life01 限界
アジュカ様との会談から数日。駒王学園職員室。
レイヴェルとライザーの一件がニュースとなり、それを知らされたリアスたちの表情が暗くなっていた。だが、アジュカ様が「時が来たら」と言ったのだ、信じるしかない。
てか、アジュカ様はいつ二人から俺の事を聞いたんだ?やはり、異世界の情報が出てきた辺りだろうか。それとも、魔王になった直後になのか……。
それに、眷属を持ったからには、何かしないといえねぇし、最悪の場合はレーティングゲームに参加しなきゃならねぇわけだし……。
ああ、『
「━━先生?ロイ先生!どうかしたんですか?」
ロセが机に向かってボケッとしていた俺の肩を揺すり、意識をこちらに戻してくれた。
ロセが訊いてくる。
「何か考え事ですか?何でしたら、相談に乗りますよ」
「まあ、考え事だな。そこまで急ぐことでもねぇし、のんびり考えるさ」
苦笑気味に返してやると、
「そうですか?なら、何かあったら頼ってくださいね」
ロセが満面の笑みでそう言った。あー、癒される。これから本格的にどうするか考えねぇと、二人にもいい迷惑だろう。
だが、今はシャキッとしねぇと。今日から生徒たちが特に苦手とする『三者面談』だ。生徒だけでなく、保護者も学園に来ることになるだろう。迷惑はかけられない。
俺は一度両頬を軽く叩いて改めてスイッチを入れる。さて、頑張るとするか。
イッセーの三者面談が終わった日の夕食。
「っかぁぁぁぁぁっ!こんなにうまい酒は久しぶりだっ!」
いつになくイッセーの父親が上機嫌になっていた。さらに、その状態で酒を飲んで余計にテンションを上げ、今にも男泣きをしそうになっている。
なんでも、『今まで何も言ってこなかった息子が、しっかり将来を見据えていたから』だそうだ。
そのイッセーは、はしゃぐ父親を見て、顔を赤くしている。
ロセがイッセーに言う。
「ダメですよ?将来のことはご家族ときちんと話すべきです。ちゃんと話し合わないと理解を得られない場合があったとき、大変なことになりますよ?二年生のこの時期に━━」
長々と説教が始まりそうなので軽く聞き流して、俺もこれからの事を考えねぇと。とりあえず、どこかに縄張りとか探したほうがいいのか?和平の輪が広がった今なら、昔よりは多少見つけやすくはなっていると思うが……。
俺が横で真剣な顔をしていたせいか、ロセが訊いてくる。
「ロイさん。昼間も真剣な顔をしていましたけど、何かありましたか?」
「……まあ、隠しててもしょうがねぇか」
「隠し事があるんですか……!」
いきなり詰め寄ってくるロセ。まあ、『隠し事』発言で変なものを想像しているのかもしれない。
俺は苦笑しながら言う。
「昔の知り合いに会ってな。兄さんの友人から色々と頼まれたんだ」
悪魔のことを知らない兵藤夫妻の手前、本当の事を言うと混乱を招くので、少しだけはぐらかす。
ロセもそれを察してくれたのか、少し控えめに頷いた。
「なら、今度じっくりと聞かせてもらいます。何か力になれるかもしれません」
「そうさせてもらう」
頷き返すと、不意に頬が引っ張られる。引かれるがまま振り向いてみると、黒歌が俺が手をつけていない料理を指差しながら笑っていた。
「食べないなら貰っちゃうわよ?」
「ダメだ。好きなもんは最後に食うタイプなんだよ」
「あら、残念」
黒歌に取られる前に食事の手を進めていく。やれやれ、のんびり食いたいんだけどな……。
黒歌に何も取られることもなく、どうにか食事を終えた俺は、改めてロセに説明するために自室を目指していた。
俺の部屋のある階に到着すると、廊下の端に段ボール箱が置かれていた。
「……ロセ、何か買ったのか?」
「いえ、私は何も……」
俺とロセはお互いに顔を見合せ、疑問符を浮かべていた。段ボール箱といえばギャスパーだが、あいつは下で小猫と談笑していたから違うだろう。
とりあえず、ゆっくりと箱を持ち上げてみると━━。
「あ、ごきげんよう」
中にいた金髪の女性の赤い双眸と目があった。その女性は俺とロセを交互に見ると、ニッコリと笑った。
てか、こいつは……!
