綾子†無双   作:はるたか㌠

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見返してみると結構修正箇所が多く、全部公開するまでにはちょっと時間がかかりそうです。
キャラの呼称がバラバラだったので統一させました。




「……朝か……ふぁぁ……」

 

 チュンチュンというスズメの(さえず)りってのも、久しぶりの気がする。

 昔に比べて、スズメが繁殖しにくくなっているらしいし。

 ベッドから身体を起こし、

 

「……やっぱり、変わってない、か……」

 

 見慣れた、自分の部屋ではなく、質素なベッドと机だけの部屋。

 当然、照明なんてものもなく、窓から差し込む太陽光だけが唯一の明かり。

 蝋燭か行灯(あんどん)……そもそもあるのか、この時代も?

 ……まぁいいや、とりあえず起きよう。

 

 

 

 ガチャとドアを開けた。

 

「おはようございます。お目覚めですか?」

 

 外には、周泰が立っていた。

 

「……もしかして、ずっとそこに?」

「はい。申し訳ありませんが、これも命令ですので……」

 

 寝不足なのだろう、やや眼が赤い気がした。

 

「すまないね、あたしみたいなイレギュラーのせいで」

「いれ……ぎゅらー?」

「あ、ゴメンゴメン。不正規な存在って事」

「なるほど。では、朝食をお持ちしますね」

「ありがとう。それから、顔を洗いたいんだけど」

 

 本当はシャワーも、といいたいけど……ないだろうな、そんな気の利いたものは。

 

「では、桶に入れて持ってきます。あと、着替えも何か探してみます」

「うん、すまない」

「いえ。では、少しお待ち下さい」

 

 そう言い残し、周泰は消えた。

 ……本当に、忍者じゃないのか、あの娘は?

 

 

 

「入ってもいいかしら」

「どうぞ」

 

 だいぶ日も高くなった頃、孫策が部屋にやってきた。

 それと、見知らぬ妙齢の女性も一緒。

 ……周瑜さんもそうだったけど、この世界の女性は胸が立派な人が多いのか?

 

「自己紹介しておこう。儂は姓は黄、名は蓋、字は公覆じゃ」

 

 またまた有名人登場。

 赤壁の、苦肉の計の人だっけ……三国志演義の創作らしいけど、実際は。

 

「奇妙な者が来ておると聞いてな。策殿に頼んで同道させて貰った」

 

 奇妙かぁ。

 実際そうなんだろうけど、そう言われるとちょっと複雑なものが。

 

「あ、その前に。一つ、提案があるの」

 

 と、孫策。

 

「?」

「あなたの事をなんて呼ぼうかな、って」

 

 そう言えば、名前を呼ばれた事がまだなかったな。

 

「あなた、姓が美綴、名が綾子……だったわね」

「ああ」

「わたしたちと同じように、という事だと姓名続けるんだけど、何か長いような気がするの」

「なら、美綴でも綾子でも。好きに呼んでいいよ」

「わかった。なら、美綴、でいいかしら。わたしたちも、さんづけはなしでいいわ」

「そう?」

 

 あたしもその方が気楽でいいし。

 

「じゃあ美綴。改めて聞くけど、あなたは一体どこから来たの?」

 

 黄蓋さんも、ジッとあたしを見ている。

 

「それは、出身という意味か? それなら、昨日話した通りだけど」

「違うわ。字がない……それは文化の違いだからいいとして。あなた、昨日わたしの事、『江東の小覇王』って呼んだわよね?」

「……ああ」

「それ、どういう事なのか聞かせて貰える?」

 

 孫策の目は笑っていない。

 誤魔化そうものなら、腰の刀を抜き放たれそうな雰囲気。

 ちなみにあたしの薙刀は、万が一の事があると……という周瑜の言葉で預かって貰っている。

 

「少なくとも、あたしの世界では、孫策はそう呼ばれている」

「でも、わたしは見ての通り、袁術に飼われているだけ。江東の制覇、なんてもちろん適うわけもない、脆弱な存在よ? でも、あなたはそう言ったわ」

「……そうだな。この時代と、違う世界から来た、だから知っている。それが答えさ」

「違う世界? なんじゃ、それは?」

 

 考え込む黄蓋さん。

 証明するもの……そうだな。

 あたしはポケットから、財布を出した。

 そして、百円玉を二人に見せた。

 

「これは?」

「あたしの国で使っている硬貨、お金さ」

「ふむ、確かにこの大陸では見た事がない……。輝きといい、意匠といい」

「そうね、こんな精巧な細工の施されたお金なんて、わたしも知らないわ」

 

