綾子†無双   作:はるたか㌠

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二十

「たあっ! やあっ!」

 

 菖蒲(徐盛)は今日もまた、鍛錬に励んでいる。

 あたしの教えを忠実に守って、例の木刀を振るい続けていた。

 少しずつだけど、足腰がしっかりしてきたかもな。

 あれが自在に出来るようになれば、次の段階に進むとするかな……とか思っていたりする。

 

 さてさて、あたしも自主トレ始めますかね。

 青コウの剣と、倚天の剣を抜く。

 二刀流なんて、それこそ時代劇の世界というか……あたしのイメージだと宮本武蔵と、中村主水ぐらいか?

 もっとも、あっちは長刀と脇差しの組み合わせだけど。

 さて、上手く扱えるのかねぇ。

 左手に青コウの剣を持ち、何度か振ってみる。

 ……う~ん、やっぱり違和感がある。

 剣は両手で扱うか、さもなくば右手で操る事が多い。

 竹刀は割と持ちやすさを考えて作られていたけど、昔居合いを習いに行った時は、かなり戸惑いがあった。

 まず、重い上に、握り方や力のかけ方が、まるで違う。

 それに、吊した紙を斬るとか、冗談みたいな真似を本気でやる道場だったし。

 そんなもん斬れるか、と思ったけど、そこの師範代はあっさりとやってのけてみせた。

 曰く、力任せに『切る』んじゃなく、あくまでも『斬る』ものなんだ、と。

 西洋の剣みたいに、鎧の上から叩き潰すような代物とはまた違うから、力の要れどころが難しい。

 この時代の剣は、またこれはこれで違う。

 少なくとも、襄陽で買った普通の剣は、最後まであたしの手に馴染まなかったからな。

 

 ちなみにあの剣、使い道がないので部屋に放置しておいたら、菖蒲が勿体ないですね、とか言っていたので、

 

「なら、菖蒲にやるよ。ただの剣だけどな」

 

 と言ったら、文字通り飛び上がって大喜びされた。

 言っちゃ何だけど、宝剣とか名剣とか、そんな類じゃないと思うんだがなぁ。

 ……その後しばらく、鞘に頬ずりする菖蒲は、コメントのしようがなかった。

 まぁその……世の中には知らない方が幸せな事もあるって、アレだな、うん。

 

 右手に倚天の剣を追加。

 うん、これだけなら問題なさそうだ。

 ……しかし、この剣も不思議だ。

 長年愛用した筆記用具みたいに、ぴったりと手に馴染む。

 まるで、身体の一部のように思える。

 斬れ味は……言うまでもない。

 両手に剣を構え、仮想敵をイメージ。

 ……そうだな、太史慈にしよう。

 

「フッ!」

 

 槍を青コウの剣で払おうとするが、押し込まれてしまう。

 左で受け、右で反撃。

 ……そう、単純には行かないようだ。

 二本でこれだから、某ゲームみたいに、刀を八本も十本も一度に振り回すとか、やっぱありゃ無理があるよな。

 

「おりゃあ!」

 

 今度は、左右から交互に打ち込みをかける。

 数十回これを繰り返す。

 ……ダメだ、違和感が払拭できない。

 利き腕の右はいいが、左が思うように動かない。

 誰かに聞こうにも、二刀流なんて遣い手はいないしなぁ。

 やっぱり、一本ずつ使うのがいいんだろうか?

 試しに、倚天の剣だけで突進してみる。

 受け流されるけど、さっきに比べれば雲泥の差があるな。

 こちらの方が確実に相手に迫れる気がする。

 

「綾子お姉ちゃん!」

 

 小蓮が、向こうで手を振っている。

 そのままこっちに駆けてきて……ダイブ?

