綾子†無双   作:はるたか㌠

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 いろいろあったけど、襄陽の街を後に南陽へと向かう一行。

 昨日また市をぶらついて、剣を二振りゲット。

 片方は、まぁまぁ手頃、でも特に銘もない普通の剣。

 もう片方は……見た瞬間、インスピレーションというか、とにかく買わなきゃ、と思ったもの。

 衝動買いといえばそうなんだけど……この剣は何故か、手にしておかないと後で後悔する、そんな気がした。

 とは言っても、錆は浮いているわ刃こぼれしているわでそのままじゃ使えそうにもないんだけどさ。

 ともあれ、帰り道も気は抜けない。

 盗賊が減った訳でもなく、積み荷は高価な蜂蜜。

 でも、行きに比べれば幾分、慣れてきた気がする。

 ……まぁ、隣から明命が離れようとしないせいも、多分にあるかも。

 

「綾子お姉さま」

 

 この言われ方も、もう慣れた。

 つーか、悟った。

 

「どうした、明命?」

「いえ、お姉さまのようなお召し物、作れるでしょうか?」

「う~ん、どうだろ? 素材はともかく、デザインなら」

「でざいん?」

「意匠の事さ。こういう絵を描ける人を探せば、どうにかなるんじゃないか?」

 

 あたしが着ているTシャツの絵柄が、どうもかなり気に入ったようだ。

 キュートな猫デザインのだから、無理もない。

 

「でも、お金がかかりそうですね……」

「ま、後のお楽しみって奴じゃないか。まずは、今の境遇を何とかしないと」

 

 一時的な金なら、あたしの持ち物を売り払えばどうにかなる事はわかった。

 でも、例えばそれで兵士を養ったり、兵糧を用意したり……なんてのは、無理。

 そのあたりは、穏が教えてくれた。

 猫Tシャツを作れるようになるには、まだまだかかりそうだな。

 

 

 

 帰路について、三日目。

 

「雪蓮さま、只今戻りました」

「おかえり。どうだった?」

「はい。十里四方、特に異常はありません。このまま進んでいけると思います」

「わかったわ、ご苦労様」

 

 盗賊も昼間はあまり活動しないとは言っても、油断は禁物。

 そんな訳で、明命が偵察に行ってきたんだけど。

 ……十里四方って簡単に言うけど、普通に歩いたら一時間はかかる距離。

 それを素早く偵察してくるとはねぇ。

 

「綾子お姉さま。私の顔に、何かついていますか?」

「いや、そうじゃなくって。身のこなしが凄いな、って」

「私はこれが取り柄ですから。雪蓮さまや綾子お姉さまのように強くありませんし、穏さまみたいに頭も良くありませんし」

「そんな事ないさ。十分、凄いよ明命も」

 

 あまりの可愛さに、思わず頭を撫でてやる。

 

「はわっ! お、お姉さま」

「あ、嫌かな?」

「い、いえ……。はふぅ~」

 

 顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうだ。

 なので、もうちょっと続けてやろうっと。

 

「ふ~ん。仲がいいわね、本当の姉妹みたい」

 

 真名を預かっている事にも特に何も言わないけど、少なくとも雪蓮は好意的に受け止めてくれているようだ。

 

「こんな妹がいたら良かったんだけど、あいにく……な」

 

 あたしは、生意気な弟の顔を思い浮かべた。

 どうしてるんだろうか。

 桜に惚れているくせに、それを言い出せないシャイな奴だけど、あれでも弟は弟。

 ……少ししか経っていないのに、もう何年も見ていない気がするな、家族も友達も。

 

「どうかしましたか、綾子様?」

「い、いや、何でもないよ穏。ちょっと、家族とかの事を思い出していて」

「ご家族ですかぁ。きっと、皆さん凄腕なんでしょうね」

「そうね。綾子のご両親とか、きっと貴女の国でも名のある存在なんでしょう」

「……それはない。あたしの家は、ごくごく平凡な庶民だし」

 

 ……うん。

 完全に信用されてないようだ、眼がそう訴えている。

 ハァ、どんどんあたしが誇張されていくなぁ……。

 

 

 

 その夜。

 道すがらにある、大きめの邑で泊まりとなった。

 邑なのでちゃんとした宿屋じゃなく民宿みたいな雰囲気だけど、これはこれでいいかも。

 この時代、電気がある訳じゃないから、夜の明かりと言えば蝋燭か菜種油。

 どっちも貴重品なので、庶人が無闇に使えるものじゃない。

 なので、夜が更けたら、後は寝るだけ。

 ……なんだけど、そんなに早く寝るという習慣がなかったあたし。

 そうそう眠くならない。

 襄陽で買い求めた剣のうち、普通の方を手に、宿を出た。

 そして、宿の裏手へ。

 剣を鞘から抜く。

 月の光を受けて、刃が青白く輝いている。

 

「よし」

 

 ただひたすら、無心に剣を振ってみる。

 鍛えた鋼の重みがあるけど、思っていたよりは手に馴染む感じがする。

 ついでだから、イメトレもやってみるか。

 相手は……そうだな、藤村先生にしてみるか。

 何度か剣道場を借りて、稽古をお願いした事があるから、それを思い出せばいい。

 いい勝負にはなるけど、結局はいつも一本取られていたけどな。

 ……今なら、もう少し遣り合えるかも知れないけど。

 もしあっちに戻れる事があれば、一度手合わせをお願いしてみよう。

 とりあえず、仮想敵になっていただきますかね。

 ……今、家が数軒木っ端微塵ね。

 ……今度は、地面に月みたいにクレーターですよ?

