グレイフィア
そして、ついに新魔王が決定し、その即位式を行うことになった。
新たなルシファーはサーゼクス兄さん。
ベルゼブブはアジュカ・アスタロト。
アスモデウスはファルビウム・グラシャラボラス。
そして、新たなレヴィアタンは━━━、
「にゅ~」
「大丈夫か?」
変な声を出しながら控え室で机に突っ伏しているセラフォルー・シトリー、つまりセラである。
セラはいつもと違って式典用の魔王の衣装に身を包んでいた。あのセラでも緊張しているかと思って様子を見に来てみればこの様子だ。
俺はセラの横に座り、軽く背中を擦ってやる。頭を撫でたらせっかくのセットが崩れるからな。
「おまえでも緊張はするんだな」
「当たり前よ。私はロイほど肝は座ってないわ……」
顔を横に向けて俺を見ながら言ってくるセラ。確かに俺は前世の分のアドバンテージがあるからな。
俺は苦笑しながらもセラに言う。
「ま、人生経験が違うってことで、納得してくれ」
「うん………」
セラは再び顔を机に埋めて溜め息を吐いた。何か気が利く事を言ってやりたいが、何か話題がないものか………。
俺はその話題を探しながらセラを見ていると、急にセラが体を起こした。
「うおっ」
俺は少し驚きの声をあげるが、セラは俺の方へと向き直り、目をあわせてくる。俺が黙って見つめ返しているとセラが口を開いた。
「私、頑張る」
「ああ、頑張れ。ってどうしたんだよ急に………」
「昔、言ったじゃない。三勢力が戦争しない方がいいって」
「ああ、あの時か……」
セラの言葉で二天龍討伐作戦の直前の事を思い出す。
セラは三勢力が手を取り合うこと、それがいつまでも続けばいいと言っていた。かなりの時が流れたが、あの言葉は覚えている。
俺が思い返していることを察したのか、セラが覚悟を決めた表情で宣言した。
「私は、何百年かかるかわからないけど、いつか必ず三勢力の和平を実現させる!」
セラが滅多なことでは見せない本気の表情。俺も本気の表情で返す。
「なら、俺はそれまでおまえを守る。表からだけじゃなく、影からもな」
俺が言うとセラが不機嫌そうに頬をつねってきた。結構いいこと言ったと思ったんだが………。
俺が黙ってつねられていると、セラが言う。
「それまでじゃなくて、これからずっと守ってよ。まるで私とはそこまでみたいじゃない!」
ああ、なるほど。セラが怒るわけだ。
俺は納得すると同時に頬をつねる手を優しく外し、代わりに笑みを浮かべる。
「そうだな。おまえとはいつまでも一緒にいるさ。悪魔の生は長いんだから、死ぬまで退屈させるなよ?」
俺が訊くと、セラは満面の笑みで、
「もちろんよ!」
と返してきた。ようやくセラっぽくなってきたな。
俺は安心しながら息を吐く。これなら式典は大丈夫だろう。
俺がそう思っていると、セラが可笑しそうに笑った。
「ふふ。顔がにやけてるわよ?」
「え?マジか……」
俺は顔に触れながら苦笑した。最近胸の内が顔に出やすくなったかな?
「ま、セラなら大丈夫だろ。俺はおまえを信じて進むだけさ」
俺は微笑しながらそう答える。セラは笑顔で頷いたことを確認すると、「じゃあ、後でな」と伝えて部屋を出る。いい加減座席に戻らなければ。
俺が廊下に出て、座席に戻ろうとしばらく歩いていると、
「よっ!」
「またおまえか………」
「何だよ、冷たい奴だな……」
ヴィンセントに出会った。廊下のベンチに座って飲み物を飲んでいたようだ。
俺はヴィンセントに近づきながら訊く。
「で、何でこんなところにいるんだ?」
「うん?中が暑いから、ちょっと出てきた」
「そうか」
俺はヴィンセントの隣に座り、これからのことを考えて息を吐いた。
ヴィンセントが理由を察したのか、俺に言ってくる。
「やっぱりと言えばそうなんだが、上の連中は頭が固いねぇ」
「まぁ、仕方ないさ……」
俺が溜め息を吐いたのは次期当主のことを考えてだ。
本来なら現当主の長子である兄さんがなる筈だったのだが、その兄さんが魔王になったことで次期当主はその弟である俺に━━━とはならず、しばらくは父さんが続けることになっている。
理由は俺とセラが恋人だからだ。ただですら新ルシファーの弟である俺が新レヴィアタンの恋人、俺は一悪魔としては魔王たちと関わりがありすぎると判断されたらしい。
つまり、魔王二人が俺をひいきするのではないかと考えたのだ。だから、俺は当主になれない。
だが、俺はそれで構わない。セラや兄さんには迷惑がかけられないからだ。だが━━、
「弟か妹が生まれたら、全部そいつが背負い込むことになるんだよな………」
俺の悩みの種はそれだ。俺が出来ないとなると、多分俺の弟か妹が次期当主になる。それはつまり、その子の自由を奪ってしまうことに繋がるのだ。
俺が再び溜め息を吐くとヴィンセントが肩を叩いてきた。
「ま、その弟だか妹はおまえが支えてやれ。おまえの事だから気づかれないようにやりそうだけどな」
ヴィンセントは笑いながらそう言い、俺はヴィンセントの方に顔を向け、笑みを浮かべながら言う。
「だから左肩は止めろ……」
「ああ、わりぃ」
こいつ、わざとだろ。めっちゃ顔がにやけてるぞ。
俺はその言葉を飲み込んで立ち上がる。ヴィンセントも時計を確認して立ち上がると言う。
「そんじゃ、また飲みにでも行こうぜ。お互い忙しくなりそうだけどな」
「ああ、またな、ヴィンセント。俺に親友がいるとすれば、おまえぐらいなもんだ」
俺が真面目に返すとヴィンセントはわざとらしく気持ち悪そうな表情になりながら言う。
「気持ち悪いこと言うなよ………。ま、それは俺にも言えることかもな」
二人して苦笑すると、ヴィンセントが右拳を差し出してきた。
俺は黙ってヴィンセントの右拳に自分の左拳を軽くぶつける。これは俺たちの挨拶みたいなものだ。会ったときか別れる時によくやる。
それを終えると俺たちは別れて座席に戻る。戻って早々に母さんの檄が飛ぶ。
「ロイ!今までどこに行っていたの!」
「す、すいません……」
「まあまあ、ヴェネラナ。ロイにもやることがあるのだから、少しぐらいいいじゃないか」
「あなたはロイに甘すぎます!」
父さんが矛先を鈍らせてくれたが、後で怒られそうだな。
こんなことをしながら、俺はある覚悟を決めた。
今日、この場で悪魔は新たな一歩を踏み出した。この先に何があるかはわからないが、俺は今ある平和を、今の家族を守るだけだ。
俺が覚悟を決めたと同時に式典が始まり、正式に四人の新魔王が決定した。
これから悪魔はどうなるのか、楽しみだ。
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