 慌てて、受け止めるあたし。

 ちなみに剣は、彼女が向かってきた時点で、地面に突き刺しておいた。

 

「どうした、小蓮?」

「……む~」

 

 あれ、何かむくれてるな。

 

「お姉ちゃん、なんでシャオの事、『シャオ』って呼んでくれないの?」

「え? だって、雪蓮も蓮華もそう呼んでないだろ?」

「お姉さまたちはいいの!……綾子お姉ちゃんは、特別だもん」

 

 なんかライフルで狙撃された後、マシンガンで蜂の巣にされましたよ、あたし?

 この娘の上目遣いは、ヤバ過ぎる。

 破壊力が半端ないというか……自覚してるのかしてないのかはわからんけど、可愛い過ぎ!

 

「わ、わかったよ。じゃあ、シャオ」

「えへへへ~♪」

 

 うわ、めっさいい笑顔。

 ……はっ、一瞬だけど、黄色い花畑がフラッシュバックしたような。

 しっかりしろ、あたし。

 バシ、バシ!

 

「お姉ちゃん? どうして、頬を叩いているの?」

「あ、いや、こうでもしないと、いろいろと危険が危ないんだよ」

「? 変なお姉ちゃん」

 

 はい、自分でも変だと思います。

 ちなみに、さっきの返事も誤用じゃないからな?

 

「ところで、何か用があったんじゃないのか?」

「あ、そうそう。あのね。凌統が城下に来たみたいよ」

「凌統が?……そうか、シャオに恩返しに来たか」

「でね、シャオに会いたいって。行こうよ、お姉ちゃん」

「ちょ、ちょっと待て。あたしもか?」

「だって、あの時は綾子お姉ちゃんも一緒だったじゃない」

「そりゃそうだけどさ。でも、シャオに、って来たんだろ?」

「む~、シャオは綾子お姉ちゃんと一緒がいいの! ほら、行こう!」

「お、おい!」

 

 手を引っ張られる。

 もちろん、力任せに振り解く事は出来るけど……。

 

「綾子お姉ちゃん。シャオと一緒は、嫌?」

 

 とか泣き顔で言われたら……だあああ、そんなになったらあたしは今日一日、部屋で自己嫌悪&ヒキコモリ決定だ!

 ……という訳で、選択の余地はなく、そのまま引き摺られていくあたしだった。

 

 

 

「よっ、久しぶり」

 

 指定された飯店へと着いたあたし達。

 

「……何だ、これ」

「相変わらずね……」

 

 テーブルの上には、空になった皿が堆く積まれていたりする。

 もちろん、全部綺麗に平らげられている次第。

 

「よく食うな、ホント」

「いや~、寿春ってところはメシが美味いね。あ、青椒肉絲と炒飯お代わりね!」

「い、いらっしゃい。ご注文は?」

 

 凌統の食いっぷりにドン引きしながら、注文を聞きに来た店員。

 

 まぁ、普通は引くわな。

 

「シャオ、烏龍茶と点心でいいか?」

「……う、うん」

「何だ? もっと食えよ、力出ないぞ?」

 

 いや、この光景見てがっつり食えるとしたら、それはお前さんと同類だから。

 

「あ、そうそう。これ、返すよ」

 

 箸を置いて、凌統が巾着をシャオに手渡す。

 ズシリと重そうだから、シャオが貸した分、入っているんだろうな。

 

「お父さんは、大丈夫だったの?」

「ああ、何とか持ち直した。全く、お陰でメシも喉を通らなかったよ」

 

 説得力全くないぞ、おい。

 

「あ、その金は別にやましいモンじゃないからな? ちゃんと、俺が自分で稼いだんだ」

「ふうん。どうやって?」

「そりゃ、賞金首を捕まえたり、盗賊をやっつけたり。そんなのでも、結構な稼ぎになるからな」

 

 そう言いながら、凌統はまた、箸を取った。

 まだまだ食うつもりらしいな、こりゃ。

 

「お金返してくれるのはいいんだけどね。ちゃんと、ここのお代は払えるんだよね?」

 

 シャオの疑問はもっとも。

 

「大丈夫、大丈夫。余裕だからさ、孫尚香と……名前なんだっけか、そっちの奴も好きに食ってくれ。あたしの奢りだ」

 

 そっちの奴って……また名前覚えられてないのか、あたしは?