 二人は、興味深そうに百円玉を眺める。

 

「後は……そうだな」

 

 取り出したケータイ。

 もちろん、本来の電話機としての機能は使えないけど。

 

「これは、電話なんだけど、今は使えない」

「電話って?」

「あ、そうか。えーと、この端末同士で、離れた場所でも会話が出来る機械さ」

「離れた場所というのはどのぐらいだ? 例えば、ここから城門程か?」

 

 そう言って、黄蓋さんは窓の外の城門を指さした。

 

「それも可能だけど……そうだな。ここから洛陽とか長安とか、蜀でも」

「ふむ。なら、やってみせい」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、アンテナ……専用の設備がないと使えないんだ。だから、この時代ではどうにもならない。でも、その代わりにこんな事が出来る」

 

 そう言って、あたしはカメラモードを起動。

 そして、孫策と黄蓋さんに向けた。

 

「貴様! 何をするか!」

 

 あれ、何か怒らせちゃった?

 

「え? いや、写真を撮ろうかと」

「写真?」

「あ~、ええと、見て貰った方が早いと思うんだよね」

(あやかし)の類ではあるまいな?」

 

 妖って……。

 まぁ、迷信がまかり通っている時代だろうから……怪奇現象、とでも解釈すれば正解かな?

 

「いや、そんなつもりはないんだけど……」

「祭。いいからやらせてみせましょ。体調に異変があったら、斬り捨てればいいだけじゃない」

 

 ぶ、物騒だなぁ。

 

「そんなものじゃないから。な?」

「……わかった。好きにせい」

「じゃ、行くよ」

 

 そのまま、二人のツーショットをパチリ。

 

「で、何をしたの?」

「これを見て貰えるか?」

 

 撮ったばかりの画像データを液晶画面に呼び出し、二人に見せる。

 

「これは、策殿と儂?」

「すご~い! こんなに精巧な絵を一瞬で描いちゃうんだ」

 

 百円玉の比じゃないぐらい、驚く二人。

 

「これは絵じゃなくてさっきも言ったけど、写真さ。ここで写したものをそのまま、機械の中に取り込むんだ」

「あ、ちょっと待ってて」

 

 と、孫策はいきなり立ち上がると飛び出していく。

 

「おい、策殿!」

「祭、悪いけどしばらくよろしく~!」

 

 そして、黄蓋さんはやれやれ、と腰に手をやった。

 

「あの様子だと、また何か思いついたようだ。策殿らしいと言えばそうだがな」

「はは、でも嫌いじゃないですよ、楽しそうだし」

 

 どう見ても年上の黄蓋さんにタメ口は、という事で丁寧語のあたし。

 

「お主もそう思うか。なかなか気が合いそうじゃ」

 

 

 

 そしてしばらくして、あたしは城の外に連れて行かれた。

 孫策に孫権、孫尚香の三姉妹。

 黄蓋さんに周泰、周瑜。

 ……あと、のんびりした雰囲気の巨乳な娘とか、目つきの鋭いスレンダーな娘とか、メガネをかけて袖丈の長い服を着た娘とかも。

 

「これでみんな揃ったわね」

「雪蓮姉様。急に一体何なんです?」

「そうだよ。シャオ、訓練の途中だったのに」

 

 姉妹が皆を代表するかのように、不服そうな顔をしている。

 

「みんなにも聞いて貰いたくて。たぶん、ううん、間違いなく、これからのわたしたちの方針がこれで決まるから」

 

 孫権はそう言うと、

 

「美綴。あなたが、違う世界の人だ、ってのは信じるわ」

「雪蓮!」

「お姉様!」

「冥琳も蓮華も聞いて欲しい。わたしたち、このままでいいと思う?」

「…………」

「いい訳がないわ。『江東の虎』と呼ばれた母様の娘が、袁術のような能なしにいいように使われるだけなんて」

 

 あ~、孫堅も女性だったのか。

 道理で、親父さんが~、って言っても反応なかった訳だ。

 ……そう言えば、その本人は見かけないな。

 と、孫策があたしを見ながら、続けた。

 

「冥琳。『天の御遣い』の話は知ってるわね?」

「ああ。管輅とかいう占い師が予言したという奴だな。だが……」

「そう。『白く輝く衣装に包まれし者、この地に降り立ち世を救う者なり』……確か、そんな感じだったわね」

「だが雪蓮。その予言と美綴が、どうつながる?」

 

