Extra life01 また、山へ
突然だが、俺━━兵藤一誠をはじめとしたオカ研メンバーは、冥界に来ていた。
初めは仕事の報酬の整理のためだったんだけど、その途中で、サイラオーグさんとその『
『我がバアル領にも「ゆるキャラ」を推進したいという話でな。俺がスーツアクターとして手を挙げたのだ』
サイラオーグさんはその『ゆるキャラ』の着ぐるみに身を包んだままそう言った。
寸胴な着ぐるみで、頭はリンゴをを思わせるフォルム、そこにかわいらしい顔が加えられている。背中からは悪魔的な翼の格好だ。
そのせいで、最初はサイラオーグさんって、分からなかったんですよ?せめて喋ってから被り物をしてください。
俺が心のなかで呟いていると、サイラオーグさんは続けた。
『実は、今日はグレモリー領で行われるイベントにこの「バップルくん」が招待されているのだ』
イベント!それにバップルくん!
なるほど、だからサイラオーグさんはこの格好なんですね。本番前に着替えれば良いのでは?と訊くのは野暮だろう。
「キャラクター名の由来は、我が領の特産品のひとつであるリンゴを取り上げてみたのです」
クイーシャさんが説明してくれた。
バアルの特産品であるリンゴ(アップル)のキャラクターで『バップルくん』なのか、わかりやすい。
サイラオーグさんは強く頷く。
『次期当主として、公共事業を見据えていきたいのだ』
その一環として、次期当主がスーツアクターをしていると?
サイラオーグさんが少しわからなくなっていると、ロスヴァイセさんがリアスに訊いた。
「ふと疑問に感じたのですが、グレモリー領にも『ゆるキャラ』があたりするのですか?」
リアスは小さく笑うと、それに答えた。
「ええ、グレモリー領にも『ゆるキャラ』はいるわ。そして、その『ゆるキャラ』をメインとしたイベントが、もうすぐおこなわれるの。バアル領のバップルくんとコラボレーションすることになっていて、サイラオーグが今日ここに来たというわけなのよ」
リアスはそう言うけど、若干テンションが低い。『ゆるキャラ』に何かあるのかな?
サイラオーグさんは腕を組みながら言う。
『そのイベントに参加すれば、宣伝効果にも繋がり、我が領の特産品も注目を浴びるだろう。ぜひとも参加したい。今日は胸を借りるぞ、リアス』
被り物で表情はわからないが、とてつもない覇気を放っている!
リアスがサイラオーグさんに続いて言う。
「そのようなわけで、これからイベント会場に向かうわよ」
こうして俺たちは『バップルくん』と共にイベント会場に転移することになったのだった。
━━というわけでイベント会場。
俺たちは舞台袖に集まっていた。見た感じたでは、子供連れの親子を中心に、老若男女けっこうな数が集まって見える。
今回、俺たちの出番はないけど、俺たちの横には、
『………………』
無言で腕を組み、覇気を放っている『バップルくん』と、
『ゴモゴモ!』
「ひぃっ!」
『ゴモ!』
「ひぃぃぃぃっ!」
リアスにちょっかいを出しているグレモリー領の『ゆるキャラ』である『ゴモりん』と『ゴモりんJr.』がいる。
『ゴモりん』はラクダを模したキャラクターだ。グレモリーはラクダに乗って召喚に応じると言われているため、そこからキャラクターを制作したらしい。
ちなみに、リアスが『ゴモりん』と『ゴモりんJr.』を怖がっている理由は、幼い頃にラクダをかまっていたら、手痛い逆襲を受けたらしく、それからラクダが苦手になってしまったそうだ。
ロイ先生曰く、
「任務に行って戻って来たら、なんか大変なことになっていた……」
と、言葉少なに語るだけだった。
それにしても、サイラオーグさん、緊張しているのかな?こうあうイベントとは縁のなさそうなヒトだし。『ゆるキャラ』が闘気が漏れているのは、なかなかの恐怖なんですけど………。
そんな俺をよそに、ステージ上の司会進行役のお姉さんがマイクでお客さんに促す。
『それではみんな!「ゴモりん」と「ゴモりんJr.」、「バップルくん」を呼んでみようか?みんなも大きな声で呼んであげてね!』
子供たちは満面の笑みで大声をあげる。
『『『『『ゴモりーんっ!』』』』』
『『『『『『ジュニアーっ!』』』』』
『『『『『『バップルくーんっ!』』』』』』
子供たちからの声援をうけた三人(?)は勢いよく袖から飛び出した!俺たちは見守るしかない。
舞台では慣れた様子で『ゴモりん』と『ゴモりんJr.』が子供たちと接していくが、『バップルくん』は若干戸惑っているようで、挙動がおかしい。
『あれれ?「バップルくん」、どうかしたのかな?調子が悪いのかな?』
と、司会のお姉さんにフォローされている始末だ!やっぱり生真面目なサイラオーグさんに『ゆるキャラ』のスーツアクターは無理だって!