 

「綾子お姉ちゃん? どうしたの、テーブルなぞったりして」

「……いいんだ、少しほっといてくれ」

 

 『の』の字を描く、あたしだった。

 

 結局、半刻ほど、目の前の大食いショーは続いた。

 

「ふう、食った食った」

「食べ過ぎよ? あ、もう、口の周りまだついてる?」

「え? どこだ?」

「ここよ。もう、ちょっと屈みなさい。拭いてあげるから」

 

 シャオって、時々わからなくなる。

 あたしにはあんなに甘えてくるのに、こんな風に面倒見がいい事もあるし。

 どっちにも打算も何もないから、悪い事じゃないんだけどな。

 

「ところで、この後はどうする気だ、凌統?」

「ん? もう一軒行くか?」

 

 また、ずっこけそうになるあたし。

 

「これだけ食ってどうしてそうなる! あたしがいいたいのは、身の振り方だ」

「何だ、それならそうと言ってくれよ」

 

 普通はそう思うだろう……。

 何か、調子狂うなぁ。

 

「ん~、俺は武でしか世の役に立てないからな。また、盗賊退治でもするかな」

「なら、仕官しないか?」

「へ? 俺が?」

「そうさ。まだ世は乱れている、アンタみたいな腕の立つ奴は、重宝されるぞ?」

「う~ん、仕官か……。でもアレだろ、仕官って試験もあるんだろ? 俺みたいなバカには無理だって」

 

 この時代、科挙なんてあったっけ?

 確か、もっと後の時代だった気がするんだけど……。

 

「それか、有力豪族の推挙とか。でも俺、そんな伝手はないしなぁ」

「という事は、伝手さえありゃ、仕官してもいいんだな?」

「え? そ、そりゃ、俺だっていつまでも根無し草じゃいられないし」

「そうか。だそうだよ、シャオ」

「え?」

 

 首を傾げるシャオ。

 うん、仕草は可愛いが、見とれていたら先に進まないから続けるな?

 

「シャオの推挙なら、間違いないじゃないか。な?」

「……あ。うん、そうだね!」

 

 わかってくれたらしい。

 

「へ? 何の話だ、一体?」

「いいから、ちょっと来てくれ」

「お、おい! 俺をどこに連れて行く気だよ」

 

 何か文句を言っているが、気にしない方向で。

 

 城門の処まで来た。

 日本と違い、中国では城と街が合体した、城郭都市がデフォらしい。

 だから、ここで言う城門ってのは、軍事施設としての城の門。

 ……まぁ、早い話があたし達が普段いる場所に連れてきた訳。

 

「って、ここ城じゃないか。勝手に入ったら」

 

 凌統、戸惑っているな。

 

「いいんだよ、ここ、シャオのおうちだもん」

「え? えーっ!」

「……なぁ、凌統。まさかと思うけど、孫尚香って名前で何か浮かばなかったのか?」

「だって、孫尚香は孫尚香……。ま、まさか、あの孫家の?」

「そうだよ。シャオは孫家の娘だもん」

 

 あらら、何か固まったぞ。

 

「ねぇ、綾子お姉ちゃん。どうしちゃったのかな?」

「……とりあえず、冥琳のところに連れて行くか」

 

 硬直したままの凌統を担いで、あたしは城内へと入った。

 

 

 

「ご、ご無礼の程を!」

「だからもういいってばぁ」

「い、いえ。あた、いや自分の無知から来たとは言え、孫家の姫君に対して数々の非礼、お詫びしてもたりまひぇん」

 

 あ、噛んだ。

 冥琳と、いつの間にかやって来た雪蓮、顔を見合わせている。

 

「何か面白そうな事が起こりそうだから、来てみたのよね~」

 