 ……あ、慎二がわくわくざぶ~んまで吹っ飛ばされた。

 ……藤村先生を思い浮かべると、何故か人外な結果ばかり出るのは何故だろう。

 この世界も、大概人外ばっかりの筈なんだけどなぁ。

 ……うん、藤村先生、あなたはバーチャルでも敵に回さない方がいい事はよくわかりましたよ、ええ。

 

「お姉さま?」

「明命か。どうした?」

「いえ、外から話し声が聞こえたので」

 

 ……あれ?

 

「な、なぁ。そんなにはっきりと聞こえた?」

「は、はい」

 

 どうも、声に出していたらしい。

 こっちに来てから、独り言が増えた……のかなぁ。

 と、あたしは思考を中断。

 ……そう、この気配は……。

 

「綾子お姉さま」

「……ああ」

 

 殺気。

 それも一人じゃない、かなりの人数だ。

 

「雪蓮と、穏も起こしてきてくれ。あと、警護の連中も」

「はっ!」

「呼んだかしら?」

「もう起きてますから大丈夫ですよ~。ふぁぁぁ……」

 

 流石は、名のある将だけの事はあるようだ。

 気を回すだけ、無駄だったかな?

 

「明命。武器を取ってきたら、様子を探ってきて」

「御意!」

 

 身の軽さは、絶対あの娘には勝てないな。

 ま、人それぞれ、特技があるってのはいい事だけどさ。

 ……あたしは、一体何が特技なのかねぇ。

 

 

 

「なるほど~。黄色布を巻いた盗賊さん、五百名ですか」

「ちょっと多いわね」

「……確かに」

 

 明命の報告に、正直頭を抱えたくなった。

 この前の二百でも十分すぎたのに、今度は更にドン、更に倍。

 古すぎる、というツッコミが聞こえた気がするが、多分に空耳だろう。

 

「穏。どうする?」

「そうですねぇ」

 

 と、何故かあたしを見る穏。

 

「な、なんだ?」

「綾子さんの弓で、指揮官さんを倒すのは必須ですね~」

 

 あ、やっぱり。

 

「ただ、この間もそうだったけど、連中、意外とそれだけじゃ崩れないかも知れないぞ」

「はい~、それはその通りだと。ですが、後は雪蓮様と明命ちゃんで、頑張っていただきましょう」

「どういう事?」

 

 雪蓮が首を傾げる。

 

「今回は、投降させるのはちょっと無理かも知れませんが……」

「ま、いいわ。穏、作戦を説明して」

「はぁ~い♪」

 

 

 

 穏の指示通り、あたし達は展開を始めていた。

 

「あれです」

「わかった」

 

 明命があたりをつけてくれた、盗賊の頭目らしき男。

 腕組みをして、何か指示を飛ばしている。

 距離は……百メートル、いや百五十メートル以上はありそうだ。

 正直、この距離での弓は経験がない。

 三十三間堂の通し矢でさえ、百二十メートル程度だし、それですら普通の人間には無理な注文。

 それをいきなりやれ、ってんだから……穏もああ見えて、結構無茶振りするな。

 とは言え、時間がない。

 キリキリと矢をつがえ、放つ。

 

「う……」

 

 短くうめいて、頭目は倒れた。

 どうやら、首筋を射貫いたらしい。

 ……前ほど、手の震えは、ない。

 慣れたくはないけど、慣れるしかない……よな、こればかりは。

 

「では、後は手筈通りに」

「わかった。明命、気をつけろよ」

「綾子お姉さまも。では!」

 

 賊は予想通り混乱を始め、それを幹部とおぼしき連中が抑えにかかっている。

 ここまでは、前回と同じ。

 ただ違うのは、村の中という立地。

 つまり、一方的に弓で撃つのは不可能。

 あと違うのは、今日が夜、という事。

 そして、月が隠れ始めた。

 明るかったあたりが、不意に暗くなる。

 よし、今だ。

 距離を一気に詰めたあたしは、連中の至近距離まで迫っていた。

 しばし止まり、眼を閉じる。

 

「ギャァァァァ!」

「ふんっ!」

「はっ!」

 

 雪蓮と明命が、斬り込みをかけた。

 雪蓮は背後から、明命は頭上から。

 暗闇の中での出来事に、連中はますます混乱する。

 そして、あたしも眼を見開いた。

 よし、ある程度だけど、見える!