『バップルくん』が動かないなか、『ゴモりん』と『ゴモりんJr.』は軽快な反応をお客さんに見せていた。そうとう場数を踏んでいるように見える。
その後、いちおう問題なくイベントは進んでいき、子供たちとの触れあいタイムとなった。
『ゴモゴモ』
「『ゴモりん』かわいいっ!」
『ゴモりん』に抱きついた女の子の一言で、『ゴモりんJr.』が「ガーン」と音が出そうなほどわざとらしくショックを受けた様子で、四つん這いになりながら軽く地面を叩いていた。すると、
「僕は『ジュニア』の方が好き!」
男の子がそう言いながら『ゴモりんJr.』に抱きつくと、
『ゴモモ!』
『ゴモりんJr.』は嬉しそうに男の子を抱きしめ返していた。
『ゴモりん』と『ゴモりんJr.』は子供たちと楽しそうに戯れているのだが、
『………………』
『バップルくん』は立ち振る舞いもせず、無言で腕を組んで妙な迫力を放っていた!
サイラオーグさん!やっぱりあなたには無理ですって!あなたの闘気は視認できるレベルなんですから、体から漏れる白い発光現象は『ゆるキャラ』にあってはならないものですよ!
『バップルくん』の近寄りがたいオーラについに子供が……、
「う、うええええええええんっ!」
泣き出してしまった!子供ってこういうのに敏感だから、余計に怖がってしまったのかもしれない!
「このリンゴ、なんだか怖いよぉぉおおおっ!」
連鎖的に『バップルくん』の周りにいた子供たちが泣いてしまう。
こうなってしまったら、もう収拾がつかなくなる。
俺がそう思った矢先、
『ゴモモ!』
子供たちの泣き声を遮るように『ゴモりんJr.』が大声をあげた!ステージ上の視線を一身に受ける『ゴモりんJr.』は、腕を腰に当て、胸を張るようなポーズを取っていた!
先ほど泣いていた子供たちも静かになり、『ゴモりんJr.』を見ているほどだ。
『ゴモりんJr.』はそれを確認すると『道を開けてくれ』と言わんばかりに、手首を横にクイクイっとするジェスチャーをした。
子供たち、司会のお姉さん、『ゴモりん』、『バップルくん』がステージの端に集まったことを確認して、『ゴモりんJr.』は舞台袖ギリギリまで移動して、右手を挙げた。
舞台袖の俺たちも注目していると『ゴモりんJr.』は走り出し、そして!
『ゴモーッ!』
手なしロンダートをした!確か『ブランディ』って言うんだよな!前にロイ先生が見せてくれた!まあ、「真似するなよ」と真面目な顔で注意されたけどな!
それより今の、着ぐるみとは思えないキレのよさだったぞ!
子供たちだけでなく、俺たちも驚愕していると、『ゴモりんJr.』はそのまま━━、
『ゴモモーッ!』
前方宙返りに繋げた!ステージの反対側まで来たことを確認すると振り向き、再び助走をつけて、
『ゴモモモーッ!』
バク宙で締めた!しかも、バク宙で少しだけ前に進んでいる!?
『ゴモッ!』
そしてポーズを決める『ゴモりんJr.』。ステージは静寂に包まれるが、
「ジュニア、すごーい!」
「ジュニア!」
「すごいすごい!」
先ほど泣いていた子供たちも笑顔になり、『ゴモりんJr.』に飛び付いていた。
『ゴモモ……!』
複数人の子供にくっつかれ、そのまま押し倒される『ゴモりんJr.』。子供たちは笑顔になったが、
『……………ッ!』
『バップルくん』がショックを受けた様子で、その場で固まってしまっていた。
イベントが終わり、楽屋に戻ってきた俺、兵藤一誠を含めたオカ研と、三人の『ゆるキャラ』たち。
戻ってきて早々に、サイラオーグさんは椅子に腰掛けて深くうなだれていた。
「………なんということだ。子供に嫌われてしまうとは……俺は『ゆるキャラ』失格だッ!」
相当ショックを受けているようだ。顔を両手で覆い、見たことがないほど落ち込んでいる。きっと、畑違いってやつだと思うんですけど。
「きっと、気合いが入りすぎて闘気があふれ出してしまっただけですって」
「そうよ、気にする必要はないわ。場数を踏めば要領も得られるでしょうし。って、何も次期当主がやらなくてもいいのよ?」
俺とリアスが励ますが、サイラオーグさんは深く息を吐いた。
「それでも俺は……己の鍛練の甘さを恨めしく思うばかりだ」
根っからの真面目なヒトだから、いつも以上に張り切っていたのだろう。
『ゴモゴモ』
『ゴモモ』
『ゴモりん』と『ゴモりんJr.』がサイラオーグさんの肩に手を置き、励ましていた。
「……俺を慰めてくれるというのか、ゴモりん、ゴモりんJr.。……いや、あなた方は、まさか!?」
サイラオーグさんが何かを察して勢いよく立ち上がった。
『ゴモりん』が頭部を脱ぎ出した。そこに現れたのは━━。
「ごきげんよう、皆さん。私です」
紅髪のダンディな男性!
