ゲンドゥルさんの訪問があった次の日の早朝。
俺はセラに連絡を取っていた。だが、
「あ~、セラ?」
『……………………』
「聞いてる?」
『……………………』
連絡開始から十分、無視され続けていた。映像の向こうにいる彼女の表情も拗ねているように見えるのは気のせいではないだろく。
理由はわかっているが、いちおう訊いておく。
「俺とロスヴァイセとデートに行くのそんなに嫌か?」
俺の問いに、セラはいつになく不機嫌な声音で返してきた。
『…………別に。あれを許可した時点でこうなるとは思っていたわよ……』
予想通りの返答に俺はため息を吐き、決めていたことを口にする。
「それじゃ、今度デートしようぜ。休日があれば、だけどな」
『本当に!』
途端にテンションが上がるセラ。
まあ、ふりしているほうとデートに行って、本命とはしないってのはかわいそうだ。セラだって、たまには息抜きしたいだろうしな。
「ああ、本当だ。まあ、ユーグリッドを捕まえてからだがな」
『そうね、ちゃちゃっと捕まえちゃいなさい!』
俺のデート発言でテンション上がりまくりのセラ。俺は対照的にため息を漏らした。
「了解だ。って、どこにいるかもわかってねぇけどな……」
『それもそうだけど、早めにお願いね☆』
「任せとけよ」
俺はセラのお願いに頷いて答え、連絡用魔方陣を切る。
さて、デート行くか…………。
時間は進んで正午頃。
生活用の義手をつけた俺は玄関で靴を履いていた。予定通り、ロスヴァイセとデートに行くためだ。
玄関にはリアスや朱乃のものとは違うロングブーツが置いてあった。
基本スーツかジャージ姿のロスヴァイセだが、あいつもこういうおしゃれなものを持っているんだな。
俺がそんなことを考えていると、二階からロスヴァイセが降りてくる。
ロスヴァイセの服装は、タッチコートに短いフレアスカートという出で立ちだ。
俺は白いワイシャツの上に黒いコート(フード付き)を羽織り、ジーパンを履いている。こんな格好、久しぶりだな。
それにしても、あんな格好のロスヴァイセは新鮮だな。
俺が靴紐を結ぶ手を止め、彼女をじっと見ていると、ロスヴァイセは顔を赤くしていた。
「あ、あの………どうですか?」
「ああ、スマン。似合ってるぞ」
俺が微笑しながら言うと、ロスヴァイセは余計に顔を赤くしてしまった。
「あー、とりあえず、行くか?」
「は、はい」
お互い靴を履きおえ、出発しようとする俺たちをリアスが呼び止めた。
「お兄様、ロスヴァイセ。夜までには帰ってきてください。冥界に行く前のミーティングがありますから」
「わかった」
「は、はい」
返事をする俺とロスヴァイセ。彼女のほうは緊張しているのか、若干歯切れが悪いようだ。
すると、リアスが苦笑する。
「黒歌が追いかけないよう、小猫が押さえていますから、安心してください」
「………?なんであいつが追いかけてくるんだ?」
黒歌は俺の左腕が無くなったことに責任を感じているらしく、色々と面倒を見てくれているが、デートに首を突っ込むほどではないだろう。
俺が首をかしげて訊くと、リアスは一瞬驚き「いえ、気にしないでください」と苦笑した。
「…………………」
横のロスヴァイセが複雑な表情をして俺を見てきていたが、俺は再び首をかしげて考える。
…………うん、わからん。
俺は思考を切り上げ、リアスに確認する。
「まあ、夜までに帰ってくればいいんだろ?」
「はい。よろしくお願いします」
「わかった。それじゃ、いってくる」
「い、いってきます」
俺たちはリアスにそう言うと家を出た。
ロスヴァイセのまだ緊張している様子だ。やれやれ、大丈夫だよな?
兵藤卓を出発した俺とロスヴァイセは、二人で電車に乗っていた。なんでも、ロスヴァイセが東京に用があるらしいのだ。
駒王町を離れるのはどうかと思ったが、東京は日本の首都だ。駒王町並の結界が張られているから大丈夫だと思う。
それにしても━━━━、
「……モデルさんかな?」
「ホ、ホントだ。俳優さんかもよ?」
「あの人、めっちゃ美人じゃね!?」
「横の男が邪魔だな。たぶん連れだぜ?」
車内では俺とロスヴァイセに視線が集中していた。
まあ?、俺たちが並んで座っているためか、話題にしても話しかけるような輩はいない。
「………ジャージやスーツだったら、こんなに目立たなかったのでしょうか……」
ぼそりとロスヴァイセは呟いていた。
「どうだろな。こういうのはどんな格好でもなると思うぜ?それになロスヴァイセ、おまえは自分で思っている以上に美人だと思う」
俺が素直に返すと、ロスヴァイセは頬を赤くしてしまった。
これ、何回目だ?いい加減慣れて欲しい。
それ以降は特に何かあったわけではなく、無事に目的地に到着した。
到着早々、ロスヴァイセは歓喜の表情を浮かべ、顔を輝かせながら震えていた。
「……こ、ここが夢にまで見た、女性向け百円均一の大型店………『ベラ』!」
「『ベラ』?イタリア語で美しいとか、美女って意味だったな」
「はい!そのとおりです!このブランドはまさに女性向けのオシャレなアイテムばかりをラインナップしているんです!百円とは思えない高機能で実用性の高い商品ばかりと有名なんです!……ああ、ほら!あのお皿なんて
とってもオシャレ!ああ、そっちの━━━━」
俺を置いて一人で商品を見始めてしまった。女性はこうなると長いからなぁ。セラとのデートで嫌ってほど痛感した。
「ロイ先生、見てください!あれもこれも全部百円です!」
興奮状態のロスヴァイセ。………元気そうで何よりだ。
「ついつい一万円分も買ってしまいました。さすがは東京。さすがはベラです。恐るべし……」
お財布の中身を確認しながら唸るロスヴァイセ。
今、俺たちはカフェのテラス席で休憩中だ。
百均で一万円を使う。単純計算で百商品か?税込とかになったら知らないが、どちらにしても買いすぎだな。さすがに持ちきれないので、先ほど配送業者に荷物を頼んできた。きっと明日には届くだろう。約百商品がどっさりと。………どこに置くつもりなんだ?
