとも記憶がなくなってしまっているのか……。
俺が柄にもなく思考を巡らせていると、アザゼル先生はのもうひとつ情報を口にする。
「話をもどすぞ。ロスヴァイセの捜索は
安心させるようにそう言うが、俺たちの表情が暗いままだ。
アザゼル先生は一度ため息を吐くと、出来れば言いたくなかったのか神妙な面持ちで言う。
「何かあればすぐに知らせるが、また不穏な気配があってな」
「ま、まだ何かあるんですか!」
俺の返しにアザゼル先生はため息混じりに頷く。
「テロリストどものアジトにあった情報に、冥府に関係のあるものがいくつか見つかった。おそらく、あの骸骨神様が裏で何かしているんだろう」
またあの神様か!英雄派の時といい、クリフォトの時といい、今回といい、何回俺たちにちょっかいかけてくるんだよ!
アザゼル先生は悔しがるように拳を握りながら言う。
「だが、まだ足りない。もっと決定的な情報がないことには、あいつを黙らせることができない」
アザゼル先生はため息を吐くと、拳を開きながら俺たちに言う。
「とにかく、ロスヴァイセのことはこっちに任せろ。何かあったらすぐに知らせる」
頷くことしかできない俺たち。今は、アザゼル先生を信じるしかないか……。
━━━━━
「………う、うーん………」
彼女━━ロスヴァイセは重い瞼を開ける。どこかのテントの中に寝かされ、毛布を被らされているようだ。
痛む頭を押さえながら上体を起こし、少し考える。東京に出掛けて、変な男たちに絡まれて、そして━━
『ちょっと付き合ってくれ、すぐに済む』
ロイに問答無用で誘拐された。きっとリアスたちが心配しているだろうと思いながら、ロスヴァイセは重いため息を吐いた。
彼女はテントの中を見渡す。ヒト一人がギリギリ入れるほどの大きさだが、片隅に医療器具の入った箱が置かれているぐらいで、それ以外のものは見当たらない。
『━━ロイ、焼けた?』
『もう少しかな。って、焼き始めたばかりだぞ……』
『むぅ……』
『そんな顔されてもな、もう少しだから我慢してくれ』
テントの外からどこか聞き覚えのある二人の話し声が聞こえた。一人は男の声だが、もう一人は幼い女の子の声だ。
『……そろそろ起きたか?』
「っ!」
明らかにこちらに向けられた声に、思わず身体を強張らせるロスヴァイセ。そんな彼女の様子を知るよしもない外の男は、何の躊躇いもなくテントの中に顔を突っ込んできた。
鮮やかな紅の髪に底の見えない黒い瞳の男性━━ロイとロスヴァイセの視線が交差するなか、ロイは笑みを浮かべる。
「起きているなら、返事くらいしてくれてもいいだろう」
「あ、いえ、ごめんなさい……」
いきなり謝られたロイは苦笑するが、そのまま彼女に左手を差し出す。
「立てるか?いきなり気絶したから仙術で簡単に治療したんだが、そっち方面は慣れないもんでね」
「は、はあ……」
ロスヴァイセは警戒しながらもその手を取る。そして、違和感を覚えた。彼の左手が暖かいのだ。本物のロイの左腕はリゼヴィムに吹き飛ばされ、義手のはずなのだが、目の前の彼の手には生きている証と言わんばかりの暖かさがあった。
ロイの手を借りて立ち上がり、そのままテントの外に出る。日は落ちて外は真っ暗だが、光源として焚き火がたかれ、その周りには調理器具が並べられ、串刺しにされた川魚が焼かれていた。そして、その魚を
「リ、リリス!?」
「……ん?ひさしぶり」
「ちょっと待て、リリス。こいつと知り合いなのか?」
「うん」
即答されたロイは倒木に座り込みながら項垂れた。
まさか、先日遭遇した彼らもこの子の関係者だったのかもしれない。だとしたら、彼らに仕掛けたのは少し早計だった……?