 

「ぐわぁぁぁ!」

「ぐふっ!」

 

 あたしの弓を合図に、他の兵士も一斉に矢を放つ。

 当てる事が目的ではなく、混乱を増幅させるのが狙い。

 

「て、敵の待ち伏せだぁ!」

「に、逃げろ!」

 

 もう、統率も何もあったもんじゃない。

 

「よし。かかれぇ!」

「応!」

 

 あたしの合図で、兵士達も斬り込む。

 もちろんあたしも、剣を抜いた。

 ザクリと肉を引き裂く感触。

 そして、返り血が降りかかる。

 もちろん、気持ちのいい訳がない。

 むしろ、吐きそうだ。

 ……でも、やらなきゃ、自分が、みんながやられてしまうだけだ。

 そう思い、気持ちを奮い立たせるしかない。

 

 だいぶ数が減ってきたが、それでも相手は大人数。

 剣も、最初ほどは斬れなくなってきた。

 切れ味が鈍ってきたのもあるし、そもそも、こんな重さのあるものをずっと振り回しながら動いているんだから。

 つまり、へばってきたって事。

 やっぱ、時代劇とかゲームみたいに、ひたすら無双……とか、あり得ないって事だな。

 返り血が眼に入り、視界が霞んでくるし。

 くそっ!

 

「ぐぼっ!」

 

 斬るというよりも、殴りつけるような格好。

 やばいな、そろそろ腕の感覚がなくなってきた。

 ふらついたあたしに、

 

「この野郎、くたばれ!」

 

 賊の白刃が、迫った。

 辛うじて受け止め、押し返した。

 ……が、その弾みで、剣を取り落としてしまう。

 もうダメ、かな。

 覚悟を決め、あたしは眼を閉じる。

 短い間にいろいろあったな。

 個性的な連中と親しくなったり、こうして人の命を手にかける事になったり。

 ……人を殺せばその報いが来る、そういう事なんだろうな。

 ……あれ、いつまで経っても、何もされない。

 霞む眼をこすりながら、恐る恐る見る。

 

「……ぐばっ!」

 

 あたしに剣を向けていた男が、倒れた。

 背中に、矢が刺さっている。

 あ、あれ、一体?

 

「うわぁぁぁぁ!」

「きぇぇぇぇぃ!」

 

 周囲には、いつの間にか無数の松明。

 そして、人、人、人。

 ど、どこからこんな人数が?

 

「無事か、美綴?」

 

 この声は……黄蓋さん?

 どこか懐かしくすらなった、ナイスバディ登場。

 

「おお、無事か。どうやら間に合ったようじゃの」

「ど、どうして……」

「話は後じゃ。ふむ、誰か」

「はっ!」

 

 兵士の一人がかけてきた。

 

「この者を、安全な場所に。少し休ませてやってくれ」

「ははっ!」

「こ、黄蓋さん。でも……」

「たまには年寄りの言う事も聞くもんじゃ。さ、行けい」

「は、ははっ」

 

 た、助かった。

 安心したせいか、あたしの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

「…………」

 

 知らない天井で、眼が覚めた。

 夢でも見ていたのかな、あたし。

 

「おお、気がついたようじゃな」

「……黄蓋、さん?」

「うむ。二日も寝ておったから、気が気でなかったぞ」

 

 そう言いながらも、黄蓋さんは笑っている。

 

「あたし……何が……?」

 

 記憶が、ぼんやりと戻ってくる。

 確か、賊に襲われて、殺し合いになって……。

 ……そうだ、たくさんの血を見たんだ。

 

「うぷっ!」

「ほれ、桶じゃ」

「す、すみませ……げほっ、げほっ!」

 

 何も食べていないのに、胃の中のものが全て、逆流してくる。

 喉に苦いものがこみ上げてきて、桶の中がますますカオスに。

 

「よくやったの。しばらくは辛いじゃろうが……」

「ハァ、ハァ、ハァ……。え、ええ」

 

 布で、あたしの顔を拭う黄蓋さん。

 

「あ、ありがとうございます……」

「何、若い者はそれでいい。さ、もう少し休め」

 

 なんか、母さんにあやされているような気持ち。

 ……今は、この時を大切にしよう。

 あたしは、もう一度眼を閉じた。

 

「さて、儂も一眠りするかの」

 

 おやすみなさい。

 そして……ありがとうございます、黄蓋さん。

 

 

 

 後で聞くと、黄巾党が村を襲う、という情報が入り、周瑜が袁術に申し入れ、黄蓋さんが駆けつけた、という事だった。

 タイミングはまさに間一髪、というところだったみたいだけど。

 ……どうやら、あたしはもう少し、この世界にいてもいいみたいだな。


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