そんな心配をしている俺に、ロスヴァイセが話しかけてくる。
「……つ、つまらなかったですか?す、すいません、一人だけハイテンションになってしまって………」
俺が難しい顔をしていたのか、申し訳なさそうにロスヴァイセは漏らした。
「別に。見てて面白かったし、いい気分転換になった」
「だったら、いいんですけど……」
ロスヴァイセはカップコーヒーに口をつけたあとに言う。
「…………思えば、男性とのデートなんてこれが初めてです」
「俺なんかでよかったのか?」
まあ、イッセーにはリアスやアーシアたちがいるから無理だろうし、木場は断りそうだし、アザゼルは忙しいだろうから難しいか。………俺にはセラがいるんだが………。
そんなことを考える俺をよそに、ロスヴァイセは照れくさそうに続けた。
「も、もし、誰かとデートに行くなら、私はロイ先生がよかったんです。もしです!もしもの話ですよ!」
ロスヴァイセは顔を赤くしながらコーヒーを口にした。
だが突然息を吐いて表情を曇らせた。
「………私は故郷でずっと勉強ばかりしていましたから……。周囲のヴァルキリー候補生たちは、ヴァルハラの英霊たちの話で盛り上がっていましたが……。私はその間にも机に向かっていました」
想像に難しくないな。ロスヴァイセだったらマジでそうなっていそうだ。
「青春を勉強に費やしたおかげでヴァルキリーになることはできましたが………。いま思えば、もう少し遊んでおけばよかったかななんて振り返ることもあります」
「何言ってんだ。まだまだ若いじゃないか。リアスたちと一つか二つしか違わないし、今から青春を謳歌してもいいと思うぜ?」
実際こいつは教師やっているが、生徒でも通るぐらいに若いからな。
「置いてかれたとはいえオーディンの爺さんの付き人やってたんだからよ。自信持てって!」
そんなことを言ってロスヴァイセを励まそうとするが、逆に憂いのある表情になってしまった。
「私は、ロイ先生たちが思っているほど、大した者でもありません………」
ロスヴァイセはそう言うと懐からワッペンを取り出した。
複雑な紋様が刻まれ、ルーン文字を円形に列ねた独特の形をしている。この紋様は昨日ゲンドゥルさんが転移してくるときに展開した魔方陣に似てるな。
ロスヴァイセは続ける。
「これは、私の家に伝わる固有の……家紋みたいなものです。家の長子たる者は、これを代々受け継ぎ心と体に刻んで後世に繋げていきます。……私は、長子━━━長女でしたが、この紋様を……」
ロスヴァイセはそこで言葉を止め、トーンをさらに落としてぼそりと漏らす。
「………受け継げなかったんです」
北欧に住まう半神の一族はそれぞれの家で独自の魔法を作り、それを継承していっていると前に聞いた覚えがある。ロスヴァイセはそれを………。
「……私には兄弟がいませんでしたから、結局、紋章は遠縁の子が引き継ぐことになりました。その子にはすんなりと継承できて、周囲も私もなんとも言えない空気になってしまったことは今でも覚えてます。……相性が悪かったんでしょうかね?今でも降霊術のセイズ式がいまだに馴染めないんですよね。自分でも驚くぐらい攻撃魔法は習得できてしまって………。ルーン、ガンドル、セイズをバランスよく使いこなしてきた私の家系では、私は異端児なんです。一族が使っていなかったものとばかり相性があってしまったんですから………。幸いヴァルキリーにはなれたのですが……成績は現役時代の祖母と比べて散々なものでした……」
落ち込み気味にロスヴァイセは告白してくれた。
ある意味俺たち、グレモリー三兄妹とサイラオーグみたいなもんなのかもな。
「ある意味で俺はお前がうらやましいよ」
「ロイ先生?」
「俺は確かに母さんから滅びを受け継げた。……だが兄さんみたいにコントロールできるわけじゃないし、リアスみたいな火力もない。何もかも中途半端なんだよ、俺は。……出来ることは滅びを武器にして斬ったり撃ったりするだけ、本当にそれだけだ。だか俺はそれでいいとも思ってる。ロスヴァイセ」
「は、はい!」
俺に急に呼ばれたロスヴァイセは、驚きながら返事をした。
「誰だって出来ること、出来ないことがしっかりある。よく言うだろ?『完璧な人間はいない』ってさ。おまえは、おまえが出来ることを全力でやればいい。それだけだろ」
「………そうですね。………『完璧な人間はいない』……ですか」
