俺、ロイははぐれ悪魔討伐と死亡者の報告を終わらせると、足早と転移で屋敷に帰った。
到着と同時に右目に魔力を込めて色を碧くする。転移室で一人ホッと息を吐いたと同時に部屋の扉が勢いよく開かれた。
「?」
俺が疑問符を浮かべて扉の方に目を向けると、
「ロイおにーたまっ!」
少し舌足らずな幼い女の子の声と共に、腹部に衝撃が走る。
俺はとっさに足を踏ん張り、腹に突っ込んできた何かを受け止めた。
俺の腹に抱えられるようになっているその子は、勢いよく顔を上げて無邪気な笑顔を向けてくる。
「ロイおにーたま、おかえりなしゃい!」
そう言いながら俺の胸に頬擦りしてくるのがリアス・グレモリー。四年ほど前に生まれた俺の妹であり、グレモリー家次期当主だ。
俺はリアスの頭を撫でながら笑みを浮かべる。
「リアス、前にも言ったけど飛びつくときは一言声をかけてくれ。ビックリするから……」
「え~、だって、リーアビックリさせたいんだもん!」
少しだけ頬を膨らませて言うリアス。この子は自分のことをリーアと呼んでいる。ちなみに、兄さんと父さんもだ。
まあ、正確には二人から呼び始めたのだが、その話題は置いておこう。
「それより、リアス。お兄ちゃん汗だく何だけど……」
「きにしなーい」
俺が口外に「離れてくれ」と言ったのだが、リアスは離れる気はないようだ。俺がどうするか困っていると、
「ロイ様、お帰りなさいませ。お嬢様、あまりお兄様を困らせてはいけませんよ」
メイド服姿のグレイフィア
そんな義姉さんの言葉を受け、リアスは涙目になりながら俺の服をギュッと掴む。
「や!リーア、おにーたまと一緒にいる!」
「リアス………」
妹の愛が凄い。兄さんとか父さんがいても俺にくっついてくるからな。考えみれば、今日はリアスに何も言わずに出てきたんだったか………。
俺は溜め息を吐き、リアスを抱っこしたままで言う。
「義姉さん、とりあえず上がりましょう。母さんに言えば剥がしてくれるかもしれません」
「そうですね、わかりました」
こうして、俺はリアスを抱っこしたまま歩き出す。その間リアスはすごく上機嫌に鼻歌を歌っていた。
「母さん、ただいま帰りました」
歩くこと数分。母さんがいる広間に到着した。母さんは椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいる。
母さんは俺の言葉を受けてマグカップを置くと立ち上がり笑みを浮かべた。
「あら、ロイ、お帰りなさい。早かったわね」
「今回は手早く済みましたから。相手が悪ければもう少しかかったかもしれません」
「とにかく、怪我もしていないようで良かったわ」
母さんはそこまで言うと、俺の胸に顔を埋めるリアスに少しだけ強めに言った。
「リアス、またロイにだだをこねたのね?あまりロイを困らせてはいけません」
「むぅ~、だって、ロイおにーたま、急にいなくなっちゃうんだもん!」
頬を膨らませながら言うリアス。いい加減、風呂に入りたいなぁ。
俺がそんな事を思いながら苦笑していると、母さんが近づいてきて俺の匂いを嗅ぐ。そして、
「ロイ、あなた、匂うわ………」
「え?」
俺はリアスを片手で支えつつ、服の匂いを嗅ぐ。確かにほんのりと血の臭いがするような━━━。
それを察した母さんは素早くリアスを俺から剥がす。リアスは手足をばたつかせて嫌がるが、それに構わずに言う。
「ロイ、お風呂に入ってきなさい。リアスはそれまで押さえておきます」
「わかりました」
俺が踵を返して風呂に向かおうとすると、
「やー!だったらリーアもはいるーっ!」
という叫びが聞こえてきたが、俺は無視して移動した。
「はぁ~」
グレモリー屋敷の風呂はいわゆる温泉である。男湯と女湯に別れ、時には父さん、兄さん、俺の三人が使い。時にはお客さんが使うところだ。
体を洗い終えた俺は湯船に浸かって冥界の空を見上げる。
星が見えれば雰囲気が出るんだが……。
俺がそんな事を思っていると、耳元に連絡用魔方陣が展開された。急な仕事かと警戒したが、次の瞬間に力が抜ける。
『ロイ、リアスがそっちに行ったわ。ごめんなさい、あの子元気だから………』
母さんの申し訳なさそうな声。時々リアスは俺たちの予想を越えてくる。
「わかりました。まぁ、のんびり浸かってますよ」
『ごめんなさい。疲れているでしょうに………』
「大丈夫です。妹が甘えてくるのも今ぐらいですから」
そう言って連絡用魔方陣を消した瞬間、風呂場の扉が勢いよく開かれた。
「おにーたま、みつけた!」
と言いながら駆け出そうとする裸のリアス。俺は反射的に身を乗り出して、
「リアス!風呂場では走るな!」
少し強めに言ってしまった。俺がしまったと思った途端にリアスの目に大粒の涙が溜まり始める!