 周瑜の言葉に、何人かが頷く。

 

「わたしね、あの予言、ちょっと間違っていたんじゃないか、って思うの」

「間違い?」

「ええ。ここにいる美綴が、本当の御遣いなんじゃないかな、って」

「……バカな。何の根拠もないではないか」

「根拠ならあるわ。美綴、あれをやって見せて」

「あれ?」

「けーたい、よ。あれで、みんなを撮ってあげて」

「あ、ああ」

 

 やれやれ、ソーラー充電タイプで良かった。

 でなきゃ、バッテリー切れ起こしてただの箱になるところだし。

 

「貴様! 何をするつもりだ!」

 

 と、目つきの鋭い娘が、剣を抜いた。

 この時代の人たち、ちょっと血の気が多すぎないか?

 

「思春。平気よ、さっきわたしと祭も、試したから」

「お姉様! 無謀も大概にして下さい! あなたは、我らにとって欠かせない玉なのですよ!」

「もう、蓮華は堅すぎるわよ。とにかく、平気だってわかってるんだから」

 

 そう言いながら、孫策は全員を整列させる。

 あたしは少し離れて、全員が画面に入る位置に立った。

 

「じゃ、行くぞ~」

 

 シャッターを押す。

 そして、画像を呼び出して孫策に手渡した。

 

「これでいいか?」

「ええ。みんな、その箱を覗いてみて」

 

 興味津々といった風情で、一同があたしの方へ。

 

「ふぇっ? こ、これ、私ですか?」

「すごいです~~、私が、と~っても上手に描かれていますね~」

「面妖な。貴様、やはり妖か!」

 

 名前を知らない娘たち、反応は三者三様。

 ……驚いているのだけは同じだけど。

 

「ふむ、この女が妖の類であるかも知れない、という点は認めよう。だが、それだけか雪蓮?」

 

 それでも、簡単に妥協しないあたりが、周瑜という人なんだろう。

 

「後は、明命との一騎打ちでの振る舞い、それにわたしの勘ね」

「また勘か」

「ええ。まぁ、他にもあるんだけどね」

 

 チラ、とあたしを見る孫策。

 ……なんか、獲物を見つけた猛獣、そんな雰囲気のような……。

 

「良いではないか、冥琳」

「祭殿まで何を!」

「儂も策殿とこの娘が何を語るか、何者かを見ておった。どうやら、我らに害を成す者とは思えんのじゃ」

「…………」

 

 どうやら、黄蓋さんの言葉は相当、重みがあるみたいだな。

 

「この娘が、『天の御遣い』なのかどうかは、儂にはわからん。だが、策殿の勘、それに儂の長年の経験、信じてみても損はなかろう?」

「どう、冥琳、蓮華? これでもまだ、反対?」

 

 と、ふう、と息を吐く周瑜。

 

「雪蓮だけでなく、祭殿までそう仰せとあらば。これ以上の意見は無意味だ」

「……私も周瑜と同じです。ただし、その人となり、これから見せて貰うわよ、美綴?」

「ああ。あたしが孫権の立場でも、同じ事を考えるかも知れない。だから、今はそれでいい」

「じゃ、決まりって事で。思春、穏、亞莎《あーしぇ》、自己紹介してね」

「……姓は甘、名は寧、字は興覇だ」

「私は~、姓は陸、名は遜、字は伯言です。よろしくお願いしますね~」

「……わ、私は、姓は呂、名は蒙、字は子明ですっ!」

 

 甘寧に、陸遜、呂蒙。

 は~、まさに呉のオールスター勢揃いってとこですかね。

 後は太史慈とか朱桓とか程普とか徐盛とか魯粛とか諸葛瑾とか……まぁ、あたしの知っている歴史とは違うんだし、みんな揃っている訳とは限らない、か。

 こうして、あたしは呉……というか、孫策軍団と共に行動する事となった。

 

 

 

「おい」

 

 翌朝。

 こっちに来てから、あまり身体を動かしていないけど、鈍ったら一大事。

 という事で、 朝食を済ませたあたしは、庭に出てストレッチ中。

 そこに、甘寧がやって来た。

 

「おはよう、甘寧」

「…………」

 

 相変わらず、甘寧はあたしを射貫くかのような目。

 もっとも、その程度のガンを飛ばされて怯むあたしじゃないんだけどね。

 

