リゼヴィム率いた『クリフォト』とのアグレアスでの最終決戦。
伝説の邪龍二体とトライヘキサの
このふたつの戦いは『邪龍戦役』と呼ばれ、連合軍の、特に『D×D』の健闘でリゼヴィムは捕らえられコキュートス送りに、伝説の邪龍二体は消滅、トライヘキサも撃破された。だが、それでも割りに合わないほど多くのものを奪っていった。
それでも一部の者たちは「『最終手段』をおこなっていれば、さらなる被害が出ていただろう」と発言している。
確かに彼らの言うとおりだろう。現在発見されている戦死者に加えて『最終手段』━━各神話の実力者たちがトライヘキサの隔離空間に引きずり込み、倒せるまで戦い続ける━━をしていれば、各神話の政治的な被害はさらに広がっていたに違いない。
だが、遺された者たちはそんな意見などどうでもよかった。『最終手段』をやろうとやらないと、自分が愛した者が、信頼した者が逝ってしまった事実に変わりはないのだから。
だからなのだろうか、『最終手段』に参加する予定だった神々は遺された者たちに今までにないほど気をかけ始める。彼らが死んでいった者たちの後を追わないようにするためというのが大きな理由だが、神々としても珍しく何かしなければと思ったのが大きいのだろう。それは三大勢力もそれと同じ事だ。
だが、ひとつ大きな違いがあるとすれば、本来周りを気にかける側であるはずの悪魔たちのトップである魔王━━セラフォルー・レヴィアタンと、天使たちのトップであるセラフ━━ガブリエルが気にかけられる側になっていることだろう。
彼女たちだけではない。ロイ・グレモリーの恋人であったロスヴァイセと黒歌も例外ではなく、四人は度々カウンセリングのようなものを受けることもある。本人たちは強がって平静を装っているが、それが限界であることを知らせてしまっている。
ロイの眷属であったクリスとアリサは、再びアジュカの保護下に戻ると与えられた仕事をこなしていく。まるで、彼の死を気にしないようにするように、必死になってだ。
彼らほどショックを受けてはいないにしろ、同僚であるジルとエリックも同じようなものだった。仕事がら、彼ら以上に二人は誰かの死に慣れてしまっているのだろう。
彼らだけではない、ロイの家族や仲間、親友であるヴィンセント・フェニックスも同じようなものだ。メディアの幹部として、邪龍戦役の勝利を大々的に伝えたが、親友としてはあまり喜ぶことは出来ずにいた。
ロイは確かに世界を救う一因になったことは確かだ。しかし、彼の周りには彼のことを想う者が多すぎた。
彼は彼らがこうなることをわかっていながらもその命を懸けたのか、わからないまま命を懸けたのか、それを知る者はいないし、誰も知ることはできない。
━━━━━
邪龍戦役終結の一週間後。冥界某所。
「━━なるほど、アポプスがそう言ったのか」
彼━━サーゼクスは相づちをいれながら、対面する形で席につく男に視線を向ける。
「あの野郎が確かに言ったんだよ。《異世界から来た者よ》ってな。まあ、そう言った当の本人はイッセーに倒されて消滅、言われたロイも……な」
男━━アザゼルは後半から少し悲哀を込めた声音でそう言った。
一通りの戦後処理が完了したアザゼルは、サーゼクスの元を訪れていた。先程の言葉の通り、ロイの真実を知るためだ。
話題の関係上、いまだに彼の死から立ち直れない恋人たちには気づかれないよう細心の注意を払い、その場にいたヴァーリを同行させていた。彼はアザゼルの後ろに控えているだけだが。
そんな二人に対して、サーゼクスは重い口を開ける。
「……真実だよ。何百年も前にロイから話を聞いたさ」
懐かしむようにそう言うサーゼクスに、アザゼルは小さくため息を吐き、ヴァーリは腕を組んで瞑目した。
サーゼクスは続ける。
「ロイからは『話せるタイミングが来るまで待っていてくれ』と頼まれていたんだが、まさかこうなるとはね」
「それは仕方がないとして、それを知っているのは何人いるんだ?おまえら魔王だけってわけでもないんだろ?」
アザゼルの問いにサーゼクスは頷き、言葉を続ける。
