ロイとの戦闘から三日ほど経った日の深夜。
負傷したメンバーの治療も終わり、俺━━兵藤一誠をはじめとしたオカ研と、ソーナ先輩とその眷属たち、アザゼル先生が部室に集まっていた。
アザゼル先生が部室を見回して訊いてくる。
「ロスヴァイセは、まだ無理か」
「ええ。まだ気持ちの整理がつかないそうよ」
リアスが悲哀を込めた声音で言った。ロスヴァイセさんはこの部屋にいない。あの戦いのあと、ロスヴァイセさんは部屋に籠ってしまい、出て来ていないのだ。ロイとの接触はあのヒトの落ち着き始めた心を乱すには十分すぎる出来事だった。
アザゼル先生は「そうか」と一言言うと、書類にざっと目を通しながら言う。
「先日リアスたちが遭遇した『ロイ』についてだが━━」
アザゼル先生は続ける。
「どうやら、各地を転々としているらしい。テロリストの討伐に向かったエージェントの数人が接触したそうだ。正確には、テロリストの討伐に向かったらあいつがいて、全員殺害されていたとのことだ。接触したエージェントも攻撃されたが、どうにか撒いたらしい」
あいつは他の拠点も攻撃していた。俺たちよりも早く見つけては潰しを繰り返しているのか?
俺が真剣に思慮を深めるなか、ソーナ先輩が言う。
「リアス、本当にロイ様だったの?話を聞いた限りでは、似ても似つかないのですが……」
「顔はロイお兄様だったわ。けれど、戦い方は……」
表情を曇らせるリアス。ロイ先生の戦闘スタイルは時々銃を使ってはいたけど剣がメインだ。だけど、あいつは籠手だの槍だのと、近接メインだったけど剣は使わなかった。
アザゼル先生が追加の情報を言う。
「聞いた話じゃ、他にも色々と使うらしいぞ。弓とか鎌とかな」
他にもまだ何かあるのか。次に出会って見たこともない武器を使われたら余計に危険だ。どうすれば勝てるんだ……?
速さは木場以上、武器も豊富、打たれ強さも並み以上。普通にやりにくい相手だな。
アザゼル先生は続ける。
「あと、あいつは誰かと行動を共にしているようだ。誰かはわからないが、発言からして何かから守っているようだな」
確かに『あの子は渡さん』とか言っていたし、誰かを守っているのだろう。その『あの子』ってのが誰かはわからないけど、何かしらの鍵を握っているのは確かだ。
リアスが言う。
「ロイおに━━ロイがどうして私たちに牙を剥いたのかはわからないけれど、向かってくるのなら、今度こそ滅するわ」
覚悟を決めた表情になるリアスに俺たちは頷き返す。何だろうが、俺たちの敵だって言うのなら何がなんでも倒してやる。
そんな俺たちにアザゼル先生が言う。
「出来れば話し合いに持っていって欲しいんだが、今回ばかりは向こうから仕掛けた訳だからな。まあ、殺さない程度に頼む」
「それが出来るかはわからないわ」
リアスの返答にため息を吐くアザゼル。加減して勝てる相手ではない。殺すつもりがちょうどいいぐらいだろう。
ソーナ先輩が言う。
「私たちも接触した場合は出来るだけ捕縛する方向にします。どうにかして話を聞いたほうが良さそうですから」
「頼む。戦闘になったらそうな余裕はないかもしれないが、俺もそいつから話を聞きたい」
アザゼル先生の一言にソーナ先輩とその眷属たちが頷く。俺たちも一応頷くが、生け捕りに出来るかはわからないな。あいつ、相当強いぞ。
ロイの動向も気になるけど、今はテロリストをどうにかしないといけない。あの戦いで死んでしまったヒトたちのためにも、頑張っていかないと。
それぞれが覚悟を決めるなか、今回の会議は終了となったのだった。
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「……へ、ヘックシュッ!」
「へいき?」
「ああ、大丈夫だ。誰かが噂してやがるのか?」
人間界某所の森。
倒れた丸太を椅子代わりにして座るロイとリリスは、簡単なテントを張ってそこを中心に結界を貼ることである程度の安全を確保したら、そこをキャンプ地としていた。
放浪人である彼らは基本的にそうした拠点を作り、気が向いたら移動、もしくは場所がバレたら移動を繰り返している。
自分で淹れたコーヒーを啜り、ロイは夜空を見上げる。焚き火以外の光源がない森の中だからこそ見える満点の星空を眺めながら、ロイは少し思考する。
━━彼女がどこにいるかはだいたいわかったが、どうやってあの町の結界を越えたものか……。
この三日で、ロイはロスヴァイセの居場所をだいたいながら把握することが出来ていた。だが、彼女の住む町の結界を越える手段を見つけられないでいた。下手に触れて場所がバレるリスクを犯したくはないのだ。