「お前は、薙刀を得物にしていたな」

「ああ。あたしの一番は、それかな」

「……他の得物でも、問題ない、そう聞こえるが?」

「問題ないっていうか……。武道全般と相性がいいんだ、あたしは」

「ほぉ。なら、これはどうだ」

 

 と、甘寧は手にした剣を、あたしの方に放ってきた。

 刃引きした、訓練用の剣。

 

「雪蓮様はああ仰るが、私は自分の目で確かめないと信じる気はない。私と仕合しろ、美綴」

 

 甘寧っていや、魏の曹操にも認められた、呉随一の猛将だったような。

 もちろんあたしがイメージしていたのは、髭面の豪傑なんだけど……もちろん目の前にいるのは、全く似ても似つかない。

 ただ、隙のなさといい、あたしに向ける殺気といい……相当な遣い手なのは事実。

 とは言え、断る理由もないな。

 

「わかった。けど、手加減はなしで行こうぜ、お互いに」

 

「私は最初から、容赦などする気はない」

 

 あらら、愚問だったかな?

 

 

 

 一定の間を置き、あたし達は相対した。

 

「あ、ちょっと素振りさせて」

「……好きにしろ」

 

 ブンブンと、何度か振ってみた。

 甘寧から借りた刀、一応は訓練用らしい。

 とは言っても、竹刀に比べればずっと重い。

 手に馴染む、というには程遠いけど……ま、仕方ないな。

 

「お待たせ」

「……参る!」

 

 ダッ!

 あっという間に、あたしの目前まで迫ってきた。

 動きはかなり速い。

 そして、鎌鼬のように繰り出される、鋭い一撃。

 ……でも、不思議な事に、あたしには見えている。

 もちろん、緩慢どころか、並の人間ならそのまま斬られる方が普通なんだろう。

 剣が描く弧の範囲外に、身体をずらす。

 

「……クッ!」

 

 歯噛みをしたのも一瞬、立て続けに甘寧はあたしに斬りかかる。

 ガキンと甲高い音と共に、剣を立てて受け止めた。

 何故なら、それだけはかわさない方がいい……あたしの本能がそう教えたから。

 

「もう終わり?」

「……舐めるな! はぁぁぁぁっ!」

 

 甘寧の剣は、何というか……鋭い。

 周泰と違うのは、その一撃が重い事。

 だから、訓練用の剣とは言え、まともに食らう訳にはいかない。

 

「たぁっ!」

 

 ヒュン、と風切音が聴こえた。

 今度は、下からの攻撃。

 それを間一髪のところで見切りつつ、あたしも隙を伺う。

 これだけの手練れだ、そう機会は多くない筈。

 あたしはそれを待つ事にして、それまではひたすら回避に努める。

 

「どうした! 逃げてばかりではないか!」

「そう? なら、こっちからも行っていいのかな?」

「何っ?」

 

 ほんの一瞬だけど、彼女の動きが止まる。

 

「そこっ!」

「うっ!」

 

 あたしの突きを、何とか受け止める甘寧。

 

「まだまだぁ!」

 

 息つく間もなく、攻め続ける。

 

「クッ、なんて重い……」

 

 甘寧の顔が、歪んでいる。

 そして何合か打ち続け、

 

「はっ!」

 

 突き一辺倒だったところに、剣の根元を狙った一撃。

 パキンという音が響き渡る。

 

「あたしの勝ちだね」

「……バカ……な……」

 

 呆然とする甘寧の手には、ポッキリと折れた剣。

 そして、その先端は……あれ?

 

「おい、儂を殺す気か?」

 

 いつの間にか、門のところにいた黄蓋さんの足下に刺さっていた。

 

「思春。お主の負けじゃな」

「祭様! たまたま、油断しただけで……」

「ははは、悔しいのはわかるが、実力じゃよ」

「クッ……」

 

 本当に、悔しそうな甘寧。

 

「どうじゃ、思春。これでもまだ、心許せぬか?」

「…………」

 

 黄蓋さんの言葉に何も応えず、甘寧は去っていった。

 

「あ奴の事を悪く思わんでやってくれ」

「いえ、そんな。それより、いつからここに?」

「ああ。天気がよい故、酒でもやろうかと思っての」

 

 確かに、黄蓋さんの手には、大きな酒徳利が。

 

「ますます、お主の事が気になるの。どうじゃ、一杯付き合え」

「え? あたし?」

「他に誰がおるんじゃ。さ、行くぞ」

「え? ちょ、ちょっと待って下さいって!」

 

 問答無用で引きずられていくあたし。

 ……いや、酒は飲めない訳じゃないんだけど……。


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