「ああ、母様と父様も知っているとも。だが、グレイフィアには話していない。ロイが個人的に話していれば、僕でも気づくよ」
「つまり、知っていたのは六人だけか。まあ、余り広めないで正解だったな。広まっていれば、確実にあいつは『異物』として処理されてもおかしくはなかっただろうよ」
アザゼルが言うように、ヒトとは自分たちとは違った何かを恐れるものだ。特に、自分たちの常識が通じない本当の意味での未知なるものには。
そういう意味では、それを受け入れたグレモリー夫妻や魔王たちは相当器が大きいのだろう。彼らからしてみればロイはロイであり、大切な家族か仲間だ。
ヴァーリが組んでいた腕を解きながら言う。
「それで、この話は他の『D×D』のメンバーにはどう伝える。俺たちだけではなく、黒歌も聞いてしまっているが……」
ヴァーリの最もな意見に、アザゼルは少し考えると口を開く。
「……止めておこう。死んじまった奴の秘密を伝えるってのも酷だ。黒歌には、向こうから訊いてきたら答えてやる程度にしておくか」
アザゼルの意見に頷くヴァーリと、「ありがとう」と手短に伝えるサーゼクス。彼らの気遣いがどうなるかはわからないが、今はこうするしかない。
アザゼルは二人に頷き返すと、サーゼクスに訊く。
「━━で、おまえはともかくセラフォルーはどんな様子だ?」
その問いかけに、サーゼクスは心配そうな声音で返す。
「……かなりの無理をしているが、本人は休む気がなくてね。あれからずっと仕事をしているさ」
「やはりか。ガブリエルもそんな調子らしい……。ロスヴァイセもいちおう教師の仕事に戻ったが、ボケっとしている時間が目立つ」
「黒歌はそこまでは変わらないが、よく思い詰めた表情になるな」
アザゼルとヴァーリの言葉にサーゼクスは小さくため息を漏らす。弟が遺していった恋人たちは、そう簡単には彼の死を乗り越えることは出来ないだろう。セラフォルーに関してはロイに軽く依存していたほどだ。彼女はなおさらだろう。
アザゼルが続ける。
「リアスたちは何とかって感じだな。無理はするなとは伝えたが……」
「すまない、何から何まで任せてしまって」
「気にすんな。今の俺の立場上、それぐらいしかしてやれねぇ」
今のアザゼルは『総督』ではなく『駒王町の監督』であり『特別技術顧問』だ。サーゼクスに比べれば周りを気にする余裕があり、リアスたちのフォローに回っていた。
二人がそのやり取りをしていると、ヴァーリが口を挟む。
「黒歌は俺たちでもフォローしてみるさ。美猴が変に煽らなければいいのだが……」
小さくため息を漏らすヴァーリ。彼も彼なりにチームのことを思い、不器用ながら黒歌のことを救おうとしているのだ。
「さて、こっからは込み入った話になる。ヴァーリは戻ってくれて構わねぇよ」
「そうか。ではな」
ヴァーリは手短に返して退室していく。彼がいなくなったことを見計らい、アザゼルはもうひとつの話題に入る。
「それで、『
「そのつもりさ。その後のことも、アジュカたちとは話を済ませてある」
サーゼクスの返しにアザゼルは頷く。凝り固まった思考の悪魔の上層部連中が変わっていけば、少しはマシな方向に進んでくれるだろう。
「あいつだけじゃない。あの戦いで死んじまった連中のためにも、少しはマシな世界にしてやらねぇと」
「そのセリフだけだと危険な奴だと思われてしまうよ?」
茶化すサーゼクスを軽く睨みながら、アザゼルは盛大にため息を吐くが、不敵に笑む。
「今から悪いイメージをどうこうなんて思っちゃいねぇよ。悪なりに頑張ってみるさ」
「……本当に大丈夫なのか……?」
なぜかやる気のアザゼルに若干引き気味になるサーゼクス。アザゼル的にはサーゼクスを励ますついでに遊びを入れているだけなのだが、彼は真に受けてしまったようだ。
アザゼルは一度咳払いをするとサーゼクスに言う。
「━━これからが大変だろうな。おそらく、噛みついてくるぞ」
「予想は出来ているさ。彼らをどこかの神が煽る可能性も含めてね。だが、どうにかするしかない。たとえ、さらに血が流れたとしても」