ロイの横で彼に倣って夜空を見上げるリリスだったが、ひとつあくびをしてロイの膝を枕代わりにして寝転ぶ。
ロイは特に気にした様子もなく思考を切り上げ、リリスの頭を優しく撫でてやると、それを受けたリリスの表情が一気に和らいでいく。そのまま目が細くなっていき、完全に閉じられると同時に規則正しい寝息をたて始めた。
ロイは小さく息を吐くとコップを置き、焚き火に土を被せて鎮火すると、リリスを抱きかかえてテントの中に潜り込む。
リリスを抱きかかえたまま寝転び、彼も目を閉じる。寝ているはずのリリスがロイの服をギュッと握ってくるが、ロイは気にせずに抱き締め返してやる。
今のロイにとってはリリスが全てであり、彼女を守ることが使命なのだ。
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夢を見た。見たこともない少女と共に笑う夢だ。
夢を見た。見たこともない男性と殺しあう夢だ。
夢を見た。見たこともない三人と共に何かをする夢だ。
夢を見た。見たこともない女性を助けるため、勝ち目のない戦いに挑む夢だ。
夢を見た。見たこともなかったはずなのに、この間出会った銀髪の女性と共に、子供たちの笑顔を見る夢だ。
夢を見た。見たこともない女性に、何かを託された夢だ。
夢を見た。見たこともないはずの女性たちと共に歩み、不器用ながら嬉しそうな笑みを浮かべる夢だ。
まただ。あの銀髪の女性と出会ってから、こんな夢ばかり見る。何もないはずの俺に、何かを無理やり教えるように見せられる。
━━俺は、誰だ……?
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「━━イ?ロイ?へいき?」
ロイは肩を揺すられて目を覚ます。一気に意識が覚醒した彼の目には、心配そうに自分の顔を覗きこむリリスの姿が映る。
━━横並びで床についたはずなのに、なぜこの子は俺に馬乗りになっているんだ?
ロイはそんな疑問を飲み込むと、いつもの調子で笑みながら返そうとする。だが、あることに気づくと驚愕を露にした。
━━なぜ、俺は泣いているんだ。
理由はわからない。だが、自分の頬を伝う
先ほど見た夢が原因かもしれないが、内容はもう覚えていない。
ロイは一度ため息を漏らし、涙を拭いながら起き上がる。彼に乗っかっていたリリスはずれ落ちそうになるが、とっさにくっついたことで事なきを得る。
不機嫌そうにむすっとするリリスにロイは苦笑しながら「ごめん」と一言で謝ると、そのまま抱きかかえてテントを出る。
かなり寝ていたようで、太陽は二人のほぼ真上に位置し、空はとっくに明るくなっていた。ロイは目を細め、リリスは愚図りながらロイの胸に顔を埋める。
ロイは青空を見上げながら目を閉じ、一気に集中していく。探るべきはあの女性の気配と匂い。仙術と自身の五感を総動員してどこにいるかを探す。
「……ん?」
探りを終えると同時に何かに気づいて目を開けるロイ。それに反応したのはリリスだ。
「ロイ~?」
「これは、うん。行けそうだな」
若干愚図る声音のリリスだが、ロイはそれを無視する形で勝手に納得したように頷く。
ロイは静かにリリスを丸太に座らせると、言い聞かせるように言う。
「ちょっと用事を済ませてくる」
「……ん」
眠たそうに答えるリリスにロイは苦笑で返し、そのまま彼女をテントに運んで寝かせてやる。
素直に二度寝を始めたリリスに自分の外套を毛布代わりに被せ、頭を優しく一撫ですると、ロイは表情を引き締めてテントを出る。
一度大きく息を吐き、背中から
━━目的地はよくわからないが、あの町に比べれば結界の突破はしやすそうだ。
そこら辺の上級悪魔程度には視認できないほどの速度で飛ぶロイは、一人笑みを浮かべる。
━━もうすぐ何かがわかるかもしれない。俺にとって大切な、何かが……。
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少し時間が流れて、東京。
スーツ姿のロスヴァイセは一人、ロイとのデートで訪れた、ユーグリットとも遭遇した喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
ロイとの遭遇で乱れた心もある程度落ち着きはしたものの、完全には吹っ切れていない。どうにかして気分転換をしようと、リアスたちに無理を言って出てきたのだ。
今の彼女にとって、ユーグリットのことなど歯牙にかけるほどのものではなく、ただ前にロイと来たからという簡単な理由でこの店を訪れているのだ。
コーヒーを飲みきると手早く会計を済ませ、そのまま足早に店を後にする。先ほどから誰かに見られている気持ち悪さがあるのだ。だが、相手は人間だろう。近くから異形のオーラは感じ取れない。