「ヴァレリー、だよな……?」
俺の確認に女性━━ヴァレリーは頷いた。
「はい。お久しぶりです」
そう言えば、俺がアジュカ様と会っていた頃に、ストラーダからもらった聖杯の欠片を使って意識を戻すことには成功したとか言っていたな。
そうだとしても、なぜここにいる。もっと経過観察とか、検査とかなかったのか?俺が怪我したり倒れたりした時は、本当に大変だったんだぞ!
完全に固まっているロセを横目に訊く。
「なんで、ここに?てか、箱に?」
ヴァレリーは立ち上がり、少し辛いのか、段ボール箱に優しく腰掛けながら言う。
「体調が良くなったので、転移魔方陣経由ではありますが、こちらのお家まで来ることができるようになりました。それと、ギャスパーの真似をしてみたんです」
ニコニコ笑いながら語るヴァレリー。まあ、そうやって笑ってくれるだけで、頑張ったかいがあったと思える。
不意にヴァレリーが言う。
「……あなたに憑いているヒトたちが、何となく薄くなったような気がします。もしかしたら、『皆』の声が聞こえない事とも関係があるのかもしれません」
『皆』ってのは、死者たちの集合体のことだろう。俺もそれっぽいものは見たことがあるが、おそらくあれよりももっと醜いものだろう。
……しれっと憑いているって言われたが、そういうのは感じ取れるのな。まあ、
ロセが硬直から復活すると、階段から駆け上がってくる気配がひとつ。
「あ、ヴァレリー!こんなところに!小猫ちゃんの部屋から出ちゃダメだよ!それに、ロイ先生にも迷惑かけちゃ!」
慌てながらギャスパーが現れた。部屋からいなくなったヴァレリーを探していたんだろう。若干だが、額に汗をかいている。
こいつ、ヴァレリーが関わると急に頼もしくなるからな。護りたいヒトがいるってのは大切だ。
俺がほっこりしていると、ギャスパーがヴァレリーの手を引いて、「失礼しましたー!」と言いながら階段を駆け降りて行った。何となく、まだまだ気弱なのかもしれない。まあ、ヴァレリーは楽しそうに笑っていたが。
「さて、改めて入るか」
「はい。お邪魔します」
てなわけで入室。置いてある机を挟むように座り、向かい合う。
「で、悩み事ってのは、簡単な話だ」
「もったいぶらずに教えてくださいよ」
急かしてくるロセ。確かに出し惜しむような話ではないか。
「ああ。俺な、眷属を持つことになった」
「………」
俺の告白に固まるロセ。俺が眷属を持たない理由を知っているから、驚き何だろう。
そんなロセを構わずに続ける。
「『
「そ、それは、リアスさんやソーナさんに相談するべきでは?」
「だよな」
出来ることなら妹たちを頼りたくはないんだが、最悪そうなるだろう。
「……だったら、私もロイさんの……」
俺が思慮していると、ロセがぼそぼそと何か言っていた。なんだ、ロセなりに考えてくれているのか?
「ま、のんびり考えるさ。悪魔の一生は
「そうですね……」
優しく笑みながら頷くロセ。同時に何か覚悟を決めたような表情になっていた。
俺が疑問符を浮かべていると、ロセは「少し急用を思い出しました!」と言って足早に部屋を飛び出していく。……元気な奴だな。
俺は苦笑しながら時計を確認。さて、そろそろ寝るか……。
次の日の昼。
アザゼル経由でアジュカ様から連絡があり、二人の無事が確認された。いちおうヴィンセントにも報告したんだが━━。
『マジか!?良かった、本当に良かった……。ったく、帰ってきたらあいつらに説教してやる!』
と、やる気満々だった。ちなみに、まだ報道はしないようにも伝えた。てか、させないようにジル経由で釘を刺された。まあ、二人が何かに巻き込まれたのは確実だ。報道は控えたほうがいいだろう。
二人をいつ受け渡すかも連絡があったようで、それは二日後だそうだ。長いような、短いような時間だな。
あっという間に二日後。
フェニックス兄妹の受け渡しの日なのだが、リアスたちにも相談して俺は別行動を取ることにした。どうにも、嫌な予感がしたのだ。
その嫌な予感というのは、リアスたちに何かあるというわけではなく、普段なら巻き込まれる事のないヒトたち。つまり、兵藤夫妻に何かあると第六感が告げてきたのだ。