 ってアンタはどうしてそういう勘は無駄に働くかね、しかし。

 

「もういいんじゃない? 小蓮も、気にしてないって言ってるんだし」

「で、ですが!」

 

 土下座という習慣があったら、間違いなくやりかねない勢いだな。

 

「そ、それに。そちらの方も将とはつゆ知らず、重ねてご無礼を」

「あ~、あたし? 別にいいよ、将らしくないのは自覚してるからさ」

「ねぇ、本人達がもういいって言ってるんだから。それより、自己紹介して貰えないかしら?」

 

 雪蓮の言葉に、あっと気づいたようだ。

 つーか、百面相だね、まさに。

 

「あ、こ、これは。俺、いえ私は、姓を凌、名を統、字を公績と。余杭の出です」

「凌統ね。わたしは孫策で、こっちが周瑜。あと、彼女にもちゃんと美綴、って名前があるんだけど」

 

 名前を覚えてないの、早速雪蓮にバレてるよ。

 

「は、はい! ももも、申し訳ありません!」

「あんまり硬くなられてもやりにくいんだけどね。じゃ、後はよろしくね、冥琳」

「任されよう。さて凌統、尚香様からの推薦という事で、何点か聞かせて貰いたい」

「は、はい。どどどど、どぞ!」

 

 う~ん、カチカチになってるなぁ。

 よし、ちょっと手助けしてやるか。

 あたしはそっと、凌統の後ろに回った。

 これぐらいの手練れなら気配で気づかれそうなものだけど、緊張過ぎで全然反応がない。

 

「せーの」

 

 こちょこちょこちょ。

 脇腹を、思い切りくすぐってやる。

 

「い、いや、やめろ、あはははははっ!」

 

 いーや、しばらく続けてやろう。

 

 

 

「どうだ? 落ち着いたか?」

「……は、はい。何とか」

「よし。じゃ冥琳、続けてくれ」

 

 冥琳は、ハァ、とため息を一つ。

 

「全く、綾子が何をするのかと思えば。まぁ、緊張は解れたようだがな」

「にしても、いきなりくすぐるとか。突飛もないわね、綾子も」

「雪蓮に言われたくないけどな。突拍子もないって意味じゃ、アンタもそうだし」

「ぶー。何気に酷いわよ、それ」

「……始めたいのだがな」

 

 すいません。

 

「ゴホン。では、まず初めに。得意とする事は何か、聞かせて貰いたい」

「得意ですか。おれ、私にはご覧の通り、武しか能がありません」

「なるほど。今までに、どこかに仕官した事は?」

「ありません。ずっと一人でしたから」

「そうか。では、兵を率いた経験もない、という事だな?」

「ないです」

「ふむ。なら、実力を見せて貰った方が良さそうだ」

「はいはーい、ならわたしが」

「雪蓮。先ほど渡しておいた書簡は片付いたのか?」

「あ、あれ? え、えーと。あ、あはははは」

 

 全く手を付けてないな、あの様子だと。

 

「じ、じゃ、わたしはそういう事で」

 

 あ、逃げた。

 結局逃げても一緒なんだけどなぁ。

 

「……すまん。では、仕合をして貰うか……。相手はどうするか」

 

 この部屋には、シャオとあたししかいない。

 いやまぁ、あたしでもいいんだけど。

 祭さんとか思春、明命、太史慈と腕自慢は揃っているしなぁ。

 

「では」

 

 冥琳がそう言いかけた時。

 

「失礼するわ。仕官希望者が来た、って聞いたんだけど」

 

 蓮華が入ってきた。

 そして、当然の如く従っている思春。

 二人に視線を向けた凌統が……ん、何か驚いてる。

 

「し……いや、甘寧!」

「……凌統か! 貴様、何故ここに」

 

 あら、二人は知り合いだったのか?

 ……なんか、空気がピリピリするんだけど。

 一波乱、ありそうだな。


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