や、ヤバイ。ここで泣かれるのは困る………!
俺はタオルを腰に巻いてリアスの前に行き、膝立ちをする。石畳だから地味に痛いけど、ここは我慢だ!
俺は優しくリアスの頭を撫でながら笑みを浮かべる。
「ご、ごめんな、リアス。恐かったか?」
リアスは涙を拭いながらコクリと頷く。
「そっか、でも、お風呂場は走っちゃダメだぞ?怪我しちゃうからな」
俺の言葉にリアスは再び頷く。
俺は出来るだけの笑みを浮かべてリアスに言う。
「なら大丈夫。お兄ちゃんは怒らないから、お風呂入ろう」
「うん!」
リアスも笑みを浮かべて頷く。この子、時々暴走するけど聞き分けはいい方だから助かっていたりする。
………で、
「おにーたま、いたくないー?」
「大丈夫だよ」
リアスに背中を流される俺。さっき嫌ってほど洗ったが、リアスがやると言うので再び洗うことになった。
しばらくゴシゴシと洗ってくれていたリアスの手が急に止まる。
俺は振り向きながらリアスを見ると、俺の左肩に目を向けていた。俺の左肩にはコカビエルにつけられた傷痕がいまだに残っている。
リアスは背伸びをしながら俺の左肩に触れる。
「おにーたま、ここ、どうしたの?」
「………」
俺は言葉に困った。今のリアスに本当のことを話してもわからないだろう。なら、何か教訓になりそうなものを……。
俺はそこでふと思い付いた。
「子供の頃にお風呂場で転んじまってな、その時に怪我したんだ………」
先程のことに関連つけることにした。リアスのことだから大丈夫だとは思うが、一応だめ押しをしておく。
それを聞いたリアスは頷いて、
「だからおにーたま、リーアをおこったの?」
「うん、まぁ、そうだね」
「そうなんだー」
そこまで話してリアスはお湯をかけてくれる。本当のことを話すにはまだ早いからな………。
俺はその考えを一旦吹っ切り、リアスの方に向き直って笑みを浮かべる。
「次はリアスの番。ほら、座って」
「はーい」
こうして、俺とリアスは二人して洗いっこをしたのだった。
数十分後。
「ふにゅ~~~~~」
のぼせたリアス。先に上がっていいと言ったのだが、この子は聞いてくれなかった。
脱衣室にて、服を着た俺は服を着させたリアスをうちわで扇ぎながら考え事をしていた。
リアスは次期当主として色々な問題に当たる筈だ。俺はその時に何が出来る………?極端な話、俺の得意分野は殺しだ。リアスの障害になるものを排除………したらまずいな。うん、敵が増える。
ウンウンと唸りながら俺が考えていると、リアスがむくりと起き上がって両手を伸ばしてきた。俺は今考えていたことを後回しにしてリアスを抱っこする。とりあえず、部屋に運んでやらねば。
俺は毎日のようにわがままな妹に振り回されながら、今ある平和を満喫していた。
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