「まあ、俺たち悪魔だけどな………」
「それもそうですね」
俺が小声で漏らした言葉に、ロスヴァイセは若干おかしそうに笑いながら頷く。
ロスヴァイセの調子が戻ってきたので、俺は話題を変えるように質問した。
「教師の仕事、楽しいだろ?」
「え?は、はい。誰かにモノを教えることがあんなにも楽しいとは思ってもいなくて」
「俺もだ。誰かに教えること、誰かの助けになることがあんなに楽しいとはな」
実際、ロスヴァイセは生徒からの人気も高く、分かりやすいと評判だ。俺もある程度人気らしいが、ロスヴァイセとは対照的にスパルタだと評判だったりする。
「で、ソーナからのオファー決めたのか?」
「まだ考え中です。とりあえず、今度学校に行きますし、それから考えようかなと……」
百聞一見にしかずっていうしな、そのほうが考えやすいだろう。
「悪魔の生は長いんだ。ゆっくり考えればいいさ」
「ええ、そうさせてもらいます」
ロスヴァイセはそう言うと微笑んだ。やっぱりセラもロスヴァイセも笑っているほうがいいな。
俺は残り少なくなったコーヒーに口をつけ、一気に飲み干すと、言葉を続ける。
「相談なら乗るぜ?アザゼルへの愚痴でもいいし、また買い物でもいいし」
「では、また買い物に。祖母への言い訳にもなりますし」
また買い物か。こいつに映画を見るとかそういうのは考えなれないのだろうか。まあ、本人が楽しければいいか……。
「…………………」
「あの、ロイ先生?」
ロスヴァイセが黙りこんだ俺に話しかける。俺は表情こそ変わらないが、静かに殺気立っていた。
俺は振り向かずに後ろの席の男性に話しかける。
「盗み聞きとは、いい趣味だな。なあ?ユーグリット」
「おや、バレていましたか」
俺の発言に俺たちの後ろの席にいた男性━━━ユーグリット・ルキフグスが返す。
お互い振り向かずに話を続ける。
「今日は
「残念ながら、彼女はやらん。今は俺の彼女なんでな」
「私の目的が?」
訊いてくるユーグリッドに、俺は不敵に笑みながら返す。
「あんたらの目的は『
「━━━っ!あの論文は破棄したはずです!」
ロスヴァイセは思い出したように言うが、何か書いたのか………。
その破棄された論文ってのはよくわからんが、俺は怒気を込めてユーグリッドに言う。
「破棄されていようが見つける。おまえらがやりそうなことだな」
「あの論文を少しだけルームメイトに話しました。まさか!」
「ええ、少し記憶を探らせていただきました。断片しか拾えませんでしたが………」
ロスヴァイセはそれを聞いて立ち上がり左手をユーグリットに向けた。
「この外道!ここであなたを━━━!」
俺は、ロスヴァイセがユーグリッドに向けた左手を右手で優しく掴む。
「ロスヴァイセ、落ち着け。周りを見ろ」
ロスヴァイセはそれを聞いてハッとしたように周囲を見渡した。
ここは普通の店のテラス席、周りの客からは奇異の視線が送られていた。
俺はロスヴァイセの右手を離し、立ち上がる。
「お騒がせてすみません。もう行きますので………」
俺とロスヴァイセは店から出ようと歩き出し、ユーグリッドの横を通りすぎる。
俺たちとユーグリッドがすれ違った瞬間、奴は言う。
「彼女は無事です。人質にもしていませんよ。ただ━━━」
ユーグリットはそう言うとロスヴァイセに、正確にはロスヴァイセの髪に手を伸ばすが、俺が左手でユーグリットの手を掴み力を込める。
「言ったはずだ。彼女はやらん」
「怖いですね。そんな機械の手で何が守れるのです?」
「機械の手だからこそ、やれることもあるんだよ」
ユーグリットはそれを聞くと、ロスヴァイセに視線を戻した。
「ロスヴァイセ、私はあなたの能力が欲しい。あなたは優秀ですよ。あなた自身が思っているよりも。━━━それにその銀の髪は美しい。まるで………」
ユーグリッドが続きを言う前に、俺は一気に左手に力を込める。
ユーグリッドの手から軋むような音が鳴るが、こいつは気にした様子もなく俺の手を振り払う。
「………ごきげんよう。義兄上、ロスヴァイセ。お二人とも、次に会うときには答えを出しておいてください」
ユーグリットはそう言い残して人混みの中に消えていった。
俺は煙を吹く義手に構うことなく、すぐさまリアスに連絡を取った。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。