ロイが大きめのため息を吐くと同時に、少し焦げた臭いが彼らの鼻につく。それにいち早く気づいたリリスがロイに言う。
「ロイ!こげてる!」
「━━!ああ、悪い。すぐに取る」
手早く魚を回収し、臭いを嗅ぐロイ。まだ食べられることを確認し、一度頷いた。リリスは笑みながら頷き返して魚を頬張り始めた。
ロイは焼けた魚を差し出しながらロスヴァイセに訊く。
「食うか?別にどっちでもいいが……」
ほんの一瞬考えるロスヴァイセだが、不意に彼女の腹の虫が鳴る。突然の事態にロスヴァイセは赤面しながら頷き、ロイは苦笑しながら焼き魚を差し出した。
「いちおう味付けはしてあるが、不味かったら悪い」
「そ、そんな、お気遣いなく」
ロイはその返事を聞いてから残った焼き魚を取り上げ、リリスの横に腰を降ろす。その対面にロスヴァイセは腰を降ろして恐る恐る焼き魚を口に運んだ。
「━ッ!美味しいです!」
「そんなオーバーリアクションしなくてもいいんだが、まあ、何よりだ」
その後、特に話すことなく気まずい空気が流れていき、リリスが次々と焼き魚を頬張るなか、ロイが切り出す。
「ところで、名前は?」
「……はい?」
「だから、名前だ。教えてくれるとありがたいんだが」
ロイの言葉に、ロスヴァイセは少し寂しげな表情になりながら答える。
「……ロスヴァイセです」
「ロスヴァイセ、ロスヴァイセね……」
ロイは顎に手をやりながら彼女の名前を反復すると、一度ため息を吐いて彼女に訊く。
「なあ、『ロセ』って呼んでいいか?どうにもロスヴァイセじゃ違和感がある」
「……え?」
思わず間聞き返すロスヴァイセだが、ロイは特に構うことなくうんうん頷いていた。
「ロセ、ロセか。うん、何か言いやすいし、しっくりくる」
「…………」
ロイが一人で納得していると、ロスヴァイセが目に涙を溜めながら焼き魚を落としてしまう。
それに気づいたロイは慌てながらロスヴァイセに言う。
「ちょ、悪かった!なんか変な呼び方しちまって、その、すまん!」
「い、いえ、違うんです。少し、思い出してしまって……」
「思い出すって、何をだ」
身を乗り出して問いかけるロイに、ロスヴァイセは涙を拭いながら返す。
「私の大切なヒトに、『ロイ・グレモリー』というヒトがいたんです。そのヒトも私のことをロセと……」
「…その話、詳しく頼めるか」
目付きを鋭くさせながら言うロイに、ロスヴァイセは問いかける。
「どうしてですか?あなたは━━━」
「俺には記憶がない。だが、俺はあのとき、おまえだけは斬りたくないと思った。俺の中で、おまえは『大切なヒト』ってやつだったのかもしれない」
ロイの突然の告白に、思わず目を見開いて驚くロスヴァイセ。彼女に構うことなく、さらに続ける。
「だから、おまえの知る『ロイ・グレモリー』を教えてくれ。俺が俺を知る切っ掛けになるかもしれない」
「………」
「………」
お互いに視線を外さない二人だが、ロスヴァイセが折れたように一度息を吐く。
「わかりました。私が話せる範囲であれば、お話します」
「そうか!それは助か━━」
「ひとつ条件があります」
ロイの言葉を遮り、ロスヴァイセは指を一本立てた。
思わぬ行動に首を傾げるロイに、彼女は告げた。
「私だけではなく、他の方の話も聞いてください。先日あなたが倒してしまった彼らを含めて、『ロイ・グレモリー』を大切に思っていたヒトはたくさんいますから」
彼女の言葉に、ロイは少し考えると渋々と言った様子で頷く。ロスヴァイセはそれに頷き返すと、優しい声音で語り始める。
「そうですね。私とあのヒトが初めて会ったのは━━━」
━━━━━
初めてロイさんと出会った日のこと。