ロスヴァイセがため息を吐いた矢先、声をかけられる。
「そこのお姉さん。これから暇?」
見るからにチャライ男だ。後ろにはその連れと思われる同じような雰囲気の男性が三人ほど。
今さらではあるが、ロスヴァイセはかなり美人の部類に入るだろう。そんな女性が一人で歩き回っていれば、声をかけられて当然だろう。
「……」
ロスヴァイセは興味なさげに彼らを一瞥すると、そのまま彼らを避けて足を進めていくが、すれ違った瞬間に後ろから肩を掴まれる。
「ちょっと、無視は酷くない?何か言ってよ」
「……急いでいるので、失礼します」
男の手を払い、再び歩みだそうとするロスヴァイセだったが、その男の連れに行く手を阻まれる。
「いいじゃん。ちょっとぐらい遅刻したって何にも言われないよ。俺たちと遊ぼうぜ」
男がそう言うと、彼の連れが下卑た笑みを浮かべる。ロスヴァイセは心のなかでため息を吐き、冷たい目で彼らを見る。それに気づいていないのか、男が何かを言おうすると、ロスヴァイセはいきなり引っ張られて誰かに抱き止められる。
驚愕するロスヴァイセを他所に、その誰かは彼女を自分の後ろに隠しながら男たちに言う。
「━━悪いな。こいつは俺の連れだ」
その声を聞き、ロスヴァイセは驚きながらその誰かの顔を確認する。
「誰だてめぇ!って、ハハ!だせぇ格好だな!」
男は周りのヒトたちからの視線を気にすることなく、彼らの邪魔をした誰かを指さしながら爆笑する。
黒いシャツに黒いズボン、極めつけは黒いロングブーツ。全身黒で統一された服だけならまだしも、ロングブーツを除いて縫い目だらけでぼろぼろになっているのだ。
指でさされたその誰かは自分の服を見ながら苦笑し、男たちに言う。
「この服に愛着があってな。何かあったらすぐ次に乗り換えるおまえらとは違うんだよ」
『んだと!』
男たちが同時に返しながらガンを飛ばすが、ロイは冷たい笑みでそれを受け流すと、表情以上に冷たい声音で言う。
「━━殺気ってのは、こう出すんだよ」
『ッ!』
ロイが告げた瞬間、男たちは腰が抜けたように尻餅をつく。命懸けの戦いをしたことがない彼らでも、いわゆる本能というものはある。
その本能が告げているのだ。こいつはヤバイと。
男たちは情けない声を出しながら逃げ出す。ロイがしたことは単純だ。ほんの一瞬、相手にだけ伝わるように殺気をぶつける。周りのヒトたちには伝わらないように、彼らが失禁しない程度に抑える絶妙な加減でだ。
ロイは彼らを見送るとため息を吐き、振り替えって背後にいるはずのロスヴァイセに目を向けるが、
「……あいつ、どこ行った……?」
肝心のロスヴァイセがいなくなっていた。再びため息を吐くロイだが、すぐさま気配を探って見つけ出す。
「……俺の邪魔をしないでもらいたいな」
ロイはそう呟く同時に消える。どこかに連れて行かれてしまったロスヴァイセを追いかけ、人混みをすり抜けて駆け抜けていった。
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「あ、あの、これは……?」
「静かにしていてください。先ほどここの結界を何者かが越えたのです。我々はあなたの保護が任務ですので、ご理解とご協力を」
ロスヴァイセは困惑していた。チャライ男に絡まれたと思ったらロイに似た誰かに助けられ、今度は二人の女性堕天使に連行されたのだ。困惑して同然だろう。
とりあえず裏路地に逃げ込み、周辺を警戒する女性堕天使Aが言う。
「今のところは大丈夫そう。この人混みなら、そう簡単には見つか━━」
言い切る前に、突然の突風が三人を襲う。とっさに目をかばった三人だが、それと同時に糸の切れた人形のように倒れる堕天使A。それに気づいたロスヴァイセの横につく堕天使Bが警戒するがもはや遅く、彼女も堕天使Aと同じように倒れた。
「な、なにが……」
余計に困惑するロスヴァイセだが、彼女の目の前にロイが現れる。身構えるロスヴァイセだが、ロイは彼女を興味深そうに眺めるだけだ。
「……やっぱり、おまえは他の奴らとは違うな」
「え?」
ロイの発言を聞き返そうとした瞬間、ロスヴァイセを浮遊感が襲う!それに驚いたのもつかの間、凄まじいGが彼女に襲いかかる!
感じたことのない強烈なGに、ロスヴァイセの意識が持っていかれそうになるなか、それに気づいていないロイが言う。
「ちょっと付き合ってくれ、すぐに済む」
ロイのその発言を最後に、ロスヴァイセの意識は完全に持っていかれてしまったのだった━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。