夫妻は最初はイッセーを釣りに誘ったそうだが、今日はフェニックス兄妹の受け渡しの日となってしまったのでイッセーは参加できなくなった。なので、代わりになるかもわからねぇが、俺が参加することにしたのだ。
まあ、
てなわけで、イッセーのお父さんが釣り仲間から聞いたという穴場の釣りスポットを訪れ、釣竿を振って釣糸を垂らしていた。
獲物が餌にかかるのを待ちながらボケッとしていると、イッセーのお父さんが言う。
「いやー、ロイさんも釣りをするんですね。失礼かもしれませんけど、素潜りをしている姿のほうが想像できます」
「まあ、最悪そっちのほうが捕れますよ。あんまり濡れたくないときは釣りをします」
俺が返すと、イッセーのお母さんが笑う。
「確かに、この時期はまだまだ冷えますからね。風邪を引いたら、お仕事にも影響してしまいますよ」
「生まれてこのかた、風邪を拗らせたことはありませんよ。体調管理は基本ですから」
若干どや顔をしながら言うと、夫妻は若干可笑しそうに笑った。
こんな普通の家庭からイッセーみたいな
呑気にそんなことを考えていると、いきなり左腕が
俺が周囲を警戒し、周囲を見渡していると、イッセーのお父さんが訊いてくる。
「あの、ロイさん?どうかしましたか……?」
失礼だが無視して、近くの茂みに目を向ける。そこにいたのは━━。
「おや、奇遇だねロイくん。ここまで意見が合うとは驚いた」
相変わらず、邪悪な気配を漂わせるリゼヴィムだ。嫌な予感が的中したわけか。だが、片腕を飛ばしたのに五体満足だ。どうやって治した……?
そんな考えが過るが、最優先である兵藤夫妻の盾になるために前に出ると、後ろにいる二人に申し訳ないが魔力で簡単な催眠術をしながら言う。
「二人とも、先に帰っていてください。あいつは俺の知り合いです」
「え?ああ、はい……」
「失礼しますね」
瞳が若干虚ろになった兵藤夫妻は頷くと、その場を離れようとするが、
「おっと、今回は二人に用があるんだ。逃がすわけにはいかないな」
リゼヴィムが二人に右手を向け、魔方陣を展開。そこから鎖を飛ばす!
「━ッ!やらせるかよ!」
二人に向かう鎖を異空間から取り出したアロンダイトで切り裂き、同時に深紅の力を解放。広がった視界にリゼヴィムを捉え、睨みつける。
俺に睨まれながらリゼヴィムは不敵に笑む。
「相変わらず、その目は正義の色が強いな。だが、私にも考えがある」
「何を考えているかは知らねぇが、ここで仕留めさせてもらうぞ……!」
深紅に染まったアロンダイトの切っ先をリゼヴィムに向け、俺はそう告げた。こいつをここで仕留められれば、色々と楽になることは確実。邪龍も俺たち総出でならどうにかなるはずだ。
俺が思慮するなか、リゼヴィムが挑発するように人差し指で手招きしてきた。
「さあ、来い。『
挑発に乗るわけでもないが、俺はその場を飛び出してリゼヴィムに斬りかかる!
リゼヴィムはその場を飛び退いてそれを避けると、俺に散弾型の魔力弾を放ってきた!
刹那で魔力弾の軌道を見切き、体捌きで全てを避けきりリゼヴィムに肉薄する!その間にもリゼヴィムが魔力弾を放ち、周囲の木々が吹き飛んでいくが、その破片も含めてアロンダイトで斬り裂きながら直進する!
一気に間合いを詰め、アロンダイトを大上段から振り下ろす!リゼヴィムは白羽取りの要領で止めるが、聖滅のオーラで手が焼かれていく!
「このオーラ、以前と比べると段違いだな!」
「おまえ、腕はどうした。あの時消滅させたはずだ!」
俺の怒鳴りつけるような問いかけに、リゼヴィムは笑いながら答える。
「ハハハハッ!魂が少しでも残っていれば、聖杯でどうとでもなるさ。今こちらに来れば、キミの目と腕も治せるが、どうする?」
「今さら治す気もねぇよ!」
俺の返事を合図に、お互いの腹部に蹴りを放ち、同時に後ろに吹き飛んだ。
足を地面につけて無理やり勢いを殺し、そのまま斬撃を放つ!
体勢を整えたリゼヴィムは素直に避けるが、そこを狙って飛び出していく!障害物は特になし。一気に加速していく!
正面からリゼヴィムに斬りかかる瞬間、奴はカウンターを狙ってくるが、そこを狙って残像を残して背後を取る!