初めてロイさんと共に戦った日のこと。
初めてロイさんに胸を触られた時のこと。
初めてロイさんの怖さに気づかされた時のこと。
初めてロイさんとデートをした時のこと。
ロイさんに告白されて、その後セラフォルー様にこっぴどく怒られたこと。
初めてロイさんにプレゼントを貰った時のこと。
ロイさんに牙を向けられたことも話しました。
次々とロイさんの話をしていくうちに、私━━ロスヴァイセの頬には涙が伝っていました。
当たり前です。私にとって、ロイさんの誰よりも大切なヒトだったんですから。
目の前のヒトは、ロイさんかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。私の話を聞いている時の表情は、真面目な時のロイさんそのもので、時おり話を区切って空を見上げていました。
ロイさんのことを大切に想っているヒトたちのことも話しました。
そして最後に、ロイさんはもう死んでしまったことも話しました。
それを聞いた目の前のヒトは驚いていましたが、何かを察したように瞑目すると、小さくですが一度頷きました。
すると、なぜかテントや調理器具を片付け始め(と言っても数秒で終わらせていましたが)、焚き火に土を被せて鎮火すると、不意にこちらに近づいてきました。
「……あ、あの、どうかしたんですか?」
私の問いかけを無視して、彼はいきなり私を優しく抱き締めてきました。私がいきなりのことで固まっていると、そのヒトは私の耳元でとても小さな、それでいて優しい声で私に言いました。
「……ごめんな、ロセ」
彼はそう言うと身体を離します。そして、
彼は優しい笑みながら、言葉を続けました。
「また迷惑をかけちまう。あいつらにも言っておいてくれ」
ああ、やっぱり、このヒトは━━━。
「……ロイさ━━」
名前を呼んだ矢先にいきなり視界が霞み、足元がおぼつかなくなってしまいました。
ロイさんは私を抱き止めると、彼は続けます。
「俺はまだ戻れない。まだ終わってないからな……」
「……ロイ……さ……ん……」
彼の言葉を最後に、私の意識はさらに
早くリアスさんたちに、セラフォルー様たちに伝えないと。━━ロイさんは生きていると!
━━━━━
眠らせたロスヴァイセをお姫様抱っこで持ち上げ、近くの木に背中を預けるように寝かせた彼━━ロイは大きなため息を吐いた。
「ロイ?」
「ああ、大丈夫だ」
心配そうに顔を覗き込んでくるリリスの頭を撫でてやり、ロイは笑みを浮かべる。
彼女のおかげで、自分が誰なのかは少しわかった。だが、まだ何かが足りない。霧がかかったように、肝心の部分がはっきりしないのだ。
ロイはそう思いながらも、先ほど結界に侵入してきた者たちがいる方向を睨む。
「リリス、隠れてろ」
「……?うん」
リリスの近くの茂みに隠れてもらうと、ロイは森の闇の奥に殺気を向けながら口を開いた。
「……
「その通り。
視線の先には黒い狗を引き連れた一人の青年が彼のほうに歩み寄ってくる。
━━彼のことはわからないが、おそらく知り合いなのだろう。何となく既視感がある。
ロイはオーラを解放して黒い靄を身に纏うと、右手に深紅の大鎌を作り出す。俺に答えるように、青年も身の丈以上の大鎌を取りだし、狗も口に禍々しい刃の剣をくわえた。
「投降は、してくれませんか」
『悪いが、やらなきゃいけないことがある。それは譲れない』
そのやり取りを最後に、二人と一匹は闇に消える。
誰にも知られることのない深い闇の中で、何かを手に入れた男と、闇の狩人の戦い火蓋が切って落とされたのだ━━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。