「お、おおおおおおと、お父様っ!?」
仰天するリアス!当然だろう!『ゴモりん』の中からお父さんが出てきたのだから!
リアスのお父さんが言う。
「ちなみに、『ゴモりんJr.』は……』
『ゴモモっ』
そう言って『ゴモりんJr.』から現れたのは、
「俺だ」
紅髪の若い男性!
「お兄様!?」
「ロイさんっ!?」
リアスはさらに仰天した様子だ。ロスヴァイセさんも「今日は用事があるから行けない」と言っていたロイ先生が『ゴモりんJr.』の中から現れたのはだから!
ロイ先生が汗を拭いながら言う。
「あー、しんどかった……。無理は禁物だな……」
「うん。ナイスフォローだったよ、ロイ。いきなりで驚いたがね」
「そうですか?まあ、俺たちは子供たちを楽しませてなんぼですからね」
「それもそうだ。少し踊ってみてもよかったかな?」
「それで子供たちに一緒に踊ってもらうとか、いいかもしれませんね」
「うん。次のステージでやってみよう」
━━と、勝手に反省会を始めるお二人。な、なんか手慣れてるな……。
俺たちが突然のことで固まっていると、サイラオーグさんが深く頭を下げる。
「お二人の手を
ロイは反省会を中断し、軽い感じに笑いながら言う。
「いや、気にすんなって。誰だって最初は失敗からだ」
「そうだぞ、サイラオーグ。では、さっそくレクチャーを始めよう。『ゆるキャラ』の基本は━━」
サイラオーグさんに色々と教え始めるリアスのお父さん。手持ちぶさたのロイ先生は、リアスの死角に回り込むと『ゴモりんJr.』の頭を被り━━、
『ゴモモ~』
「ひぃっ!」
リアスを追いかけ回していた。ロイ先生は妹への軽いスキンシップなんだろうけど、逃げ回るリアスの表情は真剣そのもので、必死にお兄さんから逃げている。
そして、ロイ先生の入る『ゴモりんJr.』を見ながら、ロスヴァイセさんは「……抱きつきたい……」と漏らしていた。
クリスマスから、お二人の仲がより深まっているように見えるのはなんでだろう?何かあったのかな?
俺たちがそんな様子を見て苦笑していると、
「しかし、このままでは今後『ゆるキャラ』のイベントには出られんッ!他者が許しても俺がそれを許さないのだッ!このままでいいのか!?否ッ!己を研磨してこそ俺ッ!己を虐げて高めることこそサイラオーグ・バアルなのだッ!」
サイラオーグは心底悔しがっていた。すると、不意に俺に視線を送ってくる。
「兵藤一誠、頼みがある」
「え?あ、はい!」
サイラオーグさんが俺の肩をつかむ。
「━━俺と山ごもりをしてくれないだろうか?山でおまえと共に『ゆるキャラ』を高めていきたい……ッッ!」
俺は困惑しながら訊く。
「や、山籠りですか?い、いやー、俺、山籠りは何度かしたことありますけど、『ゆるキャラ』の修行はしたことないなぁ……」
いきなりのことで消極的な俺だったが、リアスのお父さんは深く頷く。
「うむ。では、サイラオーグ、私が付き添おうではないか」
それにリアスを角まで追い詰めたロイ先生が、こちらに振り向きながら手を挙げて言う。
『それじゃ、俺も行くごも』
『行くごも』って、何言ってんですか!?そこは、「俺も行くか」でいいと思いますよ!?
俺が心中でツッコミをいれていると、リアスのお父さんさんは頷きながらロイ先生を褒める。
「さすが、ロイだ。己の殺し、キャラになりきること。『ゆるキャラ』の基本がしっかりできている」
「なるほど。先ほど教えていただいたのは、この事なのですね!」
熱心にリアスのお父さんの言葉に耳を傾け、ロイ先生の一挙動一挙動を注視するサイラオーグさん。いいんだろうか、これで……。
「さっそく、『ゆるキャラ』修行に最適な山に案内しよう。兵藤一誠くんもついでに来なさい」
マジですか!?リアスのお父さんに言われたら拒否しようにも━━。
『行くごも行くごも。きっと楽しいごも』
俺の襟首をがっつり掴んだ『ゴモりんJr.』が、そう言いながらお父さんとサイラオーグさんのほうに歩み寄る。
前言撤回。拒否権なんてねぇよ!強制連行だよ!
俺は抵抗することなくそのまま運ばれていき、足元に転移型魔方陣が展開される。
転移の光に包まれていくなか、若干顔色が悪いリアスがお父さんとお兄さんを呼ぶ。
「……お、お父様!お兄様!きっと、お母様が激怒されますわ!」
……そ、それはまずい!リアスのお母さんは、誰に対しても厳しい方だ!こんな事態を知ったら、どうなるかわかったもんじゃない!
リアスのお父さんは体を大きく震わせるが、振り切るように言う。
「……行こう、三人とも!」
転移の光が弾けようとした瞬間、
『ここまで来たら、どうせ説教ごも……』
と、覇気のない『ゴモりんJr.』の言葉が聞こえた気がした━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。