リゼヴィムの蹴りが残像を捉えた瞬間、アロンダイトを横一文字に振り抜く!━━が、空を斬った感覚したねぇ!
俺が切り裂いたリゼヴィムが
判断すると同時に飛び退こうした瞬間、俺の頭が蹴り抜かれた!……っ!なんて重さだ……!今までの比じゃねぇ……っ!
勢いよく地面に叩きつけられ、水切りの石のように跳ねる俺。……くそ、これがこいつの本気ってわけか!
吹き飛びながら『痛覚無視』をおこない、アロンダイトを地面に突き立てて勢いを殺す。同時に重心を深く落として力を溜め、地面が抉れるほどの勢いで飛び出していく!
ズボンに赤黒い染みが出来たが、ストラーダと一戦やった時にもなったんだ、今さら気にしねぇ!
余裕で腕を組ながら立っていたリゼヴィムは、先程よりも速くなった俺に驚きながら、俺が飛び出した勢いのまま放った一撃を今度は避けた。
アロンダイトを振り下ろした余波で地面が
砂塵が斬撃によって消し飛び、それをギリギリで避けたリゼヴィムの姿があらわになる。奴の頬には一本の赤い線が出来ていたが、表情は狂喜の色に染まっている。
……狙いが甘かったか。眉間を撃ち抜くつもりだったが、少し逸れたようだ。
アロンダイトを握り直し、再び突貫。周囲の被害をお構いなしにアロンダイトを振り回し、木を薙ぎ倒し、地面を砕き、空気を切り裂きながらリゼヴィムを追い詰めていく。
一撃を避けられ、同時に間合いを一気に開けられたので急いで接近。若干右足に違和感を感じたが、無視して突き進む。
間合いを詰めて斬りにいくが、若干体の反応が悪い……?いや、そんなはずはないだろう。
放った剣撃があっさりと避けられ、距離を離したリゼヴィムから、反撃の魔力弾が放たれる。
再び体捌きで避けていくが、一発が左足を掠める。痛みはない。なら、大丈夫だ……。
アロンダイトを振り回して魔力弾を斬り裂いていき、リゼヴィムに接近していく。だが、妙に遠く感じる。いや、俺が遅いのか……?
それでも無理やり間合いを詰めて斬りかかるが、あっさりとリゼヴィムに止められた。
リゼヴィムは俺の手足を一瞥すると、ため息を漏らした。
釣られるように手足を確認してみると、両腕両足のいたるところに赤黒い染みが出来ていた。リゼヴィムはそれを見ていたのだろう。
「『痛覚無視』をするのもいいが、少しは痛みがなければどうにもならないだろう!」
リゼヴィムはそう言いながら一気に力を込めてくる。押し返そうと俺も力を込めようとするが、まったく力が入らない。
ついにアロンダイトが俺の手から弾かれ、リゼヴィムの拳が俺の
「……っ!」
痛みはない。だが、息ができねぇ……!
一瞬動きが止まったところに、リゼヴィムの蹴りが炸裂する!
「━━━!」
あごを撃ち抜かれ、一瞬だが意識が飛んだぞ……。
俺はそのまま崩れ落ち、立ち上がれなくなる。痛くねぇのに、体が動かねぇ……!
視界が左半分だけに戻ってしまい、アロンダイトも遠くの地面に突き刺さっている。もう限界かよ……。まだ行けるだろ……!
意気込んで立ち上がろうとするが、体は動いてくれない。痛みはねぇのに、どうして動かねぇ!
リゼヴィムは地面に倒れる俺を一瞥し、兵藤夫妻が逃げて行ったほうに目を向けた。
「さて、あの二人も連れてこなければ。元の目的は彼らだからね」
リゼヴィムはそう言うと、俺の首を掴み、そのまま持ち上げた。……この……野郎……!
掴んでくる腕を殴りつけるが、リゼヴィムにダメージはない。むしろ力を込めてきている……!
「痛みが無いのは、確かに良いことかもしれない。だが━━」
リゼヴィムは俺の手足を憐れむように見ながら言ってくる。
「━━痛みがなければ、その傷にも気づけないだろう。これがキミの限界ということさ」
俺の手足の染みはどんどん大きくなっていく。まさか、筋肉が切れてやがるのか……?力が入らねぇのは、そのせい……?
視界が霞んでいくなか、リゼヴィムが言う。
「さて、キミにも役に立って貰おう。『
みんな、すまねぇ……。勝てなかった……。
俺が懺悔のよう心中で言うと、意識は底の見えない暗闇に落ちていったのだった━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。