アザゼルはサーゼクスの覚悟を込めた目を見ると、小さく笑う。
「ま、何かあっても多少は手伝ってやるさ。ようやく勝てたんだ、何がなんでも守らねぇとな」
「すまない、何度も迷惑をかけてしまって……」
「謝りすぎだ。聞き飽きたっての」
二人がそんなやり取りをしていると、ふとサーゼクスが訊く。
「そう言えば、リリス━━オーフィスの半身の少女がどこに行ったかはわかったのか?」
「いや、まったく。ロイと一緒にグリゴリの施設に来たんだが、あのあといなくなったきりだ」
さらなる話題。オーフィスの半身の少女━━リリスの行方だが、これを知る者はこの部屋には誰もいない。
━━━━━━
時を同じくして、次元の狭間。
真っ赤な大地に大量の鎌が突き刺さり、その持ち主だった者たちの亡骸とその中身が辺り一面にぶちまけられていた。
《ま、待て!待ってくれ!た、頼む、命だけは!》
『…………』
黒いローブを纏い、意匠の凝った仮面をつけた男━━おそらく上級死神は、目の前で『深紅の槍』を握る黒い
靄は器用に槍をくるくる回転させると、その切っ先を死神の首に向ける。
《ひっ!》
死神は怯えながら目を凝らす。その瞬間、彼は目を疑った。靄の姿が筋肉質な男になり、瞬きをすれば華奢な女に、幼い子供に、よぼよぼの老人に変わっていくのだ。
《き、貴様、なに━━━!》
死神の言葉は続かなかった。言い切る前に槍で喉を貫かれ、そのまま自身の身体から漏れでた深紅の輝きに呑みこまれると、抵抗も許されずに消滅してしまう。
大きく息を吐くと同時に靄が晴れ、中にいた男が姿を現す。
鮮やかな短い紅髪に、暗いながらも確かな意思の籠った黒い瞳、そして綺麗に整った顔。町ですれ違えばだいたいのヒトが振り向くであろう、いわゆるイケメンという面構えだ。ただし、上半身裸である。
彼は自分の手を開いたり閉じたりしたあと、周りの惨状に目を向ける。━━が、興味なさげにそれらを一瞥して視線をある一点に向けた。
真っ赤な大地にある小さな窪み、そこから少女が顔を出す。
「……おわった?」
「ああ……」
少女の確認に男は頷き、手元の槍を消す。
ホッと息を吐い窪みから飛び出し、駆け寄って来た少女の頭を撫でながら、男は心中で呟く。
『俺は誰だ。この胸のなかに
「……ロイ?」
「いや、何でもない」
少女━━リリスに『ロイ』と呼ばれた男は優しく笑みながら彼女の頭を撫でながら言葉を続ける。
「今はキミがいてくれるだけで十分だよ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
ロイの言葉にリリスは嬉しそうに笑み、ロイも笑みを浮かべる。
そんな二人のやり取りを間近で聞いている巨大な影。というよりも彼らが立っている真っ赤な大地の正体であるドラゴン━━グレートレッドは二人に気づかれないようにため息を漏らす。
『こいつら、
言葉には出さず、ただ心中で愚痴る。
それを知らない二人はいまだにじゃれあっているわけだが、唐突にロイは大きく息を吐くと寝転んだ。万華鏡を思わせる次元の狭間を見上げながら、彼は再び考える。
『俺は誰だ。この胸のなかに燻る想いは何だ』
それは全くわからないが、とロイは思考を切り上げると自分の横に寝転んだリリスに目を向ける。
『この子を守らなければ。理由はわからないが、それが俺の役目なんだろう』
胸の中でそれを確認しながら、襲ってくる眠気に身を任せ始める。
━━死してなお罪は消えず。過去を失ってなお罪は消えず。抗え、償えと何かが叫ぶ。その叫びが届いていなくとも、止むことはない。
何もかもをなくした男がその叫びに気づくのは、血にまみれる戦いの中か、誰もが望む平和の中か、それは彼を含めた誰にもわからない。
だが、彼の知らぬところで戦いは始まろうとしていた。一方的な憎しみによる同族同士の戦いが、決して相容れぬ存在との戦いが、始まろうとしているのだ。
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